第49話 自分は何者なのか
この回を含め、今後は視点が変わる前に”※”マークを入れようと思います。
翌日、俺達はヴァラを出発した。クエンと彼の父上が、潜水艦でミスエファジーナの国境付近まで乗せていってくれた。
…彼らには、また改めて礼をしなきゃな…
ミスエファジーナへ向かう途中、俺はそんな事を考えていた。
「じゃあ、俺らは本業があるんで、ここいらでお別れだ。…ソエル、気をつけて行けよ!」
「ええ!ありがとうね、クエン♪」
「それとー…」
何かを言いかけた彼は、俺とランサーの肩をいきなり寄せて呟く。
「お前ら…ソエルを泣かしたら、ただじゃおかないからなー」
「りょ、了解…」
挙動不審になりながら、俺とランサーは返事をした。
「…あら?あんたたち、どうしたの?」
クエンと別れた後、先程のやり取りを聞いていなかったソエルは、不思議そうな表情で俺らを見る。
「いや!何でもない!!」
「ハモったね…」
俺とランサーが同時に答え、側でシフトがニヤニヤしながら呟いた。
ミスエファジーナの東側の国境から、入国。徒歩と列車を使ってグリフェニックキーランがあるボクタナに向かう。
「そういえば、ミスエファジーナって王族はバルデン族だけど…それ以外は他民族が多いよね。なんでだろう…?」
「確か、バルデン族は強い魔力を持っていても、力をあまり持っていなかった…。だから、積極的に他国との外交を行ったらしいわ…」
「へぇー…」
シフトの問いにミヤが答える。
確かに、あまり考えた事はなかったが、ミスエファジーナの民じゃない俺らにとっては素朴な疑問だった。俺自身は自分たちコ族の事はともかく、他人については、見た目や宗派がどうであろうとその人はその人だ。そのため、民族というくくりをあまり気にしていなかった。
あれ…?そういえば…
普段はあまりしない話をしていたので、一つの疑問が生まれたため、俺は口を開く。
「そういえば…ランサーって何族なんだろう?」
ランサーの方を向いて呟く。
「そういえば…」
「見た目で言うと……バルデン族ではないよね」
ソエルやシフトも不思議そうな表情でランサーを見る。
当の本人はというと、一瞬考え込んでいたが、すぐにいつもの表情に戻って言う。
「さあな…。まぁ、自分がどうであろうと、俺様が優秀な魔術師である事に変わりはねぇさ!」
その後、グリフェニックキーランに到着するまで他愛もない会話をしていた俺達。
一方で、ランサーは時折複雑そうな表情をしていた。
※
以前は違う場所からグリフェニックキーランに入ったが、今回はちゃんと正面から入る事にした。ボクタナから急行列車に乗り継いで向かう。途中見かける魔法学校の生徒達が、少し懐かしかった。
それにしても…俺って本当に何者なんだろうか?旅に出るまでは、そんなのを考えた事なかったが…
セキの奴に尋ねられてからというもの、俺はボンヤリと考えていた。
俺の知る限りでは…ミスエファジーナに住んでいるどの民族にも当てはまらないはず…少しオレンジっぽい茶髪に淡い水色の瞳。2歳くらいに、施設の目の前で捨てられていたらしいから、どうせ大した両親でもないのだろう。
そして、俺達5人はメスカル校長先生の執務室に到着する。
「ここに訪れるのも、久しぶりだな」
「あの時は初めてだったから、よくわからなかったけど…やっぱり、グリフェニックキーランってすごい場所なんだね!」
セキやシフトが会話をしていた。
「突然の訪問、すみません!ランサーです!!…入ってもよろしいですか?」
俺は扉をノックして言う。
すると、前回は自動で開いた扉が普通に開いたので、少し驚いた。
「あら!ランサー君…」
扉の隙間からこちらを見ていたのは、マイストグ教頭先生だった。
「マイストグ教頭、お久しぶりです!…校長先生は…?」
俺の台詞を聞いた先生は、申し訳なさそうな表情で言う。
「ごめんなさいね…。今、メスカル校長先生は魔法省にお出かけ中なのよ」
「…じゃあ、教頭先生がメスカル校長の留守を…?」
「ええ。ここの電話にもいろんな所からかかってくるし…」
「マイストグ教頭先生…でしたよね?私達、急ぎでメスカル校長先生にお会いしたいのですが、どうにかならないんですか…?」
横からひょっこりとミヤちゃんが入ってきて言う。
「そうね…あと半日ぐらいしたら戻られると思うので、直接お会いになりたいのなら、ここで待つしかなさそうね…」
「そうですか…。じゃあ、先生が戻ってくるまで待つとして…いいよな?お前ら!」
「もちろんよ!」
「手がかりを得るためだもんね!」
皆が、それを了承してくれた。
「半日って結構時間あるわよね…。以前に図書館で資料探しはしたから…それまで、皆はどうする?」
ミヤちゃんが俺達に問う。
そういえば、俺やミヤちゃんの場合、よく一人でどこかでフラフラする事が多い、いわゆる“一匹狼タイプ”だ。それ故に、ミヤちゃんがこういう風に何するか聞いてくるのが新鮮に感じた。
「そうだ!ランサーにこのグリフェニックキーランを案内してもらうって言うのは!?」
「えーーー!?マジかよ~!」
俺は面倒くさそうな顔をする。
というのも、この校舎内は相当広いし、関連施設も多い。確かに、校内ツアーとかすれば、半日はつぶれるかもしれないが正直、面倒くさい。
「でもさ、剣の稽古とかしていたら、怪しまれるだろ?」
セキが俺の方を向いて言う。
「うーーーーー…」
「あら!じゃあ、ランサー君が卒業生としてクラスゲストをやるのはどうかしら!」
俺らの会話に、マイストグ教頭先生が割り込んできた。
「“クラスゲスト”…って何ですか…?」
「クラスゲストというのは、授業に教師側になって、講義を行うの。…まぁ、教師のアシスタントみたいなものかしらね…」
不思議そうな表情かおをしながら問うソエルに、教頭先生は答える。
「へぇ…面白そうだな!是非、ランサーの講義とやらを聞いてみたいな♪」
「うーーーーーん…」
ぶっちゃけ、俺にとってはどちらも面倒くさいが…身体をあまり動かさない分、そっちの方が楽か?と考えた俺は、意を決して口を開く。
「…わかりました!じゃあ、今日だけクラスゲストとして参加することにします」
「そうこなくっちゃね♪もちろん、ゲスト料はちゃんと払わせてもらいます!」
「はぁ…」
「あと、これがクラスゲストとして参加できる授業の時間割です!」
そう言ったマイストグ教頭先生は、2枚程の白い紙を俺に渡す。
「はい…!!?」
その紙に書かれている授業の数を読んだ時、「面倒そうなのばっかり…」と、ため息をついた。
※
「えー…今日の講義では、クラスゲストとして卒業生のランサー・ゼロ・ピカレスク君が来てくれました!」
講義を担当する教師がランサーを紹介し、授業が始まる。
実は、私達がグリフェニックキーランに到着したのは早朝だったため、ちょうど授業の始まる前とかだったのだ。あいつが担当する事になった授業の数は、なんと12コマ。そして、1コマが終わるまでいないにしろ、この魔法学校での授業は1コマ90分間。
まぁ、せいぜい頑張れ~♪
私達は他人事のようにして彼を見ていた。私とセキ・ミヤ・シフトの4人は、中に入れない授業は別として、大きな教室で行われる講義とかは一番後ろの席に座って聞いていた。
「ランサーの奴、普段はふざけているが…なんだかんだで、教壇に立つと教師らしさを感じるよな!」
「多分、あれが本来の彼なのかもしれないわね…」
授業の妨げにならない程度の声で、セキとミヤが会話をしている。
「ちゃっかり、眼鏡とかかけちゃってるしね…」
私はポツリと呟いた後、教師と共に講義しているランサーを見ながら思った。
…普段、ふざけたりしなければ、かっこいい奴なんだけどな…
実は、ヴァラを出発した日の前夜、ちょっと口では言えないようなことをしちゃった私とランサー。
まぁ、嫌ではなかったからいいけれど…。それにしても…口では直接言われていないけど、彼は私の事を…想ってくれているのかな…?
考え事をしていた私は、シフトに指摘されるまで顔が赤くなっているのに気がつかなかった。
授業が終わり、次の授業までの休み時間になると――――――
「おー、ランサーじゃねぇか!!久しぶり!!」
「ランサー先輩!!卒業されてから全然お会いしていなかったので、寂しかったですよぉ~!!」
彼と同い年くらいの学生や、後輩らしき女子生徒らが本人の周りにたくさん群がっていた。
「おー、久しぶり♪君たちみたいな可愛い後輩に会えなかったんで、俺様結構寂しかったわー!」
ランサーは、いつものふざけた表情で言う。
「全くもう…」
私はため息をついている一方で、ふとある考えがよぎる。
「でも、こうやって他人と交流しているせいか、不安な気持ちも消えてきたのかも」と。
セキがランサーの民族がどうのと聞いた後から、あいつの様子が少しおかしいのは気がついていた。でも、本人はあまり口には出さないで、抱え込んでしまう癖がある。そんな事を考えながら、ランサーを見守っていたのである。
そして、全ての授業のクラスゲストが終了し、私達はメスカル校長先生の執務室に戻る。すると、校長先生が帰ってきていた。
「おお、ランサーか…。待たせてしまって、すまんかったのぉ…」
「あ…いえ!大丈夫っすよ!!」
そう言うまでかなりお疲れ状態だったランサーだが、校長先生に声をかけられたとたん、いつもの彼に戻った。
椅子にこしかけたメスカル校長先生は、私達の方を向いて話し出す。
「して、ランサーよ…。急ぎでワシに会いたかったのは何ゆえじゃ…?」
「実は…俺達、これから“異世界”へ行くつもりなんです。そこへ行くための媒介はあるんですが…“次元のはざまが発生しやすい場所”ってのがどこの事だかさっぱりで…」
深刻そうな表情で話すランサー。
「“次元のはざま”か…。ところで、媒介となる物はすぐに見つかったという事じゃな?それは…」
「彼女が持っている刀です」
ランサーは、ミヤが持っている刀を指差しながら答えた。
「少し…その刀を触らせてもらってもよいかのぉ…?」
「え…?あ、でも…」
触らせてほしいと言われたミヤは、困惑する。
多分、彼女しか触れない刀だからなのかもしれない。
「大丈夫じゃよ…。じゃから、お主もそんなに警戒する必要はない…」
刀を見つめながら、校長先生は呟く。
魔刀に宿るガシェの存在に気がついているかもしれない。
刀を持ったメスカル校長先生は、両手で握ったまま目を閉じて黙り込む。
この人も魔術師の一人だから…刀を握れば、何かわかるって事なのかな…?
私は、この人を見つめながら思った。そして、数分後――――――
「この刀が記憶している場所を探ってみたが…この風景はおそらく、古代図書館じゃな…」
「えっ、あそこが…!!?」
「しーーーっ!!」
思わず叫んだシフトを、私が黙らせた。
「古代図書館…確か、古代人ククル以外の異世界の人間が作ったというあそこか…」
「…確かに、魔力に溢れたあの場所ならば、可能かもしれないわね…」
ランサーとミヤがつぶやいた。
「そっか!ミヤとセキとシフトは、古代図書館に入った事があったのよね…」
私も何となく呟く。
「あとは、この刀に輝石をはめ込めば…」
「輝石……ですか?」
「うむ。媒介となる代物は、それ一つだけでは次元のはざまを超える事は不可能じゃ…。じゃから、それを可能にするために、媒介と共に必要なのが輝石じゃ。…確か、この世界では赤紫色をしておったはずだが…」
輝石か…
私は、それっぽいモノを自分の家で見かけたようなと、自分の記憶をたどっていた。
「…メスカル校長先生。もしかして…これの事ではないでしょうか?」
考え込んでいたセキが、服のポケットから一つの石を取り出した。
「おお…これじゃ!これが、“クリムゾロの輝石”じゃ…!」
「“クリムゾロ”…って、古代ミスエ語で“紅”って意味ですが、なんの事ですか?」
首をかしげながらランサーが尋ねる。
「“クリムゾロ”は、この世界の名称じゃ。セキ…じゃったな。お主、これをどこで手に入れたのじゃ…?」
「これは…確か、ソエルのお爺さんが俺達に渡してくれたモノなんです…」
少し複雑そうな表情で、セキが私の方を見ながら答えた。
それが何を意味するかすぐに気がついた私は、口パクで「気にしてないから大丈夫!」と、セキに伝えた。
「次の行き先は、古代図書館か…。よし!じゃあ、早速行ってみます!!」
そう言って校長先生にお辞儀をしたランサーが執務室を出ようとすると――――
「待つのじゃ、ランサー」
メスカル校長先生が、ランサーや私達を呼び止める。
「…今日はクラスゲストをして回って疲れたじゃろう…。彼らもいることだし、今日はここで休んで、翌日に出発するがよい…」
「いや、でも…」
いつもはセキの方がやる気満々なかんじだが、珍しく今回はランサーがそんな状態だった。
でも、本当だったらヘトヘトのはずだろうし…
彼の体力の事を心配した私は、ランサーの肩を軽く叩いてから言う。
「ランサー…校長先生が言うように、疲れているだろうから、お言葉に甘えて泊まらせてもらおう…?」
「そう…だな。そうさせてもらうか…」
私の台詞を聞いたランサーは、一瞬目をこらして驚いていたが、すぐに了承してくれた。
※
夜が更け、皆が寝入った頃―――――俺は、メスカル校長先生がいる、執務室に入った。
「校長…いや、爺さん…。俺らをここに泊まらせたのは、何か話があったからじゃねぇのか…?」
俺の台詞を聞いた爺さんは、その重たい口を開く。
「フォッフォッフォッ…。さすが、ワシの孫息子…察しがいいのぉ…」
「…伊達に、あんたの元で12年も暮らしてないさ…」
「うむ。出発する前に、お主に渡しておきたい物があってな…」
そう言いながら立ち上がった爺さんは、棚の中から一つのピアスを取り出した。
黒い色をした片方だけのピアス…それを見た俺は、不機嫌そうな表情になって言う。
「それは…いらねぇって言ったはずだぜ…」
「ランサー…。ワシの話を聞いてほしいのじゃ…」
「俺は…自分を捨てた両親のモノなんて、いらねぇってんだよ!!!」
俺の声が、執務室内に響く。
「ランサー…落ち着いて聞くのじゃ。…お主は、ちゃんと自分の両親や家族を探した方がよい…。それは、何より、お主のためでもあるのじゃ…」
「俺の…ためだと…!!?」
俺は眉間にしわを寄せながら、爺さんを睨みつける。
「…お主は確かに、この世界ではいない民族の人間じゃ。じゃが、この世界“クリムゾロ”にいないだけで…もしかしたら、お主の両親は異世界にいるのでは…と、ワシは考えておる」
それを聞いた俺は、怒りが少し収まったのか、爺さんの言っている事に間違いがなさそうな気がしてきた。
両親を探したいか否か…実は少しだけ考えた事はあった。多分、わからない事に対してものすごく不安だったのかもしれない。もちろん、仲間あいつらには勘付かれられないように振舞っていたが…。
俺は黙ったままその場で考え込む。
「ワシはお主の本当の両親に会わせてあげたい…そして、お主自身が何者かをしっかりと理解した上で、旅を続けてほしいのじゃ…」
「絶対にそうしてほしい」と言わんばかりの表情をする爺さん。
「…あくまで俺は、自分が何者か知るために預かるだけだからな…」
ボソッと呟いた俺は、爺さんから片方だけのピアスを受け取る。
この時、俺は気がついていなかったが…執務室の外で会話を聞いていたソエルが、ものすごいせつなそうな表情をしながら見守っていた。
いかがでしたか?
次回以降、セキ達は古代図書館へ向かう事になります。
この施設は前半にも出てきた場所なので、彼らは来た道をどんどん逆走していく形となります☆
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