第47話 父と娘
この回で、ミヤが父親である大魔王ダースとの再会を果たす事になります。
しかし・・・
「ミヤ…おい、ミヤ…!」
セキが気絶しているミヤの身体を揺らしながら叫ぶ。
首に刻まれた紋章が消えていない…
彼女の首筋を見ながら、僕は思った。ダースの力を借りて、なんとかレスタトに勝つ事はできたが、術をかけられたミヤがまだ目を覚まさない。
『それは、暗黒魔術の一つ…。術者を倒しても、解く事は不可能だ』
「じゃあ、どうすればいいんだよ…っ!!!?」
セキが今にも泣きそうな表情でダースを睨む。
そんな彼をなだめながら、ランサーが言う。
「大魔王ダース…あんただったら、解く方法を知っているんじゃないのか…?」
『ああ…』
一瞬、金色の瞳を閉じた彼の前に、赤い液体の入った小瓶が現れた。
「これは…?」
ソエルが不思議そうな表情で言う。
『私の血だ。レスタトは、娘の首筋に食らいついた際に血を貪るだけではなく、自らの血も同時に送り込んでいる…。奴より魔力が高い魔族の血が体内に侵入すれば、媒介となった奴の血は中和される…』
「細かい事はわからないけど…とにかく、これをミヤに飲ませればいいんだよね?」
僕がダースに尋ねると、彼は黙って頷いた。
全員が見守る中、セキがミヤに小瓶の中身を飲ませる。
『半分くらい飲ませたら、残りはニコラの息子…フィズに渡してくれ』
彼の表情がせつなそうなかんじに見えた。
そういえば…今のダースは、実体を別の場所に置いてきている…いわゆる霊体状態だから、ミヤに触れられないんだよね…
大事な人に触れられない気持ち――――それをよく知っている僕は、ふと妙案を思いつく。
「大魔王ダース…。よければ、僕の身体を使ってミヤを抱きしめてあげてください…」
その台詞を聞いた彼は、僕の方を向いて言う。
『…いいのか?』
「はい」
ダースは少し戸惑っていたが、この機会がもう2度と訪れないだろうと確信したのだろう。
『すまない…。そなたの身体…しばし借りるぞ…』
そう告げた後、皆が驚いているのをよそに、僕の目の前にダースが立つ。
魔族とは、どうしても嫌な印象しか持たないが、この人はすごくいい父親だと僕は考えている。それは、娘を助けるために自分の立場を危うくなっても構わない点から見て、十分に理解できるからだ。だからこそ、目の前に愛する娘がいるのに、頭を撫でる事すらできないのは悲しすぎる。
一度「死」を経験している僕としては、なにがなんでもこの親子をちゃんと「再会」させてあげたい…
切に願いながら、自分の精神をダースに託す。
※
暖かい…。でも、母様とは違うこの温もりは…誰…?
夢から覚めた私は、意識が朦朧としていた。
「シフ…ト…?」
頭上に感じる独特の気は、シフトのものだった。
しかし―――――――――――――
「ミヤ…今、目の前にいるのは…君の父親、大魔王ダースだよ」
「…え?」
セキの声が聴こえた後、彼が何かを握らせてくれた。
触れた途端、漆黒の闇に僅かだが光が宿る。それによって、彼が握らせてくれたのが、自分の刀だと悟る。
「ミヤ…」
「父…様…?」
声はシフトだが、雰囲気がいつもと違う事に気がつく。
この懐かしい気の正体を、私は知っていた。
「久しぶりだな…」
「本当に…父様…ですよね…?」
穏やかな声音に、“これは夢か”と錯覚しそうになった。
しかし、これは夢ではない、まぎれもない現実。
数十年の間、こうやって再会するのを夢見ていた。世界をずっと旅している間、幸せそうな親子を見て虚しくは思っていた。しかし、今は―――――言葉では言い表せない気持ちでいっぱいだった。
黙ったまま、私を強く抱きしめてくれている父様。その身体は華奢なシフトだけれど、感じる温もりは父様そのものだ。嬉しくて、目から大粒の涙を流しているのに、全く気がつかなかった。
少しの間、沈黙が続く。すると、私の頭を後ろから撫でてから、父様の口が開く。
「ミヤ…。よく聞いてほしい…」
「父様…?」
その台詞を聞いた直後、辺りの空気が変わった感覚を覚える。
「今のお前には…これだけの信頼できる仲間がいる。…私の事は忘れて、自分の人生を精一杯生きるのだ…」
「どういう…事…?」
私は父が何を言おうとしているのかが理解できず、身体が硬直していた。
「ミヤ…私は…っ!!」
父様が突然、脇腹を抑え始めた。
「父様!!?」
「おい…大丈夫か!?」
ランサーの声が聞こえたけど、今の私はそれ所ではない。
すると、シフトの身体から父様の気が消える。
「父様!!…どこ…!?」
今いる姿が実体ではないため、刀を持っていても、盲目の私には全く見えない。
『ミヤ…』
私の刀から、微かだが父様の声が聴こえてきた。
「父様…!!大丈夫ですか…?」
自分の刀を両手で握りしめる。
『ミヤ…。私からの、最期の頼みだ…。必ず…必ず生きて、幸せに…なってほしい…』
「父様…。嫌…行かないで…!!!」
『私の…愛しい…娘…よ…』
「…っ…!!」
その直後、父様の気が完全に消える。
『ミヤ様…』
気がつくと、刀からはガシェの気しか感じなくなっていた。
「父様…!!」
この時私は、父が何かの覚悟を決めたのではないかと思った。
それはおそらく、私に迷惑をかけずに成し遂げるつもりだろう。「自分には何もできないのか」と思うと、涙が止まらなかった。
床に這いつくばって泣いている私を、セキが強く抱きしめてくれた。
その後、父様の血で縛魂の術から解放されたフィズが、母親のニコラを救出するのを見届けてから、私達5人はレスタトの根城を脱出した。自分の足で立って進んでいたが、茫然自失となっていた私は、セキに連れられながら進んでいくのであった。
※
なんとかレスタトを倒し、ヴァラに帰ってきた俺達。ミヤを奪還できたのは嬉しいが、今の彼女を見ているとあまり手放しで喜べない。ソエルの家に着いてからずっと、自分の刀を見つめたままボーッとしているため、食事も摂ろうとしない。
俺は、レスタトの根城から脱出する際、別れ際にしたフィズとの会話を思い出していた。
「ダース様の血を手に入れていたという事は…本人に会ったんだな…」
「ああ…」
「あの方は、何か言っていたのか…?」
「…ミヤに“幸せになってほしい”とだけ…」
「そうか…」
数秒間だけ、俺達の間で沈黙が走る。
「…これは、俺の推測だが…」
「え?」
「マカボルン…だったな。あの魔石は、今はあの方がお持ちじゃないかと…」
「…どういう事だ…?」
俺はフィズの意見に、驚きを隠せなかった。
「150年くらい前…ミヤの母上がマカボルンを発見し、それがミヤに渡った。…それに気がついたダース様は、あいつから石を無理やり引き離したのでは…と、俺は考えている」
「ミヤがマカボルンを…?でも、それには何か根拠があるのか…?」
俺の台詞を聴いたフィズは、一瞬考えてから口を開く。
「俺がガキの頃、赤子だったミヤを抱いた事があったが…あいつの中から変な声が聴こえたんだ」
”変な声”…か…
ソファーに座りながら、俺は考える。もし、今マカボルンを所持しているのがダースなら、いくらか納得がいく。
「…よし…!」
俺は何かを思いついたかのように、立ち上がる。
そして、皆がいる方へと駆けだしていくのであった。
いかがでしたか?
物語中でセキが言う「思い当たる台詞」については、第23話を読んで戴ければわかると思います!
ちなみに、ミヤと同じ「混ざり物」であるフィズは、人間年齢では25歳。ミヤが5年なのに対し、彼は普通の人間の4年分で1歳年をとります。そのため、フィスは100年間は生きているという事になりますね★
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