第35話 魂を包む紅き炎
<前回までの話>
いきなり様子がおかしくなったグライドは、ソエルを担いで谷底に落ちていってしまった。シノン長老からグライドにとり憑いているのは、生前に歌姫アキの実の兄だった召喚獣『竜王バハレンド』。
2人に追いつくには、普通じゃ考えられないけれどそれしかないと考えたセキ達は、ソエルが落ちた谷底へと落ちていく・・・。
一方、ソエルは・・・。
「僕は…ここにいるよ…!」
あの夜、シフトが言っていた台詞が、イメージが頭から離れない。
私にとって、それだけ印象的だったんだろうな…
そのような事をボンヤリ考えながら、私は目を覚ました。
指を動かした時に草をかき分けるような音がしたので、草むらの上なのだろう。何かに触れたと思い、起き上がる。
すると、辺り一面がお花畑で、見えないくらい遠くから水の流れる音がした。
…山の中の花畑…ここ、どこだろう?
ただ、不思議なのは初めて来た場所のはずだが、前にも来た事があるような感覚がした。
これがデジャ・ヴという現象なのか。
何が起きているのかさっぱりわからない私は、これまでの事を思い返してみる。
あの3人組が普段立ち入り禁止の『聖地』で話していて…それで、喧嘩になりそうな所を仲裁に入ろうと走って…それで…!!
やっと、自分に何が起きたのかを思い出した。
私、瞳の色が変わっていたグライドに担ぎ上げられて…そのまま、谷底に落ちたんだ!!!
「まさかここ…天国?」
ボソッと独り言を言う。
もしくは夢かと考えて自分の頬を思いっきりつねってみたが…鈍い痛みを感じるので、どうやら現実のようだ。
ここがあの崖の底だというのなら…グライドの馬鹿はどこだろう…?
そう考えながら辺りを見回してみると――――――
「アキ…」
少しハスキーな声が聴こえたかと思うと、霧の中から1人の男が現れる。
一目見て驚いたのが、その外見だった。髪の色は黒色だが、その髪がオールバックのように立っている。紫色の瞳がギラギラとし、胸が少しはだけた服を着ている。
グライドの顔はセキそっくりだから、絶対あいつじゃないはず…。でも、この谷底にいるのって私とあいつだけだから…。もしかして…!?
外見を観察していると、声に聞き覚えがあることを思い出す。
「俺…目覚めてからずっと、お前の事を探していたんだぜ…」
「えっと…。私は、顔が似ているかもしれないけど…アキではない、別人…よ…」
よくわからないけど、何か得体の知れない“何か”を感じていた私は、少し緊張気味で答えた。
「…わかってるさ」
「え…?」
「あんたが俺の妹・アキじゃない事くらいわかっているさ…。でも、その容姿と声は…。おそらく、あいつの遺伝子を継いでいるのかもな…」
本当に、私って歌姫のアキそっくりなんだね…
この男の台詞を聞いて、内心思った。
…いや、よく考えたらヒドイかも?だって、私は私なのに、シフトといいこの男といい、“アキ”って何度も呼んで…何気に失礼よ!私にはソエルっていう名前があるのに!!
そんなことを考えていると、軽い苛立ちを覚えた。
「…なぁ…」
「何よっ!」
正面から顔を見たくないので、後ろを向きながら私は返事をする。
「あの歌…あれって、アキのために歌ってくれたんだろ…?」
「歌…」
私が最近歌った唄―――――それは、あの夜の宴で歌った鎮魂歌しかない。
「あれを…歌ってくれないか…?」
どういうわけだか、この台詞を聞いた時、私は嫌というかんじがしなかった。
まるで、恋人の求めに応じるような感覚というべきか。言われるままに、私はあの宴で歌った唄を口ずさむ。伴奏のないアカペラだからか、違和感がある。しかも、この場所には私とあの男しかいないから、余計に静かだった。
こいつ…おそらく、死人なんだろうな。だから、鎮魂歌であるこの唄を聴くと、落ち着くのかも…
そんな事を考えていると、男は背後から突然、私に抱きついてきた。
「ちょっと…!!何するのよ!?」
驚きのあまり、私は思わず頬を赤らめる。
だが、男は離さないまま、その重たい口を開く。
「もう少しだけこのままで…あんたの唄…聴いていると、すごく心地いいんだ…」
「…っ…!?」
男は、私の耳元で吐息交じりに囁く。
ランサーでも、こんなことしてこないのに!!
おそらく、今の私は耳まで真っ赤になっていただろう。しかし、これだけ羞恥心を感じているにも関わらず、先ほどと同じようにこの腕を振り払おうという気持ちにはならなかった。男は私に抱きついたまま黙り込み、私はあの唄を口ずさむ。
歌っている間、この男のモノなのか、アキのモノなのか―――――すごい暖かい『想い』が、痛いくらいに伝わってきた。
あれ…?なんだか、頭の芯がボンヤリする…
それから数分が経過し、身体がフワフワとしていてすごく不安定なかんじがして、私は何も考えられなくなっていた。その瞬間――――――――
「ソエル!!!!」
私の名前を呼ぶ声が聴こえた気がした。
これ…は…
※
「ソエル!!!」
連れ去られたソエルを追って、谷底に来た俺達。
到達後もランサーが先頭を走り、最初に目撃したあいつが彼女の名前を呼んだ。
「ソエル!!」
ミヤやシフトも俺達2人に追いついてくる。
息を切らしながら俺は、ソエルの方を向いてみると―――――そこには、黒髪に紫の瞳。明らかにグライドじゃない野郎が、ソエルをお姫様抱っこしていた。当の彼女は、意識はありそうだが、その腕の中で魂が抜けたような虚ろな瞳をしていた。
「てめぇ…ソエルに何しやがった!!?」
俺はその男を睨みながら叫ぶ。
「やっぱりな…!文献に書かれていた通り、生きとし生ける者は死者と一緒にいたら危ないんだ!!!」
「それが…“魂を奪われる”って事!!?」
彼が断言した台詞の側で驚く。
「“カイバ”…!!もう止めるんだ!!!」
シフトが前に出てくると、そのカイバという野郎がピクリと反応した。
「どうして、俺の名前を…。てめぇ、誰だ…?」
「僕は…ミカジ・レイン・アッシュ。生前、アキの恋人だった男だよ」
「えっ!!?」
俺とミヤ、そしてカイバが驚いた。
『ミカジ』…それが、シフトの本名なんだな…
俺はあいつを見ながら思った。
「はは…は…」
俯いていた奴が、笑っているように見えた。
それを見た瞬間、ミヤが何かに反応したような表情をする。
「てめぇの面を見て…はっきりと思い出したよ…。2000年前、軍の階級に憚れて顔を合わせられなかったあいつが、レッドマカボルン族の野郎と死んだ話を!!!」
「カイバ…あの時の事…何か知っているのか…!?」
シフトの表情が、困惑したものに一変する。
置いてきぼりを食らわされている俺達だが、緊張した面持ちでこの2人を見守る。
「軍の奴らは、お前がアキを連れ出すことで駆け落ちし…そのせいで事故に遭ったって言っていたんだ!!!」
「え…?」
カイバの台詞に、シフトは一瞬目を丸くしたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
軍がどうのとかはわからないが、今の台詞の意味はちゃんと理解できた。
「カイバ…。それは、軍がお前を騙すためについた嘘だよ。本当は…」
「うるせぇ!!!どちらにしても…てめぇのせいで、俺は大事な妹を失ったんだ!!!」
カイバの息が上がっているように見える。
「だが…俺は、あいつを助けられなかった自分にも恥じた!そして…誰よりも強くなろうと…!!!」
まるで懺悔するように言い放つ奴の身体から、黒い光みたいなものが現れる。
「この殺気…。そろそろ、来るわ」
ミヤが真剣な表情で断言しながら、鞘から刀を取り出していた。
「数千年ぶりに目覚めたが…やはり、人間は何も変わってはいない…。だから俺は、この醜い連中がいる、この世界を・・自分自身を消し去ろうと…!!」
荒々しい声ではき捨てる一方、カイバの体からあふれる黒い光は次第に大きくなる。
「ギャォォォォォーーーー!!!」
カイバの姿は―――――巨大な黒い竜に変貌した。
「これが…“竜王バハレンド”…!!」
俺はツバを飲んだ。
巨大な魔物はミスエファジーナでも見かけたことあるが、こいつは図体がデカいだけではなく、そこから感じる“覇気”も半端ではなかった。
“覇気”とは名前通りの意味だけれど、レンフェンの武人にとっては『気迫』と同じ意味である。伊達に『竜王』と呼ばれていないようだ。
「そういえば、ソエルは!!?」
彼女の姿が見当たらない事に気がついた俺は、辺りを見回す。
「いた!!!」
よく見ると、彼女はバハレンドの斜め後ろの方で地面に横たわっていた。
「ソエルを、あいつから離すわ!!!」
そう叫んだミヤが地面を切り、全速力で奴の横を通り過ぎようとする。
「ミヤ!!!上っ…!!!」
俺は出だしが遅れたので走ることができなかったが、彼女の頭上に奴の腕が振り下ろされているのを察知できたのである。
周囲に、巨大な物体が落ちたような轟音が響く。
「ミヤ!!!」
「くっ…!!!」
彼女はどうやら、何とか奴に潰されなかった。
その巨大な腕を刀で受け止め、それをすぐに受け流した事で、何とか助かったようだ。
「ミヤ!セキ!!2人とも、そいつから一旦離れるんだ!!!!」
ランサーの叫び声が聞こえ、俺とミヤは急いで最初の位置に戻る。
「ソエルのいる方に行かせてくれないのなら、あいつを殴ってでもどかすしかねぇな!!」
「でも、ランサー!あのバハレンドの中には…ソエルの幼馴染、グライドの魂と肉体もあるわよね?…どう対処すべきかしら?」
ミヤの台詞に、頭を抱えるランサー。
「あ~も~!!!あの術は使えないし…俺も今、必死になって考えているんだ!!!」
流石のあいつも、ここでは冷静になれないようだ。
あの術とは、ホロウバズロを倒した際に使った魂と肉体を分離する暗黒魔術を指す。今、竜王バハレンドの中には、本来の肉体の持ち主であるグライドの魂が眠っているのだ。
しかも、あいつは今回の俺達に必要な人材…。無駄に死なせるわけにはいかねぇし…どうすればいいんだ!!
俺もどう対処すればいいか全くわからず、だいぶ混乱していた。すると、側で風が吹く音聴こえると―――――――――
「僕に……任せて!!!」
俺の隣で、シフトがそう言った。
彼の方に振り向いた瞬間、そこにいる俺ら3人の表情が一変した。
あいつの背中には、インナショドナル塔でも見た紅の翼が片方だけ生えていたのである。
「シフト…!!?」
「大丈夫…」
笑顔で俺に応えたシフトは、バハレンドの方へ歩いて行った。
「あいつから…あふれるくらいの魔力を感じる…!もしや…力が!!?」
そう言いながら、ランサーは笑っているのか驚いているのかわからないような表情をしていたのである。
※
あいつ―――――カイバと顔を合わせるのは今日が初めてだったが、竜王に変わった瞬間、あいつの痛いくらいの想いが伝わってきた。自分の妹・アキを守れず悔やんでいた事。この世に目覚めてしまったおかげで、世界に暮らす人々の心の醜さを知り、苦しむところ。
召喚獣の中で最強の強さを誇るのがバハレンドだけれど…その精神は、僕と同じククル…人間なのだから…
「もう…そんなに苦しまなくていいんだ、カイバ…」
「ギャォォォォーーー!!!」
竜王は威嚇するかのように叫んだが、僕にとっては泣き叫んでいるように見えた。
自分の身体から、紅い炎が現れる。僕は記憶を取り戻し、召喚獣としての自分の能力も思い出した。ただ、翼が片方しかないため完全ではない。
自分の片割れであるアキの魂がこの肉体には存在しないため、敵を滅する炎の力しか僕にはない。しかし、この炎は生きとし生ける者だけではなく、死人の魂も包み込むことができる。
「ギャァァァァッ!!!」
「バハレンドが…炎に包まれていく…!!!」
後ろからセキ達の声が聞こえた。
「…僕たちの時代は、遠い昔に終わったんだ…カイバ…。安らかに眠ってくれ…」
最初は苦悶の表情をしながら悲鳴を上げていたが――――炎の中で、あいつは笑っているように見えた。…幻かな?
「僕も全てが終わったら……君達の所へ行くよ…」
涙を流しながら、セキ達には聞こえないくらいの小さな声で僕はつぶやく。
このとき僕は、今後何が起ころうとも、「全てが終わったらそうしよう」と決意したのであった―――――――――
※
竜王バハレンドを宿したカイバという青年は、炎に包まれて消えた。私達は、セキとランサーが気絶したソエルとグライドを担いで、その場を後にしようとする。
“この世とあの世の境目”…。ここには死んだククル達の魂がさまよっているんだろうな…。そして、母様も…この近くにいないかなぁ…?
無意識の内にそんなことを私は考えていた。
何とか地上に戻った私達は、シノン長老の家で気絶した彼女たちを介抱した。命に別状はないらしいが、あともう少し遅かったら、魂を奪われていたかもしれない状態だったらしい。
「竜王バハレンドとなった青年は…妹を守れなかった事を悔やみ、誰かを守るためにひたすら強くなり…世界大戦で命を落とした軍人。バハレンドが“召喚獣の中で最強”と云われる所以は、その青年が強くなることに…こだわったからだと伝えられているのじゃ…」
「なんだか…とても、悲しい話ですね…」
シノン長老の話に、私は同調しながら聴く。
「戦争は、やる方もやられる方も…身体も精神も深く傷つけてしまうひどいモノじゃ…。だからワシは、自分から戦を仕掛けるような連中は嫌いなのじゃよ…」
これは多分、レンフェンのナラク皇帝の事を…そして、遠まわしにコ族の話をしているのかもしれない…
長老の言葉に、私は内心でそんな事を考えていた。
人間とは、罪深い生き物だ。しかし、“混ざり物”である自分も、その人間の血を半分引いている。
父様は平和を望んだ魔族の一人だけど…その胸中は、どんなものだったのかな…?
しかし、人でも魔物でもない立場だからこそ、見えるモノもあるのかもしれない。この場にはセキやシフトもいたけれど、私は一人考え事をしていたのである。
いかがでしたか?
「戦争は、やる方もやられる方も、どちらもボロボロになってしまう」・・・。
シノン長老の台詞ですが、(これは本当にそうだよな)と、書きながら思いました。
次回は、やっとDVD-ROMの中身を全て見て、これが何の手がかりかを知る回です。
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