第26話 一人の人間として
この作品は、結構ハードな経歴の持ち主が多いなぁ…と、執筆しながら思った次第です。
暗殺者達との戦闘が終わり、夜が明けた。私個人としてはあまりこの国に長居はしたくなかったが、負傷したミヤやシフトを安静にさせるために4日間程、首都レンタオに滞在する事にした。唯一得した事は、宿屋代わりにセキの部屋を使わせてもらったため、宿代が浮いたことくらいかもしれない。
ジッとしているのが嫌いなランサーは、これを機にレンフェン城内にある書物庫に入り浸ってレンフェン独特の魔術・陰陽道を許された範囲で研究するらしい。セキは―――――本当はミヤやシフトの看病をしたいが、「やらなくてはならない事」がいくつかあるらしく、朝早くから出かけて行った。
私はというと…レンタオの街に出たくなかったので、ミヤとシフトが休んでいる客人用の部屋で銃の手入れをしたりと、おとなしくしていたのである。
ボーッとしながら私は暗殺者として侵入してきた、先住民・ツクヨリの事を考えていた。内乱当時は幼かったからわからなかったけど、私たちと同じような風貌で戦っていた彼らを見た記憶は少しだけあった。
…あまり知られていない事だけど…彼らツクヨリも宗教は違うけど、私達カルマ族と同じ、ククルの末裔なのよね…
いわば“同志”とも言える彼らに銃口を向けた事になる。あの時は必死だったので仕方なかったが、今思えばカルマ族としては許されない行為なのかもしれない。ミヤとシフトはちょうど寝ているため、部屋の中は静かだった。
「失礼。ソエルちゃん…いる?」
襖の外から、聞き覚えのある声が響いてくる。声の主は、セツナだった。
「いるわ」
私が少し低い声で答えると、セツナが中に入ってきた。
宴があった時の服装ほどしっかりはしていなかったが、ちゃんと着物を着こなしていた。
「あ…ミヤとシフトが寝ているから、静かにね…。ところで、何か用?」
私が小声で話す。
すると彼も低い声で、用件を切り出す。
「親父…いや、皇帝陛下が君と会いたいらしいんだ…」
なぜこんな事になっているのかわからないが、私はシガラミ皇帝と面会するため、セツナと一緒に歩き出していた。何から話し出せばいいかわからない私を見かねたのか、セツナの方から話しかけてくれた。
「そういえば…セキの奴がここ2日くらい出かけているのはなぜか知ってる?」
「いえ…知らないわ」
私がそう答えると、彼はフッと哂って話を続けた。
「あいつは今、レンタオの町に住む病気の民や貧しい奴に食料や衣類を届けたり、ツクヨリ居住区に出向いてボランティア活動をしているんだ…」
「えっ…!?」
それを聞いて私は驚く。
「セキ…。でも、セツナ。貴方もだけど、仮にも皇子でしょ?なんでそんな事まで…それに、そんな事やっているなんて一言も言っていなかった…」
「そう…。あいつ、そういった事は全然話さないんだよな…」
セツナがつぶやいた。
そして話を続ける。
「あいつは”自分はまだまだ”なんて言っているが…昔から市井に混じって民との交流を図るのは結構やっていたし、今だって他の皇子や皇女がやらない事を自ら行っている。“国を愛し、民を慈しむ”事が皇帝になる者の必須条件だけど、あいつが自分にその資質があるのに気がついていないのが惜しいな…」
「そっか…。だから…私も含め、ミヤやあの2人も彼に惹かれたのかもね…」
私もボソッと呟く。
ミヤといいシフトといい、私達のほとんどは特殊な生い立ちの人がほとんどだ。ランサーもつい最近、自分が天涯孤独だったことを私に教えてくれた。そんな中で彼は―――――お母さんを早くに亡くしてはいるが、その暖かい性格が皆の冷えた心を暖めてくれたんじゃないかと今は思う。そして、セツナが真剣な表情をして言う。
「ソエルちゃん。あんな弟だけど…これからもよろしく頼むな」
「ええ…もちろん!…あ!それと、あの子がミヤとちゃんとくっつくように、頑張らせて戴きます♪」
「…だな。じゃあ、そっちの方もよろしく♪」
そう言った後、二人で笑いながら歩いていった。
皇帝と会うので謁見の間に行くのかと思ったが、私達は皇帝の私領地に入っていく。
「ここが、陛下の書斎なんだが…ここで待っていれば、親父が来るから!」
そう言ってセツナは書斎から出て行った。
皇帝専用の部屋というから、とてつもなく贅沢な装飾があるのかと思ったが、予想していたものよりとても質素な造りをしていた。ただし、やはり皇帝の書斎なだけあって、普通のよりは広かったのである。
そして、襖が開き、シガラミ皇帝が入ってきた。誕生日の前日に謁見した時よりも近くから見ているので、なんだか一国の皇帝というかんじがしない。
「あ、えっと…本日は、お招きありがとうございます…陛下」
臣下ではないので、とりあえず立ち上がってお辞儀だけした。
「今日は…正式な謁見ではないので、作法などは気にせずゆっくりとされよ…」
そう言われて私は、遠慮なしに椅子に腰掛ける。
この書斎の床は畳だけれど、机や椅子が存在し、畳の上に座るかんじではなかった。
「では、改めて挨拶を。…私はレンフェン第24代皇帝シガラミ・レンフェンじゃ」
「えっと…ソエル・カーブジケルと申します」
私は自分の名を名乗った。
そして、次第に表情が柔らかくなった皇帝は口を開く。
「ソエル…か。そなたと会うのは…20年ぶりじゃな…」
「陛下…もしかして、あの時の事を覚えているのですか…!?」
シガラミ皇帝の台詞を聞いて、私は驚いた。
この人にとってみれば、私はただのカルマ族の人間の一人。20年も前の事を、覚えているなんて信じられないくらいだ。
「忘れもせんよ…あの時、死した母親の側で泣きじゃくっていたそなたの表情。そして、そなたが母親似だということも…」
「母を…知っていたのですか…?」
「そうじゃ…。私が皇太子になる以前、巡遊でカルマ族が住んでいた村に訪れた時に、そなたの母と出逢った」
皇帝は遠くを見つめるような瞳を浮かべながら、昔の事を語る。
そうだったんだ…
この国でいう不思議な“縁”に、私は関心したのである。
自分が生まれてわずか3年でいなくなっちゃったけど…若い頃のお母さんってどんなかんじだったのかな?
ふと、そんな考えも同時に浮かんでいた。
「そなたの母も当時、今お主が身につけている淡い水色の耳飾りを身につけていた。そして…村で評判の歌姫じゃった。そなたも、母のように歌を歌っておるのか…?」
「あ…はい。村でのイベントの時に少しだけ…」
自分が歌を歌える事―――――実は皆には一切話していなかったので、自分で言うのが少し恥ずかしかった。
「成程、そうであったか…」
「そ…そういえば、今日はどういった用件で私を呼んだのですか?」
私は陛下のムードにすっかりはまり、本来の目的を見失う所だった。
すると、陛下の表情が一瞬で真剣な雰囲気に変わった。この真っ直ぐな眼差しを見ていると、やはり、セキはこの人の息子なんだと改めて実感する。
「そなたに…そして、そなた達カルマ族に…お詫びをしたいと思っていたのじゃ」
その台詞を聞いた時、私は軽い苛立ちを覚える。
「…20年前、謂れのない罪でこの国から追放し…そなた達には死ぬよりもつらい目に遭わせてしまった…」
「私は…私達は、一生貴方たちコ族を許さないでしょうね」
「そうじゃな…」
二人の間に沈黙が続いた。
そして、シガラミ皇帝の口が開く。
「私の父でもあった前皇帝は、カルマ族の優れた才能に惹かれ、一方で自分の地位を危ぶまれるのではないかと危惧した。そしてその不安が、『彼らは自分たちに反旗を翻すだろう』という思い込みに至ってしまったのだ。私は…そんな父上を理解して差し上げることができず…結果、あの内乱が起きてしまった…」
「陛下には申し訳ないですが、私は名前を聞きたくないくらい、前の皇帝の事は嫌いですから」
無礼は承知だけど、私は敢えて、はっきりと本音を言った。
元々、遠まわしな言い方するのとかが嫌いだったのもあるが――――――――
「そして先日、そなた達一行と謁見をした際、必ずお主と会って話をしようと思ったのじゃ」
シガラミ皇帝は言う。
そういえば、セキが「皇帝は政務などの仕事がかなり忙しくて、休む暇もない」って言っていたけど…今、こんな所で私一人と話し込んでいて大丈夫なのだろうか?
少し疑問に感じた。
「しいては、ソエルよ。私は…自分が一国の皇帝であること、コ族の代表であるとか関係なしに、レンフェンに住む一人の民として言わせてほしいのじゃ…。あの時の内乱のせいで、そなた達カルマ族の人生を無理やり終わらせたり、狂わせたりしてしまい…本当に申し訳なかった」
そう言って、皇帝はその場で立ちあがり、頭を深く下げた。
「へ…陛下…!!?」
予想外の行動に、私は動揺を隠せなかった。
「ちょ…!!頭を…上げてください、陛下!一国の皇帝が平民に頭を下げるだなんて…大問題なのでは…!!?」
私は正直、焦った。
ここまでする人では絶対にないと思っていたからだ。
「私は…例えそなた達の殲滅を命令したのが父上であったとしても、実行した人間の一人。内乱が終わった直後、誓ったのじゃ。“今後はこの世を去ったカルマ族達のためにも、民の事をよく考えられる皇帝になろう”と…!」
陛下はゆっくりと話していたが、その言葉一つ一つに言霊のようなモノが感じられた。
そして、その言葉を聞いた途端――――-何か重いものが、急に軽くなったような気がした。それと、無意識の内に涙が頬をつたっていたのである。
「両親を亡くしてからずっと…表には出さなかったけど、ずっと……あなた達コ族の事を恨んでいました…。周りの幸せそうな親子を見る度に、“どうして私だけがこんな目に…”と。でも…あなたの息子であるセキ皇子と出会い……そして、貴方の口からそんな言葉が聞けて…すごく…報われた気が……します…っ」
それを見た陛下は無言のまま私の側に来て、私の両手を握ってくれた。
声を押し殺して泣いている私に対し、陛下は瞳を潤ませながら言葉を紡ぐ。
「ありがとう……ありがとう…!」
皇帝は、少し震えた声で繰り返していたのである。
「あ!ソエル、おかえりー♪」
セキの部屋に戻ると、シフトやミヤが起きていて、私を出迎えてくれた。
近くにはランサーもいる。
「お前、目が赤いな…。何かあったのか…?」
ランサーが心配そうな表情で私に尋ねてくる。
一瞬黙った私は、すぐに口を開く。
「ねぇ!皆は…マカボルンを見つけた後はどうしようと考えてる?」
私の台詞に3人が瞳をパチクリさせていた。
「私は…見つけた後の事って、考えたこともなかったわ…」
「僕も…。ランサーは?」
「俺はー…やっぱり、本職に戻るって所かな?」
3人が口々に答える。
「でも、ソエル。急にどうしたの…?」
ミヤが不思議そうな表情で私に問いかける。
「急でもないけど…ただ、セキ…あの子にはこの城に戻って、皇帝になってくれればな…って思ったからなんとなく…ね」
「へぇー…」
ランサーがニヤニヤし始めた。
「でも、確かにセキなら、すごく良い国づくりをしてくれそうだよね!」
「ええ…彼なら、民にも慕われて愛される皇帝になると思うわ…」
皆の顔がすごい笑顔になっていたのに、私は気がついたのである。
「…そうだ、ミヤ!あなた、セキと結婚すれば、玉の輿になれるじゃないの♪」
「た、玉の輿って…ソエル!!?」
私が彼女をからかうと、本人は少し動揺しながら顔が赤面になっていた。
「国際結婚か…。二人ともお似合いだし、いいかもしれねぇな~」
「うんうん」
ランサーがニヤニヤしながら頷き、それにシフトが同調していた。
「ちょっと!シフトにランサーまで…!!」
赤面しながら顔をプクリと膨らませていたミヤが、何だか可愛かったのである。
残念ながら、このやり取りをセキは見ていなかったけど…まぁ、それは私達4人の秘密という事で!
今の私としては、マカボルンがどうのというより、本当にミヤとセキがめでたく結ばれ、他の二人にも幸せになってもらう事の方が一番だと、この時から考えるようになっていたのである。
いかがでしたか?
レンフェンでの話はまだ続きますが、次から新章になります!
ご意見・ご感想があれば宜しくお願いいたします。