第24話 祝いの席に忍び寄る影
今回は、ミヤやソエルといった、女性陣の頑張りどころかも?
私達は指示された時間の15分前にセキの部屋で集合し、それぞれの持ち場へ移動した。
私は宴会場の中でソエルがレンフェン城内部、シフトとランサーが城外の堀がある所…といった具合だ。警備の仕事はケステル共和国のギルドにいた時以来なので、初めてではなかった。私の中でシガラミ皇帝は一国の主としてではなく、「セキのお父さん」である。
いつも私達を支えてくれたセキの唯一の家族…。今夜は絶対に彼や皇帝陛下に刃を近づけさせないわ…!!
私は心の中で固く誓う。また、宴の会場であるこの場所はいくらか広い空間ではあるが、室内なのであまり派手に動き回るのは良くない事も忘れないようにしようと考えていた。
そして、セキやセツナさんを含む宴の参加者が全員着席し、レンフェンの伝統音楽が流れ始める。主役であるシガラミ皇帝が会場に到着し、玉座まで歩く。それを機に、宴が開始されようとしていた。
※
「あ~疲れるー!!」
歩きながら私はブツクサ独り言を呟いていた。
なんで、一番年長者の私が、この広い城内の見回りをしなきゃいけないのよ!!
私は、内心不満だらけだった。
それにしても…あれから20年が経過しているから相当老けていたけど…・やっぱりシガラミ皇帝が、あの時私を助けてくれたコ族だったのね…
セキが自分の事をレンフェンの皇族だと明かしてくれた事。そして皇帝との謁見で、私の想像が正しかったんだなと実感した。
「あーもう!今は、見回りに集中しなきゃ!!」
私は自分を奮い立たせて、今の仕事に集中することにした。
えっと…物品管理所に城の出入り口付近に、皇子・皇女の部屋の扉前でしょ…。あとは…
歩きながら見回りした場所を確認し、まだ行っていない場所について考える。
あ、そうだ!宴の手伝いをする人達の控え室!!
ちょうどすぐ側にあった階段を上がった先にその控え室があるので、行ってみることにした。
「失礼しま~す…」
自由に出入りを許されているとはいえ、ノックなしで入るのはさすがに気まずかったので、軽くノックしてから控え室に入った。
誰もいないのか、中は静まり返っている。
ちょうど総出の時間帯なのかな…
そう考えながら、異常がないかを見て回る。
「あれ…?」
不意に視界に入ってきたのは、大きな衣装入れの隅っこで光った何か。側に近づいて見てみると、丸くて小さなピアスだった。
落し物…っぽいね。でも、誰のだろう?
“宴の手伝いをする人”といっても、実際はかなりの人がこのレンフェン城を出入りしている。それは皇族達の料理を作るシェフや、それを運ぶウェイターみたいな人達。余興で伝統芸をやるとか聞いていたから、それ関係の団体もいる。
「あ、そうだ!」
私は、セツナから預かった青くて人差し指くらいの長さしかない笛を取り出す。
『これは忍を呼び出す時に使う、特殊な笛。今回はハルカの奴が城内の警備を任されている忍の一人だから、何かあったときはこれを使ってあいつを呼ぶといいよ!』
そうセツナは教えてくれていた。
ピーーーーッって音がするのかと思いきや、私の息の音しか聴こえない。
これで本当にいいのかな…?
壊れてたりとかしていないか、私は少し不安だった。
「お呼びですか…?」
「わっ!」
天井からいきなりハルカちゃんが降りてきたから、私は思わず声を張り上げてしまった。
その時、私は「この笛の音は忍にしか聴こえないモノで、彼らはこの特殊な音を聞き取れるように、日々訓練をしている」と、セツナが言っていたのを思い出した。
「我が主、セツナ様の命により、貴女の手助けをするために参りました。…ご用件は何でしょうか?」
忍の子でセツナの侍女でもある、ハルカちゃん。
私よりも年下なのに、数々の修羅場を乗り越え、人殺しが持つ瞳を宿していたのである。
「ソエル様…?」
「あ、ごめん!!」
彼女の言葉で我に返った私は、用件を話す。
「今、このピアス…いえ、耳飾りを拾ったんだけど…これって誰が身につけていそうかわかる?」
「紫光石の耳飾り…。これは、宴の余興に参加する踊り子が身につけるものですね…」
耳飾りを見てすぐに、彼女は誰のものかを特定してくれた。
「そっか…じゃあ、誰かに頼んで渡してもらえばいいのかな…」
そうつぶやきながら、私は大きな衣装入れに――――赤い何かが少しだけ付着しているのを見つけた。不思議に思った私は、その大きな箱を開けてみる。
「…っ!!?」
衣装入れの中身を見た時、私の顔は一気に青ざめ、声を失った。
それと同時に、衣装入れの蓋を地面に落としてしまったのである。
「これは…!!」
青ざめた私の横で中身を見たハルカちゃんが冷静な口調で声を張り上げる。
衣装入れの中に入っていたのは―――心臓を小刀で一突きにされ、目が見開いていたまま死んでいるコ族の女性だった。
「あうっ!!」
「ソエル様…!?」
今の光景を目の当たりにした私は、あまりの衝撃に軽い発作を起こした。
というのも、私は20年前の内乱で死に絶えていく両親やカルマ族の仲間達。そして、敵であるコ族の兵士の死体をたくさん見てしまったことから、「人間の死体」に対してちょっとした精神的外傷を抱えていた。
「ソエル様!大丈夫ですか!!?」
「え…ええ。なんとか…」
頭上から、彼女の声が聞こえる。
そして数分後、私の発作はようやく収まった。
「あの女性の耳に耳飾りがついていなかったのを見ると…これは、被疑者のモノということね…」
衣装入れの蓋を閉じた後、小さなピアスを見ながらハルカちゃんがつぶやいた。
「あ…れ…?ということは、まさか…!!」
「ソエル様!!!」
私が走って控え室を出ようとすると、ハルカちゃんが呼び止める。
「お仲間に伝えるのならば、私が参ります。発作を起こされた貴女様は収まったにしろ、少しの間休息をお取りください…!」
「いや…でも、別にこれは病気とかではないから…」
「精神的なモノであれば、なおさらです。…後ほど、私が茶をお入れします。セキ様ほど上手ではありませんが、私も薬師の心得を持つ者。それでは、しばしお待ちを」
そう言い放ったかと思うと、ハルカちゃんが出現した場所から姿を消していた。
あの子に面倒かけちゃったみたいね…。でも、お茶を飲んだ後、宴会場内警備をしているミヤの元へかけつけなければ…!!
控え室の畳の場に座り、少し息切れしながらそんな事を考えていた私であった。
※
「ぐはっ!!!」
うめき声をあげた男が地面に倒れこむ。
「ふー…疲れたぁ~!」
一通り済んだ僕はホッと溜め息をつく。
「シフトお疲れー♪…と言いたい所だが。…お前が張り切りすぎて、俺の出番がなかったじゃねぇか!!」
ランサーが軽く不機嫌になっていた。
僕とランサーは城外の警備中、忍とかいう連中に襲われた。でも、予想よりも実際は動きが遅かったので、僕一人で倒してしまったのである。
「やっぱり皇帝や役人さん達が一斉に集まるから、夜襲をかけようとしていたんだろうけど…意外と楽勝だったね♪」
「…だが、今の奴らが、まだ下っ端だったって可能性もある」
「えっ、マジ!!?」
僕は彼の発言に、目を見開いて驚く。
「お前と連中の戦いを見ていて何となく思ったんだ…。あっちも手加減しているようにも見えなかった。…もしかしたら、敵は意外と手ごわいかもしれねぇな…」
ランサーの表情が真剣になっていた。
しかし、一方でこの状況を楽しんでいるかにも見える。
「で、でも…僕達がこの場を離れる事はできないよね?城内では、ランサーの魔術も使えないし…」
「…一概にもそうとは言えないがな」
「え…?」
ランサーがボソッとつぶやいたのか、何を言っているのか全然聞こえなかった。
でも、あの表情は絶対に何か企んでるよ…
僕は薄々、そんな予感がしてきたのである。
「まぁ、俺達に連絡をくれるためにあのハルカちゃんがいるわけだし…俺らは自分たちができることをやろうぜ!」
「うん!!」
うなずいた僕は、ランサーと一緒にまだ回っていない方向へと歩いて行く――――――
※
「失礼いたします、ミヤ様」
「…ハルカさん!?」
襖の近くにいた私は、天井から聴こえてくるハルカさんの声に気がつく。
彼女の声が少し低めだったので、何かの報せだというのは容易に想像ができた。
「私のような忍はこの宴の場所に姿を見せるのは禁じられていますので、ここからで失礼します」
「はい…。何かあったんですか…?」
私も少し低めの声で話す。
そして、ハルカさんはここに来るまでに何があったのかを話してくれた。
「そっか、ソエルが…。私が彼女の持ち場担当なら、まだ良かったのかもしれないわね…」
「ミヤ様…先ほど私が申した事に、驚いたりはしなかったんですか?」
「ええ。私も、暗殺者が城の人々にバレずにこの会場に入り込むとするのなら、その方法が一番確実だと考えていたから…」
「そうでしたか…。では、私のお願いは聞いて戴けるのでしょうか?」
「もちろんよ。セキは宴に参加しているから動けないし…あの2人も自分たちの持ち場を離れるわけにはいかないからね。…ちなみに、私なんかがやっても大丈夫なんですか?」
私は外人だし―――ハルカさんからの頼まれ事が、内容的にも自分がやっても良いのかが気になった。
「ご安心ください。責任者には既に、話をつけておりますから…」
流石、忍としての実力が高いハルカさん!頼もしいな…
私は久々に仲間以外の人間に対して、そう思う事ができたのである。
「ではまず、一旦その場所から出てきてください!私が控え室までご案内します!」
「お願い致します」
ハルカさんの気が天井から感じられなくなったのと同時に、私もコソコソはせず、敢えて普通に宴の会場を出た。
※
「さぁさぁ、セキ様。どうぞお飲みくだされ!」
「ありがとうございます。…ですが、私は未成年なので…」
既に顔が赤くなった家臣達からお酒を勧められた俺は、未成年を理由になんとか断った。
今はちょうど、余興の準備を兼ねて団欒の時間となっている。父上が来られた時に演奏されたレンフェンの伝統音楽、そして久しぶりに見る兄上や姉上、妹や弟達。
やはり、自分の故郷は落ち着くなぁ…
茶を飲みながら俺は今の状況を楽しんでいた。
いやいや!!楽しんでばかりじゃ駄目なんだ!!
そう自分に言い聞かせる。実はお酒については、旅をしている間に何度か口にしたことがあるので、飲めないわけではない。それでも断ったのは、お酒を飲んで判断力を鈍らせないためだ。
父上を暗殺しようとしている連中が、今この場にいないとも限らないし、誰かに変装している…なんてこともありうる
その後、辺りを見回してみると―――――入り口付近に待機している彼女の姿が見当たらない事に気がつく。
お手洗いに行ったのかなぁ…?
なんて考えていた。
「お待たせいたしました」
その台詞と共に団長らしき男が現れる。
「シガラミ皇帝陛下。本日はご生誕記念日ということで、誠におめでとうございます。団員一同、心からお祝い申し上げます」
「うむ」
男の挨拶に対し、父上がうなづく。
「本日は陛下にお楽しみ戴くために、わが国の伝統芸能・剣舞をご覧に入れましょう!!」
団長の合図で2人の人間が現れる。
今日の剣舞では吟者と舞者は両方とも女性だと、先ほどの談笑中に聞いていた。
え…!!?
俺は目を丸くして驚く。2人の女性の内、かつらを被ってはいるが、漆黒の瞳を持つ女性がいる。それは、明らかにミヤだった。
なんで彼女が踊り娘の格好をしているんだ!!?
予想だにしてない事態に、俺は動揺を隠せなかった。
そんな自分をよそに、剣舞は始まった。太鼓や笛の音に合わせて、彼女ともう一人の女性が舞い始める。
ミヤが持っている剣…あれはおそらく、彼女が持っている刀に銀紙を貼って大きくしたものだな…
今思うと、あの刀を持っている時の彼女はある意味無敵だ。あれを杖代わりにしているだろうと思ったが、何か違和感を持ってしまうのは何故かと、疑問を感じざるをえない。そう考える一方で、レンフェン独特の舞踊たる剣舞を踊れるミヤに、驚きと感心の気持ちが強かった。
剣と剣がぶつかり合う。剣舞も盛り上がりがある所に進んだようだ。太鼓の音も大きくなり、2人の動きも激しくなる。本来はチャンバラの状態が続くのがこの剣舞だが…
あれ?なんだか、相手の剣の方が一方的になっているような…?
無表情だったミヤの表情が少し変わったように見えた。猛攻を避けた時、彼女の顔が一瞬だけ俺の方を向いたのである。深刻そうな表情をしている彼女。嫌な予感が頭の中をめぐる。
「きゃぁっ!!」
相手の女性がミヤの剣を受けきれず、地面に転げ落ちた。
その後、地面に座ったその女性にミヤが剣を向ける。
「そこの娘!!何をしている!!?」
宴の会場にいる全員が驚いている中、皇子の一人が叫ぶ。
すると彼女は、つけていたかつらを外して地面に放り投げる。それを見た途端、相手の女性の表情が一変した。
「貴様…あの皇子の仲間か…!!」
驚いているその女性を前に、ミヤは言う。
「香水を使うことで血の匂いを隠すことはできたみたいだけど…あなたが持っている殺気までを消すことができなかったようね!」
「なっ…!!!!」
俺を含めて会場中がざわめく。
「雑技団の控え室に、この耳飾りが落ちていました。…おそらく、殺された女性に抵抗された時に落としたんでしょうね。…そして、貴女はそれに気がつかなかった」
「くっ…!!」
彼女の指摘が図星だったのか、相手の女性は顔を下に向けてうつむいてしまう。
「ミヤ…」
俺はその場を立ち上がって呆気に取られていた。
「セキ……きゃぁっ!!!」
俺の声に気がついたミヤがこちらへ振り向こうとした刹那、相手が攻撃を仕掛けてきたのだ。
彼女は咄嗟に相手の攻撃を避けて、後ろに数歩下がる。
暗殺者の女性は着物の下に小刀を仕込んでいたらしく、ミヤを遠ざけた後、ものすごい形相をしてこっちに向かってくる。
「セキ…彼女を抑えてっ!!」
ミヤが叫ぶ。
しかし、思いのほか彼女が早くて追いつけず、その矛先は父上の方を向いていた。
「父上!!!」
咄嗟に叫んだ直後、銃声が場内に響き渡る。
城の兵士達は剣しか持っていない…。ということは…
「ソエル!!」
会場の入り口に銃を構えたソエルがいた。
「今の音は…!!?」
ソエルの後ろから護衛兵が数名現われ、声を荒げながら言う。
「そこに倒れている女性、陛下を狙う暗殺者だよ」
「なんと!!?」
ソエルの淡々とした台詞に、兵士たちは驚いた。
「今撃った弾は麻酔弾だから、気絶しているだけだよ」
無表情で彼女は述べる。
「ソエル!!」
兵士が暗殺者を拘束した後、ミヤが彼女の側へ駆け出す。
「暗殺者のこと、ハルカさんから聞いたわ!!…発作大丈夫?」
ソエルに声をかけていたようだが、ミヤが口にした言葉の後半がよく聞こえなかった。
「ええ…もう大丈夫!」
ソエルの笑顔が見えた。
…どうやら、見知らぬコ族の人々と話せるぐらいにはなってきたみたいだな
そう思うと少し安心した。
そういえば、シフトとランサーはどうしているかな…?
俺は外の警備に出向いている2人の事を考えながら、不意に天窓の方を見上げる。
その直後、天窓が割れ、何かが落ちてきた。
「うわっ!」
その何かが、俺の上に被さってくる。
「シフト!!!?」
ミヤの声が遠くから聞こえた。
ゆっくりと起き上がってみると、俺の上に傷だらけのシフトが乗り上げていた。
「おい、シフト!!!大丈夫か?…一体何が!!?」
「セキ…。えへへ…どうやら、敵の実力を見誤っていたの…かも…」
シフトが苦笑いを浮かべながらか細い声を出す。
「…今、医師を呼んでやるからな!!」
「…はっ!!こんな雑魚が俺達の相手だなんて、笑わせるなぁ…!!!」
「何!!?」
割れた天窓の方から聞き慣れない男の声が響く。
すると、そこには忍の格好をした野郎がいた。その台詞を聞いた俺は、次第に怒りがこみ上げてきた。今の一言で仲間を侮辱されたからだ。しかし、ここは父上や他の皇子・皇女もたくさんいる。そのため、怒りに我を忘れてはいけないと解っていても、こみあげてくるものが止まらなかった。
「…大抵、お前みたいなおしゃべり男の方が弱いっていうがな…!」
俺は強い殺気を放ちながら、奴を睨みつけて言い放つ。
「へぇ…皇子様がよく言うな…」
その瞬間、男から殺気を感じた。
「なら、俺に負けるお前はもっとクズだな!!!!」
そう言ったかと思うと、刀を持って俺に襲い掛かってきた。
俺は咄嗟に踊り子の女性が持っていた剣で対応する。
この振動音…やっぱり本物の剣だったんだ…!
あの時感じた違和感の正体が、今になって判ったのである。
「ミヤ…シフトを頼む!!ソエルはランサーを呼んできてくれ!!!」
「わかったわ!!」
2人の声がほぼ同時に聞こえた。
※
「シフト、大丈夫…?」
「う、うん…。何とか…」
彼の声が少し弱弱しく感じた。
今、セキが戦っている暗殺者を少しだけ見た。
私がさっき感じた気…あの口うるさそうな男のではなかった…。ものすごく強烈な殺気だったから、暗殺者の仲間かと思ったけれど…。気のせい…?
そう思いながら私はシフトに問いかける。
「シフト。これから医務室に向かうけど、立てそう…?」
「うん…」
「私が肩を貸すわ」
彼の右腕を私の肩に回し、私とシフトは立ち上がる。
そして、歩き出そうとすると―――――
鈍い音と共に、私の背中に何かが突き刺さった感覚がした。
「え…?」
その衝撃で私は身体のバランスを崩し、地面に倒れこむのであった。
いかがでしたか?
次は本格的な戦闘シーン。
ミヤに何が起こったのか・・・!!?
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