第23話 皇帝の誕生日
セキって、今でいう”女子力の高い男子”みたいですよね(笑)
あれから僕達は、セキの部屋に案内されたのである。
「おー、これがセキの部屋かぁ…!」
「母様のお部屋と似たような広さね…」
ランサーやミヤが俺の部屋を見て、各の感想を述べていた。
「あれ?部屋の中にまた扉がある…」
僕が襖の目の前で不思議そうに辺りを見回す。
「…開けてみるか?」
そう言ってセキが襖を開けてくれた。
「わぁ…!」
中を見ると、こじんまりではあったがすっきりとした空間の隅に茶道具が多く置かれていた。
どうやらここは、小さな茶室みたいだ。
「茶入に炉釜に柄杓に炉壇に炉緑もある…!ここは、茶室なんだね!!」
一つの部屋の中に茶室があるという事実に、僕は感激していた。
父さんと暮らしていた頃、仕事でレンフェンの茶人と会ったことがあり、一度だけ茶を入れてくれたことがあったため、少しだけ茶道の知識を持っていたのである。
「おお!シフト、お前も茶をやっていたことがあるのか!?」
セキが子供のように瞳を輝かせながら、僕に問いかける。
「ギルドにいた時に少し…。そういえば、帛紗が紫色だけど、これってどうしてなの?」
不意に感じた疑問を、セキに問う。
帛紗は茶器などの道具をふき清めるために使われるものだが、僕が以前見た帛紗は、朱色だったのである。
「紫色の帛紗は基本、男が使用するものなんだ!ちなみに、女性は赤か朱色のものを使う」
「そういう事だったんだ…」
「今度、お前にも茶を立ててやるよ♪」
セキが得意げに言った。
でも、セキは自分の趣味の話をしていたせいか僕以外の皆のことをすっかり忘れていたようだ。
こういう所って、セキの悪いところだよなぁ…
僕は彼を見ながら、内心でそう思った。
「あ~…えっと、ごめん!ランサーには少し話したんだが…皆にも聞いてほしいことがあるんだ。…いいかな?」
「もちろんよ」
ミヤを筆頭に全員が同意した。
「ああ。実は明日、父上の誕生日なんだ。そのため、明日は城内がお祝いムードになる。…国中の役人が挨拶に訪れ、夜にはそいつらも交えた宴が催されるんだ」
「一国の皇帝の誕生日だっていうんだから、やる事も派手なんだろうな!」
途中、ランサーが口を挟む。
「まぁ…な」
「…もしかして、その宴に参加してっていうんじゃないでしょうね?」
ソエルがセキを睨みつけながら問う。
「本当は参加してほしんだけど…こればっかりは俺にもどうにもならないから、参加はできない」
苦笑いを浮かべながら、セキは答える。
「セキは私たちに何をしてほしいの…?」
“何故その話をしたのか”と疑問に感じたミヤが、首を傾げながら問う。
「本来ならこんなことを皆に頼むはどうかと思ったけど…皆に、宴の時だけ城内の警備をお願いしたいんだ」
「警備!?」
僕は目を丸くして驚いた。
「祝いの席では、皇帝を含めて臣下たちは一切の武器所有を禁止されているの。だから、皇帝やレンフェンのお偉いさんの命を狙う暗殺者にしてみれば、絶好の狩場よね」
ソエルがボソッと呟く。
彼女の言った「お偉いさん」という言葉は、コ族を皮肉っているかんじがした。
「もちろん、宴開催時の警備は厳重にしている。ただ…お城の護衛兵は、戦場を経験したことのない者がほとんどなんだ。いくら数がいたとしても、暗殺者達に裏をかかれる可能性がある。そのため、いろんな場を経験している皆に、客観的な視点で彼らを見ていてほしいんだ…!」
「…それって、状況によっては俺達も戦っていいのか?」
「…存分に暴れまわってもらって構わない」
ランサーの問いに、セキが真剣な表情で答える。
「なんだか、明日がちょっと楽しみになったかも♪」
「でも、シフト。魔物が相手ではないとはいえ、どんな危険がまとわりつくかわからないわ。…あまり軽く考えない方がいいかも」
僕の台詞に、ミヤがピシャリと言い放つ。
相変わらず、手厳しいなぁ…ミヤは
ため息をつきながら、内心でそう思った。
その後、僕たちは夜遅くまでいろんな事を語り合った。レンフェンの場合、お酒は20歳からと法律で決まっているため、僕・ミヤ・セキは飲めなかった。しかし、セキがソエルとランサーにお酒を部屋に持ってきて振舞ってくれたので、二人はそれを飲む。この国に来るまでに、僕を含めて皆いろんな事があったから、ものすごく安心したのかもしれない。セキは自分が皇子だということを明かしてくれた事もあり、シラフだけどいろんな事を話してくれた。
「俺は当然、父上を尊敬しているが、同じくらい尊敬している方が皇族にいるんだ!」
中でも、今の台詞を皮切りに語ってくれた話が、一番興味深かった。
その内容とは、レンフェンを建国した初代皇帝ヴァン・レンフェンの話。セキ曰く、ヴァン皇帝は元々ミスエファジーナの騎士で、しかもミヤのお母さんでもあるアクト・ファジーナの護衛騎士だったのだ。そのため、ミスエファジーナの歴史書では「ヴァン・J・クーリッジ」という名前で載っている。
彼は、主であるアクト女王を守護しながらマカボルンが存在するという「最果ての地」へ共に向かっていた。しかし、持病を抱えていた彼は、今のレンフェンの土地に入った時に倒れてしまう。それを見かねたアクト女王が「お前はここで養生し、私がマカボルンを持ち帰ってくるのをそこで待っていなさい」と、彼をその地の先住民に預け、北へ向かったという。
「そして、養生している際にはるか昔からいた先住民ツクヨリの女性と恋に落ち…俺らコ族が生まれた」
このような締めくくりで終わった。
「…コ族が黒い髪と藍色の瞳を持っているのは、ヴァン皇帝がミスエファジーナのバルデン族だったからなんだな…」
僕の側でランサーが感心していた。
「話せば長くなってしまうけど…ヴァン皇帝の話を聞いたとき、“人を慈しみ守る力”のすごさ。そして、それを後世に伝えた彼をすごく尊敬しているんだ…!!」
セキが目を輝かせながら語っていたのが、とても印象的だったのである。
※
俺たちは自分の部屋でいろんな事を語りながら、夜を明かした。
翌朝、去年と同じようにレンフェン城はお祭りムードになっていた。民にも慕われている父上は、彼らから祝いの品を贈られてくることが多い。そして、政治の関係上、他国の王や偉い連中からも少なからず祝いの品が届くため、この日の物品管理所は特に忙しくなる。一方で、招かれざる客が来ないように目を光らせている兵士が大勢いた。
礼服に着替えた俺は、先に終わっていた皆のもとへ向かって驚く。
「おお…皆、似合ってるじゃん♪」
今回、警備として城内を自由に行き来して良いという代わりに、警備兵隊の隊長(実は仲良しだったりする!)から1つ条件を出されていた。
「へぇー…これが、レンフェンの“着物”なんだぁ…!!」
シフトが自分の格好を眺めながら言う。
その条件とは、当日は全員レンフェンの着物に着替えるということ。身につける着物に関しては、俺やセツナ兄さんの見立てで彼らに合う着物を選んだ。
「勾玉の首飾り…レンフェンの“陰陽師”になったみたいだな♪」
ランサーは勾玉の首飾りが気に入ったのか、上機嫌だ。
「ソエルは…少し派手だけど、似合っているね」
シフトが笑顔で言う。
しかし、ソエル本人はすごい嬉しい訳でもなさそうだった。
「あ…・。遅くなってごめんなさい…」
最後に着替え終わったミヤが、少しずつ歩きながら姿を現した。
それを見た俺らは、言葉を失う。着物を見立てたのは俺だが、化粧はプロの化粧屋に任せただけあって、彼女が女神のように美しく見えた。元々、派手な化粧をほとんどしていない彼女なだけあって、そのギャップはすごい。
「ミヤ…すっごくきれい…!」
「ミヤちゃんはちゃんと化粧をすれば、もっと美人になるって俺は思ってたぜ!!」
ソエルとランサーが側で感心する。
「着物を見立てたのは俺だよ!」と言いたかったが、言わなかった。というのも、ランサー達の着物を見立てたのはセツナ兄さんだが、ミヤのだけは俺が見立てたからだ。
「それにしても、ミヤは自分がどれだけ美人になっているかを知ることができないのが残念だよねぇ~…」
シフトが彼女を見ながらため息をつく。
「セキ様、皇帝陛下との謁見のお時間でございます」
侍女の一人が俺達を呼びに来たようだ。
「ああ。今行く」
俺がそう告げた後、全員で自分の部屋を後にした。
俺たちは謁見の間で父上――――皇帝陛下が来るのを待っていた。一国の主である父上は当然、普段は政務に忙しくて謁見できる時間がほとんどない。今日だって自分の誕生日とはいえ、俺たち以外でも多くの人々と会うことになっている。父上がゆっくりできるのはただ一つ、夜の宴の時だけである。宴の際、衛兵は宴会場の外に配置する(父上や皇族を安心させるためもあって)ことになっている。
父上が唯一くつろげるのが宴の時だけ…その時間を守るためなら、俺は何だってやるぞ…!
俺の胸中はそんな気持ちでいっぱいだった。
「皇帝陛下のおな~り~!!」
父上が来た時の合図が、家臣の口から告げられる。
その合図の後、父上が謁見の間に入り玉座に座った。
「面を上げよ」
その台詞の後、俺たちは頭を上げた。
「お久しゅうございます、陛下。レンフェン国皇帝の第16子セキ・レンフェン、ただ今参上つかまつりました」
「うむ」
「本日はご生誕記念日ということで、心よりお祝い申し上げます」
俺は父上に自分の名を名乗り、お祝いの言葉を申し上げた。
「ふふ…堅苦しい挨拶はそこまでにして…。久しぶりじゃのう、セキよ」
「父上…国の行事にほとんど参加できずに、申し訳ありませんでした…」
「よいよい。そなたとセツナがしている事は、皇族として本来は経験しておくべきこと…。責めたりもせんよ」
父上は咎める事のない、お優しい返事を返してくれた。
セツナ兄さんが以前、「陛下が俺の事を一目置いている」なんて言っていたが、俺は誰よりもワガママ皇子に他ならない。俺が国を出たのは、マカボルンを探すのが第一の目的だが、権力争いにうんざりしていたというのもある。だから、父上を含めて多くの人々に迷惑をかけてしまし、また、これからもかけ続ける事になるのかもしれない。
「そういえば…後ろにいる者達がそなたと今、旅をしている仲間たちじゃな?」
「お初にお目にかかります、陛下。私は魔法省に所属する魔術師、ランサー・ゼロ・ピカレスクと申します。以後お見知りおきを…」
ランサーから順に自己紹介を始めた。
「ソエル・カーブジケルです。…お久しぶりですね、陛下…」
「久しぶり…?」
ソエルが自分の名を名乗った時――――――――――父上の表情が少し変わった。
「…もしやお主…あの時の…!?」
父上の表情が固まっていた。
ソエルが父上に会われた事があるのって、本当のことだったのか…
俺はソエルを見ながら考えていた。
「失礼いたします、陛下。そろそろお時間でございます」
「おお…そうじゃったな」
謁見の時間が5分だけだったので、どうやら時間になってしまったようだ。
「そなた達はセキの大事な客人…本日はゆっくりとされよ。そして、セキよ。また後ほどな…」
「はっ!」
父上はそう言った後、謁見の間を去っていった。そして、俺たちも謁見の間を後にする。
謁見が終了し、時間は午前11時を回っていた。しかし、宴の開始は19時のため、まだ時間がある。ソエルが父上と会った事があるという事実。その具体的な内容を俺も含めた全員が知りたがってはいたが、「あまり触れてはいけない事」と判断したのか、誰もその話はしようとしなかった。俺達の中が少しだけ気まずい状況になっていく。それを察したシフトが口を開く。
「ねぇ、セキ!…“着物”に着替えた事だし、城内を歩き回ってもいいんだよね??」
「あ、ああ…」
問いかけられた俺は、その場で首を縦に頷いた。
「じゃあさ、定時まで自由行動にしない?僕の場合、この広い城内を探検したくてたまらないんだけど♪」
その台詞を聞いて、ランサーが口を開く。
「それはいい考えだな!…俺も、城内に待機している“陰陽師”やレンフェンの装飾に興味があるし…」
「じゃあ、定時の15分くらい前に合流しましょう!」
ミヤの台詞の後、俺たちは一旦解散した。
シフトに助けられたな…
俺は少し安堵し、同時にシフトへの感謝の気持ちもあった。
「ミヤ!…あの…えっと…」
「どうしたの?」
俺は顔を少し赤らめながら言う。
「良かったら、俺と…一緒に城内を回らないか…?」
その台詞を聞いた途端、ミヤはキョトンとしていたがすぐに答えを出す。
「ええ…。じゃあ、案内をお願いしようかしら」
少し顔を赤らめながらそう言ってくれた。
この事は絶っ対に他の皆には内緒にしておこう…
俺は心にそう誓った。
この1年―――――旅を初めていろんな事があったけど、ミヤやランサー達のような素敵な仲間に出会えることができたのも、一重に俺が国籍を捨てて旅をすると決心したからだというのを改めて実感した。
「守りたい」と思える女性にも出会えたし…
俺とミヤは皆と合流するまで、城の中を歩き回りながらいろいろと語った。しかし、夜の宴の席で命がけの戦いをすることになるとは、この時の俺は微塵も思っていなかったのである。
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