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これにて完結です


なぜ人間の私を助けたのか。

――それは私がお前に救われたからだ。


魔族は人間の敵だ。

――それは正しいが『なぜ敵になったのか』を教えよう。


ようやく声を出せるまで落ち着けたので投げた二つの問いには、意味が分からないまでもあっさり返事があった。

食事の時とは打って変わって真剣な眼差しになった魔王は、かなり密着度の高いエスコートしながら、本の浮かぶ図書室に案内した。

蝶が羽ばたくようにひらひらとページをめくっては閉じ、定位置であろう場所に戻っていく。

誰が読んでいるでもないのに浮かんでいる様々な本に目をやっていると、一枚の地図が目の前に飛んで来た。


「見て分かるだろうが、これは王国側の地図だ」

「…」

「そして、これが我が国の地図だ。見比べると良い」

「…?……、これ、は」


王国側の地図は真新しい。最近見た地図と同じ国境線が点線になっており、前線と呼ぶべき場所に赤い丸印がついている。

対して、魔王が渡してきたのは何百年も前に書かれたのが分かるほど古い地図。

そこにも王国との国境線が描かれているが、違う点が一つ。


「国境線が、違う」


そう、明らかに違った。

新しい地図は、王国側が魔王の治める地を大きく削っている。

嫌な予感が来るより先に直感した。


敵は、私たち(人間)なのだと


思わず口を押さえた手が震えている。

そして思い出す。私が『なぜ騎士になれたのか』を。

魔物の研究。これは良い。数は少ないが他もやっていたから。

魔王軍の動きの正確な予測。これが出来たのは、魔王軍の動きに法則があったからだ。

一定のラインを越えては来ない。

それを把握した私は後方の線をこのラインのギリギリに置き、負傷者はすぐにここまで下げることで手当てが早くなるように提案した。


なぜ『ラインを越えてこないのか』と考えたことはない。

この土地を嫌う何かがあるとか、ここを越えたら力が弱まるとか、物語のような予想をしても詳しく調べなかった。

前線をさらに押し上げることに集中していたから。


描かれた時代が違う地図を見比べて分かる。

王国(人間)が、侵略したのだと。

地図を元の場所に戻した魔王が近くの椅子に私を座らせると、語り始めた。


「人間にとって、この地は魅力的らしい。金脈も銀脈もあるし、清らかな水源もあちこちに。大地が枯れることも今まで一度もない。これからもないだろう」

「、…」

「それらの豊かさは我らの同胞、種の違う魔族の特性故に保たれているから、人間が我らを追い出したところで長続きはしない。…侵攻してきた王国軍と、最初は話し合いによる和平を試みた」

「…」


静かに聞いていることしかできなかった。

どれだけ平等な契約を持ちかけても、どれだけ譲歩して人間にとって魅力的な条件を持ちかけても、あちらは『否』の一択だったという。

王国の侵攻は止まらず、戦火は終わらず、話し合いのために費やした時間のせいで後手に回り、領土の一部を奪われたという。

いつしか話し合いを諦めたという。

交渉は無意味。どちらかが負けるまでという終わりの見えない戦いが始まったという。


それでも国境線とは反対方向へ魔物を放ったのは事実だろうと、両親が死んだ理由を話せば『魔物を解き放ったことなどない』とまで言われ。


「どんな姿だった?」

「大きな、猿の」

「ふむ…そのような種類は配下にいない。猿、猿か…首輪の痕のようなものはなかったか?」


首輪の痕。

ああ、なんてこと。


思い出したくない記憶だったから思い出さなかった。

今でも思い出したくないけれど、よく振り返ればおかしなところがあった。

解体屋の娘なのだ。『妙な傷跡』があるなと、思ったのを覚えている。

首の周りだけ毛が短かった。こういう種類なのかとよく確認しなかったのが悔やまれる。

あれは首輪の痕だった。


「酷なことを言うが、それもまた王国の仕業だ」

「っ、」

「使役している魔物を故意に放ったのだろうな。大方、我らへの恨みを募らせて国中から兵士を集めたかったのだろう。そして運良く剣聖とお前が参加した」

「そん、な」

「お前のご両親には申し訳ないが、そのおかげで私はお前に会えた。落ち着いたら墓前に挨拶をしに…?」


再び一気に詰め込まれた情報で感情が荒ぶる。

王国が恨めしい。悔しい。なぜ。なぜ父さんと母さんが死んだ。何であの村だったのか。

弓の腕を隊長に見いだされて嬉しかったのに、厳しい訓練に耐えたのに、被りたくもない血を被ったのに。

殺す必要がなかったのか。確実に命を奪う罠を考えなくて良かったのか。

仲間を庇って自分が怪我をする必要も、庇われて仲間を失う必要もなかった…?


ああ、吐き気がする。目が熱い。

視界がぐるぐる回って、魔王が何か叫んでいるのに耳がうまく音を受け取ってくれない。

身を縮こまらせた私に伸びた手を払いのけ、その誰かを睨み付けた。

その誰かは、ちっとも悪くないのに。


「…お前はただ親の仇を討ちたくて、仲間を守りたくて戦場に立っていただけだ。悪いのは騙していた王国で、お前が悪い訳ではない」

「そんなこと、なんで言える…!私はお前たちをたくさん、たく、っさん…!」


何でそんなに穏やかでいられるのだ。恨んで当然の敵が目の前にいるのに。

何で躊躇いもなく手を伸ばせる。私こそが魔王軍の仇なのに。


「それを言えば我々だって大勢の人間の命を奪ってきた。何百年も前からだ。命を奪った数を競い合うなら、どちらが多いかは誰も分からない。そこに関しては誰も責められない。お互いに。ただ、この戦を始めた者たち、といっても末裔だが…そちらには責任がある」


再び伸ばされた魔王の手が私の腕を掴んで引っ張り上げ、手伝ってくれ、と笑った。

が、そういえば、と男は自分の顎に手を当て首を傾げる。


「なぜお前は1人でいた?」

「…それは、……………裏切りに、あった」


改めて自分が裏切られたことを話すのは妙な気分だった。

話している内に脳裏に過ぎることを全てなかったことにしたい。

良い思い出と悪い思い出が交互に浮かんでくるんだからタチが悪すぎる。


そうしてあの日のことを全て話して鼻を啜ると、近くの本棚が壁まで吹っ飛んだ。


「……………ぇ」

「王国の愚か者どもがお前を、『私の』サーシャを殺そうとした、合っているな?」


合っていない。

いや殺されそうになったのは合っているが、いつ誰が、誰のものになったというのか。

否定しようと魔王を見上げると、さっきまでなかった羊のような真っ黒な角が頭から生え、腕を掴んでいる手の爪が鋭く伸びている。

ルビーのようだった赤い瞳はそのままに、白目だった部分が黒く染まっていて、こうやって見るとたしかに『血を閉じ込めたよう』である。

怒ると姿形が変わる魔物がいる。魔族だって怒れば色が変わったり。


(……怒ってる?魔王が?なぜ?)


ならばさっきの本棚は怒りの発散のために?

紙を散らして雪崩を起こしている本棚を見つめていると、顎を掴まれて顔の向きを変えられた。


「こちらを見ろ」

「っ、」

「道理で軽装備なわけだ。欲の塊でしかない獣どもめ…!国に尽くし、命を賭して戦ってきた騎士になんてことを…!裏切り、裏切りだと?サーシャ、サーシャ、私のサーシャ、辛かったろう、苦しかったろう、そんな顔をしてくれるな、心の傷もきっと癒やしてみせる」


目の前に自分より分かりやすく怒っている人がいると一周どころか何周も回って冷静になることを初めて知った。

あんなに警戒していたのに絆されている自覚はある。

魔王の言うことが真実だと決まったわけじゃない、という理性が働いてはいる。

働いてはいるのだけれど、私を殺そうとしたのが王国だったというだけで魔王軍()を信じるに値したのだ。

頭を撫で、また抱きしめて、ついには幼い子どもを抱えるように腕に抱き上げた魔王が角を生やした姿のまま図書室を出て長い廊下を進んでいく。

…先ほどより男の背が伸びている気がするのだが、気のせいだろうか。


進んでいった先は、私が最初に目覚めた部屋。

まずはゆっくり休むことだと寝台に乗せられたけれど、寝れるわけがない。

何より一番の疑問がまだ解決していないのだから。


「あの、魔王、陛下…?」

「陛下など!ラエルで良い。お前には私の名を呼ぶことを許そう」

「…………ラエル、様」

「何だ?」


中々寝ようとしない私の隣に乗り上げてきた男からそっと距離を取る。

なぜ寝台に乗った。添い寝でもするつもりか。

そう言いたいのをぐっと堪えて、距離を詰めてくるラエル様を真っ直ぐ見た。

まだ角があるし目の色も違うから怒りが収まっていないようだけれど、少しは落ち着いたようで怒り以外の感情が伝わってくる。


「なぜ私のことを『私の騎士』と呼ぶのですか」

「ん?ああ、そうか、それも話さなければならなかったか。そうだな…だが一気に新しい情報を知って混乱しているのではないか?」

「…混乱はしていますが、気になって休むに休めません」

「真面目だな。だがそこも良い。『聞いていた通り』だ」


やはり添い寝をするつもりだったらしいラエル様が、腕の中に私を抱き込んだまま横になった。やたらと抱きしめてくるので、もしかしなくてもペット扱いなのかもしれない。

爪の伸びた手が灰色の髪を掬って、指の間で弄んでいる。


「魔王とは生まれた後が厄介でな」

「、?」


魔王とは、魔族の中で生まれながらに最も強い者がなる。

その強さは他の魔族と一線を画す程で、強さこそが全て、という魔族をまとめるにはなくてはならない存在。

そして、未練を残して死んだ同胞の魂が、転生を成す前に『未練』を渡す存在。


「何百年も、人間への恨みを聞いてきた」

「…」

「最初はその『未練』を無視していた。どんな人間に殺された、どんな罠にはまった、どんな卑劣な手段で、どれだけ苦しめられたか。役に立つ時もあったが、私のものではない未練(願い)だ。転生に不要なものを魔王()が受け取っただけで、必ず叶えねばならないということもない。ただでさえ戦に手を取られていたしな。…それらの未練が溜まると、まるで『私の願い』のように感じることが多くなった」


未練を受け取る限界が来ていたのだという。

寝ても覚めても気が狂いそうになるぐらいには。

もちろん魔王が前線に出て戦い、未練を晴らす手段もあった。

強大な力で殲滅していけば、未練の対象である人間は死んで、未練が果たされることになる。

ただ、それに気づいた時にはもう遅かった。


人間の寿命は魔族と比べて遙かに短い。故に、未練の対象(人間)もまたいつの間にか死んでいた。


「気づいてからはたまに散らしていたんだがな。戦の最中だ。実にあっけなく人間が死んで行く。それに散っていった同胞の命も多すぎた。特徴も名前も知っているのに、全てが混ざって誰が誰だか」


自嘲した男は、そんな時に『サーシャ』が現れた、と言った。

髪をいじっていた指を止めて、まるで肩に埋まるように身を寄せてきたラエル様が、救われたのだ、と。


「『灰色の髪に灰色の瞳を持つ騎士に討たれた』」

「っ、」

「『一瞬で命を奪う毒の罠で死んだ』『自分が間抜けに思えるほど憎らしい作戦に追い詰められた』『弓の騎士に一騎打ちで心臓を射貫かれた』」


どれも私を示す『未練』だ。そこに救いなんてなにもない。

次々と紡がれる最後の言葉に胸を痛めていると、元に戻ったルビーの瞳が私を見つめているのに気づいた。

心配するな、と慈愛の色が告げている。


「驚いたことに、こう言った同胞たちは皆、お前のことだけは『生かしてくれ』と言ったのだ」

「……は!?」

「とても満足している顔で旅立っていった。ここ数百年で初めてのことだ」

「なんで、私が殺した、私が命を奪った者たちが」

「ふむ…そうだな。『人間にしてはやる奴だ』とか『サーシャという騎士だけは一騎打ちを受けてくれた』とか『若い仲間を見逃してくれた』とか、そういう理由だ」

「は、…?」


魔王軍にも騎士と呼ぶべき階級があるらしい。

その階級を持つ者は総じて誇り高く、戦場で死ぬことを誇りとする者もいれば、正々堂々と戦うことを誇りとする者もいるという。

そんな『魔王軍の騎士たち』に『私』は認められていた、らしい。

最後に相手をするなら私が良い、と。

他の人間たちは魔族を獣として向き合うのに、私だけは1人の『騎士』として向き合ってくれたから、と。

同じ誇り高き騎士として、私に死んで欲しくなかった。


「恨み以外の願いを渡されたのは初めてで、1人目を受け取った時は戸惑ったものだが、お前のことは最初から気になっていた。…どんな人間なのだろうかと」

「、っ、ぅ」

「どんな風に生きれば、殺した相手に気に入られるほど気高く美しくいられるんだろうか、とな」


『死ね』と願っていた同胞の中に『生きろ』と願う者が生まれたことで、光が落ちてきた心地がしたそうだ。

黒い願いの濁流に抗うのに疲れ、身を任せようとしていた矢先、小さすぎるほど小さい光が魔王と呼ばれる男を正気に戻した。


「お前は『私の騎士』、私の心を救う騎士なのだ。…悪いがお前が王国に戻りたくとも帰してやれない。目の前にいる私の騎士を、もう手放せないのだ」


すまんな、と不遜に笑っている男に、もはや何も言うことはなかった。

どうやら私は魔王に気に入られている…?らしい。

ただ気に入っているだけにしては距離が近いというか、接し方がおかしい気がするが、とにかく認めてはくれているようだ。


(たとえ敵でも苦しむのは違うと、そう思ってやっていたことがこんなことになるとは)


戻る気はないが、王国への感情は複雑だ。

実情を知ってしまえば国王ないし王族には恨みしかないし、命令を実行した者たちも見返したい。

が、世話になった人たちがいる。王国に属する全てを恨むには、あまりに暖かい思い出が多すぎた。


「いろいろ思う事はあるだろうが…」

「?」

「今は眠れ、サーシャ」


優しすぎるほど優しい、私の騎士よ


手の平を目元にかざされて頭の中がぐらりと揺れた。

眠らされる。それが分かったけれど、抗おうと思わない。

やっぱり一気に情報を入れすぎて疲れたのかもしれないし、予想外に感情の起伏が激しい魔王に絆されたからかもしれないし。


(『生きて欲しい』と、言われたからかもしれない、な)



1年後、魔王と共に王国の王城へ乗り込んだ1人の騎士がいた。

魔王の瞳と同じ、赤い色の甲冑を身につけたその騎士は、玉座で震える国王に『王国側が最初に戦を始めた』と突きつけた。

数ある証拠によって、王族と貴族の反論は意味をなさず、王国は敗北。

魔王の治める地の属国となった。

何百年もの間続いた戦争はこれで終わったが、実情を知らなかった王国の民は王族に激怒。


後にクーデターが起きて、王国は瓦解した。



ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました!


書きたいところだけ書いたので色々はしょってしまいましたが…ひとまず完結です。

リュカ視点、他の仲間たち視点、魔王ラエル視点、後日談など書いていきたいですが、連載中の『竜の民』を優先します。


もし良ければこちらもどうぞ!

『竜の民』

https://ncode.syosetu.com/n9116ie/

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