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目が覚めた時、感覚ではとっくの昔に日が昇っている頃合いだった。

周りには誰もおらず、私の弓矢と短剣はあったけれど食料と水がない。


「死ねってか」


は、と出た自嘲に頭のどこかで誰かが『そうだよ』と言った。

魔王軍に囲まれていたはずなのに、洞穴に誰も入ってこない。

まだ気づいていないんだろうか。


(いや…)


待ち伏せされている、と思う。

出口から漂う魔王軍独特の匂いと、少しだが金属が擦れる音。

空は見えないが天を仰ぎ、自然と漏れるため息を深く深く吐き出す。


(あいつら、無事かな)


裏切られたのに心配してしまうのはなぜだろう。

まだ助けに戻ってくれるとでも、希望を抱いているんだろうか。

あり得ない、と首を振って脱力感に苛まれながら矢筒を担ぎ、短剣を右手に、弓を左手に持つ。

死ねと言われた。誰に。仲間と『国王陛下』に。

ならば死ななきゃならない。一度しか会ったことはないが、国の騎士として『主人』の命令は絶対だ。


(本当に?)


敵陣に突っ込めとでも言えば、いくら私でも死ぬのに、なぜそうしなかったのか。

まあこの状況なら死んだも同然だけれども。

もう一度ため息をつき、首を鳴らして洞穴の出口へ。


影が見える。人間ではない影だ。

やたらと大きな影、角のある影、鳥の翼を持つ影。

ここで終わるのかと思いながらも、恐怖はなかった。不思議と。

ただただ諦めがあった。

村で『スカートなんて似合わない』と笑われた時に何かを諦めた時のように、私には不相応なんだ、と。


きっとここで死ぬんだろう。

誰にも最後を看取られず、遺体は故郷の父母と共に埋まることなく、戦場の犠牲者の1人として名前も残らない。

もういいか、と思った。生きて戻ったとしても誰も信じられない。

もう以前のように背中を任せ、肩を貸すことなど、できそうにない。


(リュカも、無理だ)


つきんと痛んだ胸を拳で叩く。

せめて最後の悪あがきを、1人でも多く敵を道連れにして両親の仇を取らなければ。

出口から外へ躍り出れば、私に向かってくる剣、牙、爪、魔法。


「かかってきやがれ!」


何度も激痛が襲ってきた。何度も視界がかすんだ。

それでも体を動かすことだけは止められず、矢が無くなっても短剣を震った。

今こそ魔法が使えたらと思ったことはない。

肩で息をし、逃げながら応戦。逃げる必要なんてないのに。逃げたって無駄なのに。

体だけが生きようとあがいている。


逃げていると崖についた。底が見えないほど真っ暗な険しい崖。

追いかけてくる敵は大勢で、もう剣を振る力も残っていない。

もし振れたとしても、大した攻撃にはならないだろう。

敵に捕まり食われるのと、ここから飛び降りるのと、どちらがマシな死に方だろうか。


「………父さん、母さん、今、そっちに行くよ」


話したいことがたくさんある。聞いて欲しいことがたくさんある。

あの時、守れなくてごめん。あの時、今みたいな強さがあれば父さんも母さんも死ななかった。ごめん、ごめんなさい。

がんばったんだよ。裏切られたけど、私、頑張って騎士になった。

だから、次に目を開けたら『よくやった』って言ってくれ。


背中から崖に身を投げたのは、最後に見る景色がせめて青空であって欲しかったからだ。

残念ながらどんよりと雲が厚いけれど、岩ばかりの崖底を見るより良いだろう。

ああ、体が痛い。目が霞む。でもあと少し。あと少ししたらもう痛くなくなる。

こんな時にも人は涙が出るんだな、とぼんやり思った時、崖の上から何かが飛んで来て、私の体をすくい上げた。

下に落ちていた体が突然引き上げられたのだから、体に走る衝撃は激痛に。

そのせいで、微かに残っていた意識ががくんと落ちた。


「死ぬな」


指一本動かすどころか瞼も開けられないけれど、私の耳元で誰かがそう懇願する声がした。



意識を取り戻した私は、傷だらけだったはずなのに傷跡もなく完治していた。

どこの誰がこんなことを、と驚きながら周囲を見渡すとさらに驚いた。

貴族の部屋なんて入ったことがないが、想像していた貴族の部屋と同じ。

広い間取り、高そうな家具に同じく高いであろう壁にかかった絵画、窓際に立てられている花瓶には摘んだばかりといった具合の花が生けられており、部屋の中を良い香りが充満していた。

寝台だってそうだ。

てっきり目を開けたら父母がいると思っていたのに貴族の部屋にいるもんだから飛び起きてしまったが、この寝台だって大きい上に天蓋までついていた。


無意識に自分で自分の体を抱き込んでいると、手の平にさらさらとした感触が伝わった。

は、として体を見れば、ボロボロだった安物の服はなく、代わりに見るからに高級そうな寝間着が。

嫌な予感がして立ち上がるも、体が痛んだり頭痛がしたりといったことはなく、首を傾げながら部屋の外を確認しようと扉をそっと開けた時、魔族と思しき一つ目の大男と目が合った。

敵がいた。たったそれだけで反射的に飛び退いて窓から出ようとしたが、そちらにも魔族が。

今度は両腕が翼になっているハーピー。

舌打ちをしながらどうやって逃げるか算段をつけていると、部屋に飛び込んできたコボルトたちに縄をかけられ、生け贄でも捧げるかのように魔王のいる場所に運び込まれたのだ。


そこはまさしく『王の間』


教会より荘厳で優美なその間の中央、そこにある玉座に座り、側近らしい男の魔族と話していた時に私が運び込まれ、なぜか目を輝かせ…


そして冒頭に至る。


抱きしめたままの私が縄で縛られているのを見た魔王ラエルが、運んできたコボルトたちに火の魔法を打ち込んだ。

死ぬことはないようだけれど毛並みを焦げさせたコボルトたちが舌を出して伸びている。

ちょっと気を許しても、と思っていた自分を恥じたい。

これは『何かしでかしたら』私もああなる。


「私の騎士に無礼なことを。すまなかった、サーシャ。痛かっただろう」


魔王自ら私の縄を解き、手を掴んで立ち上がらせてくる。

意味が分からなかった。

コボルトたちには冷たいのに、私の手を包む大きな手からは優しさと気遣いしか感じられない。


「腹は減ってないか?すぐに準備させよう。マルコス」

「は」


側近らしき男、マルコスはニコニコと敵意のない笑みを私に向けながら、魔王の命令に従い下がっていった。

こっちだ、と違う部屋に案内するように男の手が腰に回って身が強ばるも、気づいているのかいないのか、男は意に返さずにぐいぐい体を押してくる。


「お前を見つけた時は驚いたぞ。綺麗な灰色の髪が血に真っ赤に染まっていたんだから。誰か分からず危うくあのまま崖に落ちていくのを見ているところだった」

「、…ぇ」

「痛むところはないか?最上級のポーションを使ったから傷跡はないはずだが、体の疲れは早々取れるものではないからな」

「ちょ、」

「それにしてもあのような軽装備のまま1人でいるなど、サーシャらしくない。何があったのだ?」

「っ、ぁ、あの「ああ、食事が来たな。私も食事がまだだ。一緒の席についても?」………」


一方的に話し続ける魔王からは喜びしか感じられない。浮き足立っているとも言う。

移動した先の部屋にある椅子に座らされたかと思うと、二人分しかないテーブルの真向かいに座った魔王は、きっと私の返事なんて待っていない。


「…」


混乱していた。困惑していた。

なぜ魔王が私を知っているのか。それに『私の騎士』とはどういうことか。そもそもなぜ私を助けたのか。なぜ、なぜ、なぜ。

もう頭が破裂しそうだったが、目の前の男は嬉しくて仕方がないというように笑いっぱなしだ。答えてくれそうではあるものの、現状、魔王は私の『敵』である。


が、何もかも、考えることそれ自体を放棄したい自分がいる。

事実、お腹も空いている。目の前に並べられた皿には戦場にはない新鮮な食材を、王都でも見たことがないほど美味しそうに調理されているものばかり。

ごきゅ、とはしたなくも口の中が唾に溢れた。


「サーシャ?」


どうした?と首を傾げた魔王にまだ返事をしていないことに気づく。

なんと答えたものかしばし迷い、ご一緒に、と可もなく不可もなくな返事を出せば、さらに赤い瞳を輝かせた。


「聞いたかマルコス!なんと耳に心地のよい声か!」

「しかと、我が王よ。ですが、話はしばしお控えになられては?お食事中に声を出すのは人間にはマナー違反だと聞いたことが」

「そうか。それは知らなかった。もっと聞いていたかったが後にしよう。さあ、安心して食べてくれ。我ら魔族と人間、食べる物に違いはない」


そうなのか、という気持ちと本当に?という気持ちが交差する。

が、匂いを嗅ぐに毒の類いは入っていないようなので、そうっと一番近くのスープを飲んでみた。


「っ…!」


熱い。けれど美味しい。

何のスープか分からないが、胃に染み渡るうまみとコクに『ああ、生きている』と思った。

一口を大事に飲んでいると魔王の腕が伸びて私の頬を撫でていく。


「泣くほど美味か?料理番を労ってやらねばな」


泣いていると気づいたのはその時だ。

は、として自分の目元を擦ろうとするとそれも止められる。

さっきまで嬉しそうに細まっていた目に慈愛と呼ぶべき色が乗っていた。


「目元を擦ると赤くなる。マルコス」

「こちらをどうぞ、サーシャ様」


再び魔王に呼ばれて、胸元からハンカチを取り出した彼はそれを私に差し出してくる。

ハンカチを差し出されることなど初めてだ。しかも魔族から。

少し息が詰まったけれど、礼を言ってマルコスという男からハンカチを受け取り、目に押し当てた。


『ありがとうございます』


たったその一言で喜びまくる二人が目の前にいるわけだけれど、もうなんだか。


(……考えるのは後にしよ、)


そう思ってしまうほど、ここの食事は美味しかった。



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