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「魔王がいる城はもっと奥だが、近くに魔王軍の本隊が集結している本拠地がある」
深い森の中心にあるそこを制圧できれば、遂に魔王を討ちに攻め入ると想定され、そこで魔王討伐のための人員が新たに追加された。
魔王率いる魔族に特化した聖なる防御魔法と、回復魔法の使い手である聖女。
剣の腕は『剣聖』に及ばないまでも、魔法を剣に乗せて戦う勇者。
どんな攻撃もはじき返すことが出来る大盾を持つ騎士。
聖女のような特別な魔法は使えないが、自然のあらゆるものを操れる大魔道士。
そこに剣聖と弓を使う私が合わさったこの6人で小隊が組まれ、この隊だけでも魔王の元に辿り着けられれば強大な魔王を必ず倒せるだろうと、上層部は考えたらしい。
そして、連携の前準備として奇襲作戦にこの隊で参加した。
「同じ女性が隊にいるのは心強いわ。よろしくお願いしますね、サーシャ」
聖女と呼ばれる人はオルテンシアと名乗った。
貴族の娘らしく、戦場など知らない傷一つない手との握手はぎこちない。
私の手がなんだか汚いような気さえした。
花が咲いたように笑う彼女は、性格も優しく、穏やかで、戦争なんてなければきっと良い家に嫁いでいったんだろう。
道中、彼女が町や村で傷ついた人たちを治療している光景を何度も見た。
薬や医者の手当ての比じゃない速さで、傷が治っていくのだ。
中には失った手足が元通りになった人たちまでいる。
ここまでの回復魔法の使い手は始めて見た。
そしてオルテンシアを見つめるリュカの頬に熱がほんのり灯ったのも、しっかり見た。
オルテンシアの方も、何度かリュカから守られたせいか満更でもない様子である。
二人とも死なせてはならない人だと、素直に思えた自分が誇らしかった。
「なあなあ、女の子って何を贈ったら喜ぶかな?」
「こんな前線にまともな贈り物なんてあるはずないだろ…」
「そう言わずに!あ、新しい非常食とかどうだ?パンのやつ!くるみが入ってて美味いよな」
「お前、ぶっ叩かれるぞ。悪いことは言わないから花束にしとけ」
といっても花屋なんてないので、野に生えている色とりどりの小さな花を集めるように言ってやった。
パンが悪いわけじゃないが、恋する女性に渡す最初の贈り物としては不適切すぎる。
しかも非常食。
そういうのは野営で食料が心許ない時にさっと自分の分を分けるぐらいが良いのだ。
そのアドバイスは正しかったようで、奇襲作戦実行前夜、焚き火を6人で囲んでいたところをそっと二人が離れ、声が届かないところで何やら楽しそうに話しているのが見えた。
「こんなところまで来て恋愛とは、人間とは実に逞しい」
「いいじゃないか。生きる理由は誰だって必要さ」
「サーシャも大変だな。あんな察しの悪い男が相棒で」
「長い付き合いだ。もう慣れたよ」
短い付き合いだが、この6人の隊は居心地が良く、リュカとオルテンシアの二人から視線を外した私たち4人は、そっと穏やかに笑い合った。
事情が変わったのは、この後である。
■
(はめられた!!)
そう思ったのは私だけではなく、先陣を切っていたリュカもだった。
奇襲自体は成功した。少なくない数の魔王軍がいて、無事に制圧できそうだった。
一旦、戦力をまとめて討ち漏らしを確認しようという時に、本拠地ではない場所から大軍が現れたのだ。
敵が上手だったのか、味方が裏切ったのか分からないが、とにかく奇襲作戦は『伝わっていた』
そのため、あっという間に奇襲部隊は半壊。
残った者にリュカが『生き残れ』と指示を出すぐらい、もう隊として動けなくなった。
かろうじて、選ばれた6人がまとまって森の中に逃げ込んだ。
誰もが満身創痍だが、一番酷いのはリュカと勇者のリヒト。
一番前で戦っていたから無理もない。
オルテンシアの回復魔法が使えれば良かったが、防御に力を回しすぎて彼女の魔力が回復していなかった。
運良く洞穴を見つけたので、交代の見張りをしつつ動けるようになるまで野営。
重苦しい空気が一日、また一日と過ぎていき、遂に魔王軍に囲まれた。
(どうやって切り抜ける、まだリュカもリヒトも動けない、ここで乱戦、いや囲まれてるなら一点突破しか…!)
大盾を使うワイアットが前衛として出て、そのまま囲いを抜けようと持ちかけると、いや、と大魔道士のハンスが手を上げた。
「僕の魔法で皆を見えなくして、戦線離脱した方が確実だ。使うのは躊躇っていたが、それなりに魔力が戻ってきたし、今ならいける」
「じゃあそれで「ただし」…?」
「今の僕では、5人までしかかけられない」
「……え」
「すまんな、サーシャ」
「、は?」
「あなたなら大丈夫。一人でも生き残れるわ」
「なん、何を、言って」
今この場に6人いるのに5人までしかかけられないと言ったハンス。
事前に相談なんてしていないのに、ワイアットとオルテンシアが私をじっと見つめて言い放った言葉に、私なのか、と理解した。
なぜ私なのかと荒ぶりかけた声はワイアットの大きな手で塞がれ、ハンスの催眠魔法で意識を奪われる。
まどろみに落ちていく視界の中、顔を覆って涙を流すオルテンシアが見え、意識を取り戻したらしいリヒトと視線が絡み合った。
助けてくれるかと思ったけれど、そっと目を閉じて顔を反対方向に傾けた彼を見て無駄なことを知る。
(何で、私なんだ)
答えはない。
頼みのリュカは目を覚ましておらず、静かに眠ったままだ。
遂に瞼が完全に降りて、衣擦れの音だけが耳に届く。
おそらく出発の準備をしているんだろう。
その音が止まった瞬間、申し訳なさそうなオルテンシアの声が小さく響いた。
「国王陛下の命令なの、ごめんなさい。…リュカも知ってるわ」
やめてほしい。
ただでさえ仲間と思っていた人たちに裏切られているのに、追い打ちのように『相棒』もまた裏切っていたなんて、知りたくない。
ハラハラと流れる私の涙に『まだ起きていたのか』とハンスの声がした。
睡魔が重くなったから、追加で魔法をかけられたんだろう。
もう誰の声もしない。誰の足音もしない。誰の気配もしない。
置いて行かれた。私だけ。裏切られた。大切な人に、死んで欲しくなかった人に。
なぜ私なのか。
もう一度自分に問いかけても答えは浮かばず、絶望だけが全身に満ちていく感覚の中、私は意識を手放した。