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痛みが薄れていくままに過ごして数年後、私が13才の時。

あと3年もすれば両親が私の結婚について言ってくるのかな、と憂鬱な気分になりながら、その日も森へ狩りに出ていた。

相変わらず『女らしくない』とか『怖い』とか『目つきが悪い』とか言われたまま。

それでも狩りの腕と解体の腕は認められているので、村の役に立つことで満足していたのだ。

一生独り身でも良いかな、と思うぐらいには。


「ただいま~……母さん?いないの?」


いつもなら台所に立って夕飯の準備をしているはずの母さんの姿がなかった。

解体小屋で仕事をしている父さんと仕事をしているのかと思って、家の裏手に回ると、小屋の壁に大きな穴が空いていて。

まるで巨大な何かが、無理矢理、木の板を突き破ったような。


「っ!」


小屋に戻そうとおもっていた狩りのための弓矢。

矢筒から二本取って、弓に番えて小屋の影にそっと隠れる。

ガラスのはまっていない小窓からそっと中の様子を伺うと、みしりばきりと、骨を砕く音がして。


息が詰まったのを覚えている。

目を見開いてその光景を焼き付け、悲しみと怒りに染まっていく混乱した自分のどこかに『あれは魔物で、弱点はあそこだ』と考えている冷静な自分がいたのを、覚えている。

大きな猿の魔物は、片手に細い体を、もう片方に千切れた太い腕を掴んでいたのを、その鋭い牙でどちらかの骨を噛み砕いていたのを、覚えている。

番えた矢をどのタイミングで放ったのかも、猿の魔物が絶叫を上げて暴れたのも、腕や足が私を捕まえようと繰り出されるのを避けたことも。

猿の魔物の背中にしがみついて首の後ろのところにナイフを突き差したことも、それが留めだったことも。

両親の体が僅かしか残っていなかったことも、全部、覚えている。


いなくならないはずの両親が魔物に食われて死んだのは、もうじき収穫の時期で村全体がお祭りムードになる、そんな暑い暑い日の夕方だった。


「サーシャ、一緒に暮らそう。母さんも父さんも良いって言ってる」

「気持ちだけで良いよ、リュカ」

「一人じゃ危ない」

「平気だって」

「でも「私は大丈夫だ」っ、」


私は、一人で生きていける



魔王軍がどこからか国境を越えて国のあちこちに魔物を解き放っている、と村に来た騎士を含める調査団に教えられた。

そのせいで両親が死んだのか、と思った。

魔王軍のせいで、死ななくて良い人が死んだのかと憤った。

どうにか復讐したかったけれど、私にできることなんて森に出る魔物を殺し、解体し、素材にすることだけ。

それに村には戦える人手が少なく、一人でもいなくなれば村全体が危うかった。


「君たち、我々と一緒に来ないか」


調査団のリーダーと言う人から、リュカと私に声がかかった。

剣の腕が立つリュカは生来才能があったようで、魔物の出現によりめきめきとその腕を上げている頃で、すでに狩人を中心とした討伐隊の主戦力。

私も解体屋の知識を活かして魔物の弱点を射貫いたり、罠を作ったりと討伐隊のサポート役のような立ち位置になっていた。

そんな私たちは戦力になると判断したらしいリーダーは、私たち二人がいなくなると村が危険になることも理解していて、村全体が違う村に移住することも提案してくれた。


復讐のチャンスが突然転がってきて驚いたものの、両親の墓はここにある。

村を離れることに迷いはあったものの、提案を受けた村長が移住することを決めたので、村全体は一度町に行き、移住の手続きを済ませて方々に散った。

そしてリュカと私はといえば、少ない荷物と共に調査団と共に王都へ赴いた。


「隊長がスカウトしてきたんだって?」


調査団のリーダーは騎士だったようで、騎士たちの訓練に混ざって過ごすようになった。

気さくな人たちが大半だったが、子どもだからと私たちを馬鹿にしていじめてくる奴らいた。

私を女だと知って妙な考えを起こす奴もいたけれど、そちらは母さん直伝の目潰し薬で撃退できた。

一度、襲ってきた奴の着ている服だけ射貫き、壁に縫い止めたのも功を奏したようで、1年も過ごせばそういう奴らはいなくなった。

代わりに、私が『女』だと思わなくなったようだけれど。


騎士たちと同じ食事のおかげで体ができあがり、厳しい訓練を乗り越えたリュカと私は魔王軍と交戦している前線に行った。

初めての戦場は、正直に言って地獄だった。

堅牢な作りの砦は、魔王軍の攻撃にあって煤汚れ、平地はもうどれが味方の遺体なのか分からないぐらい、死体で溢れかえっていて。


砦の見張り台からその光景を眺め、明日朝一で開始される戦いを前に、手の平を何度も揉み込み、武器を点検しては元に戻しを繰り返していると、すっかり青年となったリュカが笑っていた。


「サーシャ、緊張してるか?」

「、しないわけない。でもいつもより動けそうだ」

「頼りにしてるぜ、相棒」


隣に立つ男は、今回、小隊長を任され、私を部下にと希望した。

同郷というのもあったが、すでに私を彼の『相棒』と認識していた周りはそれを受け入れたのだけれど、私としては少し複雑だ。

また目の前で親しい人がいなくなるんじゃないかと、それだけが怖くて。

こっぱずかしいことに初恋の人だ。


ずっと同じ時間を過ごして、抑えてきたはずの初恋は徐々に蘇り、ゆっくり違う色となる。


愚痴も言い合ったし、喧嘩もしたし、野営訓練では同じ毛布で身を寄せ合って眠った。

その時ばかりは周りが囃し立ててきたが、リュカも私も『友だち』の距離でしかなかったので浮いた話にもならなかったけれど。

そんな過ごし方をしていれば、初恋以外にも芽生える。

大切な仲間だ。死んで欲しくない人だ。けれど離れていても信じている、その強さを、剣の腕を、リュカならきっと生き残れる、と。


実際、その通りになった。


初戦にして大勝利。

早々に隊長を失った兵たちを叱咤し、戦意にさらなる熱を投下し続けたリュカは、一小隊長にも関わらず、その戦の功労者となった。

小隊長から分隊長、分隊長から中、大、と上がっていき、遂に『騎士』の爵位を受けたリュカは『剣聖』と呼ばれるようになった。


戦場に活路を見いだす、希望の剣。

一振りで魔王軍を散らす、無双の剣士。


「騎士になったんだなあ、リュカは」

「何言ってんだ!サーシャだってなっただろ」


そうなのだ。私も騎士になった。いや、なってしまった。

リュカのように剣の腕と功績を認められて、とは少し違うのだけれど。

魔物の研究や魔王軍の動きの正確な予測、その結果による犠牲者の減少、それが私の功績だ。

リュカと揃いの下級騎士の青いマントを羽織るのはこそばゆかったが、やってきたことが目に見える形で報われるのは嬉しかった。


どんな暗闇でも一撃で敵を射貫く、弓の騎士


剣聖と比べると大層なものではないが、大勢の仲間たちに頼りにされ王国に勝利をもたらすと『悪くない』と思った。

部下もできた。貴族とも繋がりができた。負けた時もあれど勝った数の方が多かった。

犠牲者が出ている戦争だ。長く王国を苦しめている災厄といって言い戦争。

けれど私は充実していた。

復讐も少しはできているし、人を救うことだってできている。

何より、心から大切な『リュカ』の傍にいられる。


私たちは19才になった。

血生臭い上に泥臭く、およそ成人済みの女がやって良いことではないが、私はたしかに幸せだった。

あの日、魔王軍の本拠地に奇襲を仕掛ける前までは。



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