09 人との遭遇
「道だ」
トールは久しぶりに間近で見た人工物にテンションが上がり、つい叫んでしまった。
道は踏み固められただけの土の道だったが、しっかりと除草されておりそれなりに人通りがある道だということが分かる。
草に足を絡まれることのない歩きやすい道を街に向かって歩いていると、一台の荷車が止まっているのが見えた。
荷車の周りにはスライムが四体と、人が三にいた。スライムたちは三体がピョンピョンと戦う二人に飛びかかり、もう一体は少し離れたところから石を人や荷車に当てて遊んでいる。
人の方は、二人は剣やナイフで飛びかかるスライムと応戦し、もう一人は荷車の荷物に覆いかぶさっていた。前線で戦っている二人は武器を振るっているものの服装は布製で戦い慣れしている様子はない。覆いかぶさっている人の服装は二人より材質もデザイン性もよいものを身に着けている。
少し近づくと金属ががぶつかる音とともに人の声も聞こえてきて、人が全員男性ということが分かった。
「クソ、『スライム』がこんな手ごわくなるなんて聞いてないぞ」
剣を振る男から聞きなれない単語が聞こえたが、文脈からそれがスライムの事を言っていると理解できた。
「手助けが必要ですか?」
とりあえず荷車で荷物を守っていた男に声をかける。
「おお、冒険者の方ですか? ありがたい。ぜひお願いします」
男は人の好い笑顔で対応してきた。とりあえず参戦する了承を得たトールは、遠くから石を投げてくるスライムの対応に向かう。
「しばらく持たせてください、石を投げてくる奴をどうかしてきます」
前線で戦う二人に声をかけると、一気に石投げスライムに詰め寄る。そして、二回ソウルイーターを発動させて遠くに飛ばした。
「おお、たすかった。結構痛くて、鬱陶しかったんだ」
剣け振るを男がお礼を言うが、二人の状況が好転する様子がなかった。そうやら『硬化』を使用しているスライムに剣やナイフが通じていないようだ。そして、スライムたちは弾かれるたびに歓喜の感情を発していた。
「スライムは倒せませんが遠くまで吹き飛ばします。一体ずつしかできないので、一体ずつこっちにください」
「了解だ。おい、オキア聞こえたな。そういうことだから魔導士様の方ににスライムをやるぞ」
剣を振っていた男はナイフの青年に声をかけると、襲い掛かってくるスライムを剣でトールの方に弾き飛ばし、トールは慣れた手つきでソウルイーターでスライムを戦闘区域外に飛ばしていった。
「いやー助かりました。私は商店を営んでいるツリルといいます。あちらで荷物をまとめているのは車夫のテグスと店番見習いのオキアです」
「私はトールといいます。お力に慣れて何よりです」
トールは自己紹介をすると自然と手を出した。
それに気が付いたツリルは満面の笑みを浮かべて両手で答える。
(ソウルイーター)
心の中で唱えるとツリルの魂の欠片を取り込む。
ソウルイーターを人に使うことはティアと「正直に言っても魂はもらえないから、こそっと吸収することにする」と話し合って覚悟を決めていた。しかし、実際使ってみるとやはり罪悪感が拭いきれないが、わずかでも魂に直接影響を与えるスキルのため伝えるわけにもいかない。
「どうかなさいましたか?」
「いえいえ、大丈夫です。ただ、『スライム』ってこんなに強かったかなと思って」
罪悪感からきた沈黙をごまかすべく、戦闘時のやり取りを思い出して話題を変えた。しかし、話題を変えたとたんツリルの表情が怪訝なものになった。
「ん? トールさん、あなたもしかして……」
「えっと、な、何でしょうか?」
後ろめたさがあったトールに緊張が走る。
「いえ、言語統制魔法特有の声の発し方でしたので気になってしまっただけです。お気を悪くしたのならすみません」
謝罪の言葉と同時にでツリルの表情が柔らかな笑顔に戻った。
「あ、いえ、大丈夫です。ところで、言語統制魔法って何なんですか?」
「言語統制魔法というのは……」
ツリルの説明によると、言語統制魔法とは術者の知識と対象者の知識をすり合わせて言葉を変換して発声させる魔法だった。いわゆる翻訳魔法だ。ただ、会話をしていると喉のあたりから声が聞こえたり、しゃべった言葉と口の動きが合わなかったりと違和感があるそうだ。こういった魔法は魔物使いの魔物や奴隷に施すもので、主人がおらず一人でいたトールにその魔法が施されているのが不思議だったそうだ。
ツリルの説明を聞いてトールは事情を話すべきか悩んだ。話してみた感じはよい人そうだったが、接客業を営んでいるということなので感情や本心を隠すのが上手いはずだ。しかし、このまま一人街に向かっても情報が何もないままなのはかなり不安だ。そのことを思うとある程度縁を持っていた方がよいという考えになりった。
「あの、ツリルさんにお願いがあるんです」
「はい、なんでしょう。私の力でできることでしたら何でもおっしゃってください」
「できればツリルさんたちに同行させていただきたいんです」
「おや、トールさんは領都を目指していたのではないのですか? 我々は領都での買い付けが終わって、戻るところなんですよ?」
「それでも構いません。実はここがどこだかさっぱり分からないんです。気が付いたら身一つで草原のど真ん中にいて、とりあえず見えていたあの街を目指していたところなんです。どうやって草原に来たのか、なぜ来たのかがさっぱりわからないんです」
「そうですか。しかし、私たちは国境を超えるのですが身元不明のトールさんの入国は難しいかと。途中の村までならご一緒できますが」
「それでお願いします。ただ街に行くより縁を作っていった方がよいと思うんです」
「そういうことなら、こちらも言うことはありません。道中スライムが現れても大丈夫になるのですから」
ツリルはトールの提案に再び手を取りよろこんだ。
「いや、二日くらい前から急にスライムが強くなっているという情報はあったのですが、まさかここまで強くなっているとは予想外でした。護衛を雇っていたら今回の買い付けは赤字になっていたので助かります」
「そ、そうなんですね。そんな手ごわくなっていたんですね」
スライムたちが強くなった理由に思い当たったトールの表情は少し歪んでいた。
「旦那様、荷物の積みなおしが終わりました」
「わかった。後、トールさんに同行してもらうことになったから、頼むよ」
報告にやってきた見習いのオキアにツリルが事情を説明する。テグスはすでに荷車を引く準備を整えていた。
「トールです。微力ですが、いろいろお手伝いさせてもらいます」
トールが笑顔を浮かべて手を差し出すと、オキアに勢いよくその手を両手で握った。
「トール様すごかったです。僕なんてナイフは刺さらないし、ぶつけてくる石は痛いしでスライムたちに手も足も出なかったです。それをあんな風に吹き飛ばしてカッコよかったです」
キラキラした純粋な目で見つめてくる十代半ばと思われるオキアの姿にツリルの時以上の罪悪感を感じ、心の中ですまないと謝りながらもソウルイーターを発動させた。
「いやいや、ああやって遠くに飛ばすだけでいっぱいいっぱいだったよ。だから、様付けはやめてほしい。それに手も足も出ないって自覚しててもオキアくんが一生懸命守っていたから荷物に被害が出ないうちに私が駆けつけることができたんだ。そこは誇ってもいいところだよ」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます」
褒められ一層キラキラと見つめてくるオキアの頭を軽くポンポンと触れてオキアを落ち着かせると、荷車を引く準備をしているテグスの方に向かう。
「トール、彼の魂は絶対取り込みなさい。彼の魂には有用なスキルが刻まれている」
向かうさなかティアが語り掛けてきた。トールは了解と小声で答えながらテグスの前まで進んだ。
「これだけの荷車を人が引くんですね」
荷車は畳三畳ほどの広さがあり、大きさの荷車に荷物が山積みにされているだ。そして、それを引くテグスの体も大柄でしっかりと筋肉が鍛えられたたくましい体格をしていた。
「おうよ、幸いにも俺には身体強化のスキルを賜ってな、こうやって人や荷物を運ぶ仕事が合っているんだ。馬や牛は維持に金がかかり、借りるにしても金が必要で餌や水など余分な荷物が必要になる。その点俺なら牛馬より安く、牛馬と同じ仕事をこなせる。食料もほかの人と同じでよくてなおかつ人の言葉を理解できる」
テグスの話を感心しながら聞いた後、自己紹介をして手を差しだす。もちろんテグスの魂の欠片を取り込むためだ。
「私トールって言います。ツリルさんに同行させてもらえることになりましたので、よろしくお願いします」
「おう、よろしく頼むな。あっと、戦いの時は魔術師様には助かったぜ。あの時はいくら身体を強化できても戦いの心得がなくて剣を振り回しているだけだったからヤバかった」
豪快に笑いながらテグスは握手に答えてくれた。
「いえいえ、テグスさんがスライムたちをこっちに飛ばしてくれたので効率よく対処できました。あと、私、魔術師じゃないのでその『魔術師様』というのはやめてください」
「おお、それは悪かったなトールさん。そんな格好しているから魔術師かと思ってたぜ」
トールはテグスの快活さに好感をもった。
「テグスさん、そろそろ出発してください」
いつの間にか荷車の後方に乗ったツリルが声をかけた。
「了解…… せやっさーっ」
テグスが掛け声とともに重心を低くして荷車の取っ手を押し始めると、ギギギと軋み音を立てながら荷車が進みはじめた。
荷車はかなり重たいのは見て明らかであり、おそらくベアリングなどは行っていない車輪は摩擦が大きく動かすにはより大きな力が必要で、それを引くテグスの体にはかなり力が入っているのが分かる。しかし彼の表情はいたって普通で、トールが見ていることに気が付くと「ん? どうかしたか?」としゃべる余裕すらあった。
「肉体のもそうだけど、身体強化はすごいスキルの性能ね。それにもう一つのスキルも使い勝手がよさそう」
「もう一つのスキル?」
「ええ、彼は無意識で使っているようだけど、名づけるなら『固定』ね。二つのものを魔力で固定するスキルね。彼は足と地面を固定することによって効率よく荷車を押しているわ」
「なるほど。魔力って何でもありなんだな」
ティアの説明にそんな感想を抱いた。元の世界にはない魔力という力…… それを研究し鍛えれば元の世界に帰る力になるかもしれない。そんな希望を見出しながらトールは歩みを進めた。