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07 黒スライム

 別れを決めたトールはスライムたちとの関わりもそこそこに旅立ちの準備を整えていく。

 まずスライムたちに旅に出るから一緒に遊ぶのは今日で最後になる伝えた。スライムたちが送ってきたのは了承や好奇心の感情だった。


「旅の方が気になるかぁ。旅っていうのはこことは違うところに行くってことかな。うん? それが楽しいのか不思議なのかな。広い世界のいろんな景色を見るのは楽しいと思うよ。ただ、怖い目や危ない目にも会うこともあるから楽しいだけじゃないよ」


 スライムから送られてくる感情を読み取りながら話すのもだいぶ慣れたものだで、様々な話をしていく旅についての話や電光掲示板など元の世界の技術について、昔話やおとぎ話を素話で話したりもした。こうした語らいも最後だと思うと自然と言葉数も多くなった。


 しかし話だけではスライムたちは飽きて各々すきに遊び始めて周りからいなくなる。それを少し寂しく思いながらもスライムたちを見送り、束立ちの準備を始めた時だった。


「こわい」「やだ」「きらい」


 今まで感じたことのない負の思いが流れ込んできた。今まで遊んでいたスライムは遠くへ逃げたり物陰に隠れている。


「トールも気が付いたようね。気を付けて『堕落者』が来てる」

「え、堕落者って?」

「魂が後戻りできないほど穢れ堕ちた者のことよ。意思も理性も無くただただ暴走を続けるの。来るよ! 丘の上!」


 ティアの言ったところに視線をやると、一体のスライムが現れた。しかしそのスライムは今まで関わってきたスライムとは全く違っていた。

 そのスライムはバランスボールくらいの大きさで色も黒く濁っている。距離が離れていてもその存在感は大きく感じられた。

 黒スライムもこちらに気が付いたようで丘を転がり、一気に襲い掛かってくる。


「水纏い・盾」


 手を水で覆うと、その水を幅広な盾の形に変形させる。それを黒スライムに対して角度をつけて構える。水纏いはその名の通り水を纏い、纏った水を剣や盾に変化させられるもので、スライムの『水魔術適正』『変形』『硬化』のスキルを組み合わせたものだ。しかし、まだまだスキルの練度もスキルで使用する魔力量や操作も未熟で黒スライムを正面から受け止めるほどの強度はない。

 狙いは黒スライムと盾が接触する瞬間だ。魔力で作った水を通してならいつも通りソウルイーターを発動できるのだ。

 トールは衝撃に備えて態勢を整えると、ティアのソウルイーターの発動を一任する。


「ソウルイーター」


 ティアの言葉と同時にドンと衝撃が伝わる。

 斜めに構えていたため盾もトールもその衝撃に耐えることができた。一方黒スライムは盾に沿って進路が変わりトールの横を転がっていった。そのままどこかに転がっていってほしかったが、すぐに勢いがおちて止まった。そして、すぐに体を平たくしていく。

 この動きは何度も見てきた飛びかかりの予備動作だ。巨体のためその動作も大きいが飛びかかる直前に回避行動をとらなければ、黒スライムに対応されてしまう。注意深くスライムを観察していく。


「今だ!」「今よ!」


 トールとティアの意思が重なる。回避距離を稼ぐため体を倒しながら地面をけって、黒スライムの射線から横に飛びのいた。その瞬間、ブォンと風の音とともに黒スライムが通り過ぎていった。


「まだ来るよ!」


 こら勝ち体勢を整えているトールにティアが注意を促す。トールの目に飛び込んできたのは壁のように変形した黒スライムが倒れてこようとしているところだった。


「マジか」


 そう言いながらもスライムの幅はそこまで広くないことを一目で認識すると、転がって攻撃範囲から逃れた。しかし攻撃はそれで終わりではなかった。

 倒れた黒スライムからニュルニュルと無数の触手が生えるとトールを搦めとるかのように襲い掛かってきた。触手の射程はそこまで長くないらしく、トールが少し後ずさり触手をかわすと本体に戻っていった。そして一本太い触手が生えて襲ってくる。


「ソウルイーター」


 体勢的にこれ以上回避できないと判断すると、腕でガードを固めたうえでソウルイータを発動させて触手を弾き飛ばした。かなりの反動はあったものの、まともに受けるよりダメージを抑えられた。

 

 しつこく襲い掛かってくる黒スライム。その理由は魂の欠片を取り込んだトールにも理解できた。黒スライムを突き動かすもの、それは狂ってしまうほどの飢餓感だ。だから決して目の前の食べトールを諦めることはしないはずだ。

 しかし飢餓感で狂っているからこそ攻撃は直接的で場当たり的なものばかりだ。搦め手を用いることも相手の行動を先読みして攻撃することもなく、攻撃すべてが大振りなのである。


 黒スライムから太い触手が生えると勢いよく振り下ろされる。


「おっと」


 黒スライムの行動を注視していたトールはそれを難なくかわす。かわした触手は地面を大きく凹ませていた。


「小さくしゃがんで!」


 ティアの言葉を認識すると同時にトールは行動していた。ブォンと低い風切り音を出しながらすぐ頭の上を何かが通過した。

 戦い慣れをしていないトールは相手の一手一手に意識を割きすぎるところがあり連続攻撃に弱いが、ティアがフォローすることによって上手くかわし続けられていた。


「右上から! ほら次は足元を狙ってるよ!」


 ティアの助言のおかげで二撃目三撃目と連撃をどうにかかわしていく。しかし、このまま続けてもいずれは体力がなくなりミスをしてしまうだろう。


「本体にソウルイーターを打ち込んでみる」


 ティアに提案をする。考えられる手を使えるだけ使って、現状を打破できる情報がほしかった。


「わかった。タイミングを作るから一気に行くよ。 しゃがんで!」


 ティアの助言がより具体的の行動の指示に変わる。ティアの指示に従いながらかわし続けた時だった。


「今よ! 左前の隙間に飛び込んで!」


 ティアの言葉の通り左前に触手と触手の隙間ができていた。迷わずその隙間に飛び込みすべての触手の攻撃範囲から逃れると一気に間合いを詰めて触れた。

 

「ソウルイーター」「ソウルイーター」


 スキル名を唱えると同時に来るであろう反動に備える。


「ぐっ、うぁ」


 反動は予想以上だった。トールは腕を弾かれたうえ二歩よろけてると尻もちをついてしまった。しかし、黒スライムの方も五メートルほど弾き飛ばされていた。

 飛ばされたことに警戒感を抱いたのか黒スライムはその場から動かず様子を見ているようだった。


「やっぱり効果は薄いね」


 ティアが愚痴る。質量が大きなものは弾き飛ばそうとすれば、その反動も大きくなる。その反動に負けてしまえば相手に与える衝撃も逃げて小さくなってしまう。そのことでティアは効果が薄いと判断したが、トールが感じたことは違った。

 トールは感じた手ごたえや今までのことを基に考えた作戦をティアに話していく。


「ソウルイーターにそんな特性が…… かなり危険だけど、それならやれそうね」

「それじゃあ早速スターたちにも説明して、協力してもらう。彼らがこの作戦のキモなんだから」


 トールはスターたちにしてほしい行動を具体的に思い浮かべ、スライム通信で思いを伝える。スライム通信の強みは距離を無視してダイレクトにやり取りできることだ。隠れているスターたちからやる気に満ちた了承の意思が返信されてきた。

 裸足になったトールは物陰からぴょこぴょこ出てきたエンノシタを抱きかかえると、黒スライムに向かっていく。


「ソウルイーター」


 エンノシタを前方に投げると硬化してもらい踏みつけた。そして、ソウルイーターの反動を利用して大きく跳んだ。

 黒スライムからしたら餌が自分から飛び込んできているようなもの。大きな口を開けるように大きく広がり待ち構えている。


「見えた! 水纏い」


 広がった蔵スライムの中にソフトボール大の核を見つけると全身に水を纏って手を伸ばした。しかし、次の瞬間には黒スライムに丸のみにされた。


「掴んだ、今だ!」「ソウルイーター!」


 トールが核を掴んだタイミングでティアがソウルイーターを発動させる。すると掴んだ核だけがソウルイーターの反動で黒スライムの体からはじき出された。

 勢いよく弾かれた核。それを待ち受けていたのはマモルだった。器用にキャッチすると体を硬化させ地面に倒れる。その上空には最大重量で落下を始めているスターの姿があった。


 ドーン


 周囲の草が倒れるほど衝撃を発生させスターは着地した。マモルにキャッチされていた黒スライムの核は粉々に破壊された。

 魔力供給の立たれた黒スライムの体はドロリと液体に戻り形を崩した。その中から水の膜に守られたトールが姿を現す。

 

「うわー苦し、呼吸のこと考えてなかった」


 水纏いを解除したトールはハァハァと荒い呼吸をしながら第一声を発した。


「うまくいったみたいね」


 きつい思いをしたトールをよそ目に、ティアが作戦の成功を誉め、スライムたちから歓喜の感情が送られてくる。

 隠れていたスライムたちも戻ってきており、トールの周りは賑やかになっていた。


「よくわかったね。ソウルイーターの反動が触れているところから発生しているなんて」

「作用・反作用の原理とか知ってたからね。それでも気が付いたのは触手を弾いた時だけどね。それにこの作戦はスターたちの協力が不可欠だったからね」


 黒スライムとの戦いの作戦はこうだった。

 黒スライムの核にじかに触れるためには黒スライムの体内に飛び込む必要があった。それも触手などで搦め取られないように。エンノシタを踏み台にして飛び込むことで黒スライムの飢餓感を刺激してトールを丸呑みするように誘導した。スカイには上空から黒スライム、マモルの位置関係をスライム通信で送ってもらった。それで黒スライムの体内でも正確にマモルに向かって核を弾くことができたし、シューターがスターを飛ばす位置とタイミングを合わせることができた。もちろん正確なタイミングで正確な位置にスターを飛ばすシューターの技量も不可欠だ。スターの重量攻撃はさすがの威力だったしマモルの硬化も核が地面にめり込むことを防ぎ、確実に核を破壊することができた。

 それはみんなの勝利といっても過言ではない。


 トールはふと自分の内側に意識を向ける。仄暗いものが自分の中に感じた。それは、黒スライムの魂だろう。狂おしいほどの飢餓感、いくら何を食べても満足感はなく食の楽しみを奪われた可哀そうな魂。


「これからは一緒に生きていこう。先生も、ほかのみんなも君のことを受け入れるから、これからはおいしいものをおなかいっぱい食べて幸せを感じよう」


 トールのつぶやきに堕ちた黒スライムの魂がわずかに輝き始めた。そんな感じがした。

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