表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/34

06 楽しい時間

 ぐー

 おなかの鳴る音でトールは目を覚ました。


「気が緩んだかな?」


 昨日は理不尽な出来事や衝撃的な事実、慣れない戦闘、思わず入った仕事モードなどですっと気が張っていたためか空腹は気にならなかった。しかし、今はすごくお腹が空いており何かを食べたい欲求にかられる。


「何か食べたい……」


 あたりを見回してみるが、食べ物なんて見当たらない。外に出て試しに生えている草を食んでみるが、毒はなさそうだったものの青臭くて食べられたものではなかった。

 そんなトールの行動を気にしたのかスライムたちが集まってきた。そして、石ころや木の枝などを足元に置いていく。


「えっと、これは?」


 スライムたちの行動の意味が読み取れず戸惑っていると、一体のスライムが近づいてきて、置かれた石を体内に取り込んだ。すると取り込まれた石はシュワシュワと泡立ちながら溶けていった。


「もしかして、食べ物を分けてくれたのかな? ありがとう。でもちょっとこれらは食べることができないんだ。気持ちだけでもうれしいよ」


 満腹などと誤魔化しても意味がないので、トールはスライムたちを気遣いながらも正直に答えた。スライムたちには食べられないという意思が伝わったのか自分が持ってきたものを取り込み消化し始めた。

 そのうち一体のスライムが長く伸びるとその両端の体積が増し丸みをおび、真ん中が次第に細くなって最終的にはプチンと切れてしまった。出来上がったのはソフトボール大のスライム二体だが、よく観察すれば片方はプルプル震えているがもう片方は全く動いていない。震えていた方のスライムがピョンピョン跳ねはじめると「楽しみ」「期待」といった感情を送ってきた。


「えっと、もしかしてこれを食べてほしいの?」


 動かないスライムを手に取りながら訪ねると喜びの感情が送られてくる。トールはスライムの文字通り身を削る行為にちょっと引いていた。

 しかし、石や枝に比べると食べられそうに思える。しかも先ほど断ったせいで今回は断りにくい。心なしかスライムたちの視線を感じる気がした。

 逃げ場のないトールは水魔術で洗うという最後の悪あがきをするものの、溶けずに形を保っているのを見て意を決する。

 パクッ

 スライムは水で作った柔らかいグミのようなものだった。食感はいいものの味がない。しかし食べられないことはなかった。

 それでも一度口にすれば、忌避感はかなり薄れ二口三口と食べることができた。



「ありがとう、これだけ食べたら十分お腹にたまるよ。またお腹が空いたらお願いするね」


 お礼を言うとともに、今はこれ以上はいらないという意思を今にも分裂しそうなスライムたちに伝えた。

 

 

「ねえティア、スライムたちはどうしてここまでなついてくれたんだと思う?」


 片づけをすると言ってスライムたちと距離を取ったトールは疑問に思っていたことをティアに聞いた。一緒に楽しく遊んだから懐くというのは分かる。しかし、自分の身を食べてもらうなんて考えは常軌を逸しているように感じた。


「うーん、私の予想なんだけどソウルーイーターで魂を吸収したからじゃないかな。スライムの魂はどれも無垢で単純なものだったから、同じ魂を持つものとして親しみ……いや、元の魂を持ってるものとして庇護しているのかもしれない」

「なるほど」

「それに、気が付いてないようだけどスライムの本体は小さい核からね。周りにあるのは核を守るために魔力で作ったものだから。食べてもらうのもトールが魔力で作った水を飲むのと同じ感覚じゃないかな」


 ティアの予想は納得のできるものだった。そのことを踏まえてトールは考えをめぐらす。


「確かスライムたちと遊んでいたらすごく魂が強化されたんだよな。なら、しばらくスライムたちと過ごそうと思うんだけど」


 友好的なスライムたちと過ごして強くなれるのなら、ある程度強くなるまで過ごした方が安全なのではないのか。水、食料の問題もスライムたちのおかげでしばらくはどうにかなる。しかしそれでは、スライムを一方的に利用しているようで罪悪感があるので、せめて彼らが生きていく中で自分との関りがプラスになるようにしようと考えた。


「いいんじゃないかな。スライムとの関りはトールの魂にとってもスライムの魂にとっても適しているからね。魂がよく磨かれていくよ」


 ティアの賛同も得られたことで、よりスライムたちと関わっていくことを決めた。その関わり方は、自分がいなくなってもがいなくなっても楽しく遊べるように、または新しい遊びが思いつくように力をつけるように関わっていこうと考えていた。


「今日も遊ぼうか」


 荷物をまとめ、たき火の始末を終えたトールはスライムたちに声をかけた。すると待ってましたとばかりに喜びの感情が伝わってきて、スライムたちも弾んで寄ってきた。

 スライムたちとどんなふうに遊んびどんな力を伸ばしていくのか、元の世界の知識と保育士としての経験をもとに計画を組み立てながら、トールは遊びに適した開けた場所に移動していった。



 移動途中にスライムたちがほかのスライムにも呼び掛けたのか、開けた場所に着くころにはスライムが三十体ほどに増えていた。

 トールは順番に並んで遊ぶように声とスライム通信で思いを伝えた。こうして強く思いを伝えることできちんと従ってくれる点はとても遊びやすくなるので助かっている。


 スライムを観察しながら遊んでいると、一体のスライムが気になった。たき火の時に石を大量に集めてスライムだ。そのスライムは飛ばされた後、ポーンと数回弾みながら着地すると、列には戻らずトールの横に居座っていた。そして時々着地したスライムを持ち上げたりしていた。

 そのスライムにスライム通信を集中させてみると羨望の感情が強く送られてきた。


「もしかして、君も飛ばしてみたいの?」


 そう聞いてみると伝わってくる羨望の感情が期待へと変わった。


「この列が終わるまでまっててね。そのあと一緒に方法を考えよう。 みんなが一回ずつ飛んだら、ちょっと別のことさせてほしい」


 横にいるスライムと、並んでいるスライムにそれぞれ意思を伝える。

 そして、並んでいるスライムを飛ばしながらスライムがスライムを飛ばす方法を考えていく。

 まずスライムの特徴を特に飛ばしたいと言ってきたスライムの特徴をもとの世界の知識と照らし合わせていく。

 まず思いついたのが昨夜木を持ち上げたスライムがしていたことだ。まずは、木の下に入り込むため変形していた。さらに木を持ち上げたということは、少なくとも木の重さでは変形しないくらい形を維持する力があるということだろう。そして、あのスライムは飛んで着地したときに弾んでいた。それは弾性を有しているということではないか。

 こうしたことで導き出されたのは『ぱちんこ』である。まず形を維持する力で支柱をつかみ、変形で長くなる。そして、弾性を利用してできるだけ素早く元の長さに戻ろうとする力を利用して打ち出すのだ。


 トールは思い付いた方法をスライムに伝えると、練習を手伝った。伸びることを手伝ったり、縮む感覚を掴んでもらうために勢いをつけて手を離したりと要所要所で誉めたり励ましたりしながらスライムと向き合った。


 それと同時に飛ぶ方の遊び方も考えていた。

 ドスンと地面が窪むほどの衝撃で着地しているスライムを見て、固さ以外に重量も増えているのではないかと考えたトールは草を丸めたものと同程度の大きさの石を柔らかくした地面に落としたり、先がとがった石で地面に穴が開くことを見せたりと、いろんな着地の仕方を示した。


 逆に着地時に崩れてしまうスライムたちには葉っぱを見本に軽く薄くなることを示した。さらにフリスビーやプロペラ、ブーメランなどの形も伝え、ふんわりと着地できる道筋を示した。


 飛んでくるものを受け止めたりして楽しんでいるものには、トランポリンのように跳ね返す方法、野球のバッターのように弾き返す方法、向かってくる勢いの向きを変えて受け流す方法や勢いを殺して受け止める方法を伝えた。



 スライムたちの遊びに対する吸収力は目が見張るものがあり、三日もたつとそれぞれの遊び方でグループができ、遊びの技術を身に付けたスライムが他のスライムに教えていた。特にいつも夜を共に過ごすスライムたちの成長はすさまじく、それぞれのグループの中核を担っていた。


 はじめに飛ばす行為に興味を待った石を集めてたスライムはすでにとーるより高く遠くに飛ばすことができるようになっており、今は狙った位置に落とせるようにして遊んでいる。これも石だけを集めたように一つの事柄に高い集中力を発揮できる彼の特性なのかもしれない。そんな彼をトールは『シューター』と名付けた。

 

 ドスンと豪快に着地する遊びは、木を率先して運んだスライムが適正が高かったらしく一番大きく深い穴を開けていた。薪集めで木一本を持ってくるような目立つことが好きな彼は、一番大きなグループのなかで他のスライムからの向けられる憧れの感情が嬉しいようだった。ビュービューと兄貴風を吹かせながら他のスライムの面倒を見ていた。そんな彼をトールは『スター』と呼んでいる。


 ふわりと着地グループの中核は薪集めでごちゃ混ぜだったが三種類の材料を集めたスライムだった。彼は好奇心旺盛で様々な飛び方ができるので気に入ったようだ。彼は一度経験したことを再現することが上手く、薄くなった彼を折って紙飛行機として飛ばせば、その形を精密に再現した。さらに自分の核を移動させ重心を移動させたり、風を読んだりして長く飛行できるようになっていた。そんな天才肌な彼を慕うスライムも多い。

 飛ぶことが好きな彼にはそれにちなんで『スカイ』という名前を贈った。


 スライム全体で飛んでくるものを受け止めるという遊び方のグループが占める割合は多くはないが、それなりに存在している。そのグループをまとめているのが薪の材料をきれいに仕分けしたスライムだ。彼は変形や触感を変化させるのが丁寧で、状況判断も早い。しかも、思慮深くこの遊び方が他のスライムたちを守るということにいち早く気付きやる気を出していた。そんな彼をトールはしっかりと持った信念に添って『マモル』呼んでいた。


 そして五体目の木を運ぶサポートをしたスライムだが、彼は一通りの遊びができるようになったもののその実力は高くはなかった。そのうえ、目立つことが苦手なようで積極的に遊びに関わることはしていなかった。しかし、困ったり悩んだりしているスライムのそばには必ずといっていいほど彼は姿を表した。飛ぶかどうか悩んでいる子には自分が飛ばす側に回って飛ぶ楽しさを教えたり、上手く飛ばせない子には自分が飛ぶ役となってその子の飛ばし方を体験することによって、改善するところを教えているようだった。さらに、受けや着地に失敗して粘液が減ってしまった子にたいして自分の身を分けて吸収補充させていた。トールがお腹を空かせていた時に身を削ったのは彼である。大量のスライムが遊べるのは彼のお陰であり、楽しんでいる状況を見て彼は満足感を感じているようだった。そんな心根の優しい彼を『エンノシタ』という名前をその意味を含めて贈った。


 スライムたちが自力で遊びを広げられるようになったのを見てトールは別れの時期を決めた。

 元々ここに留まったのは自信を強化するためであり、その目的も達している。集めたスライムの魂の欠片は百を超えスライムの魂も十分磨かれていくつかスキルも得た。発動までに少し時間がかかるもののソウルイーターを自力で発動できるようになった。

 これ以上留まっても得るものは少ないし、スライムしか食べていないので体調面も心配だ。そして何より、保育士として最後の責任を果たさなければならない。スライムたちと遊べるようになるという目標を定めたのだからいつまでも関わっている訳にはいかない。

 情から来る別れがたさを巣立つまで成長した喜びに変え、別れの決心を固めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ