04 水魔術
「さてと、さっきの戦いはいったいどうなっていたんだ?」
一息つけるようになったトールは痛めた肩を気にしながらティアに問う。ソウルイーターを発動したあのあと、先に決めた作戦では逃げの一手だったはずだ。なのであのときはティアの提案はトールは乗りはしたが、かなり戸惑った。
「あのときソウルイーターは成功していたの。ただ、ほんの僅かしか魂を取り込めなかったんだ。何回か繰り返したら倒せると思ったんだけど、まさか取り込んだ魂と取り込もうとした魂で反発するなんて思わなかった。そもそも同じ魂を複数回取り込むなってことはじめてだったから」
ティアの言い訳だが、その言葉の端々にどうにかしようとする思いが聞き取れる。それでも『一度仕切り直ししてからでも良かったんじゃ』という思いもあるが、そんな不満を今さらいっても意味がないためトールは口に出さなかった。
「これからなんだけど、ソウルイーターで強くなるっていう方針はそのままでいいんだよな?」
「ええ、ただ一回じゃ磨けるほどの魂を取り込めないから、かなりの数が必要になるけどね」
「なら、やることは変わらないな。たくさんのスライムと戦ってスライムの魂の欠片を集めて強くなる。今はそれしか方法がないのだから、迷うことはない」
トールはやる気を燃やす。強くなることはそのまま最終目標のもとの世界に帰るに繋がるからだ。痛みの引いてきた肩を回し、動きを確認する。そしてそのまま戦えそうなスライムを探した。
「ティア、ソウルイーター! よし、これで十体目」
遠くまで飛んでいくスライムをみて、構えを解いた。
トールは戦い方を模索しながら戦闘を繰り返していた。はじめはソウルイーターのハンデを利用してスライムを倒そう考えていたが、スライムを上から地面に打ち付けようとしても自分が跳ね上げられてしまい、近くの岩などに打ち付けても跳ね返ってきて反撃を受けそうになった。なので今はスライムを遠くに飛ばすことだけを意識して戦っている。遠くまで飛ばしてしまえば、こちらを見失うようでスライムは別の方角に去っていった。
「しかし、まだソウルイーターの感覚すらつかめないな。ティア、コツとかあるか?」
「えっと……」
あまりの手応えのなさにティアにアドバイスを求めてみても、帰ってくるのは困ったような声だけだった。感覚で出来ることを具体的な説明で表すのは難しいことを理解しているので、ティアを責めることはしない。
トールも自転車の乗り方を言葉だけで説明だけで表すことはできないのだから。
とりあえず戦闘の疲れも溜まってきたので近くの岩影で休息をとることにしたトール。そこで喉の乾きが気になりだしたので、ティアに尋ねた。
「ねぇ、水魔法ってまだ使えないのか? さすがに喉の乾きがキツくなってきた」
「水? あぁ、そうね。適正スキル的には一応使えるね。今はかなり効率が悪いけど、一口程度なら発動できるよ」
「よかった。でも悪い、どうやったら使えるのかがわからない」
魔力や魔法、魔術といったファンタジー要素とは物語上でしか関わりがなかったトールにはその使い方がわからなかった。
「そっか。じゃあまずは自分の魔力を感じるところからかな」
ティアの言葉は物語に出てくる台詞と同じだった。
「それじゃあ私がトールの魔力を回すから、その魔力が流れる感覚をよーく覚えておいてね」
ティアが言い終わると同時に、トールの体に異変が起こる。まるで体の中に蟻が行列をつくって動き回っているような感覚なのだ。すごく気味の悪い感覚である。特にその感覚が強いのはみぞおちの奥の方と手だ。みぞおちから複数出る蟻の行列が全身を巡り再びみぞおちに戻ってくる。手の方は手首から上ってきたものが手のひらで渦巻き再び戻っていく、そんな感覚だった。
「そろそろ、覚えたかな? あまり長くすると魂の取り込みが多くなるからこの辺でいいよね」
ティアがそう告げると、身体中の違和感もスーっと消えていった。
「次は集中して、自力で魔力を感じてみて。さっき感じた回路を今も魔力はめぐっているから」
ティアに言われた通りにトールは一番印象に残った手のひらの経路を想像しながら集中していく。すると、さらさらと何かが流れていく感覚が手のひらに甦る。
「感覚がわかったら、その流れの一部を体の外に出すように制御してみて」
ティアの要求レベルが上がった。確かに体に流れる力の感覚は分かるが、その力の流れに干渉し、制御する術が分からない。
「出ろ、出ろ、出ろ!」
口に出るほど強く意識してみるが、うまくいかなかった。どんなに集中しても魔力に干渉できなかったトールは考え方改めて見ることにした。
「魔力の流れ自体を変えられないか?」
川のように体を流れる魔力。なら、ダムのように流れをせき止めたり、新たな流れが作られるように事前に水路を掘ったり必要かあるのではないのか。
その考えに至ったトールはまず手のひらに穴が開くようなイメージを持ち、そこから魔力が溢れだすイメージをしていく。
「うわっ」
変化はすぐに感じられた。まるで命のぬくもりが掌から流れ出る感覚に思わず声が出た。
「いい感じね。魔力制御ができていないか垂れ流しだけど、今は問題ないわ。次は魔力変換よ。出てくる魔力を水に変化させるのよ。できるだけ水を詳しく具体的にはっきりと思い描くことが重要だからね」
ティアのアドバイスに従いトールは持ちうる知識を使って水のイメージを固めていく。湧き水、水道水、水の分子に至るまでイメージを固めながら、手の中にたまっていくのを想像する。
するとごっそりと命のぬくもりが抜けていく感覚とともに手の中に水が溜まっていく。そして、一口分くらい溜まったところで命の危険を感じ魔力の放出穴を塞いだ。そして、生み出した水を口に持っていくと、ゆっくり味わうように流し込んだ。魔法で生み出した水は生ぬるかったが普通の水だった。しかし、喉が乾いていたせいか飲み込んだ瞬間から体に染み渡るように感じた。
本当ならこのままもう少しゆっくりしたかったが、まっすぐこちらに向かってくる草の揺れを見つけた。どれも一体だけではない。見回せば様々な方向から計十体こちらへ向かってきている。
「ティア、ちょっと大変だけど連続でいける?」
「ええ、大丈夫よ。タイミングも合わせるからトールは安全を一番に行動してよ。まだまだ弱いんだから」
「わかってる」
このまま留まっていては囲まれる危険があるため、一番距離の近い草の揺れに向かう。他のが合流する前に一対一の状況を作って撃退し、包囲を脱するのだ。
想像した通り、草の揺れの主はスライムだった。しかも一度ソウルイーターをしている個体だ。すでに魂を取り込んだお陰か感覚でわかる。
スライムはその場でぴょんぴょん飛び跳ねている。襲ってくる気配も敵意も感じないが、一撃が致命傷になりかねないため、全力で対処する必要がある。
「ソウルイーター!」
バビューンとスライムが飛んでいく。できるだけ素早く対応したのだが、ガサガサと二体目のスライムがすでに現れていた。攻撃を警戒して身構えるトールだったが、スライムの方はゆっくり足元まで移動してくると
じっとして動かなくなった。まるで弾き飛ばされるのを待っているようだった。
「……えっと、じゃあティア」
「え、ええ。ソウルイーター」
トールは足元のスライムにそっと触れるとソウルイーターで弾き飛ばす。ティアもスライムの行動に理解が及ばないようで戸惑っているようだった。しかし、状況は刻々と変化していく。
三体目、四体目とスライムが連続で現れた。しかしこのスライムも襲ってくる気配がない。だからといって逃げようとすれば追ってくる。しかも追いかけるときに勢いよく飛びかかってきたため、逃げるリスクも高い。トールにはスライムを弾き飛ばすしかなかった。
しかし、次々と現れるスライム。そして五体目スライムは弾き飛ばした時だった。六番目のスライムが動き出した瞬間、七番目のスライムがトールの近くに現れ、そのまま足元に陣取ったのだ。すると六番目のスライムが体当たりで退かしてその場所に陣取ったのだ。これらのスライムの行動にトールは覚えがあった。
仕事中、ある子どもに足だけで子どもの体を持ち上げる『ひこうき』という遊びをしたのだが、それを見たほかの子たちが自分も自分もと集まってきたことがある。その時も横入りした子に順番待ちしてた子が注意する場面があった。
「もしかして…… 次飛ぶ子は手の上に乗ってね。待ってる子は並んで待っててね」
そうした場面を思い浮かべたトールは子どもに話しかけるように喋りながら、その場に腰を下ろすと足に手を乗せた。すると、待っていたスライムが手の上にぴょんと飛び乗った。
「ソウルーイーター」
手に乗ったスライムが空高く打ち上げられるとすぐさま次のスライムが手に乗り、飛ばされるのを待っている。
一、二巡飛ばせばスライムが満足したり飽きたりすと考えていたトールだったが、どんどん新たなスライムも集まり、気がつけばスライムの数は三十ほどになっていた。
完全に止め時を見失ったトールは、できるだけ体に負担が掛からないように体勢を整えながら次々スライムを打ち上げていった。