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29 最後の魂 

 拠点を張って過ごした五日間に周囲の探索した結果、様々なことが分かった。

 この森は奥に向かって緩やかに下っている。地理的にすり鉢状になっていると予測される。そして、下れば下るほど空気が重くなり周囲の魔力も澱み、重圧となって心身への負荷となった。

 周辺の魔物は外縁部から来るのか森猪や森ゴブリン、森狼がそれなりに発見された。他にもはじめに戦った樹木型も魔物、樹上から色々なものを投げてくる猿型の魔物、金属の武具を身に着けたような昆虫型の魔物も見られた。そしてそのどの個体もこの異様な森の魔力に適応したのか体が大なり力も強い。何より、連携をとって戦ったり、わざと他の魔物がいる場所に誘導したりと明らかに知恵をつけて狡猾になっていた。

 そういった魔物が魔物が森の外に出ない理由についても、この五日間で予想がついた。

 それは食事である。森の奥で狩ったり採ったりしたものほど美味しいのだ。外縁より持ち込んだ森猪よりも、拠点周辺で狩った森猪のほうが別格に美味しかった。肉質や味に変化があるわけではないのだが、魔の森産の森猪のほうが確実に美味しいと感じられた。つまり魔力が味に影響していると思われる。

 このことから、魔力の濃い魔の森の魔物には魔力の薄い場所ので採れる食べ物は口に合わないのだろう。


 こうしたことを調べながら五日間も過ごせば魔銀級冒険者パーティーである妖精の地図は魔物討伐のノウハウを蓄積させて対処していけるようになっていた。


「よし、そろそろ奥に進むぞ」


 オルカの指示で拠点を片付けると再びトールの案内で奥に進んでいく。

 しかし、森を奥へ進めば進むほど魔物との遭遇も増えたため進行速度は明らかに落ちていった。それでも、強引に二日ほど進むと明らかに遭遇する魔物の種族が変わってきた。

 猿の魔物は居なくなり、代わりに筋骨隆々なゴリラのような魔物に遭遇するようになった。

 樹上には登らなくなったものの、その体格から放たれる攻撃はどれも強力であり、距離をとっても土魔術で生成された石を投擲してくる。他にも刃のように硬い葉が生えた樹木型魔物、雷撃を放つカモシカのような魔物、気配を消すスキルで森に溶け込みながら集団で奇襲する狼型の魔物などどれも手強い魔物だった。

 戦いに苦戦を強いられた妖精の地図は再び拠点を張り対策を練ることにした。


 それから五日間でどうにか魔物に適応出来るようになった妖精の地図は再び奥に進むことを決意した。妖精の地図にとってここで諦めることはトールを死なせることに繋がり、魔力の暴走で国が滅びることに繋がる。多少無理をしても『トールを魂融合の儀式まで守る』という任務を達成しなければならないのだ。


 そんな妖精の地図の決意を簡単に折ってくるのが魔の森である。森を奥に進んでいくと、みたび魔物の種族が変わった。

 三対六本の腕が生えた巨大なゴリラ型の魔物、一つの体から八つの頭が生えた蛇型の魔物、三首の狼の魔物など、見るからに異形な魔物に遭遇しはじめたのだ。これらの魔物は単体で遭遇したのだが、巨体と強力で多腕多頭を生かした変則的な攻撃に妖精の地図は苦戦を強いられた。今まではほとんどの戦闘を妖精の地図だけでこなしていたのだが、それら魔物との戦闘ではトールも積極的に戦闘に参加してようやく勝利を収めた。


 どうにか一息つけたところで妖精の地図のメンバーはトールを残して何かを話していた。そして、話はまとまったのか妖精の地図が戻ってきた。


「トール、儀式はまだ出来ないのか?」

「うん、もう少し奥に行きたいみたい」

「そうか…… よし、進もうか」


 話しかけてきたオルカを始め妖精の地図の面々の表情に決意が見て取れる。

 その決意を汲んだトールも何も言わず森の奥へと進んでいった。



 できるだけ戦闘を避けつつ進んでいくと、目の舞に見上げるほどの大岩の前に着いた。


「ほう、こんなところまで人間が入り込むなんて珍しいこともあるもんだねぇ」


 辺りに響く初めて聞く声に妖精の地図は武器を構え辺りを警戒する。しかし、魂が見えるトールだけは警戒心を見せず、大岩に話しかけた。


「はじめまして、私たちは戦いに来たわけではありません」


 ここでようやく大岩に動きがでた。

 大岩の下の方にキラリと輝く瞳が現れたのだ。そして目を認識したことで周辺を頭部としても認識できるようになったことでその形状から大岩の正体を予想できた。そして、それは妖精の地図も同じようで思い至った魔物の名を口にした。


「りゅう……なのか」


 魂だけではその種族を認識できていなかったトールも大岩の正体を改めて西洋風の物語でよく出てくる竜、ドラゴンと認識した。


「それでこの森に来た目的は何だい?」

「それは……」


 トールは儀式のことを簡潔に説明した。途中、異形の魔物が襲いかかるタイミングを伺うかのように彷徨くことがあったが、ドラゴンが一睨みするだけで森へと戻っていった。

 そうして話を聞き終えたドラゴンは儀式に関する考察を口にした。


「ふむ、話を聞く限りその儀式お行う上で二つの魂の釣り合いが重要なのでは無いか?魂を見る限り、人間側の魂がいま一歩足りておらぬようだが」


 ドラゴンのその言葉に反応したのは妖精の地図の面々だった。


「トール、どういうことだ? 前に聞いた話じゃ儀式に失敗したらトールは……」

「安心して。儀式が終わったら元の世界に帰るってティアと約束しているから」


 トールは笑いながらそう答えた。そう答えるしかできなかった。


「のう、条件はあるがこの年寄の魂をぬしに預けても構わぬぞ。そうすれば釣り合いがとれるであろう」

「ありがたい申し出ですが、私にはあなたの魂をまるごと吸収する術がないんです」

「そうかのう? 魂を見た限りではぬしの魂の内には数多の淡い輝きの中にひときわ大きく輝く魂があるぞ。どうやら、ゴブリンの魂のようだが」


 ドラゴンの言葉で思い当たる事柄は一つだけである。トールはエメラルのことだけは例外中の例外とドラゴンに説明した。


「ふむ、そうか。だが、ぬしはすでに覚悟を決めているのであろう。なら我が魂を取り込むことを試すべきではないかのう? 上手くいけば魂の釣り合い取れて、上手く行かずともぬしが覚悟した通りの結果になるだけだ」


 ドラゴンの言葉に言い返せないトール。


「ドラゴンさんのおっしゃるとおりですね。もしかしたらエメラルダの存在を特別なものにしようと無意識にしていたのかもしれません」


 自分の存在を特別に扱ってもらうこととトールの存在を天秤にかける…… エメラルダがどちらを望むのかなんて共に過ごしてきたトールが一番わかっている。


「その、条件というのを教えていただけますか?」


 まっすぐドラゴンの目を見て尋ねた。


「条件は二つ。なに、どちらも難しいものではない。一つは我の体を綺麗にしてほしい」

「は、はあ」


 あまりに意外な申し出にトールから思わず気の抜けた返事が漏れた。


「このまま自然に溶けて消滅していくと思っておったが、自分の最後を自分で決められのならば我はこのような薄汚れた姿ではなく、見目もドラゴンという矜持を保ったまま最後を迎えたい」


 理由を聞けばなんとなくわかる気がする。現にドラゴンは被り積もったが固くなり巌となりて全体が苔むしている。


「もう一つは魂の融合儀式をしてからになると思うんじゃが、この森の主の後継者の自信をへし折ってほしい。あやつはこの森で一番の力を持っておるんじゃが、それ故に傲慢になり自分の世界を狭めておる。じゃから、力だけではどうにもならぬことがあるとを、世界の広さを教えてやってほしい。動くこともままならぬこんな状態の我の言葉はもうあやつには届かぬようじゃからな」


 そういうドラゴンはどこか遠くを見ているようだった。きっと大切に育てた後継者なのだろう。

 そんなドラゴンの様子を見たトールは妖精の地図に目線を送った。すると妖精の地図の面々も頷きを返してくれた。


「わかりました。その条件を飲みますので、よろしくおねがいします」

「そうかそうか、では体洗の方からからよろしく頼むぞ」


 そういうドラゴンの声はどことなく嬉しそうに聞こえた。

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