26 会談
ゴブリンキングを回収して街に戻ってこれたのは日が沈み始めた時間帯だった。時間の都合で冒険者協会での話は翌日になった。
しかし、今日一番の難所が宿屋に戻ったトールに待ち受けていた。
「おかえりなさい」
看板娘のジアが元気いっぱいにお出迎えをする。しかし、すぐに異変に気が付き表情が曇っていく。宿屋の主人も察したのか、ジアを食堂の手伝いに回そうとする。しかし、そんな気遣いが余計に不安をつのらせたようで決定的な言葉を発声させてしまう。
「ねぇ、エメラルダちゃんは?」
トールは言葉に窮した。しかし、ここは大人としてエメラルダの相棒として逃げるわけにはいかない。
「エメラルダはね、死んじゃって自然の環に還ったんだ」
下手に濁さずまっすぐ伝えることにしたトール。ジアの年齢や命のやり取り身近なこの世界で育ったことを考慮してまっすぐ伝えたほうが受け止めやすいと考えのだ。さらにそのフォローとして森の集落で触れた死生観を自分なりの解釈で付け加えた。
「しぜんの、わ?」
「そう。エメラルダは死んじゃったけど、エメラルダは大地に還ってそして草原の草を育てる。そして、その草は三角兎を育てて、三角兎は冒険者に狩られると、美味しい料理になって食堂のお客さんを笑顔にするの。エメラルダが回り回ってジアちゃんのそばに来てお客さんを笑顔にするって素敵じゃないかな?」
トールはできるだけ分かりやすいように話したつもりだが、ジアの反応は鈍い。伝わりやすいように順序立てて説明したことが逆に情報過多になってしまったようだ。
「エメラルダはいろんな形で世界を巡っていて、もしかしたらその一部がジアちゃんのそばに来るかもね」
「いろいろ……」
トールの説明を聞いてジアがそっと呟く。その視線は食堂で楽しそうに飲食するお客さんに向けられている。
言いたいことは伝わったと確信したトールは、ダメ押しとばかりにカバンから手のひらサイズの箱を取り出すと顎を器用に使って開けるとジアに中身を見せた。
「これ、どう見える」
「緑でキラキラで透き通っていてとっても綺麗」
ジアは食い入るように見入っている。
「これはねエメラルダの魔石なんだ」
「エメラルダちゃんの……」
「そう。そして、魔石にはこんな話があるの聞いたことないかな?」
魔術師から聞いたばかりの話を早速使う。
「『魔物の魔石は心がかたまってできたものなんだよ』って」
魔石の話に心当たりがあるのか表情に真剣味がくわわる。
「ジアちゃんと遊ぶエメラルダはとても楽しそうだったよ。その楽しいって想いやジアちゃんのことが大好きっていう心が入っているからきっとこんな綺麗な魔石がエメラルダの中にできたんだと思う。だから、エメラルダの一番の友だちのジアちゃんにこの魔石を持っていてほしいんだ」
トールは手のひらに乗せるように持っていた箱を器用に上から掴むような形に持ち替えると、そのままジアの手のひらに置いた。
ジアは驚きの表情のまま魔石とトールの顔を何度も見直す。
「これ、大切なものなんじゃ」
「そうだね。でもね、実は僕もエメラルダからとても大切なものをもらっているんだ。だからこれは、ジアちゃんが持っていて」
「ありがとう、宝物にするね」
「よかった。無くしたら悲しくなっちゃうから、仕舞っておいで」
「うん」
ジアは魔石の入った箱を大事に抱えたまま奥へと引っ込んだ。
「お手数をおかけして申し訳ありません。それに代わりの魔石まで頂いて」
ジアを見送ったジアの父親で宿屋の主人のサーヴァルが話しかけてきた。
「代わり? あれは正真正銘エメラルダの魔石ですよ。ジアさんはいい子ですから変な嘘でごまかしたりしたくなかったんです。ジアさん言ったことは全部本心です」
「ありがとうございます」
トールの話を聞いたサーヴァルが深々と頭を下げる。
「今日はちょっと疲れたのでこのまま部屋に上がって休もうと思います」
「かしこまりました。ごゆっくりおくつろぎください」
トールは階段を登り部屋に向かった。
部屋は決して広い部屋ではなかったが、今はやけに広く感じる。トールはベッドに横になると、そのまま久しぶりの一人の夜を過ごした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、トールは朝のルーティーンを早々に終わらせると、今日みんなに話す内容を整理する。相手の受け取り方次第では人間へのソウルイーターを禁止されてしまい期限内に強くなることができなくなる。それは元の世界に変える機会がなくなることを意味し、妹も寝たきりのままだ。
そうならないための話をウンウン唸りながらトールは考えたが、思い浮かばない。そこでトールは考えの視点を変えてみることにした。この世界の人たちにとっての問題点と理想的な終わり方を考えてみる。
問題点はおそらくソウルイーターを受けることとティアの存在だ。魔術師の言葉からソウルイーターは禁術と言われるほど忌避されるもので、自分たちではどうにもできない存在はかなり面倒くさい存在なはずだ。
それらに対する理想的な終わりはやはり、ティアがこの世界から居なくなることだろうか。
そう考えるとどういうことを話せばいいか道筋が見えてきた気がした。ティアと相談しながら話を詰めていく。
時間が経ち、場所は冒険者協会の会議室。筋骨隆々の色黒の男性と昨日のリーダー、イーシユ、カラン、フェリの冒険者パーティー、そしてトールが集まっていた。
「『妖精の地図』の要望だったからこうして時間を作ったんだが、一体何のようなんだ?」
筋骨隆々男性がいった妖精の地図という単語にトールは心あたった。この前受付嬢に教えてもらったばかりの魔銀級冒険者パーティーだ。そして、その中核人物の名は『牙折りのオルカ』だったと記憶している。
「協会長に時間作ってもらったのは彼についてです」
リーダーのオルカに紹介されたトールはとりあえず「どうも」と頭を下げた。
「おお、知ってるぞ。登録したばかりの新人だが、丁寧な仕事と単騎でで兎や鷹を狩ってこられる実力のある期待の冒険者だな。確か、ゴブリンの従魔を連れていたと記憶しているんだが」
「エメラルダはもう……」
「おう、それはすまなかったな。それより、そいつがどうかしたのか? 優秀ではあるが、普通の冒険者のはずだ」
「それについては、フェリの方から…… というより現状を一番理解しているのがフェリだけなんだ」
オルカはメンバーの魔術師フェリを矢面に立たせた。
「単刀直入に言うと彼は『qawsedrf』です」
フェリの言葉に会議室にいるフェリと単語を理解できないトール以外の全員が驚きに表情を浮かべている。
「『qawsedrf』ってあれだろ、強大な魔力を持っていて一体でも生まれればこの大陸中の魔物がその魔力にあてられて凶暴化するやつ」
イーシスがわかりやすく説明してくれた。言葉のニュアンス的に『魔王』という言葉が合いそうだ。
「その魔王よ。ただ彼自身が魔王というわけじゃなくて、彼の中にある存在が魔王だと私は見てるの」
フェリはどうやらティアのことを言っているようだ。
「とんでもない話だが、確証はあるのか?」
落ち着きを取り戻した協会長が鋭い視線をフェリに向ける。
「いえ、私がこの考えに至ったのは一瞬でしたが彼の魔力を浴びたからです」
「それじゃあ弱い。お前の主観でしかねぇじゃねぇか」
「それは自覚してます。ですが、彼の素性を聞くには十分だと考えてます」
「まぁそうだな。で、そこんところの話は聞かせてくれるんだろうな?」
協会長の鋭い視線が今度はトールを射抜く。あまりの迫力にたじろぎそうになるが、どうにか言葉を絞り出した。
「申し訳ありません。私は別の世界から召喚された人間で、そちらの言う『魔王』が何なのかはわかりませんのでご期待の内容を話せるかはわかりません。ですが、この世界に喚ばれてからことは詳しく話そうと思っています」
「言語統制魔法はそういったわけだったか。それで構わない、判断はこちらがする」
協会長の言葉を受け、トールはこの世界に来てはじめて見た景色から語り始めた。




