21 人の道、進む道
宿屋『海猫亭』の一室は四畳ほどと狭く小さな机とベッドだけが備え付けられた文字通り寝るためだけの部屋だった。
そんな部屋でトールはベッドに腰掛け、エメラルダは机の椅子に背もたれを抱え込むようにしてすわっている。
「ティア、話って言うのを教えてくれないか?」
「ええ、まずはトールに残された時間についてね。簡単に言うと五百日でトールの魂は私に取り込まれて消滅する」
「……それで、ティアは俺に何をしてほしいんだ? ティアは何でここまで俺を助けるんだ?」
トールは率直に聞いた。ティアに何かしらの目的があるのは気がついてはいたが、今までは自分が死んだ後の事立ったためであえて聞かなかった。しかし、今は違う。五百日という眼前の期限がある以上無視はできない。ティアには目的をはっきりさせてもらう必要がある。
「私はね強くなりたい。ただそれだけ。でも、私の魂は十分磨かれていてこれ以上強くはなれない。だから、強い魂と融合してより強くなれる魂になる必要があるの」
「そうか、ティアが俺を強くしようとしたのはそういう目的があったのか」
「ええ、トールの魂の特性に気がついたときはほんとに嬉しかった。まだまだ強くなれる道が見つかったんだもの」
「でも、融合に成功しても俺は消滅するんだよな?」
「消滅? そんなことないよ。融合したら私でもありトールでもある新しい魂になるだけだから」
魂のあり方についてはトールとティアとで認識が違っているようだった。しかし、トールが気にするところはそこではない。
「新しい魂になったとして、元の世界に帰る…… いや、妹を助けることは可能なのか?」
「願いが強ければ、新しい魂になっても願いは引き継がれるはずよ。実際何度も融合した私の強くなりたいという願いは続いているから」
疑問は残るもののそれを聞いたトールは一応は納得することにした。消滅を免れる方法が融合しかないのなら、それを頼る他ないからだ。
「融合はすぐできるのか?」
「いいえ、強い魂とっていったでしょ。今のトールと融合を試しても私の魂が一方的に取り込むだけになってしまうよ。それに、融合は魔力に満ちた場所で行う必要があるの」
「場所の見当はついているのか?」
「ええ、この世界の魔力の流れを辿ればその場所につけるはず」
「ということは、やることは今までとは変わらないんだな」
「そうね。ただ、期限が短いから今まで以上に魂を吸収して、魂を磨く必要があるね」
期限がある以上今まで以上のスピードでソウルイーターをする必要がある。しかし、ソウルイーター発動には相手に触れるという条件がある。この条件がある限り劇的に高速化させることは難しいだろう。
「あと、気づいているだろうけど私が肉体を使ったことで魔力の流れがよくなって魔力が扱いやすくなっているはずよ。そして、魔力や魂も認識できるようになってるはず」
ティアの言葉で集落から逃げるときに夜目が利いたこと、朝の訓練で左腕が無くなったにも関わらず魔力をスムーズに回せたことなどの好調だったことが腑に落ちた。
「ティア、これからのことだけど、しばらくこの街に留まって訓練に当てようと思う。今のままのソウルイーターのやり方じゃ到底期限まで間に合わないと思う」
「そうね。とは言っても何か方法は思い付いているの?」
「ほら、『水盾』で防ぐと同時にソウルイーターできるでしょ。その仕組みをもっと改良すればうまくいくような気がしてる。魔力を周囲に放出してその範囲全体にソウルイーターをしたり、触手みたいに自在に増やせて動く魔力の腕を使うのもいいかもしれない」
ここまで話してトールは気がついた。考えていた方法は街中で人間が密集している状況を想定して話していたことに。
勝手に人間相手にソウルイーターすることはトールの思う人の道に逸れる行為である。今までも触れた相手にソウルイーターをしてきたが、それは相手の事をしっかり認知することでどうにか罪悪感に耐えていた。だが、先程考えたことは無関係な人を認識すらせずにソウルイーターをかけるということで、それは通り魔と同じである。罪悪感は比べるほどもないくらい重たくなるだろう。
しかし、強くなるためには、妹を目覚めさせるためには通らなければならない道である。
「なぁティア、ソウルイーターをしても、相手には影響はでないんだよな」
「ええ、ごく少量だから二回目で吹き飛ばしたりしない限りされたがも気がつくことすら難しいね」
ティアに確認したことで、トールの心にのし掛かっていた罪悪感という重りがわずかに軽くなった。
「ギギー」
これからの事を考えていたトールの服の袖が不意に引っ張られた。目線を落としてみれば、エメラルダがなにかを訴えるようにこちらを見ている。
「どうした?」
トールが聞いたとたん、トールのお腹がグーと鳴った。
「そういえばなにも食べていなかったな。考えも一区切り付いたから、下になにか食べに行くか」
「ギー」
嬉しそうに鳴くエメラルダをつれて、食堂へと向かった。
階段を降りる途中から賑やかな人の声と美味しそうな料理の香りがしてくる。
「お客さん、これからお食事ですか?」
階段から降りてきたトールに気がついたサーヴァルが話しかけてきた。
「すみませんが、今の時間はちょうど混んでいる時間なもんで」
サーヴァルの視線が食事どころの方に動く。トールもそちらの方に視線を向ければなるほどと納得した。
広くはない食事どころを体格のよい男たちが占領し木製のジョッキを片手に騒いでいて、ジアが男たちの間を縫うように配膳を頑張っていた。
「父さん、サボってないで早く手伝いなさいよ」
厳しいジアの言葉がサーヴァルに投げ掛けられる。
「すみません。少しお時間をいただければ、料理をお部屋に運ぶこともできますがどうしますか?」
「それじゃあ、私とこの子の二人分をよろしくお願いします」
「わかりました。お持ちいたします」
「父さん!!」
ジアの声に急かされてすごすごと向かうサーヴァルを尻目にトールは部屋に戻った。
「ちょっと時間ができたな。さっき考えたことでも試してみようかな」
部屋に戻ったトールは指に魔力をまとわせ、それを水纒の要領で動かしていく。
まずは人差し指から指と同程度の太さの魔力を伸ばすように動かす。それは思いの外スムーズにいった。次にそれを感知されにくいように細くしていく。それには子どもたちが遊ぶ粘土をイメージした。
「ああ、失敗だ」
細くするのは難しかった。魔力は細くした分切れやすく、全体の魔力を意識しなければ魔力が滞って切れてしまったり、逆に魔力が濃くなりすぎて破裂してしまったりと失敗の繰り返しだった。エメラルダも当の昔に飽きて窓から外のようすを見ている。
トールは額から流れる汗もそのままに集中力を高めていく。
今度は蛇口からツツーと糸のように出てくる水をイメージして下に向けた指から魔力を動かしていく。
「よし」
スパゲッティーほどの太さの魔力はゆっくりとだが五センチ、十センチとその長さを下へと伸ばしていく。そして、魔力が床に付きそうになるまで伸ばすと、その先端をエメラルダに向けた。
「付いた。ソウルイーター」
魔力がエメラルダの項に接触した瞬間、トールはソウルイーターを発動させた。
ソウルイーターは二回目以降かけると魂の反発が起こり衝撃が発生する。その衝撃は人を吹き飛ばす事も可能なほど強烈なものなのだが、衝撃は双方向に発生する。
その事を踏まえて実体がなく、水纒のように固定もさせていない魔力の糸を介してならエメラルダには影響がないと確信しての発動だった。
「ギ?」
ソウルイーターが発動した瞬間、魔力の糸は反発力で霧散し、エメラルダは自分の項をバチンと叩いた。そして、エメラルダは一旦叩いた掌を確認した後、ポリポリと項を掻いて再び外の観察に戻った。
「成功ね」
「ああ、でも実践にはまだまだ使えそうにないな。もっと効率よくしないといけないし、魔力ももっと細くしたい。それに、ソウルイーターは意識しなくても発動できるようにしたい」
これからの展望について考えていると、部屋の戸がノックされた。
「お客さん、お待たせしてすみません。お食事をお持ちしました」
ジアの元気な声が戸を通り抜けて部屋に響く。それを聞いたエメラルダが意気揚々と戸を開けた。
戸の外には椅子を一脚持ったジアと両手に料理を持ったサーヴァルが立っていた。
「料理を置くのに部屋に入ってもいいですか?」
「はい、どうぞ。願いします。エメラルダ、そのまま扉押さえたまま、端によって」
トールの指示にしたがい壁際によったエメラルダの横を抜けてサーヴァルが料理を机に置き、ジア椅子をセットする。
先に椅子を置き終えたジアはエメラルダに駆け寄ると、興味深そうに眺めた。
「このゴブリンはお客さんの愛玩魔物ですよね?」
「こら、ジア!」
客の素性を探るような質問をしたジアを慌ててサーヴァルが注意する。
「サーヴァルさん、大丈夫です。 エメラルダはペットというより相棒や仲間って感じかな。一応従魔というくくりだけどね」
「……触ってもいいですか?」
ジアの言葉を聞いてエメラルダの様子を見ると、どうも落ち着かないようで視線があっちこっちに動いている。それでも不快感や敵意みたいな感情は感じなかった。
「毎日からだ綺麗に拭いているから触っても大丈夫だよ。優しく触ってあげてね」
トールが許可を出すとエメラルダは諦めたように頭を下げる。撫でていいよという意思表示なのだろう。
「うわ、思ったよりスベスベだ」
頭や耳を撫でた感想がジアからでる。しかし、ジアのお触りはまだまだ終わらない。
「ムニムニで気持ちいい」
ほっぺたをつついたり摘まみながら感想を言う。そして、ジアがエメラルダの来ている服に興味を持ってとった行動が問題を起こした。
「服がかわいい、女の子なのかな」
そう言ってエメラルダのスカートの裾を持ち上げようとしたときだった。
「ギギッ!」
「キャッ」
エメラルダが素早く裾を押さえたのだ。しかも、その時にジアの手に当って叩き退ける形になってしまった。
「ジア!」「ジアちゃん!」
手を押さえるジアに駆け寄るサーヴァル。トールも急いでジアとエメラルダの間に割ってはいった。
「大丈夫か? ……お客さん」
そう呼ぶサーヴァルの言葉と視線には明らかに怒気が含まれていた。しかしトールもここで引くわけにはいかない。ここで引いてしまえばエメラルダが一方的に悪者になってしまう。
「ジアちゃん、手、大丈夫かな?」
そっとジアの手をとりながらジアの様子や怪我の具合を確認する。幸いにも怪我は少し赤くなっているように見える程度で大きな怪我なく、ジアも泣くのを我慢している様子で言葉は通じそうだった。
「いきなり叩かれてビックリしたよね。痛かったかな?」
ジアはトールの言葉にブンブンと首を横に振る。
「ジアちゃんに大きな怪我が無くてよかった。エメラルダもいきなり服をめくられて驚いたんだよ。ジアちゃんもいきなり服を捲られたら嫌だよね」
今度は頷くジア。
「ギギ」
エメラルダがトールの脇から手を出すと、ジアの手を撫でだした。それを機にジアの目から我慢していた涙がボロボロと溢れてきた。
「ゴ、メン、ナ、ザイ」
泣いて言葉に詰まりながらも謝るジアをエメラルダに任せると、トールはサーヴァルの対応に移る。
「不慮の事故とはいえ、エメラルダがすみませんでした」
エメラルダが従魔である以上、怪我をさせた過失がこちらにあるため謝罪をする。しかし、ジアが起因の不慮の事故であることを強調することでエメラルダが責められないようにした。
「いや、もう本人たちも納得しているようなので」
狙い通り、サーヴァルも矛を納めてくれた。ここですかさず話題を変える。
「おなかが空いてきましたね。食べ終わった食器は下に持っていけばいいですか?」
「はい、お手数でなければお願いします」
そのやり取りを聞いたジアが、精一杯笑顔をつくって言った。
「うちの料理は美味しいからゆっくり楽しんでね」
そして、ジアとサーヴァルの二人は一礼すると部屋を出ていった。
ちょっと静かになった室内でエメラルダとトールはセットしてくれた机で二人ならんで料理にした鼓を打った。




