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02 初めての異世界

 扉の向こうは地面を四メートルほど素掘りした穴の底だった。見上げると空が見え、ほぼ真上にある太陽が穴の底まで照らしている。壁は見た目は土そのものだったが、触れてみるとコンクリートのように固く滑らかで、壁が削れるどころか触れたはずの手に汚れすらつかなかい。


「おっと、こんなところで時間をとってる場合じゃないよな」


 不思議で興味がひかれるものの、透を召喚した奴らの仲間が来る可能性があるのでこの場を離れることを優先させる。脇にかけられている梯子を上り地上を目指した。



 地上は草原になっていた。しかし、穴が見つからないようにだろうか、ちょうど窪地になっておりあまり遠くまで見渡すことはできない。

 とりあえず透は、奴らと鉢合わせにならないように穴から一本だけ伸びている草が踏みしめられただけの道からわざとそれて移動した。

 草原の草はひざ丈くらいまでしかなく、そこまで歩きにくさはないが、人が歩いていれば遠くからでも目立つ。そのためいつも以上に周囲を、特に道があった方向を警戒しながら移動していった。



「はぁ、とりあえずここで一息つくか」


 軽く疲れを覚えた透は休憩もかねて草原に点々と存在していた立ち木の一本に身を寄せると改めて周りを見渡した。

 そこはまるで映画やテレビで見るような丘陵地だった。緩やかに起伏する草原は海のようで、点在している岩や木はそこに浮かぶ船のように見えた。

 絶景に思わず言葉を失う透だったが、急いで意識を切り替えて周囲の状況を把握していく。

 草の海のほかに見たものは二つあった。一つは森、木々が密集している場所で今までの進行方向の先に見える。もう一つは壁のような人工物で、森の左側に見えている。壁はかなり長く、物語に出てくる城壁に囲われた街のようだった。しかし森も街もかなり遠く、霞んでおり、目を凝らしてやっと見えている状態だ。


「結構距離があるな。一日歩いたとしてもたどり着けるかどうか…… それに街には奴らがいる可能性もあるんだよなぁ」


 穴から伸びていた道の方角も踏まえ考えていく。しかしいくら心配しても現状、街に行く以外の選択肢は思い浮かばない。


「よし、とりあえず街を目指そう。判断するのはもう少し近づいてからでもいい。人の多い街とかならばれる奴らに可能性も低いだろうし、ばれそうな場合でも道とかを発見できればほかの場所にも移れるうからな」


 これからの目標を考えていると、背後でガサリと物音がした。

 遠方のに気をとられるあまり、周囲への警戒がおろそかになっていたようだ。

 急いで振り返った透の目に飛び込んできたのはバスケットボール大の水玉だった。初めて見る物体だったが、透は一目でそれを『スライム』と定義づけた。


「初めてスライム見たけど、強さの見当がつかないな」


 スライムは弱いモンスターとして物語などでよく出てくるのだが、たまに何でも溶かして食べてしまう物理的な攻撃が効かない強いモンスターとしても語られることがある。

 どちらにしても目の前のスライムの強さがわからない以上、透はの取れる選択は逃げの一択だった。

 スライムと対峙したままジリジリ後ずさり距離をとっていく透。順調に距離をとっていきようやく三メートルほど離れた時だった。

 スライムが今まで以上に平たく潰れると、勢いよくとびかかってきた。その勢いは小さい子がボールを投げるのと同程度だったため、十分に距離をとっていた透は身をひねって交わすことができた。そして二メートルほど離れて着地したスライムは再びその身をつぶした。

 その動きを確認した透は身構える。そして飛びかかってきたスライムを再びかわすと、スライムに背を向けたまま走り出した。スライムの一連の動作を見て運動能力は高くないと判断した透は、一気に逃げ切ることにしたのだ。

 しかし、いざ走り出してみると、立っている草が激しく動かす足に絡みついたり、踏みつけた草がクッションのような感触になってバランスを崩したりと思いのほか走りにくく、体力の消費が激しい。しかも転がるように移動するスライムの移動速度は予想以上に早く引き離せずにいた。


 透は目論見がうまくいっていないことを自覚すると、最終手段として戦って撃退を選択する。背中のナイフに手をかけるとスライムと向き合うと同時に引き抜く。


 カチッ……


 引き抜こうとしたナイフは小さな音とともにロックされた。予想外の手ごたえに透は思わず手元を確認するように視線を落とす。


「戦う相手から意識をそらすなんて、ダメ!」


 いきなり頭に女の子の声が響いた。その声にハッと気づかされた透は慌てて向かってきているスライムに意識を向ける。しかし、スライムはすでに目の前まで迫ってきており、勢いそのままに飛びかかってきているところだった。


「ちょっ、まっ」


 スライムはガードすらできない無防備な透のみぞおちに直撃した。その衝撃はまるでボーリングの球をぶつけられた様で一瞬で視界がゆがみ、膝をついてしまった。


(まずい……)


 透はどうにか意識を保とうと頑張ってはみるものの、視界はまるで切れかけの蛍光灯のように点滅を繰り返し、体が重く言うことを聞かない。どうにか横になったものの透にはもう、スライムを意識する余裕はなくなっていた。


「やば、これ……落ち……る」


 そう意識したと同時に透の意識はフェードアウトしていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「だいぶ魂が定着してきたね。そろそろ肉体を意識できるようになっているはずだよ」


 頭の中で響く女の子の声に導かれるように透の意識が覚醒していく。

 完全に意識を取り戻した透は飛び起きるとまず周囲の安全と自身が五体無事であることを確認した。短い間に二回も意識を失えば起きたときの対処にもなれるものである。


「そういえば誰かが居てくれたような気が……」


 スライムの一撃をもらう直前、そして夢うつつ状態の時、自分を導くような女の子の声が聞こえていた。しかし改めてあたりを見渡すも人影は見当たらなかった。


「私を探しているのなら、無駄よ」


 透の頭に女の子の声が響く。


「私は今、君の魂と融合している状態で、実体がないのよ。実態を得るにな君の肉体が必要になるの」

「えっ、魂と融合? 俺の肉体?えっ」


 いきなり出てきた単語に透の頭は一気に混乱した。


「詳しく話してあげられるけど、もう少し落ち着ける場所に移動しよう。ここじゃまた襲われちゃうよ」

「あ、ああ、そうだな」


 女の子の言葉に応えると、混乱した頭を落ち着かせる。そして、今までと同じように周囲を警戒しながらとりあえず街に向かって進んでいく。



「とりあえずこの辺で…… ふぅ、喉が渇いてきたな」


 透は丘の頂上に岩があり、脇から木が生えた場所を見つけると、その陰で一息ついた。これまで歩き通しだったため喉の渇きを覚えた透は思わずごちた。


「うん? どうかしたの?」


 思わず出た言葉が女の子にも届いたようで反応が返ってきた。


「ずっと歩き回っていたから喉が渇いてお腹が空いてきたんだ」

「へぇ、それで喉が渇いたり、お腹が空くとどうなるの?」


 女の子の質問攻めに透は少し考えてから答えた。


「この体はね、食べたものを力にして動けるようになってるんだ。そして、お水は体の中から悪いものを一緒に出したり、熱くなった体を冷やしてくれるんだ」


 言い終わるとともに透は「しまった」と自覚した。女の子の聞き方で子どもの『なんでなんで攻撃』を思い出してつい保育士モードで答えてしまったのだ。


「そうなん。それで、どのくらい今の状態でもつの?」


 透の子ども扱いに気が付かないのか、女の子の口調は変わらない。


「生きるだけならしばらくは大丈夫と思う。けど、だんだんと注意力が散漫になって思考をまとめらくなったり、行動に精細さが無くなっていくと思う」

「うーん……」


 女の子は唸った後、考え込んだのか数秒沈黙して言葉をつづけた。


「詳しく話す件だけど、君のことについて先に話すことにするよ。喉の渇きやお腹が空く対応にもかかわるからね」

「わかった、頼むよ。それと、君のことは何と呼んだらいいかな?」

「そうね…… 私のことは『ティア』と呼んでくれればいいよ」

「わかったよティア。俺は椎名透、透と呼んでほしい」


 他人の名前を呼び捨てにするのは抵抗を感じる透だったが、ティアは姿かたちの分からないためか、魂が融合しているためか抵抗なく名前を呼べた。


「椎名透…… 分かったわ。早速だけど透の呼び名は新しく考えた方がいい」


 いきなりのティアの提案に透は戸惑った。


「この世界には魂を示す名が存在するの。透のそれが『椎名透』になってるみたいで、『透』と呼んでも魂が反応してしまっているのよ」

「魂の名が知られるのはそんなにマズイことなのか?」

「かなりね。無防備な魂を直接攻撃できたり、魂に傀儡の術をかけて透を操ったりすることができるからね」


 ティアの言葉で事の重大さを認識した透はいろいろと考えた。

 元の名前から離れれば安全になるであろうが、自分の名という意識が芽生えにくいだろう。学生時代につけられたあだ名なども考えたが、学生時代だからこその呼び名であったり、今呼ばれると恥ずかしい呼び名があったりと候補にはならない。


「まてよ、日本人としての特性ならあもしかして…… なぁティア、『シーナトール』って名前は大丈夫か?」


「『シーナトール』って何も変わってって、あれ? 魂が反応してない」

「やっぱり大丈夫だったか。『シーナトール』じゃ元の名前と近すぎるから、『シーナ』は隠して『トール』でいこうと思うけどどうかな?」

「『トール』ね。魂が反応がないから別にいいと思うよ。反応しない意味は分からないけど」

「それじゃあ改めて、俺は『トール』。よろしくねティア」

「よろしくトール」


 このやり取りを通じて自分がトールであることの認識を強めていく透だった。

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