18 新たな国へ
国境検問所には朝のうちにたどり着けたが、そこで五日間の足止めを食らっていた。
本来、身元証明ができて無い者は契約魔法などでギチギチに行動を制限したうえで専用の機関が身元引き受け人となって面倒を見るということなので十五日以上の待ち時間が発生するのだが、トールたちの場合は『ツリルの紹介状』という身元を証明するものを持っていたため、その内容の真偽の確認のみの五日間の待ち時間で済んでいた。
そして、その五日間まったりと過ごせる状況にはなかった。ついた初日は夜通しあるいたことを考慮されて半日の休息時間をもらい、その時間で夜営の準備と仮眠をとった。その後、どこからきたのか等の身辺の聞き取り調査が行われた。
二日目、朝のルーティーンを再開させる。ランニングも体操も左腕がないためバランスをうまくとれず、かなりの時間を要した。その後は集落での出来事が正式に届いたようで、集落で起こった出来事の詳しい聞き取り調査が行われた。
集落が襲われたことに関しては「ティアという知らない人に助けられて、そのまま逃げ出した」という風にウルと口裏を合わせていた。そのため、予想より早く聴取が終わった。
三日目ランニング・体操・朝食の朝のルーティーンの体操に検問所の騎士団長が参加することになった。どうやら体操に興味をもったらしく、参加したあとも上機嫌で去っていった。その後は剣術と魔力操作の訓練を行う。片腕になったことで剣術は片腕で剣を振れるように、魔力操作は左肩に右手を当てる形で行った。その後は検問所をの騎士やたまに通る人から話を聞いて情報収集を行った。
四日目も三日目とほとんど変わらないスケジュールで動いた。
そして、五日目。トールたちの特訓が終わる頃に騎士団長が話しかけてきた。
「おーい、待たせたな。紹介状の確認がとれて入国の許可が降りたぞ」
待望の入国許可の知らせだった。
「これが臨時の身分証だ。有効期限は三十日で有効範囲はツリルの居るホエールの町周辺だから、まっすぐそこに向かうようにな。町に着いたら早めに教会などに所属して、正式な身分証を作るようにな」
騎士団長はそういうと一枚の名刺のようなカードを渡してきた。カードには異世界の文字でトールの名前と有効期限が記されている。文字は理解できるが、書くことはまず無理だろう。
「ありがとうございます。色々お世話になりました」
「それとだな、これをお願いしたんだが」
そう言って渡されたのは手のひらサイズの立方体だ。
「えっと、これは?」
「それは、音録りの魔道具だ。それに体操の歌を吹き込んでほしい」
「ええええ」
予想だにしないお願いについ声をあげたトール。
「いやぁ、体操を取り入れてから朝の調子がいいんだよね。だから、これからも続けられるように音源がほしいんだ」
「いやいやいや、体操ならご自分で数を数えながらすればいいんじゃないですか?」
「そうだが、君の歌があってあの体操は続けられる気がするんだ。まぁ、無理にとは言わないが」
「……わかりました」
断りきれなかったトールは音録りの魔道具を受けとると、操作説明を受けてから歌い始めた。
「とりあえず終わりました。大丈夫と思いますが、一応確認お願いします」
「ありがとう」
歌い終わったトールは魔道具を返した。騎士団長は戻ってきた魔道具を操作する。すると、聞きなれない自分の声が再生される。
歌はできるだけ丁寧に歌ったつもりなのだが、思った以上に歌は拙く、音も所々外れていて違和感があった。
確認は結局第三の最後まで聞くことになった。トールは羞恥心で悶えそうになりながらも、どうにか最後まで耐えることができていた。
「いいな、うまく音を録れてる」
「えっと、よければ録り直しましょうか?音がずれているところもあるし」
「そうか? 俺は気にならないな。それに君の歌、いつもあんな感じだったぞ」
「えっ」
騎士団長のなにげに傷ついたトール。歌は得意ではなかったが、職業上子どもたちと歌ったりしていたのでそこまで下手ではないと思っていた。
「あの、機会があれば体操の曲を楽器で演奏したものにしようと思います。そちらの方が音が安定しますし、途中途中で動きかたの説明を入れることも可能なので」
「それは楽しみだな。もしそれが完成したら一番に連絡してくれ」
トールはいいものができれば録音した歌は必要なくなるだろうと考えてした提案が好感触で受け取られてひと安心した。
「おっと、忘れていた。ようこそ、青き水の国「マリンセシア」へ。その身分証があれば検問所は抜けられるから、用意がすんだらすぐに出発するように」
「わかりました、ありがとうございます。お世話になりました」
お礼を言って頭を下げて騎士団長を見送ると、そのまま荷物をまとめる。今日許可が降りるときいていたので片付け等は訓練前に済ませておいた。
そして、荷物を持つと検問所に向かい、身分証を提示して、トンネルのような検問所を抜けた。
検問所トンネルを抜けた先はやはり草原だった。
「なんだか今までとあんまり変わんないな」
「まぁ、山とかじゃなく建物をひとつ越えただけだからね。そこまで変わんないよ。それでも少し進めばこの国らしさが出てくるとおもうよ」
「そんなもんなのか」
トールは不満そうなウルを懸命になだめる。聞いた話ではここマリンセシルは川や海が多い水の国であり、大半が港町や水上都市になっているそうだ。
「とりあえずツリルさんの居るホエールの町を目指そう。そこも漁師町みたいだからきっと住んでいた集落とは違う雰囲気だよ。楽しみだな」
トールたちは話しながら道を進んでいく。
しっかりと整備された道は歩きやすく、近辺に魔物の気配もなかった。
検問所を出て三日目、草原を抜け、海が見えると明らかにテンションが上がっていたウルとエメラルダの微笑ましい様子を見ながら歩くと目的の町、ホエールにたどり着いた。町と言ってもかなり大きな町で、きちんと外敵を防ぐ防壁があり塔のようになっている出入り口の門には番兵が立っていた。
「すみません、町に入りたいのですが」
「はいって、ゴブリンか!」
トールが番兵に話しかけると、番兵の雰囲気が剣呑なものになる。
「ま、待ってください。この子は私の従魔です。荷物持ち兼戦力です」
番兵がエメラルダに対して警戒心を持ったことに気がついたトールは慌ててエメラルダを庇う。
「っと、すまんすまん、ゴブリンと認識てついな。それにしても肌の色も普通のゴブリンとは違うし、きれいな服を着ていてかなり厚待遇な従魔なんだな」
「はい。せっかく付いてきて来てくれるんですから、この子の幸せも考えたいんです」
「ほぉ、珍しい考えだな。まぁ、なんにしても町では騒ぎを起こさないようにしっかりと従魔の管理をするように」
「わかりました」
「手続きはそこの審査官に身分証を提示すればいいから」
番兵に教えられたのは塔の中心のカウンターだった。カウンターといっても中に居る審査官とはガラスのような物で仕切られており易々と手を出すことができなくなっている。さらにここは出入り口の塔内なので問題を起こしても逃げ場はなく、番兵に挟まれて取り押さえられるだろう。
騒ぎを起こすきもないトールにとってはそんなことは関係なく、淡々と手続きを終えていった。
「あっと、最後にひとつだけ。この町にツリルという方の商店があるはずなんですが、場所をご存じですか?」
「ツリル…… 商店…… すみません、わからないです。ただ、冒険者協会で依頼を出せばすぐ見つかると思います」
「依頼ってそんな大袈裟な」
「いえいえそんなことありませんよ。町中での以来なので恐らく依頼料に銅貨一枚、報酬は角鉄貨一枚もあれば十分のはずです」
「そうなんですね、ありがとうございます。それで……」
「冒険者協会の場所ですよね。ここを出てまっすぐ大通りを行ったところにあるレンガ造りの建物がそうです」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりおすごしください」
審査官に見送られながらトールは町に向かった。
町中に入るとそれなりの住人が活動しており、その人たちにくっついてきたのか仄かに潮の香りがした。
整備された町並み、敷き詰められた石畳の道に、活動する住人。ホエールの町は外壁の規模から見ても町より大きな街といった印象を受けた。
「うう、嗅ぎ慣れない臭いがして集中できない」
「ギ、ギギ」
ウルは潮の香りに、エメラルダは人の多さに気圧されているようだ。
「とりあえず早くツリルさんのところにいって、落ち着ける場所を探そう。はら、人も多いから、はぐれないように手を繋ごう」
「なっ、俺はそこまで子どもじゃねぇ」
「ギギ!」
トールの提案にツンで返すウル。妙に言葉遣いが丁寧なのは翻訳魔法のせいだろうか。
一方エメラルダは嬉しそうにトールの手をとった。歩き出すと嬉しそうに繋いだ手を振っていた。歩くバランスが崩れるので止めてほしかったが、それを口に出すほど野暮ではない。
これから目指す冒険者協会は数多の物語でトラブルに巻き込まれる様なところだ。トールは密かに丁寧な対応でトラブルに巻き込まれないようにしようと気合いを入れた。




