17 旅立ち
「う、うーん」
次第にトールの意識が戻ってくる。すると、自然とまぶたも上がっていく。
「あ、気がついた」「ギャギャギャ!」
まぶたが動いたのに気がついたのか、両脇が騒がしくなる。
まぶたが上がると顔を覗き込むエメラルダとウルの顔が目に入ってきた。意識がはっきりとしてくると自分が意識を失うまでの状況も思い出してきた。
「よかった、ウルも無事だったんだな。エメラルダも無事でよかった。ほったらかしにしてごめんな」
二人の頭を撫でようと、両手を上げようとしたのだが、上がったのは右手のみだったのでとりあえず右側のウルの頭を撫でる。
そして、改めて自分の左腕を確認すると左腕は肩からすっぱりと無くなっていた。幸いにも痛みなどは感じなかったため今まで気がつかなかったが、腕を動かしたり手を握ろうと意識しても何の反応も確認できないのはものすごい違和感だった。とりあえず撫で損なったエメラルダの頭を右手でわしゃわしゃ撫でると、体を起こそうとした。
しかし、いつも通り腹筋と両手の支えで起きようとしたため、バランスを崩しエメラルダの方にゴロンと転がってしまった。「ギャ!?」と驚くエメラルダに一言謝ると、今度は左腕がないのを意識して右側に重心を置きながら起き上がった。
そして、ティアは余裕と言っていたので大丈夫とは思ったのだが、一応ウルに確認のため聞いた。
「襲ってきた奴らはもう大丈夫なのか?」
「うん、トールじゃないトールが全員「はっ」ってぶっとばしてた」
「そうか、よかった…… ごめん」
ウルの言葉で安心したものの奴らの狙いが自分だったことの罪悪感で言葉尻が小さくなる。
「ティアもありがとう」
最後に小声でティアにお礼を言うものの反応は返ってこなかった。
とりあえず現状を確認できたのでこれからのことを考える。そして先のことを考えるにあたり確認しなければならないことがある。
「ウル、君はこれからどう生きていくつもりだい」
唯一の生き残りであるウルの意思だ。両親を亡くしてまもないが、ゆっくりしている時間はない。
かなり派手な戦闘だったため、戦闘のことはすぐに広まるだろう。そうなればこの場を調べに来る人もいるだろう。そしてその人はローブの奴らの仲間の可能性が高いため、できるだけ早くこの場を去りたかった。
「トール、トールはどうするの?」
「僕は国境を越えて隣の国にいくつもりだ。もとから定住するつもりはなくて、力をつけてたら旅立つ予定だったから」
ウルの問いかけに正直に答える。
「……一緒に行ったらダメか?」
ウルの答えは何となく予想していた。頼る縁がなければ頼ってくるのではと。しかし、そこはきちっと言わなければならない。
「正直、一緒に旅するのは難しい。ぼ…… 俺にはウルと一緒に旅するための技術も力もお金もない。共倒れになるのが目に見えてる」
「そっか」
明らかにウルの表情が曇る。確かに一緒に旅することは無理だが、他に考えがない訳じゃない。それをウルに伝える。
「ウルがこことは違う場所で生きていく覚悟があるなら、伝がないことはない。俺と一緒にここに来た商人のこと覚えてるか? ダメかもしれないが、彼に君のことを紹介することはできる」
話を聞いたウルの表情がみるみる明るくなる。
「それでいい、いや、それがいい。頑張って立派な商人になって父ちゃんの店を再開させたい」
夢を語るまで持ち直したウルを見てトールはひと安心した。彼の動機に裏打ちされた覚悟あるやる気はツリルにもつたわるだろう。
ツリルには手間をかけるばかりで申し訳なく思うが、他に手がないため仕方ないと心で割りきる。
これからの動き方を決めることができたら次は、目の前に広がる惨状をどうするかを考える。
崩れ落ちた家屋、打ち捨てられた住人の遺体。そんな光景が未来に希望を見いだした心をきつく締め付ける。彼らをこのままにしておくのは忍びないのだが、ゴブリン、子ども、片腕を失った最弱男の組み合わせでは埋葬することすらままならない。
「ウル、ここで亡くなった人はどうしてた?」
「確か森に送ってた。今までの森の恵みに感謝して森に帰るんだって言ってた」
「そうか……」
できればそれに則って死者を送りたいが、どう考えても力が足りない。
「そうだ、あれを使えば」
ウルが何かを思い付くと商店にもどった。そして、幾つかの巾着を持って出てきた。
「これ、燃やしたりすると魔物の好む香りを出す道具。前に触ろうとしたのを父ちゃんに起こられたのを思い出したんだ」
ウルの意図がわかった。森に送れないのなら、森の方から来てもらおうということだろう。
「わかった、それを使ってみんなを送ろう。ここを出る準備が整ったら手分けして炊こう」
ウルから巾着を受けとっると、旅立ちの準備のために拠点の小屋にもどった。
「大丈夫か?」
ウルと一緒にオーカの店に入ったトールは声をかけた。ウルにとってここは少し前までは家族で過ごして場所だ。目に入る場所すべてに思い出があり、失われた幸せがある。
「大丈夫……」
「そうか、でもごめんな」
気丈に答えるウルだがその表情は歪んでいる。そんなウルの様子を認知しながらもトールはオーカの店のもので荷造りをしている。
それははっきり言って火事場泥棒である。しかし、トールが拠点にしていた小屋も燃やされたため、旅に出るには唯一残ったこの商店で道具を見繕う必要があった。事前にウルには許可をもらったものの、やはり感情と理解は別物なのだろう。
荷造りは結構大きなものになった。三人分の食料に調理器具、夜営用のテントに最低限の衣類。傷薬などの各種薬品にそれぞれの装備品。大きなリュックに詰め込めるだけ詰め込み、入らないものはリュックの上に積む。最終的に荷物はエメラルダをすっぽりと隠すほど大きくなった。
この荷物を持つのはエメラルダだ。トールは片腕をなくしたためリュックは背負えない。
「大丈夫か?ちょっと減らそうか?」
「ギッギッギッ」
トールの心配をよそにエメラルダは身の丈もあるリュックを背負うと両腕を伸ばしたり屈伸したりした。平気、元気とアピールしているようだ。
「大丈夫そうだな。ウルもありがとうな。大事に使わせてもらうよ」
「……うん」
こうして旅の準備も整った。
「いい? これを火に投げる」
トールは身ぶりを踏まえながらエメラルダに説明をする。集落全体に魔獣寄せの効果を行き渡らせるためには三人で手分けして燃やす必要があるからだ。火はローブのやつらが燃やした家がまだ燻ったりしているため、それを利用する。
「ギーー」
巾着を受け取ったエメラルダは、匂いを嗅ぐと恍惚の表情を浮かべる。
その様子にトールは一抹の不安を覚えた。
「いいか、どんなにいい匂いがしても戻ってこいよ」
「ギッ」
トールが念押しにエメラルダは短く答える。
「よし、それじゃあウルは村のこっち側二箇所を頼む。距離があるけどたぶんウルが一番足が速いから」
「うん、大丈夫。任せて」
「で、俺は反対側とその道中の中央を受け持つ。それじゃあよろしく」
トールの掛け声で三人はそれぞれ決まった場所目指して走り出した。
予想していたとはいえ、トールは走るのに苦労していた。速く走ろうとするとどうしても体が捻りすぎてバランスを崩してしまう。片腕がないというのは思った以上に動きにくかった。
それでもどうにか火をつけてもとの場所に戻る。
「ギギッ」
「トールが最後だな」
トールがもとの場所に戻った時にはすでに二人は戻ってきていた。
「悪い、思った以上に走りにくかったよ。でも、きちっと炊いてきたから大丈夫だ」
「俺の方もうまくいった」
「ギッギッ」
エメラルダも必死に投げる身ぶりできちっと役目をこなしたことをアピールしている。
振り返ると集落の各所から煙が上がっている。その光景を前に姿勢を正す。
「安らかにお眠りください」
「よき旅立ちを」
「ギギ?」
それぞれ哀悼の意を込めて一礼をすると、集落をあとにする。
星明かりを頼りに草原を歩いていく。ウルは狼型の魔人種の特性か夜目がきき、優れた嗅覚や聴覚で道を進んでいく。エメラルダも薄暗い森で暮らしていたゴブリンのため、暗がりに強いようでトールの横をなんなく歩いている。そして、トールもなぜか夜目がきくようになっていた。その視界はまるで高感度カメラを覗いているように草の一本一本から、道にころがる石の一個まで認識できる。明らかに人の域を越えている。
「ティアに体を預けたから、色々と変調きたしているのかもしれないな」
左腕が消滅する位の事があったのだから、多少の変化があってもおかしくはない。そんなことを考えていると、頭のなかに声が響く。
「やっと押さえ込めたよ」
「ティア!」
今まで呼び掛けても反応が無くて心配していたので、ティアの声が聞こえた瞬間ティアの名前がつい口をついた。
「ティアってもう一人のトールのことか? 前から独り言が多かったけど、もしかして……」
トールの声に反応したのはウルだった。トールの声は大きくはなかったが優れた聴覚が声を拾ったらしい。
「気づいていたんだ。そう、一応紹介するけど、ティアて言うんだ。襲ってきた奴らと色々あって、俺の魂とティアが融合したんだ。だから基本ティアは姿が見えないし、声も俺にしかわからない」
「うん、実際にトールが入れ替わるのを見ていなかったら信じれなかったよ。でも、そのティアが助けてくれたから…… 直接お礼を言いたいんだけど、また入れ替われないのか?」
「ちょっと難しいかな。入れ替わりは(俺の魂の)犠牲が大きいから。でも、ウルの声はきちんと聞こえているよ。うん、あのくらいは大したこと無いから気にするなって言ってる」
ウルに余計な気を使わせないように差し障りのない事情を伝える。もちろん、ウルに伝えたティアの言葉は実際にティアが言っていたことだ。
「それとトール、落ち着いたら話さなければならないことがあるの」
ひときわ真剣そうな声でティアが話しかけてくる。
そんなティアの告白をききながら、これからの異世界生活も一筋縄ではいかないと考えるトールだった。




