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16-A 敵

 トールとエメラルダは狩りの為に森に入っていた。二人分の食費にエメラルダの服など色々と要りようなのだが、先立つものが足りないのだ。そんなトールの心配をよそにエメラルダは拾った木の枝を振り回しながら楽しそうについてきている。


「やっぱりなかなか見つからないな。ティアの方は?」

「ダメね。臆病で逃げはしの早い小物ばかり」


 トールの狙いは肉にも金にもなる森猪だ。トールは弓や罠は扱えないため、対象は好戦的で逃げない地上型の魔物と限られる。

 しかし、そういった魔物はただ歩き回っているだけではなかなか遭遇しない。足跡や糞、縄張りのマーキングなどから魔物の行動を予想するということが必要のだが、残念なことにトールには魔物の痕跡の探しかたの知識や技術、経験のどれも足りていない。

 なので、トールは自分の視覚より広範囲を認識できるティアの感覚で探すという力業を使っているのだが、結果はご覧の通りである。


 日が傾き始めるまで歩き回っていると、急に出てきた雲が太陽を隠して薄暗かった森が一段と暗くなる。


「これ以上暗くなると迷いそうだから、今回はもう、少し休憩してからもう戻ろうか」

「そうね」「ギギャッ」


 ティアとエメラルダの二人の返事が重なる。

 返事を聞いたトールは適当な場所に腰を下ろすと、鞄から干し肉を二人分取り出してエメラルダと二人で食べ始めた。


「トール! 左の方向、なにか向かってきてる! 速いよ」


 切羽詰まったティアの声が頭に響く。トールが急いで戦闘体制を整えていると、エメラルダの耳がピクピクと動くとティアがいっって居た方向を気にし始める。


「ダメ、もう来る!」


 準備もなにもできないまま木の影からなにかが飛び出してきた。トールはとっさにエメラルダを守るように抱き込んだ。


 飛び出してきたそれはタタッ タタッと小さな足音をたてながらトールの横を何頭も風のように通りすぎていった。

 走り去ったのはちらっ見えた灰色の姿から『森隠れ狼』と考えられる。その名前の通り森に隠れるのが上手く、集団での奇襲を得意とする狼型の魔物だ。

 そして、先程の狼の様子は明らかにおかしかった。隠れることはせず何かから全力で逃げているようだった。何より狼が逃げてきた方向にはお世話になっている集落がある。


「すぐに戻ろう」


 嫌な予感を覚えたトールは急いで戻る準備をする。



「まって、この先すごく魔力が乱れてる。乱れ方からして戦闘に大量の魔力が使われているはずよ」


 ティアの言葉に最大限警戒しながら集落に向かっていく。

 進むにつれ、木が燃える匂いが強くなり、さらに進むと木々の合間から火に呑まれる集落が見えた。集落では大車ほどもあるカバのような魔物が体当たりで家を破壊していたり、巨大なライオンのような魔物が火の玉を吐き出して周囲のものを燃やしている。他にも巨大な蛇や燃える体を持つ鷹のような魔物がそこらじゅうを闊歩していた。そして、それら魔物の傍らには黒いローブを身に纏った奴らがいた。

 怒りと恐怖が同時に沸き上がる。


「ダメよ、もう手遅れ。トールが出ていっても出来ることなんてなにもない。トールがすべきことは生きてここから離脱することよ」

「ぐっ、わかってる」


 トールの内心を察したのかティアが釘を刺す。

 手遅れであろう事はトールも認識している。集落の地面には住人と思われる死体が至るところに横たわっているのだから。

 トールが己の弱さを噛み締めながらその場を去ろうとしたときだった。一件の家が目についた。

オーカ商店だ。

 未だ火の回っていないこの家の扉が開くと中から二組、四人の人が出てきた。トールのいる場所から遠いのと、炎の逆光で人影でしか認識できないが状況的にオーカ夫妻が連れ出されたのだろう。

 そして、連れ出された二人は無理矢理膝つかされる。彼らの前には火の玉はくライオンがいる。心愛と何が起こるのか…… そんなことは火を見るより明らかだ。


「やめろー」


 感情が爆発したトールは飛び出していた。しかし、飛び出したところで到底間に合う距離ではなく、オーカ夫妻もトールの事に気がつかず殺されるであろう。何の意味もない行動だったが、感情を押さえきれていないトールは全力でなにも考えないまま敵陣に突っ込んだ。

 案の定トールは間に合わない。ローブの奴が指示の手振りをすると、ライオンはそれに従いオーカ夫妻に火の玉を吐く。

 一瞬で炎に包まれた夫妻ははじめは悶えるように蠢いていたが、すぐに動かなくなった。

  トールは一瞬絶望に襲われたが、それ以上の怒りの感情が沸き上がってくる。


「うわぁぁぁ」


 全力疾走の勢いをそのままに進路上にいるローブの奴を殴り飛ばす。狙うはオーカ夫妻を焼き殺した魔物の主だ。

 ジャマ者が倒れ進路が開けたことを認識するとすぐさま走り始める。そして、躊躇なく剣を抜く。


「うぐっ」


 しかし、トールの進撃はそこまでだった。気がつけばトールはライオンの魔物に押さえつけられていた。


「おやおや、まだゴミが残っていましたか…… おや?」


 ライオンの主はまじまじとトールの顔を覗き込んでくると、なにかに気がついたようだった。主は同年代くらいの男。それなりに整った顔立ちをしていたが、その顔に対して怒り以外の感情が湧いてこない。当然のことながら男に見覚えもない。

 しかし男はトールにダイア見たいな宝石を向けると喜んでいた。


「依り代がこんなに早く見つかるとは!」

「どういうことだ?」

「うん? もしかして君は自分の役割を忘れたとでもいうのですか?」


 忘れるわけがない。『儀式の生け贄になる』自分がこの世界に喚ばれた忌々しい理由だ。

 しかし、儀式は失敗に終わったはずだ。儀式に携わった奴らは消滅していたし、ティアからも聞いている。


「儀式は失敗だったはずだ。俺がこうして生きているし、儀式をした奴らも消えていた」

「ええ、確かに失敗していましたね。ですがそれがなにか? 失敗したのならまた新たに儀式をすればいいだけじゃないですか。だからわざわざ、君を探していたのですよ。君の替わりを喚ぶのはなかなか高いですからね」


 男の語りにトールは冷水をぶっかけられた感覚だった。

 目の前の惨状はトールがここに留まった事で起きたということなのだから。


「俺が目当てだったのなら、ここまでのことをする必要があったのか?」

「おかしなことを言いますね。ただゴミを処分しただけですよ。この世界は我々、人間のものなんですよ。その世界に魔人種などという『人もどき』どもがいること事態がおかしいのですよ。まぁ、人間の役に立つのなら置いてやってもいいのですが、ここの奴等みたいに何の役にもたっていない人もどきなどゴミとおなじです。わざわざゴミを処分してやったのだから感謝してほしいくらいですよ」


 男が何をいっているかわからない。言葉はわかるのだが、価値観が違いすぎて言っている意味の理解を心が拒否してしまっている。


「まぁいいでしょう。未だ契約魔法は続いているようですが、一応効果を試しておきますか」

「はなせよ、やめろよ」


 男が語り始めると、ローブの奴が家の中から子どもを縛って連れ出してきた。オーカの息子ウルだ。オーカたちが身を呈して匿っていたのだろう。


「ちょうどいいですね」


男はナイフをトールの目の前に投げると命令した。


「あのゴミの喉を掻っ切って処分しなさい」


 ライオンの足が退かせれ自由に動けるなったトールは目の前のナイフを拾うと男に飛び掛かった…… 意識の中では。

 実際はゆっくりとナイフを手に取りウルに向かう。意思と行動のちぐはぐさに混乱するが、ナイフでウルを自由にして逃がすという考えに切り替えた。


「トール、何してるんだよ。何か言えよ」


 怯えるウルが話しかけてくる。当たり前だが一緒に剣の特訓をした元気さは全くない。


「大丈夫、信じて」


 必死に心の中で念じるが言葉としてでない。そして、無言のままウルに馬乗りになるとナイフを喉元へと動かしてしまう。


「バカ、やめ…… やめてよ」


 とうとう恐怖で泣き出すウル。

 そんなウルの様子見ながらもトール必死に男の命令を実行しようとする体の動きをを抑える。しかし、意思とは裏腹にプルプル震える両手は少しずつウルの喉元に近づいていく。


(くそっ、どうすればいい)


 パチン

 二進も三進もいかない状況、最高に思考する脳内。何もかもいっぱいいっぱいの現状でついにトールの中なの何かが弾けた。

 今まで荒ぶっていた心は一気に平静を取り戻し、意識は加速しているが思考もなにもしていない、感情の起伏も一切なにもない明鏡止水の極致に至った。

 そんな中、トールはティアに語りかける。


「ティアなら、この状況をひっくり返せるか?」

「ええ、余裕よ。ただ、私が前に出るということは、トールの魂が私に呑まれるということよ」

「俺なんかの魂でどうにかなるのなら、やったほうがいい」

「……わかったわ、次に目が覚めることがあればすべてが終わっているからゆっくりおやすみ」


 ここまできてもまた目が覚めるように気を使ってくれるティアに感謝しながら、意識を闇に沈め、主導権をティアに明け渡した。

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