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15 エメラルダ

 ゴブリンを集落に連れて戻った時、ちょっとした騒ぎになった。討伐対象の魔物を連れ帰っているのだから、当たり前ではある。冒険者ほどの敵意は感じないが、魔物が近くに居る不快感や不安感を強く感じているのはわかった。

 不安を募らせる住人はなかなかゴブリンを保護したトールの行動に理解を示さなかったものの懸命に説得して最終的にはトールが常にゴブリンを監視してゴブリンに単独行動を許さないこと、トールの言うことを聞かなかったり住人を襲うようなことがあれば即殺すことで折り合いがついた。

 一応長曰く、見目のよい魔物を権力者が飼ったり、騎獣などの戦力として軍や冒険者が管理などそれなりにあり得ることらしい。ただそれは、特別なスキルや魔術、契約魔法などで魔物を服従させているとのことだった。


 住人たちの説得が一段落して家に戻るとティアが提案してきた。


「トール、特に急ぐことじゃなかったからいわなかったけど、それを眷属にするならソウルイーターをくした方がいいんじゃない? 敵意がないなら親近感が湧くのはスライムでわかったことでしょ」

「そうだな。この子を見つけたときが衝撃過ぎてソウルイーターする意識がなかったよ」


 ティアの提案に理があると思ったトールはしゃがんでゴブリンと目線を合わせると、ゆっくりと語りかける。


「これから君と一緒に居るために、君の魂をちょっとだけもらいたいんだ。痛みとかはないから信じて任せてほしい」


 伝わるかどうかもわからず、ゴブリンに伝えず黙って魂を吸収することもできたが、トールはあえてゴブリンと向き合った。職業上、虐待を受けた子は周りの人の機微に聡いと習ったため、隠し事をするとゴブリンとの関係が拗れると考えたからだ。

 手を指し出されたゴブリンの方は、首をかしげながらもおずおずとトールの指先をつかんだ。


「ありがとう。ソウルイーター」


 トールはそっと呟くようにソウルイーターを発動させる。ゴブリンの方は何をされているのかが分かっていないようで、「ギ?」と首をかしげながらトールの手をニギニギしていた。


 状況が落ち着き、心に余裕ができた状態でゴブリンを観察すると、その汚さが異常であることがわかる。所々汚れが重なり鱗や糸のように肌に張り付いていたりして戦ったゴブリンたちよりも明らかに不潔だった。

 トールは拠点の家からタライと布を持ち出すと、開けた場所で火を起こして石を焼きだした。そして石が焼けるまでにタライに水魔術で水を張り、ゴブリンを石に座らせる。

 そして、石が焼けるとタライに投げ込みお湯を沸かしていく。


「これから体を綺麗にするからね。ほら、これも気持ちいい温度だよ」


 自分でお湯を触ることで安全だと示し、ゴブリン自身もお湯に触れることで安心してもらう。そして足元からゆっくりお湯をかけていく。

 お湯をかけていくと乾いたことで押さえられていた悪臭が再び出てきた。そしてその悪臭は男であるトールも嗅いだことのある精液の臭いだった。全身から放たれるその悪臭でこの子がどのような扱いを受けたのかがわかってしまい、胸が締め付けられる。


 汚れを落とそうと濡れたゴブリンの体に触れると、ヌルヌルと滑っており黒く汚れた粘液が地面へと垂れていく。お湯をかけて布で軽く擦りさらにお湯をかけて滑りを落とす。そんな洗体を三度繰り返すことでようやく大体の滑りを洗い流すことができた。この頃にはゴブリンもだいぶ慣れたようでトールの真似をして顔や頭を自分で洗っていた。

 大まかな汚れがとれたことを確認したトールは次に買っておいた石鹸を泡立てて洗っていく。もとの世界の石鹸より泡立ちが悪く、臭いも獣油臭かったが、確実にゴブリンの体を綺麗にしていった。


 日がくれてそれなりの時間たってようやくゴブリンの洗体が終わった。明かりが焚き火の明かりだけなのでどのくらい綺麗になったかは黙視できないが、触った感じだと滑りを感じなかった。ゴブリンもよく頑張って疲れたようでコックリコックリと船を漕いでいた。

 そんなゴブリンを抱っこすると、火の前に座り濡れて冷えたゴブリンの体を暖めながら乾かしていく。するとゴブリンの体から次第に力が抜けていき、耳元で寝息が聞こえだした。

 トールはゴブリンの背中を優しくトントンと叩きながらこれからのことを考える。


(もし、この子のことが中途半端のまま元の世界に帰ることになれば……)


 その答えはすでに出ている。その答えを意識した瞬間、ゴブリンを叩く手に無意識に力がこもる。


「中途半端な同情は殺す以上に残酷、か」


 自然と出た言葉に自嘲する。こちらの感情で勝手に助け、こちらの事情が悪くなれば容赦なく処分する。そんな身勝手な行いは身勝手に虐待をしていた他のゴブリンたちの行いとどこが違うのか。

 色々考えがめぐるばかりでいっこうにまとまらないが、小さく動く背中に助けたことに後悔はしないと決め、この子の最善の利益を追求するすることを誓った。


 ゴブリンの体が十分に暖まって乾いたことを確認したトールは焚き火の始末をすると家に戻った。

 そして寝床にゴブリンを寝かせると、そのゴブリンの片足と自分の片足を一メートルほどの縄の両端に縛った。ゴブリンに単独行動をさせないという制約のため、もしゴブリンが先に目を覚ました時の措置である。


「おやすみ」


 トールは静かに寝入るゴブリンに挨拶すると自分もゆっくりと目をつぶった。



 翌日、トールはいつも通り空が白んでくる時間に目を覚ました。しかし、今日はいつもと違う。


「ギギ?」


 小さな声だったがいきなり聞こえてきた声にトールは驚き飛び起きた。しかし、すぐに状況を思いだすと跳ね上がった鼓動を落ち着かせる。


「起きてずっと待っていたのか?」

「ギャ?」


 傍らで膝を抱えて座っていたゴブリンに声をかけた。ゴブリンはただただ首をかしげるだけだった。


「これから特訓なんだけど、君を一人にはできないから一緒に来てもらうね」


 ゴブリンにそう伝えながら足を結んでいた縄を解くと、ゴブリンの手をとって外に出た。

 いくぶん明るい外に出ると、綺麗になったゴブリンの体が露になった。前の薄汚れて黒ずんでいたゴブリンはそこにはなく、まるで宝石のエメラルドのような深い緑の肌をしたゴブリンが居た。そして、多少がに股ではあるが背丈やぽっこりお腹などの体格は小さな女の子そのものだった。

 今更ながら女の子を素っ裸で過ごさせていたことに気がついたトールは慌てて家の中から上着を持ってくるとそれを着せた。上着は小柄のゴブリンにとってブカブカだったが、体を膝くらいまでスッポリと被うことができた。

 そして自覚した。『この子を助ける』と意気込んでいたものの全く覚悟が伴っていなかったことに。無意識に彼女と深く関わること避けようとして彼女に名前すらつけていなかった。彼女を個としてではなく『ゴブリン』という色眼鏡で一括りにしていた。


「ごめんよ。助けるといいながら君のこと全く見ていなかった。習った知識をそのまま事務的に君に当てはめることで、深く関わらず自分の責任が重くならないようにしていたよ」

「ギギャ?」


 ゴブリンに自分の反省を吐露するトールだったが、やはりゴブリンには伝わっていないようでただただ首をかしげるだった。しかし、トールが本当に伝えたいことは次のことだった。


「これからは君ときちんと向き合うから。だから、『エメラルダ』。この名前を受け取ってほしい」


 トールはゴブリンを指差しながらゆっくりと名前を伝えた。


「ギ ギャ ギャ ギュ ギャ?」


 ゴブリンが自分を指差しながら発声する。トールにはそれが『エメラルダ』と発音していると確信できた。


「そう、『エメラルダ』」

「ギギャギャギュギャ、ギギャギャギュギャ」


 ゴブリンは嬉しそうに飛び跳ねながら名前を連呼している。提案した名前は受け入れられたようだ。


「よしエメラルダ、これから回りを走るから、一緒にいこう」

「ギャギャ!」


 トールとエメラルダは手を繋ぐと一緒に走り出した。


 スタートこそは手を繋ぎ走り出したトールとエメラルダだが、トールの方が先にへばってしまい、手を繋ぐ余裕もなくなってしまった。それでもエメラルダはへばったトールのペースに合わせて側に寄り添っていた。しかし、それでは大人としての面子がたたないため、トールは限界を越える勢いで足を動かしていた。そのお陰か、ランニングはいつもより早く走り終えた。


 ランニングの後は体操なのだが、昨日のこともあってかいつも一緒に体操してくれていた人たちは一人もいなかった。

 トールは内心がっかりしながらも、エメラルダに体操を教えるためと気持ちを切り替えた。エメラルダには、まず向かい合うことで体操の真似をして体の動かし方を覚えてもらうことにした。そして、いつもなら音楽を口ずさみながらそのリズムで体操をしていたのを、ゆっくりとしたエイトカウントで体操をすることにした。

 真剣にこちらを見ながら懸命に真似をして体を動かすエメラルダの姿は、ゴブリンでありながらとても可愛らしく思えた。


 こうして朝の日課の訓練を終えて朝食の準備をしていると、ティアが話しかけてきた。


「トール、あれに何をしたの? トールの中のあれの魂が未だ結び付いているんだけど」

「うん? どういうことだ?」


 ティアの言っていることに全く心当たりのないトール。ただの人間であるトールにとってティアの言う魂の状態を自覚できないし、エメラルダだけに特別何かした覚えもない。信頼関係や名付けが関係しているとしても、スライムのスター、シューター、スカイ、マモル、エンノシタの方が良好で濃厚な関係だったといえる。


「よく分からないけど、魂が結び付いていたらなにか悪いのか」

「はじめての事だから、原因から探っていこうと思っただけ。ただ、本体の魂との繋がっているわけだから本体の魂が強くなればトールの中の魂の欠片も強くなるし、魂の欠片が強くなっても恐らく本体に影響が出るはずよ」

「特に悪い影響がないようなら、しばらく様子見でいいんじゃないかな」


 ティアの話を聞いて思ったことを伝えた。そして、エメラルダの強化も取り入れた特訓方法を考えながら朝食を二人分作っていった。

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