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14 ゴブリン

「〇〇くんは園庭遊びの時間もお友だちと元気に走り回っていました、まるっと」

 連絡帳を書き終えると、それをまっていた男の子が話しかけてきた。

「とおるせんせい、おしごとおわった? みてみて、かっこいいけん」

 ずいっと拾った木の枝を自慢気に見せつけてくる。

「カッコいいえ…剣を見つけたね。あ、先生も剣、見つけちゃった」

「じゃあ、せんせい わるもんね。〇〇はいいもん えいっえいっ」

 可愛らしくチャンバラをする男の子の攻撃を防ぎながら、頭を撫でた瞬間だった。

 バチンという嫌な音が響くと、世界が赤く染まる。目の前の頭を撫でようとした男の子の頭はなくなっており、体だけが棒立ちしていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うわぁぁぁぁぁぁ」


 トールは絶叫とともに飛び起きた。強く打つ鼓動を落ち着かせながらも、ゴブリンを殺したことが自覚していた以上に精神的な負荷になっていることを再認識した。しかし、このままではいられない。いくら強くなっても相手を意識して殺せるようにならなければ、いずれ自分が殺されることになるからだ。

 今日から殺すことに対する訓練も行っていく予定だ。トールはパシンと両頬をたたいて気合を入れると、日課としているランニングと体操に出かけた。



 朝食を取った後、トールは集落で商店を営むオーカ夫妻の家を訪ねた。

 この商店では解体ができない冒険者が狩ってきた獲物を解体費を差し引いて買い取っおり、昨日狩った森猪モリイノシシの解体を教えてもらえるように頼んでいた。血や内臓といったものに対する耐性を付け、死を無駄にしないこと意識することで殺すことに対する抵抗を減らすのが目的だ。

 戸をノックして呼びかけると奥さんが出てきて、解体場まで案内してくれた。

 

 解体場には机にすでに森猪が乗せられていたが、重労働の解体作業を行う旦那のオーカの姿はそこになかった。


「旦那は店番してるよ。まぁ、解体はできないことはないんだがね、毛が汚れるからあの人も進んでやりたがらないのよ。だから、もっぱら私が解体しているのさ」


 ニカッと笑いながら二の腕に力こぶを作る。

 確かに指まで毛におおわれた手は血などで汚れる解体作業には向かないだろう。

 トールがそんなことを考えているうちに奥さんはちゃっちゃかとナイフや火起こしなどの準備をこなしていく。


「それじゃあ、外でも解体できるようにナイフで解体していくよ。まず解体しやすいように腹部の毛をむしって…… それから肛門の……」


 トールは奥さんの指示通りに作業を進めていく。途中、内臓を取り出したりする時には見た目や臭いで吐き気をもよおしたが、できるだけ早く作業に戻るようにした。


 こうして所々で奥さんに加勢してもらいながら解体していくと、昼過ぎには森猪は頭と背骨だけを残して部位ごとに切り分けられていた。これらは解体作業授業料を差し引いて銀貨一枚でオーカ商店として奥さんが買い取ってくれた。ちなみに毛皮は、裂けや破れなどが目立ち買取できないそうだ。




 昼からは集落の狩人と冒険者の二人の男性をゴブリンを見た場所に案内した。トールが話したゴブリンの様子から、新たなゴブリン支族ができた可能性が疑われたからだ。

 木の目印を頼りに進んでほどなくして昨日ゴブリンと戦った場所に到着した。死体はすでに無くなってっていたが、転がっている棍棒や血痕があの時の生々しさを物語っている。


「おい、ゴブリンはどちらから来たか覚えているか?」

「あっ、えっと、あっちからす。あっちで見つけてこちらに向かっていたので、そこに隠れて奇襲しました」


 少し呆けていたトールだったが狩人の問いかけで意識が戻されると、慌てて戦いに入った状況を説明した。


「こっちに武器を打ち付けた跡があります」

「ふむ、ならもう少し奥に行ってみるか」


 狩人と冒険者はトールの証言から周囲を調べ、痕跡を見つけるとそれをたどりながら森の奥へと向かった。


 しばらく行くと不自然に光が差し込む場所があり、そこには飾り付けられた洞穴や木の枝や葉で組まれたテントがあった。そして三体のゴブリンが真ん中に置かれた森猪に齧り付いて食べていた。


「三匹か…… 奥の一匹は俺が射るから手前の二匹はそれぞれ頼む」


 小声で提案する狩人にトールと冒険者は頷きで答える。そして冒険者の手振りでそれぞれのターゲットを決めた。


 シュッと静かな風切り音とともに矢が放たれる。そしてその矢がゴブリンの体に刺さるのを確認してから二人は飛び出し、それぞれのターゲットに向かっていった。


「わぁぁぁぁ」「はぁぁぁっ!」


 冒険者は気合の入った掛け声とともに五十メートルほどの一気に詰め寄り、戦闘態勢にも入れていないゴブリンを下から切り上げて倒した。

 一方トールは忌避感を振り払うように叫び声をあげながら駆けていった。しかし冒険者よりも遅かったため相手に猪の牙を付けた槍を構える時間を与えてしまっていた。しかし、槍先からゴブリンが胸を狙ってきているのが分かる。無意識だったが左手に水魔術を纏わせて攻撃に備える。

 そして、相手の攻撃範囲に入り突き出してきた槍を一気に生成した水盾で逸らすと、振り上げた剣で切りつけた。


「ぎゃぁぁぁ」


 切りつけられたゴブリンが槍すら捨てて痛みにもだえ苦しむ。上から切りつけたトールの剣撃は小柄なゴブリンの肩から胸を切りつけただけで致命傷には至っていなかった。


「早くとどめを刺せ! くそっ」


 遠くから冒険者の声が聞こえる。トールはゴブリンを切りつけた瞬間、昨日ゴブリンを殺した感覚がフラッシュバックして身が竦んでしまっていた。

 もだえるゴブリンは、異変に気付いた冒険者がとどめを刺してくれた。


「ったく、これだからひよっこは…… いいか、やらなきゃやられるのはお前だ。今生きているのは偶然奴らの数が少なかったからだ。条件が違えばおまえ自身どころか俺たちまで危険に……」


 耳の痛い説教を聞いていると、ふと彼の後ろで何かの影が動いた。


「あぶない!」

「! うぉっ」


 トールが声を出せたのは影が飛びかかるのと同時だった。冒険者は反射的に防御態勢を取ったがバランスを崩され転倒していた。転倒した冒険者にゴブリンが馬乗りになっている。

 そのゴブリンは矢に射抜かれたはずのゴブリンだった。胸を射抜いたと思われた矢は腕に刺さっている。

 馬乗りされた冒険者は体勢的に力が入らないのか、首元に嚙みつこうとするゴブリンを抑えるのでいっぱいいっぱいのようだった。


(やらなきゃやられる!)


 トールがそう思った瞬間、自然と体が動きゴブリンを思いっきり蹴り飛ばしていた。


(やらなきゃ死ぬ!)


 転がるゴブリンを追いかけると、そのまま胸に剣を思いっきり突き刺した。ゴブリンは最後に「ぎっ」と短く鳴くと、ゴポッと口から血を吐いて絶命した。

 死んだゴブリンを見るとやはり忌避感は感じる。しかし、身が竦むようね感覚はない。


「俺にはまだやらなきゃいけないことがあるからまだ死ぬわけにはいかないんだ。すまない」


 哀悼の思いを込めてつぶやき、気持ちに区切りをつける。


「ありがと、助かったよ。やらなきゃやられる、今のその思い、その感覚を忘れるなよ」


 冒険者が背中をポンと叩く。それがかなりの力が込められていたようで、トールはよろけてしまった。


「……はい、ありがとうございます」


 トールは感謝の念を込めてつぶやいた。



「よし、とりあえず俺たちは死体の処理をするから、トールは洞穴を調べてきてくれ」


 狩人が合流して後片付けがはじまる。薪となる木材などを採ってきていたのでどうやら死体は焼却するようだ。トールは狩人から松明を受け取ると言われた通り洞穴の様子を調べに向かった。


 洞穴は百五十センチ程度とゴブリンサイズであり、中に入るには中腰にならなければならない。さらに奥からはものすごく腐臭が漂ってきており、中に入るのを躊躇わさせる。

 しかし、頼まれたからには中に入らないという選択肢はない。洞穴から少し離れてきれいな空気を胸いっぱいに吸い込むと意を決して突入した。

 洞窟の奥行きは幸いにも十メートルもない程度ですぐに奥が見えた。奥には腐乱した森猪の死体や狼系の魔物の死体があり、隅には食べた後のゴミであろう骨などが山積みになっていた。

 洞窟には何もないことを確認し、息止めも限界になってきたトールが洞穴から出ようと踵を返した時だった。ガシャリとゴミ山から崩れる音が聞こえた。警戒しながら振り返るとゴミ山の中に何かが隠れていることに気が付いた。

 トールは息止めから、口呼吸に変え警戒しながら剣を使ってゴミ山を削っていく。そして、三度削った瞬間、隠れていたものは一気に山を散らすと、素早く反対側へと逃げた。

 松明をそちらに向けるとそこには一体のゴブリンが身を丸めていた。トールが緊張感を増して剣を構えると、ゴブリンは力なく「ギギ」と鳴いた。それには殺意は全く感じられない。それはまるで、親から身体的虐待を受けている子どもが、暴力を振るってくる親に対して「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りながら身を丸めて耐えているようだった。よくよく見れば首に縄がくくりつけられており、その先は木の根の輪にきつく結ばれていた。


「大丈夫、僕は君にヒドイことはしないよ。この縄、切っていいかな」


 トールはゴブリンの様子を見ながら適切な距離感を保ちつつ、優しい声色を意識して語り掛ける。言葉が通じているか分からないが、縄にナイフをあてがいながら訊ねた。

 ゴブリンが小さくコクンと頷いたのを確認したトールは「ありがとう」と一言いうと、縄を切りつけた。縄は意外と丈夫で十数度切りつけてようやく切断できた。


「切れたよ。一緒に外に出よう」


 トールが手を差し出すと、ゴブリンはその手を無視してトールの背中に隠れて服の裾を握り締めた。その様子を確認したトールはゆっくり出口に向かった。

 そして、明るいところに出てはじめて気がついた。連れて出たゴブリンの股間にはオスの象徴がついていなかった。しかし、今のトールにはそれはどうでもよかった。




「おう、どうだった、って!」


 洞穴から出てきたトールに声をかけた冒険者が、その後ろのゴブリンに気が付いた瞬間、二人は矢を番え、剣を構える。


「おいお前、あの時の感覚を忘れたわけじゃないんだろうな」


 冒険者がピリピリとさっきを感じるほどのドスの効いた声で訪ねてくる


「覚えています。やらなければやられる、殺さなければ殺される、そんな無情な感覚。でも、この子を殺さなくても殺されません」

「今はそうでも、この先人を襲わない保証はない。こいつが繁殖のもとになって増えたゴブリンが人を襲うことも考えられる」

「そんな先の事なんて分からないじゃないですか」

「ああ、分からないから確実に起きないように今対処するんだろ」

「ならそんな可能性が起こらないように私が面倒を見ます」


 白熱する口論の中、トールはついにその言葉を言ってしまった。元の世界に帰ると決めて、この世界での関りをできるだけ持たないようにしようとしたのに。


「この子のあの姿を見たうえで見捨ててしまえば、私の芯が汚されてしまうんです」

「中途半端な同情は、殺すことよりも残酷な事だぞ」

「わかってます」

「もし、同じ状況の魔獣を見つけたらどうする」

「……殺します。私の手はそこまで大きくないのを自覚しています」

「ちっ、好きにしろ」


 冒険者はそう吐き捨てると、トールに背を向けたまま薪をくべて火をいじりだした。そこから三人はほぼ会話をしないまま焼却処理をして集落に戻った。

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