12 集落
日が昇り、放たれた光の矢が微睡むトールの目にたると、暗い視界を赤くする。
あまりの眩しさにさらなる光を拒むかのように一度強く瞼を閉じたあと、意識が覚醒しゆっくりと目を開けた。
「くぁー、もう起きる時間ぁ」
大きく伸びをしながらぼそりとつぶやく。昨夜夜警で寝る時間が遅かったのと、慣れない体勢で寝たのが相まって硬くなったトールの体は伸びをるるたびにぽきぽきと骨が鳴った。
軽い体操で体をほぐしていると、オキアがお湯はったタライと手ぬぐいて持ってきてくれた。
「おはようございます、トールさん。ゆっくり休めましたか?」
「おはようオキアくん。お湯ありがとう。そこに置いてて」
「はい」
「ところで、今日はどこまで進む予定なのかな?」
「今日ですか? 予定では確か集落で食料を追加して国境手前で野営する予定ですね」
トールの質問にオキアはタライを置きながら答えてくれた。そして答え終わるとそろそろ起きてくるであろうツリルのために新たにお湯を用意し始めた。
トールは軽く体をほぐした後、用意してくれたお湯で顔を洗っいテグスたちと合流した。
その後トールは起きてきたツリルと軽く朝食をとると、領都に向かう商人と妖精の靴の面々と別れて旅を再開した。
「あ、集落が見えてきましたよ」
オキアが教えてくれた。今向かっている先には森が広がっており、よくよく見れば森の中に丸太で作られた家がいくつか建っているのが分かった。
集落に到着してトールは驚いた。集落の住人は人間ではなかったのだ。二本足で立ち歩いて移動するという点では人間と差異はないのだが、その風貌があまりに異質だった。見た目人間っぽくても耳が動物のようなものだったり、全身に毛が生えた人間の体躯をもった動物であったりとトールの知識で獣人と呼ばれるような人たちばかりだったのだ。
「あの、ここは?」
あまりにファンタジーな光景にトールは思わず訪ねた。
「ここは王都や領都などこの国の大きな街で暮らせい魔人種の方々が集めってできた集落なんですよ」
「魔人種?」
「魔人種というのは、体に魔獣の特徴が現れた人たちの事でね、私の国では人間と変わらないことになっているのですが、人間至上主義のこの国では管理対象になっているんです」
ツリルの説明を聞いていて思い当たった。
「もしかして前話していた途中の集落ってここですか?」
「ええ、そうのとおりです。トールさんは見た目は人間でも言語統制魔法を掛けられているので奴隷か魔人種だと気づかれたはずです。恩人をあのまま領都に向かわせるわけにはいかないので、申し出がなくてもここまでご一緒する予定でした。本当なら私どもの国までご案内したいのですが、いかんせん時間がなくて入国申請が間に合わず、すみません」
「いえいえ、そこまで考えてくださってありがたいです。せっかくなのでここでできることを探していこうと思います」
「いいことだと思います。私たちはここで食料と魔物素材を仕入れたらすぐ出発するので、ここでお別れですね。あと、これをお渡しします」
ツリルは鞄から一通の封書をトールに差し出した。
「これは?」
「昨晩に書いたトールさんの人柄を書き添えた身元保証書のようなものです。片田舎の小さな商店ですが、入国申請の時に一緒に出せば手続きが簡単になると思います」
「ありがとうございます」
お礼を言いながら封書を受け取ると、折れたり汚れたりしないように大切に鞄にしまった。
その後ツリルたちの買い物に付き合ったあと、出発するのを見送った。
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「……ということなので、しばらくここに置いてほしいのですが」
トールはツリルたちを見送った後、集落の長の元に案内してもらい滞在の許可をもらっていた。
「召喚に巻き込まれた君の現状は確かに同情できる。しかし、この集落には何もしない者を養うほどの余裕はないのですよ」
「はい。それはおっしゃる通りだと思います。なので、初めに十日間で銀貨五枚をお支払いします。もちろん食事などは自力で用意するので、場所だけ貸してください。その間に力をつけて、魔の森で狩りを行えるようになります。強くなることは私の目的でもありますので」
事前にツリルから宿の一泊の料金が銅貨三枚から四枚と聞いていたトールはそれを基に交渉に出た。まだまだ最弱な部類のトールにとって訓練できる時間は重要なのだ。
「そういうことなら、外れの空き家の使用許可を出そう。外の共用かまども使ってよい」
「ありがとうございます。あと、狩りができるようになるまでの食料を購入したいのですが、どこかありますか?」
「それなら、オーカのところが森に入る冒険者相手に商売をしているからそこで聞いてみるとよい」
「わかりました。ありがとうございます」
話が終わり案内された小屋はしっかりとした作りだったものの長らく使われていなかったせいか床や設置されたベッドなどの家具には埃が積もっていた。それを見たトールはとりあえず戸や窓を開放し、中の空気を入れ替える。そして近くの住人に借りてきた掃除道具で最低限住めるだけの清潔さを確保した。
しかし掃除におまった以上の時間を取られ、気が付けば空はすでに茜に染まり切っていた。
「しまった、食料の買い出し…… もう遅いだろうな。久しぶりにこれかな」
鞄からスライム分体を取り出して齧った。ツリルたちと食べた料理の記憶がよりスライムの味気の無さを引き立てた。
そして、寝る前に明日からの予定を考えた。
「ティア、明日から剣術を主とした特訓をしたいと思うけどどうかな?」
「いいと思うよ。トールはまず基本となる体力や筋力といった肉体の能力を鍛える必要があるからね」
ティアの意見を聞きながら明日どういった特訓を行うかを組み立てていった。
早朝、トールは自然と目を覚ました。森の中という環境のせいか朝の空気はしっとり、ひんやりとしており、それが寝起きのトールの意識を覚醒へと導く。
「暗っ! まだ日は登ってないみたいみたいだな」
意識がはっきりしてくると改めて部屋の暗さに驚く。しかし慣れてくれば窓から差し込むわずかな光で物の輪郭くらいは分かるようになった。それを頼りにドアまで行き外に出た。
「うわ、すごいな」
外に出たトールは思わず声を上げた。部屋の中とは比べ物にならないほどの森の空気が襲ってきたのだ。
凛と澄んだ森の空気はスゥーと体に入り一呼吸ごとに浄化してく様で、思わず深呼吸をしたくなる。空を見上げると日は地平線の下まで来ているのだろう、うっすらと白んでいた。
「よし、いくぞ」
大きく伸びをした後、軽く屈伸や腰回しで体の調子を確認した後気合を入れてランニングを開始した。
スッスッハッハッとリズミカルな呼吸を意識しながら集落の中を走っていると、この時間でも起きている住民が多いことに気が付く。おそらくパンなどを焼いているのだろ、家々から美味しそうな香りが香ってくる。
クーとなく腹の虫を抑えながら体感的に一時間ほどのランニングを終えると、次にメロディーを口ずさみながら体操を始めた。それは元の世界で老若男女に朝の体操といえば聞けばこの体操の名前が挙がるほど有名な体操である。
体操を終えたトールは昨日紹介されたオーカ家にお邪魔した。
「すみませーん、ここで買い物ができると聞いたのですが」
失礼は承知だったが、家の中で活動している気配がしたので家の者に聞こえるように大きめの声で呼んだ。
少しすると家の主でが出てきた。男のトールでも見上げるほどの体躯で顔は白銀の毛で覆われた狼の顔だった。よくよく見れば体は服の上からでもよく鍛えられているのが分かり袖からは白銀色の毛で覆われた腕がでていた。手は人間と同じ五本指の手だったが指先まで白銀色の毛が生えていた。しかし、時折ちらりと見える掌は肉球のように仄かなピンク色で、柔らかそうだった。
「こんな早朝に、非常識ではなか」
男性の声が聞こえた。顔つきで判断できなかったが、体躯的にも目の前の主は男性で間違いなさそうだ。
そして全く男性のセリフの通りであり、トールも自覚している。しかし、家々から香る美味しそうなにおいが空腹を刺激して我慢できなくなったのだ。
「すみません、失礼なのは重々承知なのですが、朝の食料を売ってきただけませんか?」
「食料か…… 今渡せるのはパンと干し肉程度だがそれでいいか?」
とりあえず空腹を満たせればよいと考えていたトールがそれを了承しようとした時だった。奥から女性の声が聞こえてきた。
「せっかくだから、上がって食べてもらいなさいな。三人も四人も大して変わらないよ」
「しかしだな」
「もう注いでしまったから、断ったら増えた洗い物はあんたが洗いなよ」
口論はどうやら女性の勝ちの様で、目の前の男性はハァと大きくため息をつくと手でついて来いとジェスチャーをした。
お邪魔しますと挨拶をして奥まで行くとテーブルには四人分の朝食が用意されており、椅子には女性と五歳くらいの男の子が並んで座っていた。二人とも顔つきは人間と同じだったが男性と同じ狼の耳が付いていた。
「いらっしゃい。ささ座って座って」
女性に促されるまま席に着いた。テーブルには野菜と肉がたっぷりのスープに黒いパンが置かれていた。
「森の恵みに感謝を」
三人は手を組みそういって感謝をささげる。出遅れたトールは急いで三人の真似をしたあと、「いただきます」と言って料理に手を伸ばした。
「ごちそうさまでした」
トールが最後に食べ終えると鞄から銅貨を一枚取り出して女性に渡した。
「いやいや、こんなにはいただけないよ」
「奥さんの手間賃や早朝にお邪魔したお詫びも含んでいますのでどうか受け取ってください」
「そういうことなら仕方ないね、ありがたくいただいておくよ。何困ったことがあったら何でも言いにおいでよ」
「わかりました。後で食料や剣を買いに来ますので用意していただけると助かります」
トールがそう伝えると女性は「あいよ」と笑って返事を返してきた。トールはそのままお礼を告げると商店を出た。そして、森の手前で丁度よい棒を拾い持ち帰った。そして借りている小屋の前で素振りを始めた。剣が手に入ればもっときちんとした素振りができるだろう。そんなことを考えながら訓練をこなしていった。




