10 夜営地の人々
「野営場が見えてきましたぜ、旦那」
「おお、襲われてかなりの時間とられたが、日が暮れる前に着けたな」
日も沈みかけてきた頃、テグスは報告にツリルが応える。
確かに少し前方で煙が上がっている。トールが平原で野営地を設ける意味を考えているとオキアが隣にきて説明してくれた。
「この辺りは夜になると真っ暗になるし、適当な場所で夜営しようとすると草刈りなど準備が大変になるんです。それに、魔物除けが施されていたり種火や飲み水の魔道具が設置されていることもあってなかなか便利なんです。では、私は様子見と場所の確保のために先にいっていますね」
オキアはトールに軽く説明した後、走って夜営地に向かっていった。
「しっかし、あれからスライムの邪魔が入らなくて助かりましたね。おかげで余計な魔力を使わずに済んで助かったよ」
走っていくオキアを見送っていると、次はテグスが話しかけてきた。
テグスの言う通りここまで全くスライムたちとは出会わなかったのだが、それはにはネタがあった。トールがスライム通信で近くのスライムが『今は遊べないから、来ても面白くないよ』という意思が拾えるように発信していたのだ。ちなみに、このようなメッセージの送り方になったのかはトールがスライムたちを脅すことはしたくなかったのと、こういう風に伝える方が効果的だと経験則で分かっていたからだ。
こうした雑談をテグスたちとしながら進んでいくと、野営場に到着した。野営場にはすでに七人の商隊が火を起こして休んでいた。
「お待ちしてました、こちらに場所を確保しています」
先行していたオキアが案内した場所に荷車を留めるとテグスとオキアが手際よくたき火などの夜営の準備を整えていく。
そんな中、荷車から降りたツリルが声をかけてきた。
「トールさん、対人戦の経験はありますかな?」
「いえ、ありません。というより、スライム以外の戦闘の経験は……」
「そうですか。しかしまぁ、問題ないでしょう。ついてきてください。こういう場は縁を増やしたり、情報交換をする場でもあるんですよ」
そういうとツリルは先に休んでいた商隊の方へ向かった。
「どうも、お邪魔します。私……」
ツリルと相手の商人が話始めた。一瞬、商人の護衛たちが武器に手をかけたが、商人が笑顔を向けてうなづくとそっと武器を置いた。
ツリルと商人の会話は表面上はにこやかで進んでいるようだが、おそらくは裏で高度な腹の探り合いをしているのだろう。そんな物語で得た知識を当てはめながら話を聞き流していると、話の内容がスライムの話に変わっていった
「領都の方のスライムはかなり手ごわかったですね。一応武器を新調したのですが全く歯が立たず、そこにいるトールさんに出会えなければ荷物を全部なくすところでしたよ」
「トールです。よろしくお願いします」
紹介されたと自覚したトールは前に出て手を差し出した。すると握手を返してきた商人はある提案をしてきた。
「トールさん、よろしきれば雇っている護衛に話をしていただけませんか? まだ強くなったスライムと戦ったことがないので」
商人の提案を聞いてトールはツリルの方を見た。ツリルは笑顔でうなづいている。
「わかりました。戦った時の話ぐらいしかできませんが、話してきますね」
正直商人の申し出はトールにしてもありがたいものだった。護衛とはいえ戦闘に携わる者の魂を取り込む機会になるのだから。
トールはたき火を囲んで談笑している護衛に近づくと自己紹介をし、自然と手を差し出して握手を求める。
「よろしく、俺は『妖精の靴』のリーダーのエルベストン、銀板級の冒険者だ。エルベと呼んでくれ」
男が立ち上がると、銀色のタグを見せながら自己紹介をした後、手を握ってくれた。
「そして、あそこのごつい鎧を未だに身に着けているのがアール」
「今は護衛任務中だ。いざという時や夜警のことも考えると、必要な事だ…… アルフスだ、よろしく。アールは愛称だがそう呼んでもかまわない」
「そして、あの男のような女がアソノ」
「エルベ、後で覚えていなさいよ! そして、あんな紹介で迷わず私のところに来たあなたも大概失礼よ…… はぁ、まぁいいわ、アソノよ」
「最後に清楚で可愛い子がフジだ」
「フジです。スライムの事色々教えてくださいね」
冒険者全員との握手が終わると、スライムの事を話す前にエルベが聞いてきた。
「トールってあの商人の奴隷なのか?」
「なっ、エルベ!」
エルベの疑問にいち早く反応したのはアソノだった。
「ごめん、トールさん。こいつ無神経で……」
エルベの頭をバシバシたたきながら謝罪してきた。
「言語統制魔法が気になったんだよね。別に気にしてないですよ。結論から言いますと私は奴隷ではありません。私は全く訳の分からないまま気づいたら草原にいて、草原を彷徨っていたところをツリルさんに拾ってもらったんです」
エルベたちに余計な気を遣わせないように笑顔で応対する。
「状況からして召喚魔法に巻き込まれてようだけど」
「もしかして元の場所に帰る方法とか分かるんですか?」
アソノから召喚魔法という単語を聞いたトールはアソノが言い終わる前に詰め寄っってしまった。
「召喚魔法は一般的にはかなり廃れていて、私も召喚魔法があったという程度しか知らないの。ごめんね」
「こちらこそ取り乱してすみません。いきなりだったので、妹のことだったりと元の場所に気がかりなことが多くてね、つい」
アソノの少し怯えたような態度を目の当たりにして冷静になったトールは慌てて謝罪した。
「あちらにはずっと目を覚まさない妹がいるんだ」
慌てたせいでポロっと実状を吐露してしまったトール。しまったと気が付いて口を抑えるが、すでに遅かった。吐露を間近で聞いたであろうアソノが話しかけてきた。
「妹さんの事だけど、もしかしたら教会が詳しいかもしれない」
「そんな事情があるなら、早く言いなさいよ。教会なんかより私の方が適任じゃない。なんたって魂のみの存在なんだから」
妹を目覚めさせられるかもしれない。そんなアソノとティアの言葉でトールはさらに元の世界に帰る意思を固める。
「ありがとう、アソノさん」
秘密にしているティアの名は口にするわけにはいかないので、アソノだけ名前を出してお礼を言った。
もちろん感謝の気持ちは後でティアに伝えるつもりだ。
トールの話に区切りがつくと、次の話題は自然とスライムの話になっていく。
「まず、妖精の靴としてはスライムはどんな認識なんだ?」
「俺たちの認識か? 俺としては倒すまでもない弱い魔物だな。多分みんなそんな感じだと思うぞ」
「うむ、私もエルベと同じ意見だ。倒し方が分かっているばおそらく成人前の者でも倒すことができるだろう」
「私も強さで言ったら二人と同じ意見よ。フジもそうよね」
「ええ、そうね」
とりあえずこの世界でのスライムの認識を知ったトールは、改めてツリルを助けた時に戦ったスライムについて伝えた。
「今までのその認識は捨てた方がいいですね。スライムのできることがかなり増えています。まず固くなる能力。これで下手な剣戟などは効かないですね。次に投石もしてきましたね。ただこちらの威力や精度はまだまだだけど、少し前までは投石すらできなかったことを考えると先のことが分からないですね。ただ執着心のようなものはないようなので遠くまで飛ばせばどこかに行きますね」
トールが一通り話すと妖精の靴はお礼を言うと少し離れてから対策を話し合いはじめた。
一人になりすることもなくなったトールもその場を離れると、テグスたちが準備したたき火のところへと戻った。
「トールさん、お疲れさまでした。これをどうぞ」
先に話を終え戻っていたツリルにお椀を渡された。中身は薄くスライスされた肉が入ったスープだった。それを一口飲んだトールは思わず泣きそうになった。
そのスープは塩味の中にわずかに肉の風味が感じられるだけの決して美味しいものではなかったのだが、食感だけのスライムで飢えを満たしていた時には感じなかった食の感動が湧きあげってきたのだ。
「えっと、お気に召しませんでした?」
トールの様子に気が付いたオキアが恐る恐る話しかけてきた。
「いえ、こうして人が作った料理が食べられて幸せだなと思って」
「そんな、ただの塩漬け肉のスープに大袈裟ですよ」
一生懸命否定の言葉を言いながらも嬉しそうに照れているオキアを可愛いと思えたのは、きっと心が満たされて余裕ができたからだろう。オキアの様子を見ながらまた一口スープを味わった。




