06 楽しいゲームの時間
「な……なんですのそれは」
「なめし革に綿を詰めただけの柔らかいハンマーですわ。とっても軽くてほら、こんなにフニフニ。でも、あなたの魔法を叩くだけならこれで十分ですわね」
手で揉んで柔らかさを見せつけて差し上げると、とうとうアローナ嬢はプッツンときたらしい。
「これ以上の侮辱は許せませんわ! あなたたちも手伝いなさい!」
「は、はいっ!」
今度は氷だけでなく、土やら火の玉やらも一気に飛んできた。
わたくしは大喜びでそれを叩き落していく。
ちなみにハンマーに使われている革は、火山に棲む火牛という角と蹄が常時燃えている魔獣の革で、火や衝撃にめっぽう強い。戦士や冒険者の防具にもよく使われる素材だ。子供の火球魔法程度では焦げすらしない。
庭園が火事にならないようにだけ気を付けて、落ちた氷塊の跡やレンガ舗装の上に落とすようにした。
やがて、集中が限界を迎えたのか、一人また一人と攻撃をやめていく。
最後にアローナ嬢が地面に座り込んだところで、ゲームは終了した。やりましたわね、パーフェクト!
「ああ! みなさま、素晴らしかったですわ!」
脳内で快楽物質がドバドバ湧いているのを感じる。
うっとりしながら空中でハンマーを揺らすと、令嬢たちがビクリと身構えた。
「なんなの……なんなのよ、あなた!」
半泣きになっているアローナ嬢が叫ぶ。
ここへきてわたくしは、自己紹介がまだだったことを思い出した。
「あら、これは申し遅れましたわ。わたくしはカレッタ・ラミレージ。ラミレージ公爵家の第二子でございます。同じ学園に通う者として、どうぞお見知りおきくださいませ……アローナ・エイシア伯爵令嬢様」
家庭教師に習ったとはいえ、同い年の令嬢に正式な挨拶をするのは初めてだ。
うまくできたかドキドキしながら彼女たちの様子をうかがうと……まぁそんな予感はしていたけれど、案の定真っ青になっていた。
「も……申し訳ございませんでした!!!」
アローナ嬢たちは地面にめり込む勢いでひれ伏してしまった。
わたくしだって彼女の名前が出なければ家の爵位なんてわからなかったのだし、そんな今にも首を飛ばされそうな顔をしなくてもいいと思う。
「お気になさらないで。わたくしも挨拶もなく話しかけて、失礼いたしましたわ。あまりにも『面白そうな』魔法をお使いでしたので」
「い、いえ……これは、その……」
顔を伏せたまま言い淀むアローナ嬢になんだか曲解されている気がして、きちんとわたくしの気持ちが伝わっているのか自信がない。
ここはしっかりと言葉にしてわたくしの考えを伝えておくことにした。
「でも、あんなに怯えている子に魔法を撃つのは感心しませんわ」
「……はい」
「撃つなら先ほどのようにぜひわたくしに」
「……はい?」
呆けた顔で見上げてくるご令嬢たち。
わたくしはさっきの一戦の興奮を思い出しながら熱くなる両の頬を指先で押さえて身もだえた。なんとか冷静に説明したいのに、孤独な趣味に生きる者特有の早口を抑えきれない。
「わたくし、ああして人の魔法をこのハンマーで叩いて落とすのが大好きなのです。先ほどのみなさまの連携、種類の豊富さ、実に素晴らしかったですわ! 欲を言えばもう少し速度を上げてフェイントなども入れてくださればもっと楽しくなると思いますの。みなさまの連携を活かして波状攻撃などもきっと美しいですわね。ああ、夢が広がりますわ! エイシア伯爵令嬢様、いえ、アローナ様。ぜひわたくしのために、また魔法で遊んでくださいませんこと? ほら、あなたのおうちも我が公爵家と『仲良く』されていることですし、わたくしたちももっと交流を持つべきだと思いますの。毎日とは申しませんわ、お忙しいでしょうから、三日、いえ週に一度でも構いませんから、ぜひお相手してくださいませ」
「ひ……あ、あの……」
気が付くと、わたくしはアローナ嬢のまつ毛が数えられるほどの至近距離まで顔を寄せていた。
「……ね?」
「しょ、承知いたし、ました……」
消え入りそうなアローナ嬢の返事を聞いて我に返る。これはいけない、パーソナルスペースを侵略しすぎてしまった。
軽く謝る意味も込めて微笑みながら姿勢を引くと、彼女たちも静かに深い息を吐いて、のろのろと立ち上がってくれた。
「あの……もう下がってもよろしいでしょうか……?」
「そうね……あら、みなさま、脚が震えていましてよ。座っていて体が冷えたのでしょう。風も冷たくなってきましたし、早く寮へお戻りなさいな。また今度ゆっくりお話ししましょうね」
「は、はい! 失礼します!」
急いで帰ろうとする令嬢たち。
そこでわたくしは大事なことを言い忘れていたのを思い出し、その背に声をかけた。
「貴族の淑女たるもの、今度からは、お友達が怯えて嫌がるようなことをしたり、身分や家柄で言うことを聞かせたりなんてこと、してはいけませんよ!」
ハイ! と元気な返事が綺麗に揃って帰ってきたので満足する。とても素直でいい方々だった。
わたくし相手なら遊びで済むけれど、上位貴族の務めとして、正しい貴族の在り方を常に啓蒙しなくては。自分ができているかは置いておいて。
そうして、わたくしはようやく、背後で呆然とへたり込んだままでいた最後の令嬢を振り返った。