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53 禁断症状

 寮の部屋から出ることができず、ご飯だけもらって後は寝るだけの生活が続いていた。


 相変わらず誰とも会えず、外の情報もわからない。

 部屋の前では、王宮から派遣された女性騎士が交代で必ず二人張り付いていて、昼も夜も厳しく監視している。

 食事配給や備品交換の世話も彼女たちがこなしていて、彼女たち以外の人間と顔を合わせることはなかった。


 学年末考査も、夏至祭も、とっくに過ぎてしまった。

 もう学園に通うことはできないのかな、と寂しく思う。


 昨日、第一王子殿下から短い手紙が一通だけ届いた。手紙というか命令書だ。


 『学年末夜会にて処分を通達する。指定の時刻に合わせて参加するように』


 わざわざ夜会で通達したいということは、見世物にして恥をかかせるつもりだろう。趣味が悪い。

 けれどこの内容なら極刑まではいかなそうだ。僻地の神殿送りかしら。貴族人生詰みですわね。

 この分だと公爵家のほうも不利な状況になっているかもしれない。心配でたまらない。


 ルーデンス殿下はご無事かしら。


 もう何度も頭を過った不安が再び込み上げてきて、胸をかきむしりたくなる。

 殿下なら脱走しようと思えば簡単だ。いくらでもその手段がある。

 それでももしまだ逃げ出していないというのなら……それはわたくしのせいだ。


 わたくしの身柄に危険が及ぶ可能性がある限り、殿下は自由に動けない。

 わたくしを人質にされては抵抗できないだろうし、理不尽な要求も飲んでしまう可能性がある。本質はとても優しくて素直な方だから。

 願わくは、わたくしなんか放っておいて、どこか遠くへ逃げてしまっていてほしい。


 押しつぶされそうな不安で、何度目かもわからない涙が込み上げてきた。

 どちらにせよ、このままでは、殿下にもう二度とお会いできない。

 あれで最後だなんて嫌だった。

 まだまだ一緒にやりたいことがたくさんある。『ルー博士』の夢だって道半ばだ。

 もっと一緒に遊びたい。くだらないことでふざけて笑い合いたい。

 あの大好きな笑顔をもう一度見たい。


 わたくしは部屋の窓へ目を向けた。

 万が一を防止するため監視の騎士たちに施錠されてしまったけれど、ガラスの窓だ。


 よし、ぶち破りましょう。


 ここは寮の三階だけれど、三階くらいなら飛んでもワンチャン命は助かるかもしれない。わたくしの無力なる無属性魔法を信じろ。

 ロージーじゃないから人間なんか浮かせられるわけがないけれど、気合で何とかしましょう。


 わたくしは重い木でできた椅子の背をがっしりと掴み、力を込めて持ち上げた。

 ドアからノックするような音が聞こえた。さっき朝食を済ませたばかりなので幻聴に違いない。

 構わず椅子を肩に担ぎ上げ、位置を調整する。視線は窓に狙いを定めて外さない。

 背負い投げの要領で思い切り振りかぶろうとした瞬間、背後のドアが開く音がした。


「カレッタさん、失礼しま……って、カレッタさん! お待ちになって! 落ち着いて!」


 慌てて駆け寄った声の主にあっけなく椅子を押さえつけられ、手を離さざるをえなかった。

 声の主はアローナ嬢だった。

 アローナ嬢はわたくしを取り押さえるように抱きしめると、後ろでまごついていた女性騎士二人に厳しい叱責を飛ばした。


「ほら御覧なさい! こんなに長いこと閉じ込めていてはこうなるのも当然ですわ!」


 怒鳴られた騎士たちは素直に気まずそうにしている。何事ですの?

 アローナ嬢は続けて大げさ気味に哀れっぽい声でわたくしに言った。


「ああ、カレッタさん、こんなに憔悴なさってお可哀そうに。大丈夫ですわ。すぐに外へお連れしますからね」

「そと……おそと、でられるの……?」


 今更ながら自分の精神状態が荒れていたことに気が付き、手を震わせて呆然としたまま妙な返事をしてしまう。

 アローナ嬢は、たぶん騎士たちからもよく見えるように、大きく頷いた。

 騎士たちはなんだかマズいものを見てしまった顔になっている。


「ええ、外に出て、今日は思う存分ハンマー遊びをしましょう。ハンマー遊びしたいですわよね?」

「したい……ハンマー遊びしたい……」

「そうですね、たくさん遊びましょうね。だからまずはお顔を洗って身支度をしましょうね。……あなた方はそこでお待ちになって。刺激しては危険ですので」


 アローナ嬢は騎士たちにぴしゃりと言い捨て、洗面所の中へわたくしを連れ込んだ。


「アローナさん、彼女たちをどう説得して入っていらしたの?」

「カレッタさんは長期間ハンマー遊びができないと禁断症状で錯乱してしまうと説明しましたわ。クラスのみなさまにも口裏を合わせていただいて大勢で嘆願しましたの。波状攻撃で」

「それは……どうも……」


 乾いた笑いの後に、温かな安堵が喉の奥から一気にせり上がってきた。

 笑いたいのに目からボロボロと涙がこぼれて止められない。


「あ……あり、がとう……」

「いいえ、遅くなってごめんなさい」


 アローナ嬢も涙を浮かべて、もう一度わたくしをぎゅっと抱きしめてくれた。


「あまり時間がありませんから、いま必要なことだけお伝えしますわ」


 パシャパシャと音を立てて顔を洗いながら、耳元で囁くアローナ嬢の声に集中する。


「今朝早く、ルディ様が学園から連れ出されました。王都に護送され、そのまま神殿に入れられるようです」


 思わず手が止まる。


「これからカレッタさんを寮の下の空き地にお連れします」

「後を追わせて」

「そうおっしゃると思って、ご用意しておりますわ。あなたの無事なお姿さえ見せれば、ルディ様も自由に動けるはずです」


 当然とばかりにアローナ嬢はにっこりと笑った。

 けれど、差し出された布で顔を拭いていると、懸念を含んだ声でアローナ嬢が呟いた。


「ですが、目撃した男子によると、どうやらリッド様が護送に同行しているようなのです。あいにく、正面から対抗できそうなロージー様はいま別件でこちらに居ません」


 邪魔をすれば、リッドは今度こそ遠慮なく魔法を使うだろう。


「リッド様の魔法は強力ですわ。影魔法でも対抗できるかどうか……けれど、上手くやるしかありませんわね。大丈夫。わたくし、彼の魔法の弱点を知っていますのよ」


 不安そうなアローナ嬢にわたくしは自信ありげに笑ってみせた。

 カラ元気でもないよりましだ。


 身支度を整えたわたくしは、アローナ嬢に連れられて久しぶりに屋外へ出た。

 むしっと湿っぽい空気とぬるい温度のそよ風が合わさり、お世辞にもさわやかな気分とは言えない。


 二人の騎士が道を塞いで監視する前で、わたくしはアローナ嬢と久しぶりの魔法弾アタックを始めた。


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