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挿話 約束だ、親友(後)

 俺は引き際をわきまえて、話題を変えた。


「ボカしてると言えば、もうひとつ。お前が影に引き込まれる羽目になったそもそものきっかけだ。さっきの口ぶりじゃ、思いつめた結果ってことらしいが……魔法を探求する者として、ぜひとも影魔法発動の詳細を知りたいんだが」


 本人も、原因にははっきり心当たりがあるようだったが、さっきは明言しなかった。たぶん人前では言いづらいことなんだろう。先生が俺を使って聞き出したかったのもここのはずだ。

 わざと大仰に言ってやると、またもやルディは顔を赤くした。今度はさっきの比ではない狼狽えかただ。


「あの、えっと……本当に、ちゃんと言わないとダメ?」

「ダメ」


 想像以上に渋ってくる。だが、こいつがちょっとしたはずみで暴走するやつだというのは今回の件で痛いほどよく分かった。

 再発防止のためにも、ここでこいつの思考回路をつまびらかにしておく必要がある。


「お前な、俺がどれだけお前の弱み握ってると思ってるんだ。今更だろ」


 そう駄目押しすると、ルディは観念したようにまた大きな溜め息を吐いた。

 表情を隠したいのか顔半分を手で覆いながら、ちょっとやけくそ気味に答えた。


「分かった、白状するよ。あの時僕は……本気で『消えてしまいたい』って思ったんだ」


 本気で消えたいと望んだから、その意思どおりに影が体を飲み込んだ、ってことのようだ。

 しかしそれだけでは不十分だ。なんでそこまでして消えたくなったのかまでしっかり吐かせなくてはならない。

 もっと詳しく、と威圧を乗せて無言で睨みつけていると、真っ赤な顔で視線をさまよわせながら、ルディは続けた。


「そ、そんな顔しないでよ。こっちはいっぱいいっぱいだったんだよ……考え始めたらもう止まらなくて……」


 なんとか時間を稼ごうとでもいうように言葉を重ねる。

 だから何を考えたかはっきり教えろと言うのに。

 無言で圧をかけ続けるとついに、フッ、と、ルディの目が死んだ。


「いろんな、こう、妄想とか……ね?」


 言いながら、ルディはおもむろに姿勢を変えて片手を動かした。

 力なく握ったこぶしを、体の中心辺りで。上下に。

 意味を理解した俺は、気がついたら変な呻き声を口から垂れ流していた。


 確かに好きな子の前で聞かせられる話じゃない。

 そりゃ衝動的に消えたくもなるわ。お前みたいな純粋なやつならなおさらだろう。

 なんか、なんかすまん、親友。

 死んだ目のまま「あのハンマー握ってる手とかまずいよね……」とかぼそぼそ呟く小さな声は聞かなかったことにしておく。生々しいからやめてくれ。つーかそそるのそこかよ。


「でも、結果的に良かったんだと思う」


 俺が返す言葉を見つけられないでいるうちに、開き直って罪悪感を全部吐き出しむしろすっきりしたらしいルディは、穏やかな笑顔を浮かべながらしみじみと語り始めた。

 ちゃっかり強引に話題を変える手腕はさながら賢者だ。


「あの日、彼女に会ってみて気が付いたんだから。勇気を出して呼び出してみて良かった。彼女には感謝してるよ」


 引っ張り出してきたのはテトラ嬢の話だった。

 確かに、この話を聞いた時は驚いた。

 使用人を使えないルディは、呼び出しの手紙ももちろん直接渡しに行った。

 他の生徒に紛れて存在を気取らせず、ご令嬢の目の前でさりげなく手紙を落として拾うように仕向けたという。お前は諜報員かなんかかよ。


 人見知りで引きこもりのくせに、確かにやるときはやる男だった。斜め上に。ほんとどこに向かってんだ。


 彼女を呼び出した理由は『仲間たちの話題に上っていて会ってみたくなったから』だというのがルディ本人の弁。


 だが、よくよく意図を探ってみると、どう聞いても本心はこうだ。

 『いきなり登場してカレッタの関心を長期間かっ攫っているご令嬢の人となりを確認して、あわよくば自分のほうがカレッタを理解してるし仲が良いと主張して釘を刺したかったから』だ。


 友好どころかどろどろの嫉妬じゃねーか。婚約者を奪われて泥棒猫にけんか売るご令嬢かよ。

 マジでなんで自分で気付かねぇんだコイツ。失敗に終わって良かったのかもしれない。

 どっちかというとお前のほうが兄貴から奪おうとしてるんだぞ……自覚無しにやってるんだから質悪すぎる……。


 やっぱりこのまま放っておいたらヤバい気がする。

 早くこいつをなんとかしてくれカレッタ。俺はもうお手上げだ。


「まったく、いきなり大胆なことをしでかすからびっくりするぜ」


 尊敬と皮肉を込めてそれだけ言ってやるが、言葉通りにしか受け取らなかったルディはへらへらと笑った。


「あはは。まあとにかく彼女……テトラ嬢のことが気になるんだ」


 その目がすっと真剣みを帯びる。ゲームに挑むときの目だ。

 ここで言う「気になる」というのは、最大限に警戒しているという意味だろう。

 面と向かって意味不明な暴言を吐かれたうえ、自分を……いや、大事なカレッタを悪役だと言われたのだ。

 自分の感情を少しずつ自覚し始めたこいつが、黙って放っておくわけがない。


「先生に言うのは違う気がするし、しばらくは君しか話せる相手が居ない。相談に乗ってくれる?」

「仕方ねぇなぁ」


 この件に関しては、さすがに先生の力を借りたくないらしい。黙っていれば優秀な生徒だから、先生も対応に困るだろう。

 さらに明日から冬休みに入り、仲間たちともしばらく会えなくなる。

 こいつがまた暴走しないように見張っておくのは、自由に動ける俺の役目だろう。

 渋々頷いてやると、ルディは無邪気そのものの笑顔を浮かべた。


 その時ふと俺は、なんとなく外の人の気配が気になった。誰かが医務室の前でも通ったのだろうか。


 そろそろ先生が戻ってきてもおかしくない時間だと思い当たり、俺は個人的に気になっていた核心の質問をぶつけることにした。


「最後に、これだけははっきり訊いとくぜ」


 ついさっき、こいつがカレッタに向けた笑顔を見れば、答えは分かりきってるが。


「ここまでだいたい冷静にしゃべってるってことは、ある程度は自分の中で整理はついたんだな?」

「……うん」


 ルディは、切なそうに目蓋を伏せた。


「どう取り繕ったって、僕はカレッタが好きだ。まだ自分がどうしたいのか分からないし、伝える勇気もないけど……たとえ叶わない片思いだとしても、幸せでいてくれればそれでいい。僕は彼女を……カレッタを愛してる」


 親友が自分自身の感情を無事に受け入れたことを確認して、俺は満足して小さく頷いた。

 すると、ルディは少し雰囲気を変えて、自分の手元を見つめながら言う。


「ただ、どうしてなのか……でも、なんとなく分かるんだ。僕は、カレッタが居ないと『僕』でいられない。もし彼女に何かあったら、突然居なくなってしまったら……僕はきっとおかしくなってしまう……と、思う」


 ルディの目は真剣で、本気だった。

 そうなるだろう、という確信が俺の心まで支配する。

 背筋に冷たいものが走るのを必死に気付かないふりをした。

 そのルディの目が、ひたりとこちらを向いた。


「だから、もしそうなったら、君が僕を止めてね、ロージー」


 ……なんだそりゃ。

 馬鹿なことを……無茶なことを、言うな。


「ふざけんじゃねぇよ」


 そんな覚悟決まった目のお前を、止められるわけがないだろう。


「ロージー?」

「そうなる前に、カレッタにもお前にも、何もなきゃいいんだろ」


 俺はルディに、固く握ったこぶしをぐいと突き出した。


「その手助けならいくらでも引き受けてやる。男同士の約束だ、親友」

「ロージー……」


 ルディは感慨深く俺の名を呼ぶと、俺の真似をして歯を見せ無邪気に笑う。

 そして自分もこぶしを掲げ、突き出していた俺の手にこつんとぶつけた。


「ありがとう。頼んだよ、親友」




「……っつーわけで」


 冬の日の、今となっては懐かしくも思える夜の会話を思い返していた俺は、そろそろ現実に目を向けることにした。


 場所は王都。

 貴族の屋敷が集まっている区画。その中にあるカレッタの実家、ラミレージ公爵家の屋敷の屋根の上に、俺は風魔法と無属性魔法を駆使して不法侵入していた。


 眼下に見える門の周囲には国王が差し向けた兵が集まり、ネズミ一匹通さないと言わんばかりの気概で屋敷を包囲していた。ここに居るカーディナル家のネズミにはまだ気が付いていないようだが。今年は珍しく霧の季節が長引いていて幸運だ。


 いつ状況が動くのかは知らないが、反逆者の公爵一家を取り押さえるべく彼らがなだれ込んでくるのは、もう間もなくのことだろう。

 この後の動きを頭の中で反芻しながら、俺は握ったこぶしを眼前に掲げて、笑った。


「いっちょ、本気出してやりますか。我が親友たちのために」




この作品をR-15に設定しているのはだいたい今回のルディのせいです。

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