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挿話 約束だ、親友(前)


 ちょっと時間をさかのぼる。


 冬至祭の夜、ルディのやつが十日間も行方不明になっていた事件がようやく解決した時のこと。

 俺は責任を感じていた。居なくなる直前までこいつの本音を聞いていたのは他でもない俺だったからだ。


「ロージー君、しばらく付いていてあげてください」


 だから、軽食を取りに席を外すというコドラリス先生が、何気なさを装って俺に向けていた視線の意図を、正しく理解して実行することにした。


 まったく、カレッタの兄貴には負けるが、あの先生の過保護ぶりも立派な『きょうだいのろけ』だな。血の繋がりもないのに、実の兄弟より兄弟らしい。

 ……まぁ、昔コドラリス家の次男が幼くして病で命を落としたって話は聞いたことがあるし、ルディにもあそこまで懐かれていたらしょうがないとは思う。お互いに欠けたものを埋め合わせてるような恰好だけど、悪い関係じゃないはずだ。


 仲間たちの気配が去ったところで、俺はルディと距離を詰めるべく、勝手に寝台の縁に上がりこんで靴を脱ぎ、胡坐をかいた。


「さて、誰も居なくなったことだ。全部吐いてもらおうか」

「う……本当に、心配かけて悪かったよ」


 肩越しににやり笑いを投げかけると、ルディも脱力して足を崩し、体を傾けた。ご令嬢方には絶対に見せない、粗野にも見えるだらしない格好だ。


「悪いと思ってるんなら誤魔化さずに答えろよ」

「分かってるって。とはいえ、僕だってまだいろいろ混乱してるんだからお手柔らかに頼むよ。どこから話せばいい?」

「そうだな……」


 行方不明前、最後に会った時の、こいつとの会話を思い出す。

 突然の体調不良で休みを取ったこいつを訪ねて部屋へ行った時、俺は文字通り夜が明けるまでこいつの話を聞いていた。

 その内容は何を隠そう、恋の相談だ。

 あの変人令嬢にして我らが親友、カレッタ・ラミレージへの恋。


 初めてこいつらと出会ってから丸四年。

 俺は最初てっきり相思相愛だと思っていた。思わず初対面のアローナに「あの二人は付き合ってんの?」と確認してしまったほどだ。

 だが、なんとこいつら……少なくともルディのやつは、自分が彼女をそういう意味で好きだということに全く気が付いていなかったらしい。

 あれだけ毎日べたべたしておいてただの親友だというのだから、とんでもないやつだ。


 その怒焔山脈のドラゴン級の鈍感野郎が、どうして今になってその恋心を自覚したのかというと、例のテトラ嬢に指摘されたからなのだという。


『どうせテメェも同じだろ、あの悪役令嬢のこと、愛してるとか救いたいとか抜かすんだろ? そんなことのためにアタシのシナリオ捻じ曲げてんじゃねーよ!』


 彼女の口調にびっくりするが、ルディの記憶が正しければこれで一言一句そのままらしい。

 極度の緊張と彼女の豹変への驚愕でまともに会話できなかったところにそんな一撃を投げ込まれて、ルディは頭が真っ白になった。

 勢いのまま彼女が立ち去ってしまった後は、自分も逃げるように寮へ戻って部屋に閉じこもるのがやっとだった。


 それから一晩、考えて考えて考えて、ようやく自分の気持ちに気が付いたのだという。

 自覚したら、今度はどんな顔でカレッタに会えばいいか分からなくなった……というのが、あの体調不良の原因だった。

 病名は恋わずらい。それも相当に拗らせたやつ。


 四年かけて高く積み上げた友情と、底が抜けそうなほど重くなった愛情。さらに実の兄貴との関係と自分の立場まで絡んでくる超難問。

 ある意味俺よりお子様気質のこいつをおかしくするには充分だった。


 俺が話を聞きに行った時点でだいぶ危うい状態だった(詳細は省くが、俺の親友はどうやら相当めんどくさくて過激な奴だったらしい)ので、とにかく思いの丈を片っ端からぶちまけさせていたら、夜が明けたというわけだ。

 一晩中他人ののろけ話を黙って聞いていた俺は聖人を名乗っていいかもしれない。


 さて。

 いきなり核心に迫るよりは、さっきみんなに話していた会話を拾った質問のほうがルディも気が楽だろう。

 さっと考えを巡らせた俺はルディに尋ねた。


「さっきの、どうやって影から出てきたかって話……なんかボカしてなかったか?」


 カレッタが遠くへ行ってしまいそうだった、なんて珍しく詩的で曖昧なことを言っていたな。


 しかし、俺の質問にルディはうぐっと声を詰まらせた。頬もちょっと赤くなる。

 こいつは相手に気を許してる時はすぐ顔に出るから分かりやすくていい。ゲームの時もこうなら楽勝なんだけどな。

 しばらく言いづらそうにしていたが、たっぷり躊躇ってからルディは口を割った。


「さっきは彼女の名誉のために黙ってた。だから誰にも言うなよ。……その、く……口付け、されそうに……なってたんだ……」

「マジで? 誰に?」

「……第一王子殿下」


 真っ赤な頬と不機嫌そうな顔でルディはぼそりと答えた。

 俺は思わず口笛を吹いてしまった。


「じゃあなにか、お前、婚約者同士のそれを空気読まずぶち壊したってわけか? やるじゃん!」

「だ、だってそんなの見たら僕だって! ……直前まで一番深く影に溶けかけてたのに、別な意味で目の前が真っ暗になったよ。一気に目が覚めた。……後先考える余裕がなかったのは本当だよ」


 はぁぁぁ~、と深い溜め息を吐きながら、ルディは頭を抱えてうずくまった。


「もう、自分が嫌だ……正直王宮に居た頃より自分が嫌いになってるよ」

「だが、取られたくなかったんだろ?」

「うん……彼女は、僕のものじゃないのに……『僕から奪うな』って、思ってしまった……」


 先生からちらりと聞いたことがあるが、こいつの幼少期はなかなかに悲惨なものだったらしい。

 血の繋がった王族たちには軟禁され放置され……最低限付けられていた使用人たちには、うっぷん晴らしのいいおもちゃにされていた。腹をつぶせば中の笛が鳴る人形、みたいな。


 そのせいで、学園の使用人さえも生存本能が働いて信用できず、手を借りることもできない。王子のくせして身の回りのことは料理以外ほぼ全部自分でやっている。

 掃除や洗濯、はたまた繕い物まで自分でやる王子なんて大陸中探してもこいつくらいじゃないか?


 最初から何一つ与えられず、希望も安息も奪われ続けて育った子供。

 そんなこいつが、ようやく自分の中に生まれた『恋』という感情にこれほどまで執着を向けることを……誰が否定できるというのか。

 俺は笑って、まだ丸まっているルディの肩を叩いた。


「それでいい。お前の気持ちは確かにお前のものだろ。むしろ、直接言ってやればよかったんだ」

「無理、そんなの無理!」


 ガバリと顔を上げたその目は涙ぐんでいたが、調子は持ち直してきたようだ。

 まだ第一王子とどう向き合うかは、こいつの中でも踏ん切りがついていないらしいな。


 まぁこいつのことだから、本気で兄貴とやり合う覚悟を決めるのも時間の問題だとは思う。カレッタを諦めるわけがないんだから。

 人に譲ってばかりな奴が「譲らない」と言う時はだいたい、命を賭けてでも絶対に譲らない時だ。

 その時が来たら、またせいぜいからかってやろう。


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