51 ぶちまけ
翌日の放課後、わたくしたちはさっそくテトラ嬢に会いに行くことにした。
高学年にもなると選択科目も増え、ずっと友人と固まっていられる時間は多くない。
さらに今は一年で一番大事な試験の直前なので、授業も変則的になりがちだった。テトラ嬢が一人になる機会もぐっと増えている。
思えばこの時期こうなることも考えて、リッドはわたくしたちを牽制してきたのかもしれない。
「僕が出るとまた話にならなそうだから、まずは影に隠れているよ。カレッタの気配もできる限り薄くしておくから、近付くことはできると思う」
ちなみに、わたくし自身を影潜りで隠すのは却下された。
体に害もなくやろうと思えば簡単にできるのだけれど、どうやら殿下以外の人間が影に潜ると、とんでもない精神負担がかかるらしいのだ。
実体験したロージー曰く「魂が凍え死にそうな無限の暗闇の中、見えない虫の大群に体の端から齧られて粉々に分解されていくような感覚」がしたという。想像だけでもうえぐい。
影に入っていたのはほんの数十秒だったのにロージーの恐慌は尋常ではなく、その後三日は灯りを消して眠れなかったという。
ロージーのお兄様でも同様だったそうなので、実験以来ルーデンス殿下は他人への影潜りを禁じ手にしている。
なお殿下本人は「あの体がほどける感覚がなんか落ち着く」とか言っているので根本的な感性の違いが存在している気がした。
「あとは、彼女が会話に応じてくれるかだけど」
「それについては考えがありますの。少なくとも興味は持っていただけるはずですわ。ただ……」
わたくしも覚悟を決めた。彼女を引き留めるにはこれが一番有効だ。
しかし、その会話をルーデンス殿下に聞かれるという点はちょっと気が重かった。
「わたくし、いろいろと変なことを言うと思います。後で必ずご説明しますので、意味が分からなくてもどうかお聞き流し下さい。それと……もしこれでルディ様に気持ち悪がられると、さすがにわたくしもへこむと言いますか……」
「大丈夫! カレッタが変わってるのは今に始まったことじゃないから!」
「そんな清々しいお顔でおっしゃられると別な意味でへこみますわ」
もっと時間があったならブーメラン発言だと小一時間詰って差し上げたい。
まあわたくしだって、今更殿下が多少意味不明なことを言い出しても、なんとも思わないだろう。そのくらいの信頼関係があることは疑っていない。
おふざけもほどほどにして、心当たりのある場所をいくつか回る。
殿下とも手分けして探すと、五号校舎でテトラ嬢を発見した。何かの用事の帰りのようで、二階の廊下を歩いていたのは彼女一人だけだった。大チャンスですわ。
校舎入口の小さな吹き抜けホールの階段へ差し掛かろうとしていたテトラ嬢に後ろから追いつき、わたくしは声を掛けた。
「テトラ様、お待ちになって」
テトラ嬢は弾けるように振り返った。気配のないところに突然現れたので、とても驚いた様子だ。
怯えたような表情でじりじりと後ずさりながら、彼女は震える声を出した。
「か、カレッタ様……わたしに一体何の御用でしょうか?」
「大したことではございませんの。ただ、お伝えしておきたいことがございまして」
離れた距離を詰めようと一歩近付くと、彼女はさらに一歩後ずさり、今にも体を翻して逃げようとした。
わたくしは少しだけ声を張って、彼女の行動を遮った。
「オセロだから元日本人というのは、ちょっと決めつけすぎですわ」
その瞬間、彼女は硬直した。
彼女の思考をかき回すべく、わたくしは言葉を重ねる。
「確かにオセロは日本で発売されたゲームです。知らない日本人も多かったのに、よくご存じでしたわね。けれど、その約百年ほど前から、イギリスで同様のルールのゲームであるリバーシが存在していますわ。あれは決して日本独自のものではなくて、シンプルで奥深い、世界中で愛されていたゲームなのです。わたくしも大好きでした」
テトラ嬢は眉を寄せ、驚愕の表情でじっとわたくしを見ていた。
「ですので、わたくしがルディ様にお願いして、あの『太陽と月』を作っていただいたのですわ」
テトラ嬢はもう、逃げようとはしていなかった。
こぶしを握り締め、射殺さんばかりの強い視線で真っ直ぐにわたくしを睨んでいた。小さく可愛らしい唇が動き、普段からは想像もつかない凄みのある声が漏れ出した。
「じゃあ、テメェだってのか」
「ええ。ルディ様ではなく、わたくしですわ」
務めて穏やかに頷くと、彼女は獰猛な猛獣のように、深く息を吐いた。
このやりとりに、隠れて見ているルーデンス殿下の頭は疑問符でいっぱいのことだろう。
「テメェ……アタシのシナリオ破壊して、邪魔しやがって!」
怒りを露わにするテトラ嬢に怯まないよう、わたくしは落ち着いて返事した。
「申し訳ないのだけれど、わたくし、そのシナリオとやらの記憶は持っていませんの。あなたの邪魔をしたつもりもありませんでしたわ」
「うるせぇ! テメェは大人しく悪役令嬢やってればいいんだよ。何やらかしたらこんなにフラグぶっ壊れんだよ」
「何って、好きに生きてきただけですわ。参考までに、どのくらいぶっ壊れているのか教えてくださる?」
「攻略対象がサフィ以外全員キャラちげーんだよ! あーわかった、全部繋がったわ。全部テメェのせいだ。マジ草生える」
青筋を立てながら草を生やされても困る。
え? わたくしのせいで攻略対象ほぼ全滅?
「第一王子サフィエンスの他に、絶海の貴公子ディカス。閃光の騎士リッド。魔性の子ロージー。憂いの教師アドルフ。ついでに各ルートで大事なイベントのフラグになる悲劇の義姉プリステラ。そんでラスボス、影の魔王ルーデンス。テメェがみんなめちゃくちゃにしやがった」
わーお。みんなよく知ってる方々ですわー。
ちなみにアドルフはコドラリス先生の名前だ。みんな家名で呼ぶので耳にすると新鮮。
「いえリッド様とはそこまで関わっていませんわ! 冤罪ですわ!」
「テメェが誑かしたラスボスが予定外に襲撃してきたせいで、アタシの本性がリッドにバレたんだよ! フラグも立ってねーのに気持ち悪ぃ絡み方してきやがる……」
気持ち悪がられている……おいたわしやリッド様……。
「リッド様はあなたを心配しておいででしたわよ」
「うるせぇ。知るかよ。どうせアタシみてーなクズ女見たことないからって、珍しがってるだけだろ。心配なんかするわけねぇ」
吐き捨てたテトラ嬢の言葉におやと思う。どうやら彼女はリッドの気持ちに気が付いていないようだ。
わたくしはほんの少し葛藤して……何気ない調子で言ってみた。
「リッド様が嫌なら、ルディ様もおすすめですわよ」
近くの影から噎せるような大きな音がした。テトラ嬢に気付かれてはまずいので、わたくしは誤魔化すように畳みかける。
「ラスボスだから危険というのはまったくの偏見ですわ。現実のルディ様はとってもお優しくて、面白くて、お可愛らしいところもあって、でもすごく頼りになって、ゲームに情熱を傾けるお姿は格好良くて」
「うるせぇうるせぇ黙れ! いきなりワケわかんねぇこと言い出すな! なんだおすすめって」
テトラ嬢は怒りのあまり肩を震わせていた。
「何も知らねぇんなら、それ以上余計な口開くんじゃねぇよ。アタシの邪魔すんな。アタシはこのままテメェらを悪役にして、サフィルートをクリアしなきゃなんねーんだよ。そのためにここまで我慢して進めてきたんだ。それだけが、アタシが幸せになるための……」
テトラ嬢の声は徐々に勢いを失くして小さくなり、最後のほうはまるで自分に言い聞かせるかのような微かなものになった。
やはり、彼女は無理をして物語をなぞろうとしているようだ。そこから脱却しようなど、微塵も考えていない。
いや、何らかの原因で、考えることができないのかもしれない。
わたくしは静かに彼女との距離を詰めた。彼女は逃げようとしない。
もう少しで彼女のそばに寄り添える。そう思った瞬間、階段の下からその声が飛んできた。
「そこで何をしている?」




