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48 離岸流みたいなもの

「事実無根です! カレッタさんを陥れようとする卑劣でふざけた話ですわ!」

「で、でも、怪しいところを見たという証言も……」

「まだ言いますか!」


 今にも相手を氷漬けにしそうな勢いのアローナ嬢の肩に手を置き、なんとか落ち着かせた。

 彼女の両肩を横からしっかり抱きながら、令嬢に続きを促す。


「残念ながら、わたくし自身は心当たりがございませんの。どんなふうに怪しかったのか教えてくださる?」


 令嬢は真っ青になりながらも答えてくれた。


「例えば、テトラ嬢とサフィエンス殿下が一緒に居るところを窓から睨みつけていたとか……放課後に生徒会の手伝いに行くテトラ嬢を追いかけていたとか……」


 あーなんか思い出しました心当たりありますわ! みなさんほんっとよく見てますわね。


「サフィエンス殿下を奪われて、嫉妬していたのでは……」


 確かに、そういう解釈になってしまえば動機は充分。

 しかも、今や第二クラスではお馴染みになったわたくしの無属性魔法は、手を触れずに物を動かす魔法である。魔力の気配も人一倍薄い。話に聞いたような嫌がらせを行うにはおあつらえ向きだ。


 遠くから彼女の持ち物を奪ったり、壊したり、隠したり……実際には射程が足りなくてそんなことはできないのだけれど、できるかもしれない、と少しでも思われてしまってはおしまいである。

 他に誰も使えない魔法なので、能力を隠しているのではと疑いがある時点で、できないことを証明するのは難しい。能力的なアリバイを主張しても納得を得るのは無理そうだ。


 かといって、ここで第一王子殿下に対して興味が薄く、嫉妬も何もないことを公言するのはどうか。間違いなく殿下の耳に入るだろう。


 第一王子殿下はわたくしとルーデンス殿下が親しいことをご存じで、しかも弟君を警戒し嫌っている節がある。

 わたくしへの興味はもう失せていると考えてよさそうだけれど、わたくしが下手に第一王子殿下への無関心を表明して、万が一、嫌っているとでも尾ひれが付いて伝わってしまったら。

 それこそリッドが脅していた通りの、『反国王派の公爵家は第一王子を切り捨て、娘を使って第二王子を傀儡にしようとしている』という最悪の発想に至らないとも限らない。


 つまりわたくしが今取れる戦略は……なんとかはぐらかす。以上。

 わたくしは落ち着いて背筋を伸ばし、聞き耳を立てるクラスメイト達に伝わるよう、言い訳を主張した。


「嫉妬……確かに、なかったと言えば噓になりますわ。わたくしはあんなふうに気兼ねなく接することはできませんでしたもの。けれど嫉妬よりも、殿下のお好みをはき違えた自身への反省と後悔のほうがずっと強く感じておりますわ。テトラ様を見るたび、身が引き締まる思いがしますの」


 ちょっとわざとらしいけれど、ぎりぎり、ぎりぎり嘘ではない。

 わたくしだって第一王子殿下への接し方を間違えたことは反省しているのだ。


 こちらが距離を置いて無関心でいたのだから、向こうが放置してきても文句を言える立場ではない。

 いつだったかも忘れたけれど、第一王子殿下が「自分に構うな」みたいなことをおっしゃったのがぼんやり頭に残っていたのが、距離を置こうと思ったきっかけだった気がするのだけれど。

 これは彼がルーデンス殿下を冷遇してきた恨みとは別問題だ。


 あの時は、テトラ嬢を睨んでいたのではなく奮起していただけですわ!

 正直どちらかというと第一王子殿下にイラついてましたわ!


「追いかけまわしていたというのも、悪意どころか。むしろ嫌がらせの話が心配で、プリステラさんと一緒に話を聞こうとしておりましたの。殿下が守ってくださっていると伺って、安心していたのですわ。それでもまだ嫌がらせが続いているというのなら、看過できない状況ですわね」


 これは胸を張って本当だと言える。

 今になっても、できることならお友達になりたいと思っているほどなのに。


 なるべく冷静な態度で語ってやると、令嬢や周りのクラスメイトたちは疑いを残しつつも納得がやや優勢、ぐらいの空気になった。

 第二クラスの彼らは日頃から自由にのびのびしているわたくしを見ているので、最初から半信半疑だったのだろう。


「で、では、カレッタ様は、テトラ嬢と殿下の関係を、どう思われているのですか?」


 令嬢が恐る恐るそう訊いてくる。

 これは遠回しに、わたくしと第一王子殿下の今後の関係を訊かれているのと同義だ。度胸ありますわねこの子。


「全ては殿下のお心のままに。わたくしはただ受け入れるのみですわ」


 きっぱりそう答えたけれど、微妙な空気は消えてくれない。

 そこでアローナ嬢の不満げな顔を見て、ふと気が付く。


 いけない、ついつい、第一クラスに居た頃のような猫かぶりモードになっていた。これでは確かに胡散臭さ倍増だ。

 気まずくなって表情を崩したはずみに、ちょっとだけ本音が漏れた。


「正直、そろそろはっきりとそのお心を聞かせていただきたいところですわね……」


 中途半端に放置されているのも、判断が難しくて悩ましいものだ。自業自得な自覚はあるけれど。

 わたくしを切り捨ててくださるならそのほうがいろいろ捗るので、さっさと捨ててほしい。

 ものすごく自分勝手な都合なのは分かっているけれど、わたくしはこういう人間だ。


 わたくしの心からの愚痴を聞いたクラスメイトたちは、はっとした顔になった。

 今まで会話をしていた令嬢とは別の令嬢が、彼女に近寄って言い含める。


「ほら、これ以上カレッタ様を困らせる質問はおやめなさい」

「は、はい。カレッタ様、うわさに惑わされて、失礼なことを言って申し訳ございませんでした」

「あら、信じてくださるの?」

「はい。カレッタ様は、話せることはきちんと話してくださるお方ですから。むしろ、カレッタ様のお立場も考えず無理やり問い詰める真似をして……本当に申し訳ございません」


 そのまま周りのクラスメイトたちに頭を下げられて、面ばゆい気持ちになる。

 こっちは適当にはぐらかそうとしただけなのに、罪悪感がすごい。

 隣のアローナ嬢は「分かればよろしい」みたいな顔で頷いていた。


 ひとまず、テトラ嬢に恨みはなく嫌がらせの動機はないこと、第一王子殿下にフられる覚悟を決めていて異論はないことを、第二クラスのみんなにはアピールできた様子だった。

 あとはこれが第一クラスや第一王子殿下にどう伝わるかだけれど、今できるのはこれが精いっぱいだ。みんなを信じて、あとはもう考えないことにしよう。


 それにしても、いきなりこんな話が出てきて驚いた。

 わたくしのこれまでの評判を考えれば、罪を被せられるのも理解できない展開ではないのだけれど。

 最近は大人しくしていたはずなのに。


 なんだか、気付いたらいつの間にか静かな潮に遠くまで流されていたような、気味の悪い感覚だ。


 念のため、ルーデンス殿下とお兄様には雲行きが怪しいことを伝えておこう。


次回はリッド視点の挿話です。

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