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47 すっきりしない季節

「だから無茶しないでほしいって言ったのに!」


 話を聞いたルーデンス殿下は泣きそうになっていた。


「面目ございませんわ……まさかあんな伏兵が居たなんて」

「それはともかく大丈夫? 剣なんて相手したことないのに……本当に怪我とかしてないんだよね?」


 しきりにわたくしの首筋を気にする殿下。跡も何もない首筋が見えやすいように髪を上げて頭を動かして差し上げるけれど、なかなか落ち着いてくださらない。


「……僕はハンマー遊びの相手できないのにリッドのやつ……」


 しかもなんだか妙な怒り方をしている。


「気を付けろよーカレッタ。下手したらこいつリッドのこと沈めに行くからな」

「それだ」

「すみません私の監督不行き届きでした!」

「ルディ様のお手を汚させてはいけませんわプリステラさん!」


 沈められるなら沈めてしまったほうがいい気がする……とはさすがに言わなかった。


「ま、どのみちそろそろ誰かにバレても仕方ないとは思ってたんだ。むしろリッドでよかったんじゃないか? 脅してはきたが、誰彼構わず言いふらすような奴じゃないんだろ」

「そうですわね。真面目が服を着て歩いているような方ですわ。こちらが約束を違えなければ向こうもわきまえてくださる……はず」


 必要となったら躊躇なくばらすだろうけれど。

 椅子に背を預けるロージーは、にやりと強気な笑みを浮かべていた。


「それに、こっちはこっちであいつの弱みを握れたってことだし、お相子だろ。まさかあの堅物がご主人サマの新恋人に首ったけとはねぇ。いやー面白くなってきた」

「あれを首ったけと表現していいのか疑問ですけど……」


 思い出したプリステラ嬢が顔を青くしている。恋と呼ぶには覚悟が決まりすぎだった。


 けれど、わたくし自身も無条件で一方的にルーデンス殿下の幸せを願っているわけだし、なんとなく共感できてしまう。

 恋愛って突き詰めるとみんなああなるのかしら?


 とにかく、とロージーが話を纏めて言った。


「こうなったからには、もうテトラ嬢には接触禁止だ。プリステラも気になるとは思うが、立派な騎士と王子様が守ってくれるって言うんだから、放っといて任せようぜ。お子様じゃないんだし」

「わかりました……そうですね」

「ごめんなさい、わたくしが早まったせいで」

「カレッタさんのせいじゃありません! あの子が人よりちょっと頑固なだけです。きっといつか、きちんと話せる時が来ます。私たち、姉妹なんですから」


 笑顔で自分を励ますように言うプリステラ嬢に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ルディ様も、余計に話をこじれさせてしまって申し訳ありません」

「え? まぁ、それは仕方ないよ。そんなことより、カレッタに何かあるほうが心配だ。君のことだから何もするなとは言えないけど、何か行動したくなったら、その時は必ず僕にも相談して。いいね?」

「はい」


 真剣に言い含める殿下の言葉に、わたくしは素直に頷くしかなかった。

 うう、この反応は、ちょっと信用失くしたかも……。




 穏やかな春の季節が過ぎ、初夏を告げる霧の時期がやってきた。


 夏に向け輝きを増していくはずの太陽はもやもやとけぶる空の向こうに隠れ、からっとした晴れ間が見られる日はほんのわずかだ。霧が濃い日は肌寒い時すらある。

 王都も含む広い範囲の地域で、こんな気候が夏至の頃まで続く。


 学園生活としても、展覧祭を終えてしまうともう大きな行事は無い。夏至の後にやってくる学年末まで、一年間の総仕上げの試験と昇級課題論文に追われる日々だ。もちろん最終学年の六年生は卒業し、大人の貴族として社会に出て行く。

 憂鬱な霧の季節は、ゆっくりと訪れる別れの足音を聞く季節でもあった。


 そんな日々を忙しく過ごしていたある日。


 濃い霧に沈む朝、わたくしがいつものように第二クラスに入ると、それまで賑やかだったクラスが一斉にシンと静まり返った。

 何故か注目を浴びており、戸惑ったわたくしはその場で足を止めてしまう。


「ええと……みなさん、どうかされましたの?」


 ちょうど入口の近くに居たアローナ嬢に尋ねる。アローナ嬢は愛用の扇子を握り締めて見るからに怒り心頭な様子で、目の前のクラスメイトたちを睨みつけていた。


「なんでもありませんわ」


 なんでもないようには見えないのだけれど……。

 わたくしの疑いの視線を受けて、彼女と対峙していたうち一人の令嬢が、おずおずと口を開こうとする。


「あの、実はカレッタ様が……」

「お黙りなさい! この方のお耳にそのような卑劣な言葉を入れるなど、この私が許しません」


 まるで扇で打ち据えるかのようなアローナ嬢の剣幕に、令嬢はひっと小さな悲鳴を上げて黙ってしまった。

 こんなにキレているアローナ嬢はなかなか見ない。わたくしは慌ててアローナ嬢の隣に駆け寄った。


「アローナさん、落ち着いて。わたくしに関係があることなら、聞いておく必要がありますわ」

「ですが」

「いいから。……聞かせていただけますか?」


 アローナ嬢を宥めすかして令嬢に向き直ると、申し訳なさそうな様子で彼女は内容を教えてくれた。


「第一クラスのテトラ・ネオン子爵令嬢はご存じでしょうか。その彼女に数々の嫌がらせを繰り返している犯人が、その……カレッタ様だという話が広まっておりまして……」

「あら……まあ」


 思いもよらなかった内容に、素直に驚く言葉しか出てこなかった。


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