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46 要注意人物

 テトラ嬢の本性も。

 彼女がルーデンス殿下に呼び出されたことも。

 そしてわたくしたちの秘密も、リッドはすでに知っている。


 さっき訓練場に来た時。外から覗くわたくしたちの存在を、こちらに視線も向けずに気取ったほどリッドは他人の気配に敏感だ。

 そんな彼が展覧祭のあのゲームで、姿は見えずとも同じ空間に潜んでいたわたくしに気が付かないはずがない。手合わせで確認したのはわたくしの魔力の気配だろう。


 さらにもうひとつ。リッドが独断でルーデンス殿下に会おうとしていた時期。

 すっかり忘れていたけれど、あの時リッドは、ルーデンス殿下が誰かと会って名乗っている姿を目撃したと言ったのだ。

 殿下が自分から友好的に『ルディ』と名乗って会った人物こそ、テトラ嬢。

 そしてリッドは二人の会話を見聞きし、テトラ嬢の本性を知った。


 しかもリッドはその後、行方不明になって膨大な魔力の気配が漂っていたルーデンス殿下の部屋の前まで、おそらく一番早いタイミングで行っている。

 そんな彼の前で、変装して魔力も抑えていたとはいえ一度でも影潜りを見せてしまえば、正体に気付かれるのは必然だ。ルーデンス殿下の魔力の気配は独特すぎるので。


 リッドの言動に注意していればその事実にもっと早く気付けていたかもしれないと思っても、後の祭りだ。

 先ほどの口ぶりでは、どうやらリッドはテトラ嬢から彼女の『物語』の話を聞いている様子だけれど……。


「カレッタ嬢。あなた単独での気配は薄い。展覧祭のあのゲームで存在に気が付いたのも後半になってからだった」

「では、テトラ様と二人きりで会話してみせたのは、わざとではありませんのね」

「やはりあの時から見られていたか。迂闊だったな」


 本性を出したテトラ嬢と平然と会話していたリッドの姿を思い出し、わたくしは確信した。

 彼は、今この時点で誰よりも、テトラ嬢の本心に近い場所に居る。


「リッド様。あなたは、テトラ様のお話を信じていらっしゃるの?」

「この世界が物語の世界で、あなた方が『悪役』。そして彼女が『主人公』という話だな」


 確かめるように口にしたリッドの態度は、不気味なほどに平静だった。

 乙女の妄想、いや、狂人の妄言と言われてしまっても仕方のない内容を、しかし彼の目は、迷いなく受け入れていた。


「事実か否か、それは俺にはどちらでもいいことだ。ただ、彼女がその筋書きを望んでいるというのなら、俺はその筋書きをなぞるまで。彼女がサフィエンス殿下と結ばれる結末が幸福だというのなら、俺はその結末をこの目で見届けよう」


 彼が紡いだ言葉は、間違いなくテトラ嬢への協力の表明だった。

 それを聞いてわたくしは前世の記憶からふと思いつく。

 もしやリッドは、第一王子殿下よりも先に『攻略』されているのだろうか?


「それは、彼女があなたにそう頼んだの?」


 いいように操られているのでは、という疑念が浮かんでそう訊いたけれど……リッドの凪いだ様子を見て、言っているわたくし自身の心が、そうではないと直感で囁いた。


 何故なのか、わたくしの胸の底がざわざわと騒ぐ。

 言いようのない不快に耐えながら彼の返答を待っていると、リッドはすっとその目を細めた。

 ひどく、優しげに。


「違う。彼女は俺に何も望んでいない。俺が、俺のためにそうするだけだ」


 その声色を聞いてわたくしは理解した。そして、悔しいけれど共感もしてしまった。


 これは協力どころの話ではない。断じて『攻略』などという空虚なものでもない。

 盲信であり献身だ。それもまっとうに自発的で、独りよがりで一方的な。


 ……わたくしと同じ。


 このリッドという青年は、あの本性を晒したテトラ嬢の中に何かを見ている。

 そして、たぶん、彼女のことを……。


「実際に相対して確信した。カレッタ嬢、あなたは確かに障害になりうる力を持つ人物だ。そして、あのルーデンス殿下も」


 リッドの目つきが剣呑なものに変わる。


「これ以上、彼女に関わろうとするのは諦めてもらいたい。……俺が許さない。あなた方は、俺の言葉を無視できないはずだ」

「『ルー博士』の正体をばらすと?」


 普段は真面目な紳士であるリッドがまさか、こんなふうに脅してくるとは思わなかった。

 けれど、もし今すぐにばらされたとしてそこまで困るかというと……。


「いや。だが、あなたの評判の悪さは使える。例えばあなたとルーデンス殿下の関係を喧伝し……不遇な第二王子殿下を担ぎ上げ、公爵家が次代の王位掌握を狙っている、などはどうだ」


 わたくしもプリステラ嬢も血の気が引いた。

 そうならないように今一番苦心して頑張ってるところですのに!


「ああ、それに絡めれば『ルー博士』の正体を明かすのも効果的だな」


 ブランドまで破壊してくるつもりですわコイツ! 紳士どころか悪魔ですわ!

 動揺して何も言えないわたくしたちを一瞥し、リッドは平然と続けた。


「今のところ、サフィエンス殿下はあなた方にそこまでの疑いを持ってはいない。だがもし、今最も信用している彼女の口からその疑念を聞けば――」

「わっ、分かりました! 分かりましたわ……」


 信じられない。仕える主人まで利用するとか言い出した。

 なにこの人怖い。第一王子殿下の周りの人間、どうなっておりますの。


「誓います。今後、わたくしとルディ様は、テトラ様に関わりません」


 じっと睨んで動かないリッドに、わたくしは渋々付け足す。


「プリステラさんをはじめ、お友達経由だとしても、煩わせたりちょっかいを掛けたりするようなことはいたしません。これで満足ですの?」

「あなたの言葉、しかと聞かせてもらった」


 ようやく刺々しい空気を引っ込めたリッドの様子を見て、わたくしとプリステラ嬢はそろって息を吐いた。緊張感で干からびそう。


「リッド様、わたくし、あなたの無口なところは大変気に入っておりますのよ」

「それは光栄だ。今後もそうありたいものだな」


 テトラ嬢より、第一王子殿下より、この人こそ一番関わりたくないですわ。


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