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45 当たり

 開始の合図を聞いた直後には、リッドはすぐ目の前まで迫っていた。

 普段は遠距離からの魔法弾しか叩いていないので、相手の大きな体躯が至近距離まで迫ってくる威圧感には慣れていない。

 反射的に一歩引いてしまいながらも、わたくしは集中してリッドの剣筋を目で追った。


 まずは右から浅めの横凪ぎが来る。

 当たればわたくしの肩ぐらいの高さ。


 剣というのは一方向に振るって使うものだ。そして鍔迫り合いをする相手も、基本的に正面から迎え撃つ。

 剣士が力を入れる方向、衝撃に備える方向は分かりやすい。

 わたくしはハンマーを巡らせて、リッドの剣の後方やや下から思い切り叩き上げた。


「――ッ!?」


 振るった剣が勢いに乗り、軌道はわたくしの頭をかすめて明後日の方向に向かう。まずは一点。

 普段の打ち合い訓練ではありえない方向から超速の打撃を加えられて、さすがのリッドも面食らったようだ。


 しかし、飛び道具である魔法弾と違って、本職が握って放つ剣は一撃が重い!

 これはいくらいいポイントを突いても軌道を変えるのは一苦労だ。

 本気で魔力を込めないと力負けして当てられてしまう。

 しっかり体も動かさないと躱しきるのは難しい。一分間も持つかしら。


 崩れた構えを修正して、次は左上段からの斜め切り。さっきよりも少し深い。

 いったん背後に隠していたハンマーを左下から巡らせ、リッドの力が完全に乗り切る前に、剣筋に対してぴったり垂直に当たるように叩き込む。

 タイミングはばっちり。ちょうどリッドの握りを緩める角度に衝撃が加わったようで、剣筋がぶれる。

 すかさずハンマーを翻して正反対の方向から叩き付けると、勢いよく左下へ弾くことができた。

 リッドの目にまたしても驚きと、さらに闘志のような色が浮かぶ。一点。


 リッドは一呼吸整えると、体の横に剣を引き付け、腰を落とした。突きが来る。

 一番力が集中する技。速さも段違いだ。

 けれども、至近距離の低い位置からせり上げるように繰り出されるその攻撃に、わたくしの胸はつい高鳴ってしまった。


 なつかしい。前世のあの愛しいゲームも、こんな距離感だった。


 小細工もなく、上から全力で叩き据える。

 力の方向を変えられたリッドの剣は勢いのまま地面に突っ込みそうになる。

 体をずらして逃げたわたくしの横を、軽くたたらを踏みながらリッドが通過した。一点。


 まだ十秒も経過していないはずだ。

 それでもわたくしの心臓はバクバクとうるさくて、握る手にはジワリと汗がにじんでいる。


 どうしましょう、楽しい。


 振り返って体勢を取り直したリッドが、一瞬わたくしの顔を見てピクリと口端を引きつらせた。

 困惑したような目をした後、小さく、本当に小さく、「チッ」と舌打ちをする。

 おおう、紳士の態度じゃないですわね。


 その後飛び込んできたリッドの攻撃の苛烈さは、それまでの比ではなかった。




「はい、そこまで!」


 ぽん、と優しいタッチでわたくしの首筋に木剣が当たり、残り時間あと十秒というところでゲームは終了した。

 やはり魔法弾とは違って剣を防ぐのは難しかった。一撃に対して全力で二、三発は入れないと安定して剣筋を変えられない。魔力配分も掴めず後半は完全に魔力切れだった。


「リッド様、わたくしの負けですわ」


 完全に据わった目をしていたリッドに落ち着いて敗北宣言を告げる。リッドは正常な呼吸を思い出したかのようにはっと息を吸って、木剣を引いた。

 相当集中していたのか、涼しい表情とは裏腹にわたくしよりも汗だくだった。

 リッドがこの程度でバテるはずがないので、肉体よりも精神的な疲労のほうが大きかったのだろう。


「そんなに深く集中なさって。わたくしが怪我をしないよう手加減をしてくださったのですね。力のない令嬢相手でさぞやりづらかったことでしょう」

「いや……」


 傍らの備品置き場から新しい布を引き出して汗をぬぐいながら、リッドは何かを言い淀んでいた。

 勝ったのだからもっと喜べばいいのに、本当にクールな人物だ。


「カレッタさん、負けちゃいましたけど、すっごく楽しそうでしたね」

「ええ、あんなに至近距離で遊ぶことはないので、ハラハラして楽しかったですわ」


 プリステラ嬢と感想を言い合っていると、リッドが無表情のまま深い溜め息を吐いた。


「カレッタ嬢、あなたは、どうしてその魔法で武術専攻に来なかったのか。もしあなたが手に剣を持っていたら、俺は今の試合で三度死んでいるぞ」

「あらお上手。でもこんなことをするのは『遊び』だからですわ。わたくし荒事は苦手ですの」


 お世辞を言うくらいなのだから、リッドもきっと今のゲームに満足してくれたはずだ。

 しばらく黙ってわたくしを見ていたリッドは、やがて目を伏せて言った。


「絶対に当てないと約束したのに、失礼した。詫びにもならないが、先ほど言った通り、あなた方の質問には誠心誠意答えよう」


 いけない、何をしに来たのか忘れかけていた。

 今日はテトラ嬢と仲が良いリッドに彼女の様子を聞きに来たのだ。


「テトラ嬢の話だったな。先ほどは意地の悪い言い方をしたが、彼女があなた方を避けていることは俺も知っている。義姉のプリステラ嬢を連れて来たということは、例の嫌がらせの件が心配なのだろう」

「そう、そうです! あの子、大丈夫なんですか?」


 プリステラ嬢は勢い込んでリッドに詰め寄った。


「まず、嫌がらせを受けているのは事実だ。殿下が何度か世話を焼いていた。犯人を捜そうと試みてはいるが、まだ判別には至っていない」

「怖がったり、学園が嫌になったりしていませんか?」


 プリステラ嬢は妹のことを本気で心配していた。あまりに必死な剣幕に、さしものリッドも思わずといった様子で上体を引いている。


「そうだな……彼女は、なかなか……気丈な性格だ」


 そこで何故か一瞬だけちらりとわたくしに視線を寄越す。

 けれどすぐプリステラ嬢に目線を戻し、落ち着いた声で宥めるように言った。


「彼女も嫌がらせに対して不快感はあるだろうが、まだ安定しているように見える。今は殿下が心の支えになっているのかもしれない。殿下も積極的に彼女を庇おうとしている。良き友人として彼女を憎からず思っているご様子だ」

「そうですか……実際にテトラに会って話すことはできないでしょうか?」

「俺から提案することは難しい」


 突っぱねたリッドの言葉を視線を落として聞いていたプリステラ嬢は、ゆっくりと顔を上げ、真剣な瞳で彼に尋ねた。


「あの……どうしてあの子が私を避けているのか、リッド様はご存じではないですか?」


 ためらうようにわずかに視線を泳がせるリッド。けれどもプリステラ嬢の真摯な態度と、先ほどの『誠心誠意答える』という誓約が効いたのか、重い口を開いた。


「俺も全てを聞いたわけではないが……信じられないのだと、以前零していた」


 それを聞いて、プリステラ嬢は悲痛な表情を浮かべた。


「私……あの子を傷付けるようなこと、何かしてしまったんでしょうか?」


 プリステラ嬢は今にも泣きそうな声だった。それに、リッドは小さく首を横に振った。


「あなた自身は何もしていないはずだ。ただ、強いて言うならば……」


 リッドがわたくしに視線を向ける。

 ……言われなくても、もう分かりましたわ。


「つまりテトラ様は、わたくしと仲が良いからお姉様を信用できない、ということですわね」

「そんな……でもそんなの、あの子の思い込みなのに……」


 プリステラ嬢もわたくしが『悪役』呼ばわりされた話を覚えている。

 やや声量を落としてわたくしに言いかけた彼女の言葉に、突如、リッドが被せるように言った。


「思い込みだとしても、それが彼女にとっての真実だ」


 いやに決然と放たれたその声に、わたくしたちは驚いてリッドを見た。

 リッドは凪いだ瞳でわたくしを見据えながら、言葉を重ねた。


「彼女にとってあなたとルーデンス殿下は『悪役』であり、乗り越えるべき障害だ。そう信じて行動する以外に、彼女が幸せになる術はない」

「待ってください、リッド様、どうしてそのことを」


 プリステラ嬢がリッドに尋ねる。

 けれど、わたくしはもう気が付いていた。


「先ほどの手合わせで確認した。カレッタ嬢、いや、あなた方だったのだな。『ルー博士』は」


 リッドは、全て知っているのだ。


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