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43 チャンス到来?

 花祭りの連休が明けた途端、『ルー博士』は大忙しとなった。


 展覧祭での特別賞受賞は大きな話題を呼んだ。さらに花祭り期間は、職務の休みを利用して社交のパーティーを開く王都貴族が多い。

 連日どこかしらで開催される夜会で話題に上り、伝言ゲームのように評判が拡散したらしい。各所から過去作品の注文希望が殺到したのだ。


 今まで通りの、学園内での闇取引まがいの販売スタイルでは需要の高さに到底追い付かないので、緊急措置でカイラー通りにも学外向け販売窓口を設置した。

 ダブついていた在庫は一気に吹き飛び、むしろ受注数を絞らなくてはならない状態にまで達している。

 職人さんたちを急がせなくてはならないので値上げも敢行したけれど、大人の貴族相手ではそんな些細なことは関係なかった。どうしましょう、ウハウハですわ。


「あっ!」


 資料室で目を回しながら注文書を纏めていると、わたくしの椅子の後ろを通ろうとしていたルーデンス殿下が足を止めて、肩越しにわたくしの手元を覗き込んだ。お、お顔が近い。


「あ……『暗号手帳』に注文が来てる!」


 書類の上の『一』という数字に釘付けになった殿下は、頬を紅潮させて、感激に打ち震えていた。

 これは学園内からの注文のようだ。そもそもの知名度が低い作品だったので、展覧祭のゲームのおかげで興味を持った学生がいたのかもしれない。


 リッドからの口コミだったらちょっと面白いですわね……。

 真顔で誰かに手帳を差し出すリッドを想像して愉快な気分になっていると、殿下はいつの間にやら、在庫が残っていた『暗号手帳』をいそいそと取り出してきていた。


「僕が納品行ってくる! 西の倉庫だよね」

「今から? では、よろしくお願いいたしますわ」

「任せて。行ってきます!」


 やけに張り切る姿が喜びに満ちていて、わたくしは我慢できずに吹き出して笑ってしまった。

 殿下はあっという間に影に潜ると、家具の影を器用に伝って窓から外へ出て行った。


 自分の影だけで動くと歩く程度の速度しか出ないらしいのだけれど、他の影を伝うとその端から端まで一瞬でワープできる(殿下曰く、一時的にその影と融合しているのだとか。詳しく聞いてもよく理解できない)ので、驚異的な短時間で移動できるのだ。


「ルディ様、張り切っていますわね」


 向かいで作業していたアローナ嬢が、窓を見つめながら楽しそうに話しかけてきた。


「そうですわね。展覧祭の件、どうやらお兄様のお眼鏡にも適ったようですの。公爵家の計画も順調に進んでいるようですわ」

「そろそろ具体的な目途は立ちましたの?」

「ええ、夏の学年末までには……と考えているようですわ」

「なるほど、それであの浮かれよう」


 アローナ嬢は窓の外にもう一度目をやって、心得顔で頷いた。


「それにしてもルディ様、ずいぶんお変わりになりましたわね。なんというか、お顔付きに自信が滲み出てきたというか……うまく言えませんが、ルディ様の中にあった『軸』のようなものが、どんどん強くなってきたような気がしますわ」

「以前はこの部屋から出ることすら渋っていらしたものね」


 扉から外へ出るたびに、身を固くして顔を伏せていた殿下の姿はもうどこにもない。

 完全に身を隠す手段を得たから、とも言えるけれど、今の彼は隠れること以上に、外の世界へ興味と好奇心を向けていた。


「きっとこれも、カレッタさんのおかげですわね」


 ちょっとからかうように笑いながら、アローナ嬢はそんなことを言う。むずむずして落ち着かない気分だ。


「わたくしだけでなく、みんなが居るからですわ、きっと」


 そう返事して、照れる気持ちを誤魔化すように、わたくしは手元の書類の『納品済み』の欄にチェックの印を入れた。


 それにしても、と、はたと気が付く。

 こんなに殿下が明るく前向きになっている今なら。

 そして、『ルー博士』とそのゲームがこれほど注目されている今なら。

 もしかして、今ならルーデンス殿下も……あの子にモテるのでは?




 テトラ嬢は、展覧祭でわたくしを差し置いて第一王子殿下と歩く姿が多くの生徒に目撃されており、『ルー博士』とは別の意味で注目の的になっている。


 年明けに会ったあの時以降、第一王子殿下自身も全くわたくしに寄りつかなくなっている。

 一般生徒たちの認識では、わたくしはついに愛想を尽かされ、王子殿下は新しい運命の相手を見つけたという筋書きになっていた。だいたい合っている。

 公爵家の『カレッタの結婚相手挿げ替え大作戦』にとっても、この空気は追い風だ。


 けれど、このままテトラ嬢が第一王子殿下とくっついてしまっては、彼女に恋をしているルーデンス殿下があまりにも不憫だ。

 せめて殿下が悪役だという誤解を解いて、少しだけでもいい、ちゃんと話をさせてあげたい。

 そのためならば、わたくしがその悪役とやらを全部引き受けることもやぶさかではないのだ。




 思い立ったわたくしは時間を見つけてさっそく行動を開始した。

 まずは敵情視察。テトラ嬢に声を掛けるタイミングを探して、さりげなく彼女の様子を探ることにした……の、だけれど。


「あら、プリステラさん?」

「あっ、カレッタさん」


 テトラ嬢の姿を追って廊下を歩いていると、プリステラ嬢とばったり出会った。


「こんなところでどうしましたの? 今日はマールー部ではなかったのかしら」

「今日は調整日なのでお休みです。その……妹のことでちょっと気になることがあって、遠くから様子を見ていたんです」


 プリステラ嬢は困った表情を浮かべながらそう言った。奇遇にも目的は同じだったようだ。

 わたくしは周囲にさっと視線を巡らせて誰も居ないことを確認すると、続きを彼女に促した。


「わたくしでは力になれるか分からないけれど、心配事ならどうか話して」

「ありがとうございます。実は最近、妹が、嫌がらせを受けているようなんです」

「嫌がらせ?」

「はい。うわさで聞いた話では、ノートを池に捨てられていたとか、実習用の靴を隠されたとか……」

「酷いことをしますわね……」


 明確な悪意に、思わず顔をしかめてしまう。胃の底がむかむかしてくる嫌な気分だ。わたくしだって陰口を叩かれるのは日常茶飯事だけれど、そんな実害までは被っていない。


「誰がやっているのかは分かりません。でも、サフィエンス殿下との関係が広まってから、そういうことが増えてきたようで……」

「誰かが彼女を妬んでやっているかもしれないということですわね」


 この国では貴族間の上下関係があるにはあるけれど、交際や婚姻に関しては個人の資質のほうが重視される。

 周りを認めさせる十分な実力があれば、玉の輿はよくある話。これもすべては強い魔法を次世代に受け継がせるためだ。

 そうでもなければ、由緒正しき公爵家の令嬢であるわたくしが学園で干されるはずがない。


 けれど、一応の婚約者であるわたくしが脱落したと目されている今。

 第一王子殿下を取り巻く状況は有力貴族たちの間で、まるで初競りマグロ漁解禁日のごとき戦いが水面下で繰り広げられていたはずだ。

 それがぽっと出の元平民という鳥に空から攫われてしまったようなものである。

 彼女を持ち上げる令嬢が居るのと同時に、面白くない令嬢も多く居るだろう。


 いよいよ前世の少女漫画か何かのような展開になってきた気がして、若干のうすら寒さを覚える。

 まるで見えない力でも働いているような。考えすぎだと思うけれど。


「ネオン子爵は、今のところどうお考えですの?」

「あまり波風は立てたくないというのが本音ですけど……何よりも、テトラの幸せを優先したいと。私もそこは同じ気持ちです」

「そう」


 一昨年の夏休みにネオン子爵領に遊びに行ったけれど、子爵一家はとても穏やかで善良な気質の人たちなのだ。

 養子に入ったテトラ嬢のことも本当の家族として大切に思っているのが、プリステラ嬢の言葉の端々からもよく分かる。

 権力への欲は薄いので、第一王子殿下と仲を深めている今の状況はどう扱うべきか対応に苦慮していることだろう。


「嫌がらせの話は今初めて知ったけれど、実はわたくしも、もう一度テトラ様とじっくりお話をしたいと思っていて。彼女を追いかけて歩いていましたの」

「カレッタさんも?」

「ええ。やっぱり、彼女の様子が気になって。そうでなくても、いろいろと抱えていそうだから、何か力になれないかと……今の話も心配ですものね」


 展覧祭で見た彼女の豹変のことは、わたくしも見たままをみんなに報告していた。

 新たな証言も増えて、プリステラ嬢が以前にも増して心配になってしまったのも仕方のないことだろう。


 嫌がらせなど受けて気分のいいものではないはずだ。

 けれど、この世界がもし、テトラ嬢の言うように物語の世界なのだとしたら……こういう展開は、何かが起こる前のお約束だったりする。いわゆるフラグというやつ。

 例えば、恋愛相手に助けられて、お互いの仲がより深まるとか。


「私も声を掛けたくているんですけど、以前よりサフィエンス殿下やリッド様と一緒に居る時間が増えていまして。出しゃばって入っていくのも、姉としてどうかな~と……」


 プリステラ嬢は珍しく気まずそうに苦笑いしてそう言った。


「うう、それはわたくしも近付くのは難しいですわ」

「ですよね~……」


 プリステラ嬢は廊下の窓の外、小さな中庭を挟んだ向かい側の校舎を見上げる。生徒会室がある棟だ。

 二階の廊下で肩を並べて歩く第一王子殿下とテトラ嬢の姿が見えた。


 テトラ嬢が特別なだけで、一般生徒はあそこまで積極的に第一王子殿下と絡むことはできない。

 わたくしなら本来は問題ないけれど、個人的にも状況的にも気まずくて、用事もないのに近寄るのは無理だ。

 何かテトラ嬢に接触するいい方法は無いかしら……ん? リッド?


「そうですわ、リッド様ならまだ声が掛けやすいですわ!」


 あの二人と違って、リッドはまだそこまでわたくしを個人的には嫌っていないはずだ。

 展覧祭で見た限り、彼はテトラ嬢の本性も知っている様子だった。テトラ嬢の普段の様子を聞くことができそうだし、上手くいけば仲立ちを頼めるかもしれない。


「第一王子殿下が生徒会活動をなさっている時間は……確か、近くの第四闘技訓練場で鍛錬をしているはずですわ。さっそく行ってみましょう」


 わたくしはプリステラ嬢を連れて、リッドがいるはずの闘技訓練場へ向かった。


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