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悪役令嬢に転生したようですが、そんなことよりピチピチしたい!~無力なる令嬢カレッタの優雅なる遊戯な日常~  作者: 船田かう
第四章:展覧祭を攻略しよう!

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挿話 笑わない騎士リッド

 王宮の、さして重要でもない区画のありふれた廊下にて。


 窓から遠く城下を眺める国王。その数歩離れた位置に、第一王子の親衛騎士である俺はじっと控えていた。

 近くには仕える主の姿は無い。国王の付き人も今は距離を置いており、声が届く範囲にいるのはこの二人きりだった。


 視線を交わさぬまま、国王が口を開く。


「過去、影魔法使いは、実在が確認できる範囲で三人の記録が残っている」


 俺は反応せず、ただ静かにその言葉を聞いている。


「一人は、大盗賊。一人は、暗殺者。双方とも、討ち取られるまでに多大な犠牲が出た。そして、最も新しい記録は五十年前。そちも、とある地の村人全員が一夜にして消えた怪奇事件の昔話を聞いたことがあるだろう。疫病と魔獣の襲撃が不幸にも重なったとうわさを流し、公には伏せているが、あれは影魔法使いの仕業だ」


 わずかに眉を寄せた俺に、国王は一瞥を投げた。


「一晩で、二百十四名。……凄惨な現場だった、という報告が残っている」


 思わず唾を飲みこむ。国王は再び視線を外して続けた。


「どのような生い立ちで影魔法使いが生まれるのか、記録からは明確に読み取ることができない。ただ、きゃつらに共通するのは、他者に対する強い憎悪と殺意だ。生まれながらにしてどこか『壊れている』人間がそうなるのではないか……と、余は考えている」


 そこで、国王は詰めていた息を吐く。

 強張っていたらしい肩を動かして、腰の後ろで手を組んだ。

 再びこちらに向けたその目には、複雑な感情が浮かんでいるように見える。


「そちの見立てに、間違いはないのだな」

「はい」

「そうか……」


 俺の返答を聞いて出た国王の声は、苦悩の息が混じりひどく掠れていた。


「余は恐ろしいのだ……よりにもよって王の血族にアレを生み出してしまったことが。アレは自らの力に気付いた。もし事が起これば、犠牲は過去の比ではないだろう。事ここに至るまで、何故放っておいたのか……いや、確認を怠っていた余の落ち度か」


 半分は独り言のような国王の愚痴を、俺は聞き流しておくことにした。


「王族の魔力は強すぎる。アレに意志を持たせてはならない。望みを、欲を、持たせてはならない。そうなる前に。……しかし、ラミレージが動いていると見てよいな……少し手を加える必要があるか……」


 深く思考を巡らせ始めた国王が、思い出したように俺を見た。


「そちは引き続き、学園でアレの様子を探れ。……また改めて話をしよう」

「承知いたしました」

「頼りにしているぞ、誇り高きキリーの息子よ」


 頭を下げ顔を伏せたまま、俺は小さく唇を噛んだ。




 国王の元を辞し、廊下を戻りながら、あの日自分が盗み見た件の人物を思い返した。


 寂れた庭園の四阿の裏から、幽霊のように唐突に現れた男子生徒。

 気配察知の訓練をしている俺ですら、視界に入るまでその存在に気が付かなかった。

 超然と落ち着いているように見えて、暗い瞳は刺すように彼女を観察していた。

 血の通わない硬い頬を無理やり動かしたような、形だけの歪な笑み。


『僕と、ゲームをしてほしくてね』


 纏う空気と真逆の楽しげな口調。ちぐはぐさが理解しがたい不気味さを呼ぶ。

 なんで今こいつが、と彼女が小さく呟く声が聞こえた。


 その後、彼女が化けの皮をかなぐり捨てて態度を豹変させ詰問しても、彼は泰然としたまま、探るような視線を外さない。時折、考え込むようにして短い否定や疑問の言葉を返す。

 応酬の内容は、その時点の俺には理解できなかった。しかし、彼女の動揺と怯えははっきりと感じ取れた。


 俺自身も下手に動けず、固唾をのんで状況を見守っていると、彼女が投げた言葉の一つに彼は明確に反応を示した。狼狽した様子だった。

 その隙を見逃さなかった彼女は、さらにいくつか言葉を畳みかけ……無事にその場から離脱していった。

 俺が彼女を視線で追ったのは一瞬だった。

 しかし、そのわずかな間に彼の姿は、煙のように跡形もなく消え去っていた。


 彼――ルーデンス第二王子の姿を直接目にしたのは、未だその一度きりである。


「リッド。戻ってきたか。そろそろ学園に帰るぞ」


 廊下の先に、サフィエンスの姿が見えた。予定分の公務は順調に片付いたと見え、その表情は来た時よりも晴れやかだ。


「少し遅かったな?」

「廊下で偶然陛下にお会いしましたので、軽くですが展覧祭の様子を報告しておりました」

「そうか。特別賞のことも話したか?」

「ええ。ご興味をお持ちのようでした」

「そうだろう。ルー博士の存在は、学園だけに留めておくには惜しい。あれは国を変える傑物だ」


 展覧祭で体験したゲームを、サフィエンスは相当に気に入っていた。

 当然、それを生み出した人材である『ルー博士』にも自然と興味が向く。


「正体は研究所の学者ではないかと言われているが、俺としては、在学生の誰かではないかと思っている」

「何か根拠でも?」

「いや? ただ、俺たちと同じ時代を生きる若者であってほしいというだけの願望さ」


 学園がある都市へ帰る馬車に乗り込む。俺もサフィエンスと同乗だ。

 出会った時から立場の上下はあったものの、気の置けない友人関係であることも事実である。

 いくら無口だと言われていても、サフィエンスの雑談に喜んで付き合う程度のことはした。


「お前に借りた『暗号手帳』、かなり楽しめたぞ。半分はお前の書き込みがあったから自分で解けなかったが。自分用にも一冊ほしいな。どうやって手に入れるんだ?」

「学園内に数か所、既定の引き渡し場所があるのです。『暗号手帳』は西の倉庫の柱時計ですね。注文を書いた手紙と代金を隠しておくと、数日後には現物に変わっています」

「誰が入れ替えているかは分からないのか」

「ええ。たまに正体を掴もうと張り込む者も居るようですが、その間は絶対に現れません」

「徹底しているな……」


 サフィエンスは素直に感心していた。


「しかし、お前が自分からゲームを買って遊ぶような奴だったとは、悪いが正直驚いた」

「確かに話したことはありませんでしたね」


 事実をそのまま返答すると、サフィエンスの眉根が寄った。

 その表情を見て、俺は自分がサフィエンスの心の傷を逆なでしてしまったことを悟る。すぐに言い添えた。


「自分の趣味くらい、お伝えしておくべきでした」

「いや、気を遣わないでくれ……関心を持たなかった俺が悪いんだ……」


 サフィエンスは辛そうに俯き、眉間の皺を指で揉んだ。

 自分の無関心によって婚約者に手ひどく振られた、いや、気付いたら弟王子に情を奪われていたという事件を、彼は数か月経過した現在も未だに引きずっていた。


 ただどうやら、婚約者への恋に破れた悲しみや不義理に対する怒りよりも、彼自身の内省と矜持の問題が大きいらしかった。

 サフィエンスの話しぶりを聞く限り、婚約者よりも第二王子への感情のほうがよほど強く感じられる。

 昔から婚約者への関心は薄かったので、さもありなんという気もした。


 これまで意識の外に置いていた第二王子にいつの間にか出し抜かれていたという事実が、サフィエンスに大きな動揺と衝撃を与えたという一点は間違いがなかった。

 第二王子の話題に対して垣間見せる苛立ちや怒りは本物だ。新年儀式の後に一度だけ挨拶に来たというが、その時はまともに話をしたくなくて追い返したという。


 サフィエンスは第二王子の魔法をその目で見た。

 その後すぐ、サフィエンスは神殿に問い合わせ、埒が明かないので俺を伴い直接乗り込んで、当時第二王子の儀式を担当した神官を見つけて問い詰めた。そして彼の属性を把握した。

 神官も影魔法の危険性は伝え聞いていたようで、属性を偽って本人に伝えるようにという国王の要請を素直に飲んだ。

 その神官個人に限らず、上層の神官も承知してのことだったという事実も判明した。


 影魔法の情報はそのほとんどが秘匿されている。古い伝承程度の情報なら研究目的で触れることもできるが、より新しい具体的な記録を閲覧できるのは神殿と王族のみだ。

 それを見たサフィエンスは、機会さえあればいつでも第二王子を排除する意思を固めた様子だった。まだ何もしていない者の罪を問うことはできない、と律儀な姿勢を見せるところには感心した。

 婚約者に手を出した罪を問えば、という俺の意見には、頷くこともなくただ口を閉ざした。


 今後の婚約関係そのものについて、サフィエンスがどう考えているのかは不明だった。

 まだ婚約関係に対して特に何か行動を起こしてはいない。政略による婚約なのだから、このまま何もしなければ婚姻は成ってしまうだろう。

 彼女の接近をあえて許しているのは「改めて女性を理解するためだ」などと弁明しているが……。


 公務は淀みなくこなしながら、この件についていつまでも放置しているのは、珍しいことだがサフィエンスなりの現実逃避なのかもしれない。

 それだけ衝撃が大きかったということだろうが、こういうところも、国王によく似ていると思う。


 数か月前までならば、サフィエンスがこんなことで悩むなど想像もつかなかった。

 今のサフィエンスは、これまで築いてきた確固たる『軸』がぶれている。以前に比べて、明らかに自己の判断やものの見方への自信を失っていた。


 挫折からの成長の過程と捉えれば聞こえはいいが、それが俺にはどこか危険な兆候に思えてならなかった。


「だがな、リッド。お前もお前だ!」


 ようやく調子を持ち直したサフィエンスは、非難するように俺を指さした。


「お前が何か楽しそうにしているところなんて、俺は見たことがないぞ。展覧祭の時だって普段通りだっただろう。本当に楽しんでいたのか?」

「自分は心から楽しんでいましたよ」

「ほら、その顔だ!」


 感情が乏しいわけではないのだが、俺の表情は少ない。せいぜい眉か口元に力が入る程度だ。これは俺自身の意思では如何ともしがたく、幼い時からそうだった。

 脱力したサフィエンスが、視線を遠くに外して言う。


「お前は、いつになったら笑えるんだろうな」

「さあ……その時が来れば、きっと笑えるのでしょう」


 そのためにできることを、俺はこれからするつもりだ。

 『誇り高きキリーの息子』として、なすべきことを。




ルディ「緊張してた」

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