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42 後夜祭

 こうして、『ルー博士』として初めて参加した展覧祭は、大盛況のうちに幕を閉じた。


 展覧祭の最終日の夜には、閉会式を兼ねた後夜祭が開かれる。展覧祭全体を振り返り、各部門で優秀だった発表や展示が表彰されるのだ。

 審査は学内だけでなく、学外からの来賓の評価も反映される。つまり、ここで表彰されたものは、そのまま社交界に出しても大きな箔が付くということでもあった。


 『ルー博士』もここで表彰されれば最高なのだけれど……実は今回の公演は、正体秘匿を優先して、学生の出し物としては申請していなかった。

 審査対象外の野良イベントだったのだ。


 例えば、申請が間に合わなかったり、場所抽選に漏れたりした学生がどうしても出展したい場合や、自腹でもいいから非営利の宣伝ブースのようなものを出したい学外貴族の企画などは、展覧祭に花を添えるので慣例的に認められている。

 今回の『ルー博士』も、そういう位置づけでの参加だった。実験棟はコドラリス先生を代理人として正式に借りたものなので何も問題はない。


 表彰はされなくても、全力でやり切って、手ごたえも感じていたわたくしたち女子三人は、他の学生たちが次々と表彰されるのを飲み物片手に眺めながら、晴れやかな気持ちでゆったりと談笑していた。


 壇上で表彰者を読み上げていた第一王子殿下(今年から生徒会長を務めている)は、個人表彰がひと段落付いたところで、会場の注目を集め直して言った。


「部門表彰者は以上だ。それでは、いよいよ今年の最優秀賞を発表する。最優秀賞は――」


 そうして名前を呼ばれた学生の居る辺りが、にわかにワッと盛り上がった。

 呼ばれた女子生徒は今にも泣きそうな表情で、仲間たちに背を押されて壇上に上がっていく。

 第一王子殿下に改めて名を呼ばれ、講評を聞いている間にも嬉し泣きが止まらないようだった。


 彼女は商売で有名な家の令嬢で、仲間たちと協力して画期的な新商品を開発して発表したらしい。これからの国民の生活を大きく変えるものだと、審査員から大絶賛されたようだ。

 第一王子殿下から記念の盾を授与された令嬢はいよいよ感極まって泣き笑いしながら、声援を送る仲間たちに向かって誇らしげに盾を掲げて見せていた。


「青春、ですわねー」


 拍手をしながら、わたくしも温かい気持ちになる。

 外野があずかり知ることはできないけれど、きっと熱い感動ドラマがあったに違いない。

 隣で拍手していたアローナ嬢が、ちょっと不機嫌そうに言った。


「こういう時は、カレッタさんがずっと年上の大人のように見えますわ。私なんて羨ましくて悔しくて仕方ありませんのに」

「それだけアローナさんは本気で取り組んだということですわ。わたくしだって、目に見える評価がもらえるならそれに越したことはありませんもの」

「私もちょっと残念ですけど、私たちには私たちの青春がありますからね、アローナさん」


 お互いに慰めあっているうちに、最優秀賞の令嬢は仲間たちの元へ戻って行った。


 表彰が済めば、後夜祭も間もなく終了の時間だ。

 終幕宣言を待つ雰囲気になった学生たちの視線が自然と第一王子殿下に集まる。

 やがて口を開いた殿下だったけれど、その言葉は本来の流れとは違うものだった。


「さて、以上で全ての表彰が終了したわけだが……今年はさらにもう一つ、『特別賞』を発表したいと思う」


 聞き慣れない事態に、会場の学生たちはざわざわと色めき立つ。

 雑音に負けないように、王子殿下はさらに声を大きくした。


「審査員たちから圧倒的な支持を得ていたが、学生企画ではないため審査対象から外されていた企画だ。だがその評価の高さから、『特別賞』を設置してでも、学園の歴史の一つとして記録に残しておくべきだと判断された。私個人としても、その決定に全面的に同意する。それでは、発表しよう」


 一転、水を打ったように静まり返る会場。

 わたくしたちはもう、高鳴る胸を押さえながら、息を殺すのに必死だった。


「特別賞は……『ルー博士と忘れられた実験棟』」


 わたくしたちが飛びあがりそうになるのを我慢したのに、周りの学生たちのほうが大興奮で喜ぶ様子を見せた。


「やっぱり! 最高だったものな、ルー博士!」

「謎解きと芝居を組み合わせたっていう例の新作ゲームか」

「あなたは参加しなかったんですの? もったいない!」

「特別賞にしてくれるなんて、審査員も殿下もわかってるな!」

「おめでとう、ルー博士!」


 好評な様子は公演中にもわかっていたけれど、こんなふうに、会場全体が祝って喜んでくれるほど人気が出ていたなんて。

 さっきの令嬢のように浮かんできそうになる感激の涙を、わたくしたちは必死で抑え込んだ。俯いて、足元の影を見てまた耐える。


 会場の熱がやや落ち着いた瞬間を見計らって、第一王子殿下は続きを語りだした。


「ルー博士本人も、その関係者も時間までに見つけ出すことができなかったため、このまま表彰と講評に移らせてもらう。『ルー博士と忘れられた実験棟』は、私も参加したが、素晴らしいゲームだった。大衆には馴染みのなかった暗号パズルゲームを、演劇の要素を絡めることで誰もが楽しめるように発展させた。実際に参加した者たちも、あの物語への没入感には驚いたことだろう」


 周りの学生たちが同意するように頷いた。


「ルー博士は、数年前から学園内で活動している謎の天才ゲーム発明家だ。彼の生み出した数多のゲームは、今や我々在校生の重要な娯楽であり、生徒同士の家格を越えた交流の手段となっている。さらに、知っている者も多いかもしれないが、カイラー通りにある遊戯場も、ルー博士が作り上げた場所だという。今回の新作ゲームに限らず、彼の学園への影響は非常に大きいものとなっている。それも踏まえた上で、今回の『特別賞』の授賞となった」


 第一王子殿下の口から滔々と語られる評価。嬉しさのあまり手が震えてくる。


「今回の新作ゲームには、我々の魔法を駆使し謎を解く場面があった。……新鮮な体験だった。戦い以外に使う魔法の力だ。たかがゲーム、と思う者もいるかもしれない。しかし、我が国が戦乱の時代を終えて早十数年。これから平和な時代を築いていく我々の世代が目指すべきもの……それが、あのゲームによって垣間見えた気がするのは、私の考えすぎだろうか」


 王子殿下の問いかけに、会場の学生たちは真剣な表情で、誰一人笑ったりしない。

 一方、まさに「たかがゲームの表彰」と微笑ましそうな、どこか侮るような雰囲気で成り行きを見守っていた来賓の大人たちは、殿下の言葉と、急変し熱意に満ちた学生たちの雰囲気に、何事かと驚いた様子を見せていた。

 そんな会場の空気に殿下は満足そうに頷くと、高らかにこう締めくくった。


「今、この場で聞いているかもしれないルー博士。あなたは、これからの時代に必要な人物だ。どうかこれからも、この国でその才能を存分に振るってほしい」




「……ですってよ、ルディ様」


 令嬢三人だけの、他に人気のない帰り道。

 廊下を歩きながらアローナ嬢が語り掛けると、わたくしの足元の影が不自然に動き、ぽこりと分裂した。

 そしてその影から、波間に顔を出すウミガメのように、ルーデンス殿下が頭を半分だけ覗かせて浮上した。


 そう、彼は後夜祭を見てみたいという好奇心で、影に潜って同行していたのだ。大きな魔力の気配を発するのは最初の発動の瞬間だけなので、こういう使い方もできた。


「さすがの第一王子殿下もべた褒めでしたわね」

「何もかも夢みたいだ……」


 低い声でそう呟いて、床を泳ぐようにすいすい付いてくるルーデンス殿下。

 半分しか出していないお顔は真っ赤で、かなり照れているようだ。


 思えば、殿下はいつも、ゲームを遊んだ学生たちからの評価を直接耳にしたことがなかった。

 隠れるのは得意だけれど、用事がなければ基本的に資料室から外へ出ない。作品の評判はいつもわたくしたちの報告で伝え聞いていただけだ。


 だからこの展覧祭で、直接学生たちの反応を見せてあげることができて、本当に良かったと思う。


「あんなふうに言われるなんて、そりゃあ頑張ったのは確かだけど、驚いた」

「その割には、あんまり嬉しそうじゃないですね?」


 プリステラ嬢の指摘に、殿下は再びトプンと影に頭を沈めた。

 影から、弱々しい声が聞こえてくる。


「みんなが居ないと、僕は何もできないよ。今回のゲームだって、思い付いたのはカレッタじゃないか。元々は売れなかったゲームだし。他にもみんなにはいいアイデアを貰ってばかりだ。それなのにいつも君たちは『僕の才能』みたいに言うし、さっきの王子殿下だって……」


 膝を抱えていじける姿が目に浮かぶような声だった。


「僕に才能なんか無いよ。過大評価で正直心苦しい」

「まあまあ、何をおっしゃるかと思えば」


 思わず足を止めて、両腰にこぶしを当てて仁王立ちしてしまった。

 わたくしは本体なきまま床でさまよう影をキッと睨みつける。


「いいですこと? わたくしたちにできるのは、アイデアを出して意見を言うことぐらいですわ。そこから先はほとんどルディ様が形にしてくださっているではありませんか」


 今回のゲームだって、発案こそわたくしだったけれど、そこから発生する多数の暗号問題アレンジ、仕掛けの小道具の細かい設計、謎解きと物語の噛み合い等々、膨大な作業をこなして采配を振るっていたのは他でもないルーデンス殿下だ。


 みんなでアイデアを出し、殿下がそれをゲームの形に落とし込む。

 彼の采配で各々得意な作業をこなし、行き詰ったらまた会議。

 『ルー博士』のゲームは、だいたいいつもそんな感じで制作している。

 夢中になってしまう殿下の性分は相変わらずで、乗ってくると寝食を忘れて資料室に泊まり込むのが困りものだけれど。叱りつけてロージーの手で強制送還させたことも一度や二度ではない。


 つまり、ゲームとして面白いと感じる部分は、ほぼ彼の感性と経験の蓄積でできていると言っても過言ではなかった。

 ここまでのことができて「才能が無い」などと言われてしまっては、わたくしたちはもうどんな顔をしていいか分からない。


「正直、私たちも『無茶振りかな~』と思いながら提案しちゃうこと、結構ありますもんね」

「私の曖昧な発想だって、一晩ですっきり纏めてくださったではないですか。これがロージー様なら、一週間はかかって内容もまったく別物になって返ってきますわ」

「とりあえずドラゴンか不死鳥生やしますものね、彼」


 ロージーはかっこいいものに目がないのでしょうがない。


「とにかくルディ様。アイデアだけ浮かんだとしても、それが形にならなければ多くの人にとって意味は無いのです。そして『これだ』と決めて何かを生み出すということは、アイデアを一つ思い付くよりずっと難しく、勇気が要ることですわ。みんなの思いつきを、誰もが楽しめる形に変えて実現し、世に出す。それこそがルー博士の、あなたの真の才能なのですわ」


 床の影は落ち着きなくゆらゆらと蠢くばかりで、返事は無い。

 プリステラ嬢がそれを覗き込んで、明るく言った。


「みんながそれを認めて、期待してくれたんです。だから、胸を張っていきましょう! 自信を持つのも大事ですよ、カレッタさんのためにも」

「……うん、そうだね。ありがとう……みんなが居てくれて、本当に良かった」


 励まされた照れ隠しだったのか、殿下の影はすいすいと先へ進んで行ってしまった。

 その影がちょっとだけ、踊るようにリズムよく左右に揺れているのを見て、わたくしたちは顔を見合わせて笑った。




展覧祭編、完!

ここまでお読みいただきありがとうございます。

ブクマ・☆評価・いいねで応援して下さる皆様にも心より感謝申し上げます。


カレッタたちと同様に、作者も反響をいただけることが大変励みになっております。

毎日ギリギリまで悩みながら書き直し、これでいいのかとドキドキしながら投稿していますので……。

もしお気が向きましたら、「このキャラが好き!」「この部分が気に入った!」など一言でもいいので感想もお寄せいただけると、今後の参考にもなり作者はよりハッピーになります。


この先、いよいよ物語も佳境に入っていきます。

カレッタとルディの関係の行方は? テトラの真の目的とは?

そして今まで忍んでいた最大の障害がついに動きだす……。

ハンマーの出番も増し増しですので、続きもどうぞお楽しみください。


次回はリッド視点の挿話です。

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