38 変化とワガママ
展覧祭の準備の日々は、目まぐるしく過ぎていった。
かなり大掛かりなゲームになる予定で、準備も練習も想像以上に大変だ。
足りない人員の補填に公爵家の使用人も幾人か借りることになった。
その都合上、お兄様にも概要を説明。幸い構想段階で突っぱねられることはなく、むしろノリノリでゴーサインを出してくださった。クライアントへの報連相はやはり重要である。
当日は我が家の両親も見物に来るつもりでいることをみんなに話すと、緊張感と気合が一気に高まった。ルーデンス殿下は震えていた。武者震いということにしておきましょう。
ゲームの仕込みは事前に整えるとして、今回最も重要な役回りを担うルーデンス殿下は練習に余念がない。
最初は練習の時点でどうしようもないほど緊張していたのだけれど、ロージーが、
「上手くやれるかどうか心配するんじゃなくて、『上手くやるゲーム』だと思え!」
と自己暗示をかけさせたところ、人が変わったように安定した。
殿下、チョロいのかすごいのかもうよく分かりませんわ。
やがて冷たかった風の向きが変わり、降り注ぐ日差しも柔らかくなってきた頃。
大詰めとなった準備のために忙しく駆け回っていたわたくしは、とある校舎の二階からふと目をやった外の実技訓練場に、第一王子殿下の姿を見つけた。
例年のスケジュール通りで、公開試合に備えて鍛えているのだろう。
ちょうど休憩に入るところだったらしく、対戦相手を務めていたリッドがゆっくりと殿下のほうへ歩いている。
そして、その二人に近付いていく小さな影がもう一つ。
テトラ嬢だ。
いつからそうなったのか、気が付いた時には、テトラ嬢が第一王子殿下に親しげに話しかける姿を頻繁に見かけるようになっていた。
第一王子殿下も彼女を邪険にすることなく、ともすれば楽しそうにも見える表情で応対している。親衛騎士のリッドも、そんな二人を一歩下がって大人しく眺めていた。
ルーデンス殿下から話を聞いた後も、テトラ嬢の粗野な態度はまったく目撃することができなかった。
彼女の優しく謙虚で努力家な姿は同級生の間ではすっかり評判で、狙っている令息たちも多いという。
そして彼女のお友達の令嬢たち曰く、第一王子殿下と並んで立つ姿が「カレッタ様よりもお似合い」なのだそうだ。
このまま第一王子殿下とくっついてくれるならわたくしにとっても好都合、という考えが頭を過った。それに気が付いて、猛烈に自分が嫌になる。
それではルーデンス殿下の恋が叶わないではないか。
彼がようやく見つけた恋心まで兄王子に奪われてしまうなど、考えただけで胸が痛くなる。
ルーデンス殿下が自分を冷遇する陛下や第一王子殿下を本当はどう思っているのかは、正直わたくしたちにも分からない。
ただ彼は、どんな処遇も黙って受け入れて、平穏を望み、自分の未来さえ差し出す覚悟でいたのだ。
それを知ってしまった今、恋愛うんぬん関係なく彼の親友のひとりとして、これ以上何食わぬ顔で第一王子殿下の隣に居るのは、もう無理だと思った。
もし婚約者挿げ替え作戦がうまくいかなかったとしても、わたくしはもう王家に関わるつもりはない。失敗したら大人しくどこか別のところに嫁ぐか、神殿に出家でもしよう。
わたくしは自分が考えていた以上にワガママだった。
前世の長い人生でもこんなに意地になったことはないと思う。自分で自分に驚いている。
嫌な相手は嫌だし、気に入らない相手は気に入らない。大切な人を軽んじる相手を大切にしようとは思わない。
黙っていても全てを与えられてきた第一王子殿下。
黙って奪われることに慣れきっていた我らが親友。わたくしの好きな人。
わたくしは彼に未来をあげると約束したのだ。もうこれ以上、彼から何ひとつ奪わせてなるものか。そのためにできることなら卑怯でも不義理でも何だってやってみせる。
それがわたくしの友情であり、恋のかたちだ。
無力令嬢であるわたくしにできることなんて、とても少ないのだから。
と、決意を新たにしたはいいものの、現実は難しい状況だ。
ついつい険しい顔でこぶしを握ってしまっていたわたくしは、表情を解して改めてテトラ嬢を眺めながら考えに耽る。
彼女は『主人公が幸せになる物語』に沿って行動しようとしている。
学園という舞台と彼女の生い立ち、そして行動から考えて、たぶん恋愛ゲームの類だろう。
まさかここからゾンビパニックやデスゲームになるとは考えたくない。……なりませんわよね?
一番接点が多い第一王子殿下が恋の相手役、ということだろうか。きらびやかな王子様が相手なんて、まさにロマンチックな恋物語におあつらえ向きだ。
それからリッドの位置づけも気になる。
第一王子殿下の側近なので、リッドも彼女との接点は多い。テトラ嬢もリッドには気を許しているようで、にこやかに会話を振っている姿を時たま見かける。
もしかしたらリッドも恋愛ゲームの相手役の一人で、テトラ嬢自身まだ相手を絞らず選んでいる状態という可能性も考えられる。それならまだチャンスはあるかもしれない。
けれど、目下一番の問題は、ルーデンス殿下がラスボス扱いされていたことだ。
あの穏やかな殿下がラスボスなんてちょっと想像がつかない。いったいどんな物語だったのだろう。
ボスっぽいところを強いて挙げるなら、幻の影魔法使いといったところぐらいだ。危険を孕んだ属性だとお兄様もおっしゃっていた。
けれど、殿下があの魔法を危険なことに使うわけがないし、やっぱり今後も彼がラスボスになることはないと思う。
せめてルーデンス殿下が危険人物ではないと分かってもらうことができれば、警戒されずに普通に会話ができると思うのだけれど、それをどう伝えるか……。
何かいい方法は無いものかとうんうん悩みながら、わたくしは再び目的地に向かって廊下を歩き出した。




