03 打撃の属性は
窓の向こうに広がるは、どんよりとした曇り空。
現在の公爵邸を覆う空気をそのまま写したかのような空模様に、わたくしは深い溜め息を吐いた。
ああ、なんということでしょう!
無事に満十歳を迎え、魔力回路を通す儀式を受けたまではよかった。
けれどその後、神官様から告げられた事実は我が公爵家を打ちのめすには十分なものだった。
「申し上げにくいのですが……お嬢様の魔力量は、他家のお子様方と比べて随分と少ないようでございます」
そんなはずはないとお父様が食って掛かったけれど、神官様に噛み付いたところで現実は変わらない。
根気強く丁寧に説明してくださった神官様の言葉を、わたくしと両親はおとなしく飲み込むしかなかった。
屋敷に戻ればわたくしの成長を祝うご馳走を家族で食べる予定だったのに、両親はそんな気も起きないのか「話し合いがあるから」と家の運営に関わる重役家臣たちを集めて、そそくさと仕事部屋に篭ってしまった。
親の落胆ぶりを見て、さすがのわたくしも落ち込む。
一人寂しく自分の部屋に引き上げてベッドに飛び込み、ばあやお手製の大きなピチピチ人形をぎゅっと抱きしめた。
魚とはいえ見たこともないキャラクターなのに、わたくしが描いた絵を忠実に立体で再現してくれたばあやは天才である。
しかも最推しの右から二番目リーゼントヤンキーマグロさんだ。ばあやも自分で作りながら意味が分からなかったことだろう。
と、親の反応に落ち込んではいたものの、内心はそこまで深刻な気持ちではなかった。
魔力量が少なかったという事実よりも、ついに魔法が使える体になったという喜びのほうが勝っていたからだ。
回路が開いたらすぐに魔法を使いたいと、家庭教師の先生にお願いして、あらかじめ基礎の基礎を習っておいた。イメージトレーニングにも付き合ってもらい予習はばっちりだ。
予習の時に教わったことと、先ほど聞いた神官様のお話を思い出して頭の中で整理する。
魔力というものを別の言葉で表現すると、自分の周囲に現象を起こす力、と言える。
発生した現象が『魔法』だ。
すべての魔法には、魔力の『量』と『属性』という二つの柱があった。
生まれ持った魔力量が多いほど、強くて規模が大きい現象を引き起こすことができる。
例えばマッチくらいの火を起こせるか、家を燃やすくらいの爆発を起せるかという違いだ。
魔力量はほとんど遺伝で決まっていて、特に貴族は魔力量が多い者同士を政略結婚で長年かけ合わせてきているので、平民とは比べ物にならない魔力量になっている。
もう一つの柱である属性は、遺伝ではなく個人の適正によって決まる。
水、火、風などの操りやすい自然現象がそれぞれ個人で違うのだ。
現象を起こす力があっても、何を引き起こすかが定まっていなければ魔法にならない。
属性は、幼いうちに外界から得た刺激によって形成される感性のようなもので、基本的に自分の体で体感する経験が影響することが多い。
物心付く前に暖炉で火傷をした経験から火属性になる場合もあれば、その火傷を大人が必死に水で冷やしてくれた経験で水属性になることもある。
実例は少ないけれど、絵本のお話に夢中になって何度も読んでもらった結果、想像力だけで雷属性になったという場合もあるそうだ。
その子供は寝ても覚めてもその本と雷の事ばかり考えていたそうで、相当の妄想力と執着心が無い限りその域に達するのは難しいらしい。
今では英雄として語られる、戦乱末期に活躍した高名な魔法使いのお話だ。
魔法は『魔力量』と『属性』がそろって使えるようになるもの。
けれど、この二本柱に関する重要な事実として、もう一つ。
属性の操作はそれだけで多くの魔力量が必要になり、平民程度の魔力量では使えない。
つまり『魔法』とは、この国では平民は使えず、貴族だけが使うことができる力なのだ。
さて、ここまで踏まえてわたくしの場合。
魔力量は、平民に比べればずっと多い。けれど、属性を操るにはまったく足りない。
そして属性は、そもそも突出した属性が判別できない、という微妙すぎる結果だった。
神官様は公爵家の手前、緩衝材で厳重に包み込んだ物言いをしていたけれど、簡単にまとめてしまえば要するにこういう話だった。
「お宅のお嬢様は貴族の子なのに魔法が使えません」
まさに貴族失格宣言。親も落ち込んで当然だった。
隔世遺伝か何かで魔力が極端に少ない例は稀にあるそうだけれど、属性が無いというのは前代未聞だと神官様も首を傾げていた。
仕舞いには公爵家の情操教育を疑われるような雰囲気になってしまったのも、両親がかわいそうなほど落ち込んでしまった要因かもしれない。
誰にも話していないけれど、おそらく、わたくしが前世の記憶を持っているせいで、幼児らしい感受性が鈍ってしまったからではないかと思っている。
我が家の領地は海岸線や湖沼地域を抱えていて、水に親しむ機会が多い。
公爵家伝統の幼少教育カリキュラムを素直にこなしていれば、ほとんどの子供は水属性に目覚めるものだ。
その点、わたくしは水を見れば楽しかったピチピチの記憶を思い起こしてしまい、頭の中はハンマーのことでいっぱいだった。機械の思い出では水属性になれなかったようだ。正直申し訳ない。
しかし。
お兄様のように華麗に属性魔法を操って、先生に毎週石ころアタックをしてもらうわたくしの夢は遠のいてしまったけれど……この程度で諦めるワガママカレッタ嬢ではない。
逆に考えるのですわ。属性なんか無くてもいいさって考えるのですわ。
わたくしの望みは火を起こすことでも、水を操ることでもない。
近づく相手を『叩く』こと。
叩いて落とせればそれでいい。それで点数がもらえたら万々歳。何の点数かはわたくしも知らないけれど。
叩くには何が必要か? もちろんハンマー、ようは鈍器だ。
鈍器を手足のように動かせる、そんな魔法。手で直接やるのは令嬢として野蛮だから魔法が必要だ。
ベッドから体を起こして座りなおしたわたくしは、目の前に横たえたヤンキーマグロさん人形を集中して見つめた。
属性魔法の第一歩は、体内を流れる魔力を目の前の一点に集中して、そこに属性を発現させるというイメージをすること。慣れないうちは言葉や身振りを付けてもいい。
属性が無いわたくしにはわかりづらい感覚だけれど、とりあえず集中。
……体の中から飛び出す見えない糸を伸ばして、一点に集める様な、こんな感じかしら。
子供は想像力の塊だとは言うけれど、それはあくまで材料があってこそ。
本来人間にとって見たこともない光景を想像するのは非常に難しい。
わたくしのような箱入り令嬢が普段、非日常に触れられる娯楽は、図書室の本か屋敷に飾られた絵画くらいしかない。
しかし。前世の高度な科学技術と娯楽にあふれた世界は、まさにイマジネーションの宝庫だった。
人や物が空を飛び、宇宙船がビームを放ち、女の子が変身して怪獣を放り投げるようなありえない光景の数々を、わたくしは記憶の中でいくらでも『見た経験がある』。
「浮かべ」
なので、マグロさんが支えもなしに浮かび上がる様子をイメージするのはとても簡単なことだった。
重力を無視しようか、空間に座標を固定しようかと浮かせる原理まで悩めるほどだった。
空気を固めて見えない床を作るのは風属性の範疇に入るようでうまくいかなかったけれど、マグロさんを持ち上げる結果が得られればそれでいい。
素人の知識で頭の悪さが露呈する前に、もっとファンタジックな方向のイメージにしておこう。
幸いマグロさんは少女が一日中肌身離さず抱きかかえていられる程度の軽さなので、魔力も思ったほど消費しなかった。
どのくらいの重さまで動かせるか、そしてどれくらい自在に動かせるのか、これから要検証だ。
目の高さまでしっかりと浮いたマグロさんを確認し、わたくしは初めての魔法に有頂天になっていた。
『無属性魔法』の誕生ですわ!
「カレッタ……その魔法は、いったい?」
だから、突然聞こえてきた声にひっくり返りそうなくらい驚いた。