34 お兄様の課題
「ふ~~~~~ん、へぇ~~~~~~、ほぉぉ~~~~~?」
「ロ、ロージー、そろそろ勘弁して……」
身を縮こめて椅子に座るルーデンス殿下に、ロージーはさっきからひたすらウザ絡みしていた。
消え入りそうな殿下の懇願もどこ吹く風、椅子の背中に回り込んで様々な角度から殿下の顔を眺めまわしている。口元は微笑んでいるけれど、目が笑っていない。怖い。
ロージーは見た目こそ十二歳くらいだけれど、実際は十八歳、いやもう十九歳になった立派な成人男性で、恋愛や結婚話への憧れが人一倍強かった。
普段から飄々としているので本心までは分からないけれど、自分が同年代の女性にはモテないという話題ではとにかく卑屈になるし、そういう意味で未来が閉ざされていたルーデンス殿下のことも、モテない同盟のような扱いをしていることがよくあった。
二人は一緒に居る時間も長いので、将来結婚できないという事情も聞かされていたのかもしれない。
そこに降って湧いたわたくしと殿下の『契約結婚』。
説明を聞いていた時は微妙な顔をしながらもわたくしの作戦を褒めてくれていたけれど、今になって「俺より先に決めやがって! 裏切り者!」みたいな圧を掛けたくなっているのだと思う。
見咎めたアローナ嬢がお姉さんか母親のようにぴしゃりと言った。
「ロージー様、いい加減になさって。そういうところがお子様なんですのよ」
「へいへい、アローナおねーちゃんの言うこと聞いて良い子にしまーす」
気が済んだのか飽きたのか、ロージーは大人しく従う。
席に戻りがけに、殿下の耳元でぼそりと気になることを呟いた。
「……また影に引きこもるなよな」
「い、今それ言わないでよ! もう大丈夫だから……」
真っ赤になり小声で恥ずかしそうに言い返す殿下の反応はなんだか新鮮だった。あの一件の何かが殿下をゆするネタにでもなっているのかしら?
にやにやと笑うロージーが自分の椅子に戻るのを睨むように見届けて、殿下は大きく咳払いをしてこれ以上詮索するなという空気を発した。
そして話を戻そうと何気なく正面のプリステラ嬢の顔を見て、ぎょっとしていた。
「えっ、プリステラ、どうしたの?」
「どうも、こうも……」
震えた声でプリステラ嬢は必死に答えようとした。その目はすっかり潤んで赤くなっている。
話を聞いている最中からこんな様子で、わたくしも原因がよく分からない。
いよいよ溢れそうになった涙が可哀そうになり、わたくしは隣からそっとハンカチを差し出した。素直に受け取った彼女は、目頭を押さえながらこれだけ言った。
「ついに……ついに、と思うと……」
ついに、なんなんですの……?
「分かる……分かるわ。プリステラさん。ついに、ですわよね」
分かるんですの、アローナさん……!?
「まぁそうだな、ついに、だ」
ロージー様まで……!?
疑問符を飛ばすことしかできないわたくしに、プリステラ嬢が突如ガバリと掴みかかってきた。その表情にはいつものふわふわさのかけらもなく、鬼気迫るような凄みがあった。
「カレッタさん。こうなったからには、お二人とも絶対に幸せになりましょう。いえ、私たちが幸せにします。私たち全員、総力を挙げてお二人の応援をしますからね!」
プリステラ嬢に同意して、アローナ嬢とロージーも神妙な面持ちで深々と頷いている。
そのいつにない気迫に、「あ、ありがとう」と短いお礼を言うのがやっとだった。
みんなの決意に改めて感謝をしたところで、次に話題にするのは現実的な課題だ。
「で、展覧祭で何か派手にやってみせるのが、お義兄サマの最終試験ってわけだな」
「そうなんだけど、派手っていうのが難しいな。僕らの武器はゲームなわけだし」
「とにかく社交界で話題になるようなことをすればいいのでは。みんな新しいものとうわさ話が大好きですから」
「でも、いきなり目玉になるような新作を発表するというのも……」
「今から一作入魂で作っても、コケたら終わりだよね……うう、考えたくない」
前にリリースした一作入魂の作品が受けなかった殿下は、まだその恐怖を引きずっている。
ふと頭に過るものがあって、わたくしは殿下に尋ねた。
「その、例の作品……実際どれくらい売れたのでしたかしら?」
「『ルー博士の暗号手帳』? 三冊だよ、たった三冊!」
殿下は嘆きながら答えた。
『ルー博士の暗号手帳』はその名の通り、謎解き暗号パズルを満載した手帳だ。
殿下の興が乗ってしまい、ものすごい数の謎解きパズルを楽しむことができる、脳トレにはうってつけの作品だった。
ある謎解きの答えが他の謎解きのヒントになっている問題もあり、なかなか凝った構造をしていたのだけれど、地味すぎるゆえかマニアックな生徒にしか売れなかったらしい。
「ということは、遊んだことのある人はほとんどいないということですわね」
「そうだね……え、もしかしてけなしてる?」
ちょっと剣呑な雰囲気を発し始めたルーデンス殿下に、わたくしは慌てて否定した。
「いいえ! ただ、ひとつ面白そうなことを思いつきましたの」
「なんだなんだ?」
みんなが身を乗り出す中で、わたくしは自分のアイデアを披露した。
最初はピンと来ていなかった様子だったけれど、飛び出してくる質問に答えていくと、どうやらきちんとイメージが伝わったようだ。
みんなの疑問は次第に感嘆に変わり、目がキラキラと輝きだしていた。
「え、なにそれすごい……絶対面白い……絶対面白いやつ……」
二回も言われましたわ。
「展覧祭期間限定の特別なゲーム! それならきっと社交界でも話題になりますわ!」
「準備はちょっと大変そうですけど、土台はできているわけですし、時間もまだまだあります」
「先生もこき使おうぜ。ルディよかったな、カレッタが骨を拾ってくれたぞ」
「あとは……未知の取り組みですからもう一声、宣伝になるような話題性が欲しいですわね」
わたくしはもったいぶって言うと、ルーデンス殿下と目を合わせた。
「そろそろ、姿を現してみませんか? ルー博士」
ピクリと肩を跳ねさせ、目を瞠るルーデンス殿下。
もちろん彼をそのままの姿でお目見えさせるわけにはいかないけれど、変装ならいくらでもできる。『ルー博士』本人が展覧祭に登場するとなれば、学生たちの注目度は急上昇するはずだ。
しばらくためらうように悩んでいた殿下だったけれど、やがて力強く了承した。
「分かった。いつまでも隠れているわけにはいかないからね」
これが少し前の殿下だったら断固として嫌がっていただろう。
冬休みを過ぎて、なんだか急に殿下がひと回り成長した気がして、親友として胸が熱くなる。
もちろん恋する令嬢としてはきゅんきゅんしてますわ。




