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31 三者面談

 冬休みが明け、新学期。

 みんなにお願いをして時間をもらったわたくしは、覚悟を決めて資料室のドアを開いた。


「カレッタ。いらっしゃい」


 穏やかに微笑んで振り返るルーデンス殿下。その背後の窓の外は、珍しく積もった雪が日光を反射していて、殿下をいつも以上に神々しく輝かせているように見えた。

 ……いえ、ただ久しぶりにお会いできたのが嬉しいだけですわ。わたくしチョロすぎる。


 難しい顔をしたまま戸口に佇んでいるわたくしに、殿下は訝しんで首を傾げた。


「カレッタ、どうかした?」

「いえ。……今日は、ルディ様に大事なお話がありますの」

「大事な話?」


 鸚鵡返しをしながら、殿下は座ったままわずかに居住まいを正す。聞いてくれそうな姿勢を見て、わたくしは唾を飲み込んで喉を湿らせた。


「どうか、わたくしの兄と、話をしていただきたいのです」


 そう言って体をずらして道を開けると、廊下で待っていたお兄様がゆっくりと部屋に入ってきた。

 突然の登場に驚いたルーデンス殿下は全身を強張らせていたけれど、お兄様は素知らぬふりできびきびと礼をして挨拶を述べた。


「お初にお目にかかります、ルーデンス第二王子殿下。カレッタの兄、ディカス・ラミレージと申します。この度はさる事情ゆえ内密にお目通りしたく、こちらに参じました。部外者の身でこの聖域に踏み入る無礼、平にご容赦願います」

「は、初めまして……ご丁寧に、どうも」


 緊張でがちがちになっている殿下を、お兄様は興味深そうに眺めていた。

 しっかりとドアを閉め、全員椅子に腰を落ち着けて、ポットのお茶を注いだところで、耐えきれなくなったらしい殿下がおずおずと話を切り出した。視線の半分は助けを求めるようにちらちらとわたくしに向けながら。


「それで、お話、というのは……」

「はい。我が妹から殿下の話を伺いまして。聞けば、入学当初から大変お世話になっていたとのこと。我がラミレージ公爵家は義を重んじます。長らく冷遇されてきたあなた様の現状を、改めて確認する必要があると判断いたしました」


 お兄様の言葉に、殿下は緊張とは違う意味でピクリと身構えた。眉を寄せてお兄様の表情を注視する。


「これは我らが父、現当主の意向でもあります。本来なら父が直接伺うべきでしたが、あなた様の安全と機密保持を考慮し、学園への出入りが不自然ではない私が代理としてこの場に馳せ参じた次第です」

「ラミレージ公爵ご本人まで……」


 話を聞くほど、ルーデンス殿下の表情は青くなっていった。


「あの、僕……何も、大それたことなんて望んでいません。命があって、誰にも迷惑を掛けずに一人で生きられればそれで十分なんです……」


 殿下は震えながら、大事にしてくれるなと泣きそうな目でお兄様を見つめていた。


 殿下が怯えるのももっともな話で、実は、ラミレージ公爵家は元々、王家とは何かと対立しがちな家だった。

 王家が暴走した時に釘を刺す役回りの家なのだ。事実、現国王陛下とわたくしたちのお父様は、学生時代から張り合い続けているけんか相手……もとい、好敵手のような間柄らしい。


 それが、国王陛下のオイタのせいで求心力が暴落した王家をさすがに哀れに思ったお父様が、我が子たちを次代の王である第一王子殿下に縁付かせ、恩を売ってやろうとした結果がわたくしたちの現状だった。


 つまり、もし我が家が手のひらを返して冷遇されている第二王子殿下に付くと目されれば、一歩間違えば国が真っ二つに分裂しかねないのだ。

 ルーデンス殿下本人の意思はどうあれ、多くの貴族は第二王子が現王と第一王子を恨んでいると思っている。そして勢力的にも、ラミレージ家が動けば流れを作ることも可能なので。


 わたくしとルーデンス殿下の友情は本来、閉鎖された学園という世界の外に出してはいけない関係だった。

 それに気が付いたわたくしはだからこそ実家に黙っていたし、お兄様たちもわたくしが話すまではと黙認していたのだ。さすがにわたくしが怪しいお金の使い方をしていれば、過保護な我が家が調べるのは必然だったけれど。


 最悪の想定に怯えるルーデンス殿下に、お兄様は落ち着かせるように言った。


「ご安心を。あなた様の意に添わぬことはいたしません。ただ我々は、妹が賜った恩義を少しでもお返ししたいだけなのです。我が妹が有意義な学園生活を送ってこられたのは、あなた様の存在あってこそなのですから」


 頼もしいお兄様の声に、ルーデンス殿下は少し冷静さを取り戻したようだった。


「恩なんて、そんな。恩があるのは僕のほうです。カレッタと出会えなかったら、僕は今頃どうなっていたか……」


 自分の手のひらと、そして床に落ちた自分の影を見るように視線を下げて、ルーデンス殿下は複雑な感情のこもった笑みを浮かべた。


「カレッタから、僕の魔法の話は聞きましたか?」

「いえ、我が妹は口が堅いので。あなた様が友人だということ以外は何も。……ただ勝手ながら、教師側の伝手を使ってこちらである程度調べさせていただきました」

「また、あの先生か……」


 諦めたように脱力する殿下。かの先生の憎らしいどや顔が目に浮かぶようですわ。

 少し真剣な調子に変えて、お兄様は言った。


「正直に申し上げますと、あなた様のそのお力は強大です。文献に記されていた過去の例では魔力量が少ない者ばかりでしたが、それでも十分な脅威として記録されていました。能力と……影魔法使いに共通するその気質も含めて。そして、あなた様には王族の膨大な魔力量がある」

「分かっています。この冬休み、いろいろ試しましたから」


 神妙に頷いた殿下だけれど、次の瞬間にはパッと顔を上げて、強く輝く瞳でお兄様を見た。


「でも! この魔法、すっごく面白いんです!」


 身を乗り出して主張を始めた殿下に、お兄様は目を丸くした。


「影潜りは完璧に隠れられるし、上手く他の影を伝っていけばあっという間に校舎の屋根まで登れるんですよ。それから自分だけじゃなくて身の回りの人や物も影に沈めることができるし。この部屋の物を全部隠して空っぽにするいたずらをしたら、先生もひっくり返って驚いてましたよ」

「えっ、すごい、わたくしもそれ見てみたいですわ!」

「カレッタ、もうしばらく黙ってようか?」


 思わず食いついてしまったら、なぜか若干青ざめて引きつった顔のお兄様に制止された。お話に乱入してはいけませんわね。

 少し落ち着きを取り戻した殿下は、お兄様に穏やかに言った。


「ディカスさん。いくらでも危険な使い方ができるのは、僕もちゃんと分かってます。過去の影魔法使いたちが何を考えて、どんなことをしたのかも……何となく、想像が付きます」


 殿下はつい、とテーブルの上にあったお茶の保温ポットを指さした。

 つられて見やると、背の高いポットは冬至祭の日の殿下のように、下半分だけが自らの影に沈み込んだ。まるで水に浮かんでいるようにぷかぷかと上下している。

 お兄様が初めて見る魔法に驚いている横で、わたくしは感動して目を輝かせてしまった。殿下はもうすっかりこれを自分の魔法にしているようだ。


「でも、こんなに面白い魔法なんです。せっかく手に入れた属性なのだから、僕はこれでできることをもっと探したいし、楽しみたい。こんなに素敵なものを、汚すような真似はしません」


 ポットを戻し、微笑んでお兄様を見るルーデンス殿下。

 お兄様はしばらくの間表情を消し、探るような視線で殿下を見つめていたけれど、やがていつもの自信にあふれた笑顔に戻って頷いた。


「あなた様が平穏を望まれていること、こちらとしても安心いたしました。……まったく、カレッタが親友と呼ぶのも納得だ」


 どうやら、お兄様もルーデンス殿下のことを気に入ってくれたようだ。固かった雰囲気がだんだん柔らかくなってきた。

 殿下の人柄を確認したお兄様は、今日の本題に迫っていく。


「ところで、率直にお聞きしますが、卒業後はどうされるおつもりでしたか?」

「そうですね、卒業したら……」


 わたくしたちは、ルーデンス殿下が自分の将来をどう考えているか知らなかった。というか、聞くのが怖くて、彼の前では誰も将来の話をできなかった。

 いくつか事前に調べて予測は立ててきたけれど、親友たちでさえ訊きあぐねていたことをお兄様が訊いてくれて、わたくしの胸がぎゅっと緊張する。


「もともとは、出家して神殿に入る予定でした。でもこの冬休みに、嬉しい話をいただいて」


 殿下は穏やかな様子で淡々と答える。


「先生の、コドラリス子爵家に養子に入らないかと」

「コドラリス子爵家ですか。確かに、権力からは遠いが、学者や教師の家系として王家の信頼も厚い伝統ある家ですな。それなら王宮も異議はありますまい」

「はい。神殿に入ったら商売ができなくなるので、せっかく軌道に乗ったカイラー通りの遊戯場に関われなくなるのが気がかりだったんです。先生の家に置いてもらえるなら、頑張ればなんとかなります」


 カイラー通りもまずは新しい環境の提供を目的としていて、出資者、つまりルーデンス殿下本人の収益を現在はあまり考えていない。けれど先生の家に養子に入るとなれば、仕事として利益も考えていかなくてはならなくなるだろう。

 もちろん殿下ならやっていけると思うけれど、コドラリス家の家業とは毛色が違うので、不便なことや気を遣うことが出てくるかもしれない。

 それに、王宮の口出しがないわけでもない。


「ただ、養子に入っても、王宮との取り決めで神殿と同じく、一生……結婚、とかは、できなくなってしまうんですけど、贅沢は言えません。それでも好きな仕事ができるなら」

「成程」


 結婚、のくだりで、殿下は寂しそうに俯いて笑った。やはり、テトラ嬢との将来を諦めるのが辛いのだろうか。

 殿下の分かりやすい結婚への未練を感じ取ったお兄様は、自信たっぷりに人差し指を立てた。


「殿下。我が公爵家は、あなた様にもう一つの選択肢を提示することができます」

「もう一つの選択肢?」


 きょとんとしている殿下をよそに、お兄様はわたくしに目配せをした。

 わたくしは大きく深呼吸すると、意を決して殿下の目を見て言った。


「ルディ様。わたくしと『契約結婚』なさいませんか?」


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