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挿話 第一王子の後悔、そして(前)

 甘やかされていた。全てを与えられて生かされていた。

 そんな当たり前のことに、今更になってようやく気が付いた。


 物心付いた頃から優秀だと褒めそやされて、期待されていた。

 王族ゆえの距離はあったものの、忙しい間を縫って団欒の時間を持ってくれる両親からの愛を疑ったことはなかった。

 十歳の儀式の後も、盛大に祝ってくれた。


 異母弟の存在を知らされたのはその頃だったと思う。知らされたというより、侍女のうわさ話を偶然耳にして、知ってしまったというのが正しい。

 俺が問うと両親はすぐにその存在を認め、事情があり、異母弟が表舞台に出てくることも、将来俺の立場を脅かす可能性もないということも、噛んで含めるように説明してくれた。

 ただ一つ、彼の魔法にだけは注意するように、と漏らした父の言葉だけが引っかかった。

 異母弟に関して両親から得た情報はそれだけで、それが最後だった。両親の反応を見て、これ以上踏み込むべきではないと思ったから、俺も訊くことを止めた。


 両親からの情報はそれだけだったが、そこに至った経緯については、断片的に窺い知ることができた。

 俺が生まれた前後に起こったその騒動の影響が未だに尾を引いているらしく、現在も父はそれなりの数の貴族たち相手に求心力を失っていたらしい。

 その改善のために、俺の婚約者は学園入学前という早い段階で選ばれることになった。


 縁を取り持つための茶会には何度か出席していたが、甲高い声で絡んでくる令嬢たちの圧にはすでにうんざりしていた。それを完璧な王子として紳士的に躱さなくてはならないのも苦痛だった。

 しかしその日の茶会は母の気合が尋常ではなく、今日集まった令嬢たちの中から必ず一人選ぶように、と言いつけられた。今日、自分の生涯の伴侶が決まってしまうのだと思うと、憂鬱で仕方がなかった。

 いつものようにきゃらきゃらと寄ってくる令嬢たちの前で、つい俺は言ってしまった。


「僕はしつこく絡んでくる相手には興味がない。放って置いてくれ」


 ざっと青ざめるご令嬢たちの顔を見て、わずかに溜飲が下がった。

 冷静になってみると、全員が全員自分に集っていたわけではないことに気が付く。数歩後ろに控えて成り行きを見守っていた数人の令嬢たちの顔を覚えるように見渡した。一人だけ独特な型のドレスを着ている令嬢がいる。その彼女の顔も覚えた。

 茶会を終えた後、母に覚えた令嬢たちを報告する。その中なら誰でもいいと答えた。


 入学式直前になり、婚約の挨拶にやってきたのは例の独特なドレスの令嬢、カレッタ・ラミレージ公爵令嬢だった。

 青黒い髪が美しく、所作は優雅で礼儀正しい。少し言葉を交わしただけで、他の令嬢たちと比べるべくもなく大人びているのが分かった。美貌も教養も文句なしの完璧な令嬢だった。

 ただ一つの瑕疵は魔力量の不足らしいが、それを補って余りあると判断されたからここにいるのだ。下手な相手に決まらず良かったと、俺は安心していた。


 入学してからも、彼女は俺と一定の距離感を保ち、節度を持って接していた。

 付かず離れずの距離に彼女がいることで、俺は余計な煩わしさを感じることもなく、快適な学園生活を送ることができていた。

 時たま、彼女が他の令嬢に高圧的に接して孤立しているといううわさが流れてきたが、大人びた彼女のことだから、周りの幼稚な令嬢たちと折り合いが悪いだけだろうと軽く考えていた。

 少なくとも、それくらいには彼女のことを気に入っていた。


 だからこそ、冬至祭に出かけた際に監督の目を盗み勝手に出歩いたという話を聞いた時は驚いた。幼い令嬢が姿を消せば、どれほどの人に迷惑をかけるかわからない彼女ではないだろう。

 理解しがたく思っていると、友人の誰かがこう囁いた。


「殿下が相手をしてやらないから、心配させて気を引きたかったんじゃないか?」


 その言葉は、その時の俺の胸にやけにすんなりと落ちてきた。飲み込んでしまえば、それから湧いてきたのは失望と怒りだ。

 それまで聞いた彼女の悪評が、一本の線に繋がるような気がした。成績もクラスで最下位だというし、きっと手を抜いているに違いない。


「そういうのはやめたほうがいい」


 俺は怒りのまま、冬休み明けの朝一に、彼女に釘を刺した。そんなことをしても俺の気は引けないと。

 味を占めたりしないように、悪評があるうちはさらに接触を減らそうと決めた。


 俺の忠告を態度では素直に受け入れた彼女だったが、その後も悪評は改善することなく、ずっと燻っている状態だった。

 この分だと、俺の前では猫を被っているのかもしれない。俺の周りのたいていの人間はそうだし、彼女が特別なわけではない。

 彼女も周りの令嬢と大して変わらない人物なのだろうと気が付くと、素直に気に入っていた自分が馬鹿らしくなった。


 相変わらず周囲への態度はそっけなく、放課後には誰とも付き合わずさっさと帰ってしまう。弱い立場の令嬢たちだけを呼びつけてサロンを開いているという話もあった。

 低学年の身ながら自分の兄を利用し、高学年の夜会に紛れ込んだのも一度や二度ではない。兄の隣で睨みを聞かせ、気に入らない令嬢が近づくのを邪魔しているのだという。


 絶えない悪評が最初は気になっていたが、やがてその多くは令嬢たちからの評価だということに気が付いた。黙っていれば群れずに凛としている美しい令嬢なので、クラスの令息たちからは(もちろん俺の存在もあって)近付き難い高嶺の花のように見られていた。

 悪評には女同士の嫉妬も含まれているのではないかと考えた。これもよくある話だと思い、彼女の悪評について深く考えるのはやめた。面倒くさくなったのだ。


 成長と共に年ごと美しさを増し、体つきも女性らしい線を描くようになってくると、明らかに彼女をよこしまな目で見る男が増えた。

 特にあの後ろを膨らませた独特な型のスカートは、彼女の成長に合わせて洗練された装飾に変わっていき、しなやかな細腰をさらに強調するので、正直目のやり場に困る時期もあった。胸元も豊かで、メリハリのある体は男の目に毒だ。


 それでも彼女は、我慢できずに言い寄っていく男には目もくれず、よくわきまえていた。

 もしかしたら男というものに興味がなかっただけかもしれないが、すでに婚約者である自分にとってそれは安心できる材料でしかなかった。

 そうやって心配の種が減れば、いちいち彼女のことを気にする必要もなくなっていった。


 学園を卒業した彼女の兄ディカスが俺の補佐官に決まり、仕事で顔を合わせるたびに妹の話題を振られたが、話半分程度に聞いて、適当に相槌を打っておくぐらいしかしなかった。

 奴の妹のろけはなかなかに重症で、俺が反応できる話題は少ない。さすがに彼女に同情しながらも深入りせずにいたら、次第にそういう話も振られなくなったので、そこは有難かった。


 その後も、彼女の様子は変わらなかった。クラスの誰をも相手にせず、淡々と日々を過ごす。

 突如現れた謎の天才『ルー博士』のゲームが学園で大流行した時も、クラスメイトが遊んでいる姿を、彼女は遠巻きにちらりと視線をやる程度で決して混ざろうとはしなかった。


 彼女は俺の将来の伴侶で、政治的にもその関係の解消は難しい。

 よくわきまえている彼女との当たり障りのない、当たり前の日々が、このまま卒業まで続くのだと思っていた。


 転機となったのは、五年目の新学期。

 元平民で子爵家に入った養女が異例の成績で、第一クラス編入を果たした。

 転入生の存在で、自分が第二クラス転落の危機にあることを悟ったのだろう。彼女は緊張で礼を失した転入生に威圧を掛けたようだった。挨拶を終えて怯え切っていた転入生の姿は俺の目にも同情を誘った。

 実際その転入生は優秀で、彼女は懸念通りに追い落とされることになった。


 生徒会の用事で立ち寄っていた教員室で彼女の降格の一報を聞き、教室へ様子を見に行くと、彼女は黙々と荷物を纏めているところだった。

 手を抜くからこうなるのだと責めようとすると、彼女は全く気に病んでいないどころか、むしろ上機嫌だった。

 こんなに機嫌がよさそうな姿はそれまで見たことがなかった。久しぶりの会話らしい会話がそれだったので、俺には彼女の考えがまったく理解できなかった。

 それまで何とも思っていなかった彼女との間に、大きな隔たりがあるような気がした。


「そんなに切羽詰まっていたなら、何故俺に一言相談しなかった」


 思わずそんな台詞が出た。相談されたからといって何ができるというのだろう。

 そんな俺に彼女は教科書通りの返答だけ寄越して、いつも通り微笑んでいるだけだった。

 それまで一度として彼女に頼られたことがなかった事実にも、その時初めて気が付いた。


 晴れがましい表情で第二クラスへ移った彼女の様子が気になり、胸がざわついた。


※改稿:十一行目[俺が生まれる前]→[俺が生まれた前後](2023.4.4)

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