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28 どうしてそうなったんですの?

 毎日必死にルーデンス殿下の捜索を続けたものの、結果は芳しくなかった。

 時間は無常に過ぎていき、とうとう学期末、冬至祭の夜会の日になってしまった。


 大事な親友が行方不明なのに、夜会なんて憂鬱以外の何物でもない。ましてやパートナーは苦手な第一王子殿下だ。

 これがルーデンス殿下だったらいいのに、なんてどうしようもないことを考えてしまいながら、なんとか表情だけは取り繕って、迎えに来た第一王子殿下の手を取った。


 きらびやかに飾り立てられた会場を二人でぶらつく。高学年の夜会は年に何度かあり、振る舞い方はもう慣れたものだ。低学年のうちにお兄様に連れてきてもらっておいて本当に良かった。最初のころなどお兄様に引っ付いているのがやっとだったので、成長したものだ。

 他の生徒との挨拶がひと段落付いた時、第一王子殿下が話しかけてきた。


「第二クラスはどうだ? 随分と楽しそうにやっているようだな」

「ええ。日々励んでおりますわ。気兼ねない友人も増えましたの」

「その割には、浮かない顔をしているな」


 意外なことを言われて驚いた。見上げると、思ったより近い位置に殿下の端正な顔があった。今日、初めて殿下の顔をまともに見た気がする。

 第一王子殿下は、探るような視線を向けて言った。


「やはり、第二クラスに降格したことを恨んでいるのか?」

「いいえ」


 あまりにも的外れな勘繰りは普段なら否定するだけに留めるけれど、今日は何となく、その思考に興味が湧いた。


「どうしてそうお思いに?」

「……例の子爵令嬢を、放課後呼び出したと聞いたぞ」

「は?」


 思わず、本心から聞き返してしまった。取り繕うのも忘れたわたくしの様子に、殿下のほうが戸惑ったようだ。


「違うのか?」

「身に覚えがございません。事実無根ですわ。どなたからお聞きに?」

「クラスの令嬢が。君が第二クラスへ行ったその日に、子爵令嬢が呼び出されたと聞いた。君ではないのか」

「違います。陰ながら応援こそすれども、呼び出す用事など何もございませんわ」

「そうか……」


 わたくしの本気の困惑が伝わってくれたのか、今日の第一王子殿下はすんなりと信用してくれた。ちょっと不気味なほど素直だ。


「では、何故今日はそんなに大人しい?」


 またわたくしの態度を気にされる。浮かない気分がそんなに顔に出ているのだろうか。


「普段通りですわ。……いえ、やはり、少し疲れているのかもしれません」


 取り繕おうと思ったけれど、ここ最近の気疲れもあって、相手をするのが少し億劫になってしまった。

 こうなったら体調不良を理由にして、さっさと退散してしまおうと考える。


「どうにも調子が優れませんので、今夜はお先に失礼いたしますわ。殿下は引き続き夜会をお楽しみください」

「いや、ならば、俺も引き上げる。寮まで送って行こう」


 ……はい?

 呆気にとられている間に、腰を支えられて促される。会場入り口に預けていた防寒用のケープを殿下が受け取り、ドレス姿のわたくしの肩にしっかりと掛け、あれよあれよと会場を後にした。


 学園でもひときわ大きな庭園に面した回廊を、二人きりで何も言わずに歩いていく。

 冬至の夜の空気は冷え切っていた。澄み渡った空には冴え冴えとした白い月が浮かんでいる。その光は時ごと凍り付いたような庭園を眩しく照らし、葉を落とした庭木の影を地面にくっきりと写し出していた。

 第一王子殿下に手を引かれるままぼんやりと歩いていると、彼が不意に足を止めた。


「殿下?」


 呼びかけると、手を取ったまま殿下は静かに振り返り、わたくしの正面に向かい合った。

 真っ直ぐにこちらを見つめてくる瞳に、わたくしも緊張して何も言えなくなる。

 しばらくの沈黙が場を支配した後、殿下がそっと口を開いた。


「俺は……ずっと、君に興味がなかった」


 今更ですわね、と答えたかったけれど、声が出ない。体が動かない。

 殿下の目があまりにも真剣だったからだ。


「能力が低い、愛嬌もない、つまらない令嬢なのだと思っていた。……だが、それは全部、俺の思い違いだった。俺が全部見逃していただけだった」


 取られていた手に力がこもる。驚いて引こうとするけれど、放してもらえない。


「第二クラスへ行った君の様子を聞いた。俺自身の目でも見た。君のあんな姿を、あんな表情を……俺はずっと気付けずにいたんだな」


 もう一方の手が、捕らえるように頬に添えられる。殿下から目が離せなくなる。


「もっと知らない君を見たい。何を思っているのか知りたい。今、俺は、君に興味があるんだ。だから君も……俺に興味を持ってくれ」


 何を言われているのかわからない。

 まったく頭が働かない。

 空っぽの頭と強張った体に、心臓の音だけがバクバクとこだまする。

 殿下の瞳が、月の光にぎらついて見えた。

 それが、だんだんと近付いてきて……。


「まっ、待って!」


 突如、すぐ近くから悲鳴のような叫び声が響いた。

 第一王子殿下は驚いて硬直し、わたくしは弾かれたようにその声のほうを見る。

 そして、声の出所を見つけた瞬間、自分の正気を疑った。


「ちょっと、待って……」


 必死な形相でこちらを睨みつけるルーデンス殿下が。

 なんと、地面から生えていた。


「え? え???」


 理解の範疇を越える光景にひたすら狼狽してしまう。

 その場に穴があるわけではない。しかし確実に、体が床から生えている。

 回廊の暗がりの床から上半身だけ生えているルーデンス殿下は、海から岩場に上がろうとするオットセイのように、床に両手を突っ張っていた。

 しかし次の瞬間、その床が柔らかい砂浜のように沈み、突っ張っていた両手を飲み込んでしまう。


「うわッ、ちょ、うぶっ」

「ルディ様!」


 あっという間に床に飲み込まれそうになるルーデンス殿下。まるで底なし沼で溺れるような状態だ。あるいは後足をシャチに齧られ海に引きずり込まれるオットセイ。

 わたくしは反射的に飛び出して、ルーデンス殿下の腕を掴んで思い切り引っ張り上げた。なけなしの魔力を使いきる勢いで無属性魔法も併用する。

 すると、つるんっ、と滑るような不思議な感触で、ルーデンス殿下の全身が床からすっぽり抜け出した。


「うわっ」


 勢いあまって、二人一緒にどさりと床に倒れこんだ。

 わたくしの上にルーデンス殿下が覆いかぶさるような格好になる。

 けれど、今はそんなことどうでもいい。わたくしはすぐに身を起こすと、ルーデンス殿下の全身をべたべたと触って喫緊の異常がないか検分した。


 怪我は……なし。脚がもげたり……していない。

 再び床に沈んでしまいそうな様子もない。

 最後にお顔を確認しようと、その両頬を挟んで持ち上げた。

 呆気に取られていたそのお顔に、ちょっと締まりのない笑顔が浮かぶ。

 それを見た瞬間、わたくしの涙腺は決壊した。


「ルディ様あああ~~~~~!!!」


 無我夢中でルーデンス殿下の首に抱き着く。

 言いたいことが次々と溢れてくるのに、えづいてしまって言葉にならない。


「ごっ、ご無事でっ……いま、ぅぐ、いまっまで、どぢらに……!」

「だ、大丈夫、ごめん、大丈夫だから落ち着いて……」

「ほんどにっ……みんな、わだぐし、しんぱいしてっ……ぅあああ~~~~!!」

「よ~しよし、大丈夫、大丈夫だから……」


 優しくトントンと背を叩かれる。ルーデンス殿下が帰ってきた実感と共に安堵が胸に広がり、さらに涙が溢れてきた。


「お、おい、カレッタ嬢。そいつは誰だ?」


 ようやく混乱から立ち直ったのか、第一王子殿下が戸惑った声で問うてくる。すっかり冷静さを失っていたわたくしは、脊髄反射でキレ散らかしてしまった。


「誰だ、ですってぇ! へぇ~、第一王子殿下はご自分の弟君のお顔もご存じないのですか。ふざけんなですわ!」

「……弟?」

「カレッタ、気にしてない。初対面。初対面だから。いったん落ち着こう」

「あなた様の弟君のルーデンス殿下は、もう十日間も行方不明だったんですのよ! 心配で心配で、何もご存じないあなた様のように、夜会で浮かれてなんかいられませんでしたわ!」

「え? 十日? うそ、そんなに経ってるの?」


 実感がないのか驚いているルーデンス殿下。

 そうだ、いつまでもこんな寒い場所に殿下を置いておくわけにはいかない。

 わたくしは立ち上がると、再びグイっとルーデンス殿下の腕を引っ張った。


「そうです。早く先生のもとへ行って、異常がないか見ていただかなければ。ロージー様も呼びますわ。ルディ様、立てますか?」

「大丈夫だよ、大げさな……っと」


 なんとか立ち上がったけれど、足元がふらついている。わたくしは自分のケープを脱いで有無を言わさず殿下に巻き付けると、そのわきの下に肩を入れて体を支えた。


「まいりますわよ」

「うん、ありがとう、えっと……」


 ルーデンス殿下はなぜか必死に後ろを振り返ろうとしている。

 そちらにはあほ面で突っ立っている第一王子殿下しか居ませんわ。


「あの、落ち着いたら、改めてご挨拶に上がります……」


 第一王子殿下の返事は無かった。


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