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02 まずは見て楽しもう

 ピチピチの記憶を取り戻してから三年が経った。

 わたくしは九歳、そしてわたくしのお兄様は十二歳。


 お兄様は今年の秋から通う全寮制の王立学園の準備に余念がない。

 クラス分けは成績順になるので、公爵家の威信を守るためにも、入学時点である程度の実力を付けておかなければならない。


 学園で重視されるのは、学力、そして武術と魔法。

 現在、王国の情勢は安定しているけれど、いざという時戦う力は国や領地を守る貴族には絶対に必要なものだ。

 学園に預ける子の成績は各家の力関係を測る指標にもなりうるため、疎かにできなかった。


 我がラミレージ公爵家は、代々強力な魔法を操る家系だ。

 特に魔法の規模や持続力に影響する魔力の総量は、他家を圧倒している。大きい、多い、バテないが我が家のお家芸だった。

 お兄様もすでに、その片鱗を見せている。家庭教師の教えによって基礎は身についているので、入学ぎりぎりまでより発展させたレベルを目指して、追い込みの特訓をしているそうだ。


 今日の訓練は、相手の攻撃を自分の魔法で防ぐ防御の訓練だ。

 先生が魔法で飛ばしてくる石礫を、お兄様は得意の水魔法で大きな盾を作り防御していく。

 徐々に勢いを増してくる石礫を止めるには、水の盾もどんどん分厚くしていかなくてはならない。


 我が一族の魔力量は桁違いなので、魔力消費が増えるのはそこまで負担でもないけれど、大質量の水を操るのでスピードが追い付かなくなってくる。

 こういう訓練を繰り返して、なるべく短時間で全力を引き出せるように鍛えるのが、我が家では恒例の教育方針らしい。


 やがて石礫を止めきれなくなったところで、先生が休憩を言い渡した。

 飲み物と汗拭き用の布を持って行く使用人にくっついて、わたくしもお兄様を労いに行く。


「お兄様、お疲れ様です。かっこよかったですわ」

「ありがとうカレッタ。でも、まだまだだよ」


 手ずから飲み物と汗拭き布を差し出すと、お兄様は嬉しそうに受け取ってくださった。


「やっぱり、大きい水の塊を動かすのは難しいなぁ。でも、あの勢いは中途半端な厚みじゃ止められないし」

「そのお歳であれだけの量の水を操れるのは素晴らしい才能です。坊ちゃまも魔力量は多いですから、繰り返せばもっと自由に力を引き出して、動かせるようになりますよ」


 汗を拭き拭き、お兄様は悔しそうにしている。先生も熱心に激励していた。

 そんな麗しい師弟のやり取りに水を差すのは悪い気がしたけれど、せっかく前世と比べて裕福な家に生まれたのだから『我慢をしないワガママ令嬢』になることを目指しているわたくしは、率直な意見という名のただの願望を二人にぶつけることにした。


「お兄様。見ていて思ったのですが、盾で止めるのではなくて、『叩き落とす』のはいけませんか?」


 お兄様と先生は、そろって目を点にする。どうやらうまく想像が湧かないらしい。


「叩き落とす? 石を、水で?」

「はい。わたくし、お池や噴水のそばで遊ぶのが大好きなのです。それで、時々水に向かって小石を投げたりしていたのですが……」

「お前、そんな危ないことしてたのか!」

「お、怒らないでくださいませ! 最近はやっておりません!」


 説明のために自分の事として語ったけれど、これは前世の子供時代の話だ。さすがに今はばあやに許してもらえない。令嬢という立場も案外窮屈なものだ。


「それで、噴水の流れ落ちる水にわたくしが力いっぱい石を投げても、簡単に水の勢いに流されてしまってなかなか通り抜けないのです。きっと、正面に進む石の力が、上から押す水の力に負けてしまうのですわ」


 身振り手振りを入れて、さりげなく前世の学校で習うような物理法則の基本の話をする。


 わたくしも幼児期から基礎教育を受けるうちに気が付いたのだけれど、この世界は魔法という便利なものがあって簡単に物理法則を無視してしまうために、科学的な学問があまり進んでいないらしい。

 ちまちまと物理法則の研究をするより、魔法の仕組みと新しい大技を研究したほうが社会にとって有益だからだ。

 しかし、必要ない視点といえばそれまでだけれど、知っていればこうして役に立つこともある。知恵袋とか、ライフハックという位置づけ程度にはなると思う。


 なるべく自然に、小さな子供の実体験に基づいたささやかな発見として聞かせると、訝しそうな表情だったお兄様と先生は、はっと気づきを得たような顔になった。


「なるほど、勢いを真正面から受けるのではなく、違う方向に受け流す……確かに、剣術にもそういう技がございます」

「盾を厚くするのではなく、水に流れを付けてみればいいのか?」

「でしたら、盾形ではなく小さめでも球状にして回転させるのが一番簡単かと。少し集中力が要りますが、坊ちゃまなら……」

「水の量が減れば対応しきれるかも……」


 しばらくゴニョゴニョと相談し、方針を固めた二人はさっそく訓練に戻った。

 最初は水の流れが弱かったり、石礫の移動に追い付かなかったりして失敗していたけれど、徐々に成功する確率が上がっていく。

 小気味よく『叩き落とされて』いく石礫を見て、わたくしは感動に打ち震えていた。


 これですわ。これが見たかった!

 ちょっと違うけれど今はこれで十分!


 次々と『飛びかかる脅威』を、作業のように『叩く』。

 パチッと石がはじかれる音がいい。石がシャコ貝の形をしていないのが残念でならない。

 音楽のように刻まれる軽快なリズム。あの懐かしいBGMが聞こえてくるようですわ……。

 あっ、不意打ち! 変化球! 先生、分かっていらっしゃいますわ! 最高!


 夢中で堪能していたら、あっという間に訓練終了の時間になってしまった。

 わたくしはすっかり興奮してしまい、戻ってきたお兄様に駆け寄った。


「素晴らしかったですわ、お兄様!」

「ありがとう、カレッタのおかげだよ! こんなやり方があったなんて……」


 お兄様もいつになくはしゃいだ様子で、わたくしの頭を撫でてくださった。


「大量の水を操るより早いし楽だ。このやり方のほうが合ってる感覚がするよ」

「私もつい魔力量の多さばかりに目が行ってしまい、これは盲点でした。学園では同時併発の技術を教わりますから、坊ちゃまの魔力量で先ほどの水球を複数操ることができれば、無敵の防壁になるやもしれませんな」

「難しそうだけど、練習しがいがあるな。学園では魔力量に頼るだけじゃなく、操り方も手を抜かずに訓練するよ。何より、可愛いカレッタが僕のために考えてくれた方法だからね」


 真っ直ぐなお兄様の言葉に、己の欲望を満たしたかっただけですわとは言えず、罪悪感はウフフと笑って誤魔化した。

 そんなわたくしの内心を知らない先生も、感心した表情をこちらに向けてくる。


「カレッタ様はお小さいのに、発想が豊かでいらっしゃる。これは私も魔法をお教えするのが楽しみですよ」

「わたくしも早く魔法を使いたいわ」

「カレッタは来年からだね」


 魔法は強力なエネルギーを体内で練り上げる必要があるので、小さな子供には負担が大きいとして法律で制限されている。

 あまりに幼すぎると、魔力の負荷に体が耐えられず、成長が止まったり、最悪命を落としたりしてしまうこともある。

 しかし、使いこなすためには成長期に魔力を体に馴染ませることも重要なので、満十歳がその区切りとなっていた。


 満十歳に達した子供は、神殿に仕える専門の神官の手で体内の魔力回路を開く儀式、という名のマッサージのような処置を受ける。

 そうして初めて、体内に宿る魔力を魔法として発現できるようになるのだ。

 九歳のわたくしは、今からその時が楽しみで仕方なかった。


「さっきのお兄様の訓練、わたくしにもやらせてくださいませ!」

「ええ? あれはちょっと危ないから……」

「お兄様だけずるいですわ! あんなに楽しそうなのに。わたくしも叩き落としたい!」

「どうしよう、妹が乱暴な趣味に目覚めてしまった……」


 青ざめて視線で先生にすがるお兄様。目を逸らす先生。

 残念ですが諦めてくださいませ。前世からの筋金入りですわ。


 前世といえば、と記憶のページがふわりと開く。


 何かの学園恋愛もののお話で、魔力量を絶対の自信として、家柄もプラスして威張る『俺様系』のキャラが居たような気がする。

 たしか、可愛いけれど身分が低いヒロインに対して、最初は偉そうな態度で言い寄るのだけれど、彼女の繊細な魔法を見てコロッと本気で惚れ込んでしまうのだ。


 惚れた後は溺愛と言ってもいいほどヒロインを大事にしていたキャラで、そのギャップにやられたファンも多かったらしいけれど……最初の、魔力量が少ない相手を見下す第一印象がどうも抜けきらなくて、前世の私はあまり好んでいなかった気がする。


 もしお兄様が学園で魔力量を鼻にかけて天狗になってしまっていたら、あのいけ好かない男のようになっていたかもしれない。

 まあ、わたくしの優しいお兄様ですもの。あんな男とは育ちが違うでしょうから、関係ないことですわね。




 ちなみに、学園入学後もめきめきと力を付けたお兄様は、数年後には圧倒的な魔力量で無数の水球を操る絶対防壁、全方位反射の猛者となり、さらになぜか妹以外の女性を寄せ付けないことも踏まえて『絶海の貴公子』なんてかっこいい二つ名が付くことになるのだけれど、その辺りのお話はわたくしも把握しきれていないので割愛いたしますわ。


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