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26 異変

 クラス替えの翌日。

 忙しくて顔を出せなかった資料室にアローナ嬢と連れ立って二日ぶりに顔を出すと、部屋に居たのはロージー一人だけだった。


「あら、ルディ様は?」

「ああ、今日は休みだってさ」

「お休み? 珍しい……というか、初めてではなくて?」


 聞けば、朝から資料室に来ていなかったのでロージーが寮まで様子を見に行ったところ(ロージーは学園にほど近いご実家から登校している。特例だ)、体調がすぐれないので部屋で休むと言っていたそうだ。


「おひとりにしていて大丈夫なんですの?」

「そうだな、朝もだいぶ元気がなさそうだったし」

「ルディ様のことですから、また食事も抜いているかもしれませんわ。ロージー様、もう一度様子を見に行ってくださらない?」


 アローナ嬢が頼むと、ロージーも気になっていたのか頷いて椅子から立った。


「わかった。喫茶室で何か見繕って差し入れしてやるか。ちょっと行ってくる」


 その後は二人で作業をしながらしばらく待っていたけれど、ロージーが戻ってくる気配がないので、そのままその日は寮に帰ることにした。


 翌日の放課後、急いた気持ちで資料室へ向かうと、今日もロージーの姿しかなかった。


「今日もお休みなんですの?」

「ああ、大丈夫。あいつなら心配いらないって」


 こちらが心配する気持ちとは裏腹に、ロージーはあくび交じりの軽い雰囲気で、深刻そうには見えなかった。


「昨日、じっくり話を聞いてきたよ。体調は、病気とかじゃないから大丈夫」

「病気でないなら、何か悩みでも?」


 アローナ嬢の質問にわたくしも身構えてしまう。ルーデンス殿下が引きこもってしまうほど嫌なことでもあったのだろうか。そんな思いをさせたのは、どこのどなたですの。

 ロージーはそんなわたくしに苦笑いを見せながら答えた。


「そりゃあ、悪いけど言えないな。男同士の約束だ。ま、ちゃんと食事は摂るように言い聞かせてきたからそこは安心してくれ。とりあえずもう二、三日放っておいてやって、それでもダメならまた見に行くよ。あれはちょっと時間がかかりそうだ」


 そんなことを言われては、深く追求できるわけもない。もやもやする気持ちを抱えたまま、黙って殿下の快復を待つしかなかった。


 それからさらに二日後のこと。

 放課後、わたくしが資料室に足を急がせていると、廊下で意外な人物に呼び止められた。


「カレッタ嬢。少し良いだろうか」

「あら、リッド様。お久しぶりでございます」


 振り返ると、第一王子殿下の親衛騎士リッドが一人で廊下に佇んでいた。久しぶりのすまし顔で挨拶をするけれど、リッドの表情も相変わらず読めない。


「単刀直入だが、あなたに訊きたいことがある」

「はい、なんでしょうか」

「ルディという男子生徒をご存じか」


 リッドの口から飛び出た名前に、心臓がどきりと跳ねた。

 どうしよう、なぜ、と考えているうちに、リッドはわたくしの反応から答えを読み取ったようだった。


「……ご存じのようだな」


 言われても、混乱ですぐに返事することはできなかった。

 リッドは第一王子殿下の腹心だ。暗黙のルールで接触を許されていないルーデンス殿下の存在にどこかで気が付き、様子を探ろうとしているということなら分かる。別に隠していないのだから、王宮や学園に問い合わせれば現状は把握できるだろう。


 わたくしが驚いたのは、リッドの口から『ルディ』という愛称が出てきたことだ。

 彼をそう呼んでいるのはわたくしたちと先生だけ……というか、それ以外に名前を呼ばれるような交友関係をルーデンス殿下は持っていない。

 わたくしたちも資料室の外ではほとんど彼の話題を会話に出さないので、どこかで耳に挟むというのも考え難かった。

 彼を知っていることはバレてしまったので、素直に質問することにする。


「そのお名前は、どこで耳にされたのでしょうか?」

「人にそう名乗っているところを見かけただけだ。確認するが、彼が、ルーデンス第二王子殿下で間違いないか」


 ちょっと待ってほしい。いろいろ引っかかるのだけれど、とにかくリッドはルーデンス殿下をその目で目撃したようだ。そしてその正体に思い至り、なぜかわたくしに確認を取りに来ている。

 まあよく見れば第一王子殿下とお顔立ちも似ているので、いつも一緒に居るリッドなら見ただけで思い当たってもおかしくはない。けれど。


「なぜ、それをわたくしにお訊きになるのですか」


 リッドの意図を探ろうと思いまた質問を返すと、リッドは淡々と答えた。


「あなたがそのルディ殿と親しいと伺った。……繋ぎを取りたいのだが」


 やっぱり、関係が把握されている!

 けれどわたくしが深く考える間も与えず、さらにとんでもないことを言い出すリッド。本気でルーデンス殿下に探りを入れたいらしい。

 わたくしもなんとかリッドの目的を掴んでおかないと、下手に返事もできない。


「それは、第一王子殿下がお望みに?」

「いや、俺の独断だ。まだ殿下には何も報告していない」

「お会いしてから報告を?」

「内容次第だ」


 その言葉に少し意外に思いながらもほっとする。リッドは案外思慮深い人物らしい。

 リッドだって、第一王子殿下を煩わせるような不要な波風は立てたくないはず。

 ルーデンス殿下もそこを一番気にしているから、つつましく資料室登校なんかしているのだ。

 だからこそ、リッドと会わせてみるのは悪くないかもしれない。リッドにもルーデンス殿下の温厚篤実、人畜無害な人柄を分かってもらい、第一王子殿下に歯向かうことはないと警戒を解いてもらえれば、これまで通り卒業まで放っておいてもらえるだろう。

 たぶん、今ここで無駄にリッドを遠ざけようとするほうが悪手だ。悪いことをしているわけではないのだから、堂々としていればいい。


「お会いするかどうかは、ルディ様のお気持ち次第ですわ。といいますか、わざわざわたくしを介さずとも、男子寮のお部屋に行けば直接お会いできるでしょうに。お調べになったのでしょう?」


 ひやひやしたのでちょっと嫌味を込めて言ってやる。

 けれど、眉一つ動かさずに告げられたリッドの言葉は予想外のものだった。


「ゆうべと、今朝、さらに昼休み。三度部屋を訪ねても物音一つしなかった。あなたなら居場所をご存じかと思い、こうして尋ねているのだ」

「え?」


 思わず間の抜けた声が出る。ルーデンス殿下が、部屋に居ない?

 わずかに眉を寄せたリッドが確認するように言った。


「どうやら、本当にご存じないようだな。心当たりもないだろうか?」

「……ございませんわ」


 さすがに資料室を教えるのはためらわれた。嫌な予感がどっと胸に押し寄せてくる。


「わたくしも探してみます。お会いできたら、リッド様のことをお伝えしておきますわ」

「ありがたい。では、これにて失礼」


 リッドが廊下の角に消えていくのを見送ると、わたくしは大急ぎで資料室に向かった。

 資料室に居たのは、頭を抱えたロージー一人だった。


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