25 クラス替えデビュー
そして翌日の朝。
第二クラスの教室に入った途端、プリステラ嬢が飛びついてきた。
「カレッタさん~~~! お待ちしてました!」
「おはよう、プリステラさん。今日からよろしくね」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるプリステラ嬢に、わたくしも負けじと腕をまわす。寮から一緒に登校してきたアローナ嬢も微笑ましげに眺めている。
度肝を抜かれたようだったのは他のクラスメイト達だ。
男女別だけれどみんな寮生活なので、大きなニュースがあれば一晩で情報は拡散する。わたくしの移籍も朝にはすっかり周知のこととなっていた。
彼らが驚いているのは移籍そのものではなくて、第一クラスから降格させられた悪名高い協調性ゼロの高飛車公爵令嬢が、言いなりにしているとうわさされていた子爵令嬢と仲睦まじげに抱き合っていること、といった感じだろうか。
そんなクラスメイト達の中からも、アローナ嬢たちと本当に仲が良く、たまに一緒に遊んでいる数人の令嬢たちがにこやかに近づいてきてくれた。
「カレッタ様、ようこそ第二クラスへ!」
「これから一緒にお勉強できるなんて光栄ですわ!」
「ありがとう。ここを追い出されたら武術専攻に行くしかありませんので、歓迎していただけて安心しましたわ」
「もう、カレッタ様ったら」
つかみのジョークはそこそこ受けた。和やかな様子に、クラス全体の警戒も若干緩んでくれたようだ。まだ戸惑いは大きいようだけれど。
そんなクラスの様子を見ていたアローナ嬢が、張りのある声で教室全体に宣言した。どうやら彼女は、クラスでリーダー的な存在らしい。
「みなさま、もうご存じでしょうが、本日より我が第二クラスにカレッタ・ラミレージ公爵令嬢様が移籍なさいました。カレッタ様は大変優秀なお方です。とくに座学に不安のある方はぜひ教えを乞うとよろしいでしょう」
「まあ、アローナさん、何てことをおっしゃるの! わたくし、人にお教えするのは好きではありませんわ」
ぎょっとしてアローナ嬢に訂正を求めると、黙っていなさいとばかりに睨まれる。横から今度はプリステラ嬢が付け加えた。
「確かにちょっとカレッタさんは、そういうの苦手ですよね~。いつも素直に思ったことしかおっしゃらないのに、なぜか悪いほうに誤解されてしまうんですよね」
プリステラさん、話し方がお芝居のようにわざとらしいのは気のせいでしょうか。
「今の『好きじゃない』っていうのも、相手をしたくないって意味じゃなくて、本当に苦手なだけですからね。教えるときの例え方がちょっと独特なんです。人見知りなので緊張すると言葉が固くなっちゃいますし。私が通訳しますので、みなさんもいっぱいカレッタさんとおしゃべりしましょうね!」
プリステラ嬢必殺のほんわか笑顔で、誰からともなく拍手が起こった。
こんなにすんなり受け入れられるとは思っていなかったので、驚いてしまう。縋る気持ちでアローナ嬢とプリステラ嬢を見たけれど、二人は笑顔で頷くばかりだ。
いつものすまし顔もできず、恥ずかしくて頬が熱くなるのを感じながら行った自己紹介は、自分史上で一番みっともない出来だったかもしれない。
そんな調子だったので、つい口を滑らせてしまった。
「その、『無属性魔法』って、何ですか?」
「カレッタ様は魔法が使えないと伺っていたのですが……」
隠していたつもりではない。つまらない意地で見せていなかっただけだ。しかし、第二クラスで受け入れてもらうためにも、ここで見せてしまったほうがいいだろう。
「これですわ」
スカートの中からふわりと飛び出したハンマーを見て、そしてそれが風属性の仕業ではないことに気が付いて、みんなとても驚いたようだった。
わたくしは近くを歩き回りながら、みんなの机の上の筆記具や本を手当たり次第に浮かせては戻して見せた。ロージーなら教室中の机を一度に持ち上げるくらいはできるけれど、わたくしの魔力量不足と射程の狭さは相変わらずだ。
「こうして、物をちょっと動かすことができますわ」
風魔法の下位互換のようなもので、大した魔法ではないんですよ、と最大限アピールしたところで、またしてもアローナ嬢が口をはさんだ。
「魔法は簡素明快ですが、カレッタさんの凄さはこれが全てではございませんのよ」
そう言うや否や、アローナ嬢は流れるように懐から扇子を取り出し一気に魔力を凝集させると、わたくしが驚く間もなく氷魔法の礫を撃ち込んできた。それも三つも。
不意打ちに少し面食らったけれど、いつもの遊びでやっているように叩き落とした。
「もうっ、いきなりで驚きましたわアローナさん!」
抗議するけれど、アローナ嬢はどこ吹く風だ。
突然の暴挙に周りも驚いたのかざわざわと何か言い合っている。
「あ、アローナ嬢の速攻の魔法弾を撃ち落とした……!」
「え? しかも三つ? 俺、見えなかった……」
「あのハンマーで叩き落としたの?」
「しかも全部ほぼ同じ場所に落としてる……狙って落としたのか?」
「そう。カレッタさんの本領は、魔力量不足を補って的確に力点を見極め狙う、判断力と超精密な操作。そして驚異的な反射神経と、それを実現する反応速度。一年のころから常に研鑽を欠かさず、最近はますます磨きがかかっておいでですわ。この境地に至れる魔法使いはほんの一握りもいないはず……」
アローナ嬢が、前世の世界の能力バトル漫画のような解説を始めるので本気で恥ずかしくなってきた。
言葉を失っているうちに、教室の中はすっかり盛り上がってしまった。
「すみません。俺たち、カレッタ様を誤解していました!」
「まさか、アローナ嬢とプリステラ嬢の魔法が凄いのって、ずっとあなたが稽古をつけていたから?」
「そうですよ~」
「凄い! ぜひ私たちにもご指導を!」
「おい、今日さっそく実習の時間があるぞ。先生に直談判して内容変更してもらおう!」
というわけで、クラス替えの結果急にモテモテになってしまったわたくしは、放課後になっても引っ張りだこで、楽しくも怒涛の一日を過ごすことになってしまった。
……その同じ日の放課後に、これまた重大な事件が始まっていたことなど、この時はつゆほども気が付いていなかったのだ。




