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24 婚約者様のご不満

「第二クラスへ、移籍」

「ええ。……本当に、君が五年生まで頑張っていたのは理解しているのですが……」


 定期考査が終わり、総合成績が通知された日の放課後、面談室にわたくしを呼び出したコドラリス先生は心から申し訳なさそうにそれを告げた。


「はっきり言って君は優秀です。しかし、魔法の成績が評価なしとなると、どうしても……」

「いいえ。自分でもこうなるのではないかと思っていました。お気になさらないでください。先生方の公正なご判断に感謝いたしますわ」


 第一クラスは学年の成績優秀者を集めており、競争心を育むために定員がしっかり決まっている。テトラ嬢が入ってきた時点で、この展開は予想していたことだった。

 万年最下位とはいえ魔法なしで四年まで在籍できたのだから、むしろ誇っていいと思う。


「学期末まで居座るのも居心地が悪いですから、できるなら早めに移動したいですわ」

「そう言ってもらえると、教師陣としても気が楽です。アローナ嬢とプリステラ嬢もいますから、第一クラスより羽を伸ばして過ごせるでしょう。せっかくですからこれを機に、もう少し我を出してみてもいいのでは?」


 さすがに長い付き合いなので、先生もわたくしが意地を張って猫を被っていたことをご存じだ。もう気を張って第一クラスとしてふるまう理由もないし、残り少ない学園生活、もっと開き直ってみるのも楽しいかもしれない。


「そうですわね。わたくし、張り切ってしまいますわ」

「ほどほどに。ほどほどにですよ、カレッタ嬢」


 その後、移籍に同意する手続きや諸々の確認を終えて、翌日からさっそく第二クラスへ移れることになった。

 作業が終わったころにはすっかり乗り気になっていたわたくしは、先生に解放されたその足で、意気揚々と第一クラスの教室に置いていた私物の回収に向かった。

 筆記具や自前の辞書を纏めて、忘れ物がないか確認していると、誰も居なかった教室に人影が現れた。


「カレッタ嬢」


 そう名を呼んだのは、わたくしの婚約者、第一王子殿下だった。わたくしは机にいったん荷物を置いて、丁寧にお辞儀をする。


「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。わたくしに何か御用でしょうか?」


 迷いのない足取りでつかつかとこちらにやってくる殿下にそう問うと、殿下は話し始めた。


「今回の定期考査、成績が振るわなかったようだな。……第二クラスに降格すると聞いたぞ」

「まあ、お耳が早いですわね」


 明るく返答してしまって、失敗した。表情を窺うと、殿下はどうやらお怒りのようだ。


「何故手を抜いた?」

「いつも通り、全力で臨みましたわ。わたくしの実力が及ばなかっただけのことです」

「……あの子爵家令嬢にか」


 特定の他人に責任を擦り付ける趣味はないので、曖昧に笑って流しておく。


「殿下、おそばに控えられないこととなってしまい、誠に申し訳ございません。ですが、先生方の公正なご判断です。お怒りになるなら、わたくしの不出来をお叱りください」

「そんなに切羽詰まっていたなら、何故俺に一言相談しなかった」


 意外なことを言われて、思わず目が点になってしまった。

 え? 相談? してよかったんですの?

 なるべく迷惑をかけないように気を付けて距離を置いていたのに。というか、たとえ相談してもどうにもならない気がする。


「わたくしの成績など取るに足らない問題でしょう。そのような些事で殿下を煩わせるわけにはまいりませんわ」


 当たり前のことを申し上げても、殿下は納得がいかなそうだった。


「君は……」


 それきり言い淀んでしまった殿下は、どこか悔しそうに見えた。

 わたくしの移籍を悔しがってくださっている……というのもちょっと違う気がする。わたくしの評判や格が落ちると、殿下の立場にも影響してしまうということだろうか。……今更?


 息苦しい沈黙が支配する空間に落ち着かなくて視線をずらすと、教室の入口に第一王子殿下の親衛騎士を務める侯爵家子息、リッドの姿があった。

 一年のころからずっと殿下のそばにいる同級生で、彼が信頼を置く無二の親友でもある。武術専攻の生徒の中でも体格がよいのと、表情が乏しく物静かなこともあって外見は少し怖い雰囲気があるけれど、実際話せば悪い人ではない。何を考えているかはいまいちよくわからないけれど。

 護衛対象の王族と学生時代から信頼関係を育み、将来的にはその王族個人の警備計画全般を統括することになる親衛騎士に任命されてからは、常に殿下の背中を守っている真面目な生徒だった。


 俯いて黙り込んでしまった殿下を何とかしてほしい一心で必死にリッドに視線を送ると、願いが通じたのか、リッドは無表情のまま大げさな咳払いをひとつした。

 殿下がはっとしたようにわずかに顔を上げる。空気の緊張が緩んだ隙に、先手必勝で畳みかけた。


「ご心配をお掛けしますが、第二クラスでも殿下の婚約者の立場に恥じぬよう、精進いたしますわ。ですから、どうぞ殿下もお心安らかに、第一クラス首席として皆をお導きください」

「……ああ、そうだな」


 言いたいことはあるが今は黙っておいてやる、と言わんばかりの様子で、殿下は重く頷いた。

 邪魔をした、と軽く詫びながら、帰ろうとする殿下。

 道を開けたリッドの前まで行ったところで、思い出したようにこちらを振り向いて付け足した。


「降格が気まずくとも、冬至祭の夜会には必ず出るように」

「もちろんでございます。楽しみにしておりますわ」

「ならいい。当日、迎えに行く」


 出ていく二人をお辞儀で見送って、ようやく詰まっていた息を吐き出すことができた。

 たまにしか会話しないのに、それが毎回お小言なので、すっかり緊張癖が付いてしまっていた。


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