表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/78

23 放課後の雑談

 テトラ嬢とのファーストコンタクトに失敗してしまったわたくしは、それから何週間か経っても、一向に彼女と仲良くなることができなかった。いつも近づく前に避けられてしまっている気がする。

 プリステラ嬢もなんとか取り持ってくれようとしているけれど、義姉である彼女にも一定の壁があるようで難しい。そもそもプリステラ嬢は『ルー博士』の一員にして、マールー部員でもあるので、それなりに忙しかった。


「本当に、うちの妹がごめんなさい。悪い子じゃないんですよ」

「わかっていますわ。クラスではお友達と仲良くされているようですもの。きっと相性がよくないだけですわ」


 ここまでくると、もう無理に仲良くなろうとするのは諦めたほうがよさそうだ。

 そろそろ定期考査に備えなくてはいけない時期だし、これからは遠くから見守って、困ったことがあれば手助けしてやるくらいの距離感でいよう。ちょっと寂しいけれど仕方がない。


「……なんか、珍しいね」


 机で書き物をしていたルーデンス殿下が不意に顔を上げて話しかけてきた。


「何がでしょうか?」

「いや、こう言っちゃ悪いけど」


 ルーデンス殿下はペンの頭であごを掻きながら、気まずげに言った。


「カレッタって、仲のいい友達以外にはあまり興味を割かないところがあるから。プリステラの妹とはいえ、相手をしてくれない令嬢のことを随分気にしてるなーと思ってさ。最近、彼女の話ばかりだよ」

「……言われてみれば、そうですわね」


 確かに。どうしてこんなに気にしているのか、自分でもよく考えていなかった。


「僕は会ったことがないけれど、そんなに面白い子なの?」


 面白いかと言われると、どうだろう。他の令嬢たちと変わらない気もするけれど、なぜか気になってしまう存在感がある。

 可愛らしくて、謙虚で、頑張り屋で……そんな、つい応援したくなってしまう存在を、どこかで見たことがあるような気がするのだ。ずっとずっと昔に。


「そうですわね、面白いと言えば、とても珍しい属性をお持ちですわ。植物属性ですの」

「植物? 見たことないや。どんな魔法?」

「ツタを操って、網のような壁を作っておりましたわ。花が咲いていてとても綺麗ですのよ」

「へぇ~。遠距離は?」

「ツタがかなりの距離まで伸びますの。それと、実や種のようなものを飛ばすこともできるそうですわ。あれでハンマー遊びをしたらさぞ楽しいでしょうね」

「ふぅん、なるほど。それで興味を持ったの?」


 確信は持てないままだけれど、理由の一つではあると思うのでとりあえず頷いておいた。


「カレッタが面白がるなんて羨ましいな。あーあ、僕も魔法弾撃てたらなぁ……」


 拗ねたようにそう嘆く土属性のルーデンス殿下は、その言葉通り、遠距離に石礫を飛ばす魔法がどうしても使えなかった。

 実は地面の操作も苦手で、場所やタイミングによって操れる地面がまちまちだったりする。調子がいいときはみんなでトランポリン遊びができるくらいには使えるのに、駄目なときは小石一つ動かせなった。

 魔力量は王族らしく桁違いなので、先生やロージーにはもったいないと惜しまれている。


「ルディ様の魔法は十分面白いですわ」

「ありがとう、でも、ちゃんと基本の魔法が使える人が羨ましいよ。ロージーなんて君と同じく無属性も使えるようになったじゃないか」

「ロージー様は引き合いに出すには規格が違いすぎるかと……」


 わたくしの魔法を見て覚えたロージーの『無属性魔法』は、なんだかもうものすごいことになっている。飛べない鳥のウロコアシを空に飛ばすくらいもはやお手の物だ。

 わたくしも魔力量が多ければあんな化け物になれていたかもしれないので悔しい。それでも反射神経と精度と速さはわたくしのほうが上なので、負けているわけではありませんわ。

 ちなみに、無属性魔法を知った人はみんな真似をしてみようとするのだけれど、すでに持っている自分の属性を発動させないようにするのが非常に難しいらしく、ロージー以外に成功者はいない。


 そんな雑談をしていると、資料室にロージーとアローナ嬢がやってきた。


「みなさま、ごきげんよう」

「ごきげんよう、アローナさん、ロージー様。あら、ずいぶんご機嫌そうですわね」

「へへー。わかる? わかっちゃう?」


 見ると、ロージーはいつになく浮かれた様子でニヤニヤしていた。反対にアローナ嬢は鬱陶しそうに渋い顔をしている。


「ロージー様は、一体どうしたんですか?」

「昨日のお休み、私とロージー様でカイラー通りの様子を見てきましたの」

「ああ! お願いしていたやつだね。助かるよ」


 ルーデンス殿下がパッと表情を明るくした。

 殿下の夢を叶えるために始まった『ルー博士』の活動は、学園の中だけにとどまらない。

 これも去年あたりから始めた取り組みなのだけれど、主に殿下のお小遣い(一応、王宮からそれなりにもらえている)から出資して、学園の外にも安全で楽しい遊び場を提供するべく、常設型の遊戯施設を作り始めたのだ。

 場所は、昔わたくしとルーデンス殿下が迷い込んだ、あの寂れた地区。繁華街に近いのに、治安のせいでテナント価格が安かったのだ。


 『カイラー通り』という名だったその界隈を少し整えて、商店街を周遊するような雰囲気で様々なゲームを遊べるようにしたところ、周辺から多くの人が集まるようになった。

 見栄えが良く知的なゲームが好まれる学園内とは真逆で、空間を広く使い、実際に体を動かす爽快感のあるゲームが庶民には人気だ。


 プリステラ嬢の地元、ネオン子爵領に古くから伝わる占いの儀式を元にした『宝玉と角』は、前世の世界のボーリングとビリヤードを合わせたような対戦型のゲームで、順番待ちの行列ができるほどだ。

 他にも投げたボールをカップに入れる遊びや、ピンボールのようなもの、子供でも扱えるミニボウガンを使った的当てなどなど。

 学園では販売が難しい大きなゲームを試すことができるので、考える側としても楽しい。


 なるべく金銭の賭け事にはしたくないという意向で、安めの入場料や挑戦料を取り、景品としてちょっとした日用品やお菓子、高得点を収めれば近くの店で使える豪華商品引き換え券などがもらえるようにした。的当て最高得点でもらえる高級お肉券はみんなの憧れになっている。

 景品引き換えのついでに商店で買い物をする客も増え、界隈に活気が出てきたと地元の人々も好意的だ。例の酒場の店主も積極的に便乗しているのだとか。


 ちなみにあの時、暇そうに酒場でたむろしていた大人たちは、ロージーに巻き込まれて遊戯場で働いていたりする。彼らの前で不正をしようものならすぐにばれるので番頭として頼もしい。

 そのくせ、不真面目さを活かして遊びのコツやちょっと小ずるい攻略法を客に漏らしたりしていて、いいスパイスになっているようだ。


 今のところは順調なカイラー通りだけれど、定期的な視察は欠かせない。

 高学年になって自衛ができると認められた生徒は比較的簡単に外出できるようになるので、主にロージーとアローナ嬢が視察を担当していた。プリステラ嬢は忙しく、わたくしは自衛ができないし、ルーデンス殿下は先生の監督がないと外出を許されず手続きが煩雑だったからだ。


 そんな視察に行ってきたロージーが、うきうきしながら昨日の出来事を教えてくれた。


「聞いてくれよ。昨日、そのカイラー通りで、テトラ嬢と遊んできたんだぜ!」

「えっ、彼女と?」


 明るかったルーデンス殿下の表情が少し強張る。わたくしもちょっと半眼で睨んでしまった気がする。

 さっきまで仲良くなれないと嘆いていた相手と、遊んできたとはどういうことか。


「彼女、街に買い物に出たらたまたまカイラー通りにたどり着いたらしくてさ。せっかくだから案内してやったんだよ。街にこんな場所があるなんてって凄く驚いてたぜ」

「ロージー様ったら、テトラさんが可愛いって、ずっとデレデレしていたんですのよ。はしたない」

「アローナだって一緒に遊んでたくせに」

「視察に行ったのだからそれは、遊びますわ。確かに良い子でしたけれど、カレッタさんを異様に避けているあの態度、私は嫌いです」

「カレッタもちょっと変わってるからな。警戒されてるだけだろ。彼女を悪く言うなよ」

「そんなに気に入ったの、ロージー?」


 驚いた様子で尋ねるルーデンス殿下。ロージーは迷いなく頷いた。


「ああ。なんせ彼女、俺の事ぜんぜん子ども扱いしないんだよ。ゲームも強くてかっこいいって褒めてくれるしな。言い忘れて実年齢は教えてなかったけど、やっぱりわかる子にはわかるんだよ、俺が立派な大人の男だってな」

「あんまりお子様すぎるから気を遣われていただけじゃありませんこと?」


 得意げにニヒルな笑みを浮かべて見せるロージーに、アローナ嬢は呆れて冷めきった表情だ。


「いいや、彼女はきっと人の本質ってやつが見えるんだ。俺のことだって、あんまり強いから、危ない界隈に出入りしてないかって心配までしてくれたんだぜ。昔の俺を見透かされたみたいでびっくりしたよ。優しい子だろ」

「それは、確かにびっくりですわね……」


 義姉であり血の繋がりもあるプリステラ嬢も、人の機微に敏感なところがある。テトラ嬢がそういう性質を受け継いでいても不思議ではないかもしれない。

 聞いていたルーデンス殿下が、頬杖をついて不機嫌そうに言った。


「でも、カレッタの本質は見えてないみたいじゃないか」

「そりゃあ、本質を見て、あの対応なんだろ」

「ロージー様、わたくし今ここで『人を殴らずの禁』を犯してもよろしくってよ」

「いや、悪い、冗談だよ冗談! 悪かったって!」


 ハンマーを浮かせて臨戦態勢を取って見せるとすぐ謝ってきたので、今回は許してやった。

 これはいよいよ人を殴るためのハンマーも開発したほうがいいかもしれない。久しぶりにばあやに相談ですわ。


 と、冗談で少しは場が和んだかと思ったのだけれど、ルーデンス殿下は難しそうな顔をして窓の外を見つめたままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ