21 五年生になりました
新章突入スペシャルのため少し長めです。
「ご覧になって、カレッタ様ですわ」
「ああ、あの『無力なる深海令嬢』……」
「今日もおひとりでいらっしゃるのね」
「夏休み、姉がお茶会でお話ししたそうですわ。麗しいお方ですが、張り付いたような笑顔に、ぞっとするような暗い目をされていたとか……」
「あの方が心から笑っているところなんて見たことがないわ」
「殿下とご一緒のところもね。まだ婚約を続けるおつもりかしら」
「あれは殿下に余計な令嬢を寄せ付けないための虫除けだと伺いましたわよ」
わたくしの名はカレッタ・ラミレージ。
公爵家の第二子で、王立学園のピチピチ五年生。花も恥じらう十六歳だ。
生来のマイペースやら、ワガママやら、いろんな意地やら……諸々こじらせて最初の悪評を払拭できないまま過ごした結果、高位貴族のクラスメイトには軒並み嫌われる事態になっていた。
いつの間にか妙なあだ名まで付いている。無力はわかるけれど深海って何ですの。『絶海の貴公子』として惜しまれつつ卒業したお兄様に掛けているのかしら……。
ちなみにあなたのお姉様、正面切って嫌味ばっかりおっしゃるんですものわたくしだってそんな顔にもなりますわ。
彼女たちも、わたくしに聞こえているのがわかっていてあんな会話をしている。
珍しい魚のように眺められるのはもう慣れたので、足早に庭園横の渡り廊下を通り過ぎた。
この学園の入り組んだ造りのおかげで、クラスや学年をまたいだ交流が希薄になりやすいのが幸いだった。わたくしの悪評は下の学年に行くほど薄まってくれている。
次に踏み入れて通過するのは、二年生が主に使っている校舎だ。
廊下の一部を拡張したような広い談話スペースの前に差し掛かり、そこの賑わいが気になって歩調を緩めた。
「ああー! 惜しかった!」
「もう一回、もう一回!」
貴族子弟らしからぬ元気なはしゃぎ声。見れば何人かがローテーブルを囲んで、『フルーツ皿』で遊んでいるところだった。男子も女子も関係なしだ。
『フルーツ皿』はその名の通り、棒のスタンドの上に置いた不安定な皿に、様々な材質でできたフルーツのおもちゃを載せていくゲームだ。載せるフルーツはカードでランダムに決まり、バランスを崩して皿を落としたら負け。
簡単だけれどハラハラドキドキ、そして色とりどりのデフォルメされたフルーツが見た目にも楽しく、男女問わず低学年で今一番人気の遊びだ。
楽しそうな下級生の声に気分が良くなったので、少し回り道をしていこうと進路を変更する。
次に通りがかったのは一年生の教室の前。武術専攻クラスだ。
授業が終わった後も数人の男子が残って元気に騒いでいる。こっそり覗いてみよう。
「よーし、また俺の勝ち!」
「くそー、なんでそんなに出目が良いんだよ」
「また姫と結婚できなかった……」
机を囲んで、男子たちが遊んでいるあれは……『剣豪の旅路』ですわね。
サイコロの目で盤上の駒を進めるすごろく遊びだけれど、世界観にこだわったゲームだ。
プレイヤーは剣豪となり、ゴールのマスに全員が集まった時に発生する武闘大会での優勝を目指す。
途中のマスには修行の旅をイメージした様々なイベントと、持ち点の増減が記されている。例えば「師から必殺の技を学ぶ 増二十点」「悪魔から美しい姫を救う 増十五点」「盗賊の罠にかかる 減十点」「ウロコアシの群れに追われる 減五点」などなど盛りだくさん。同じマスに止まった際に発生するバトルも熱い。
最終的にゴールの武闘場にたどり着くころには、プレイヤーごとに壮大な冒険物語が完成しているという寸法だ。勝敗は積み上げてきた経験という名の持ち点で決まる。ゴール順位ボーナスもあり、最後まで勝敗がわからず楽しめるのも魅力だ。
剣豪を演じるロールプレイ的な楽しみ方もでき、特に男子はのめりこむように遊んでいた。
再び目的地に向かって歩き始める。
庭園沿いの回廊を歩いていると、生垣の向こうからひそひそと怪しい声が聞こえてきた。
……ずいぶん前にも似たようなことがあった気がしますわね。
内容が気になったので、その場でこっそりと聞き耳を立てる。高学年の男子の声だ。
「これが……幻の『ハリケーン火牛』! う、うつくしい……よく手に入ったな」
「苦労したぞ……それで、約束のブツは用意できてるんだろうな」
「ああ、もちろん。『効果二倍のルビーサイコロ』だ……」
「フッ、これで俺はさらなる強さを手に入れる……!」
ああ、やっぱり『幻獣大決戦』の取引が発生していますわ。これはまだ金銭のやり取りではないようだけれど、ちょっと怪しいですわね。至急ロージーに闇市場調査を依頼しましょう。
だからトレーディングカード(のようなもの)はまだ早いと進言したのに……先手を打って印象操作で「転売屋は悪!」の風潮も急いで作らなければ。
その場を離れようとしたとき、盛り上がっていた男子生徒たちの感嘆の声が耳に入った。
「まったく、こんなものを次々作り出すなんて、『ルー博士』とは何者なんだろうな」
さて、何者でしょうか?
「カレッタさん、授業お疲れ様」
資料室のドアを開けて、最初に気が付いてくれたのはプリステラ嬢だ。今日はマールー部ではなくこちらに来てくれたらしい。
続けてアローナ嬢、そしてロージーといつもの挨拶を交わす。最後に窓際の机に目を向けると、いつになく暗い空気で突っ伏す背中にびっくりしてしまった。
「ど、どうしたんですの? ルディ様」
「カレッタ~~~~~!」
ルーデンス殿下がげっそりした顔で振り返る。目が半泣きだ。
アローナ嬢がやれやれと肩をすくめて説明してくれた。
「肝煎りの新作がまったく売れないんですって」
「ああ、ルディ様がずっとおひとりで作っていたアレ」
「う~ん……確かにちょっと複雑でしたからね~」
「俺らも試遊しすぎて慣れちゃってたからなー」
「丸一年もかけたのにぃ……」
「あらあら。まあ、反省会は後にして、今は一息入れて元気を出しましょう。ルディ様にキノコが生えそうですわ。ほら、お茶をいただいてきましたわよ」
気安くなんでも言い合える親友たちに、ようやくわたくしの心もほっとした気がした。
一年生の冬から始まったこの資料室の集いは、五年生の新学年を迎えた現在までずっと続いていた。主な活動目的は、新しい遊びの開発と学園内への流通だ。
最初は無料で配布しようとも考えたけれど、貴族の子供が手に取ってくれる質の良いものを作ろうとすると、どうしてもお金が必要になる。なので、販売という形式を取るようにした。収益はほとんど出ずに開発費とトントンだけれど。
みんなでアイデアを出し合い、ルーデンス殿下が筆頭となってゲームの形に落とし込む。
完成したゲームはアローナ嬢とプリステラ嬢が実際に人前で遊んでさりげなく宣伝。何も知らない彼女たちのお友達も経由したりして、二人の正体は巧妙に隠している。
販売は特定の隠し場所を定めた無人販売で、その場所のうわさを流すのも彼女たちの役目だ。
ロージーは十八歳にしてようやく十二歳程度まで成長したその容姿を活かして低学年層に売り込み、かつ謎の情報ルートで市場調査も担当している。家族が多いので人脈も広いそうだ。
そしてわたくしは、豊富なお小遣いと家柄に物を言わせて開発外渉、つまり材料の調達や職人の手配などの大部分を担っていた。
最初のころは頑張って作っても売れない作品がほとんどだった。いくつも作り出し、何度もやり方を考えてもうまくいかず、正直諦めようかという時期もあった。
それでも歯を食いしばって続けていたら、去年あたりから徐々に反響が得られ始め、その頃発表した『ルー博士のフルーツ皿』が生徒たちの間で大流行した。かわいいフルーツというテーマに、バスケットの専用収納ケースを付けるというアローナ嬢の発想が大当たりしたのだ。
ちなみに、ゲームの発想の大本は、昔ルーデンス殿下が窓から見ていたわたくしの実習サボり遊びらしい。このゲームはいまだに予約待ちがある状態で、『ルー博士』の代表的なゲームとなっている。
『ルー博士』というブランド名にしたのは、ルーデンス殿下の名前をもじってつけようという思いつきだったけれど、口コミで販売するうえで、謎めいた『道楽者の天才』の存在を匂わせることになり、学生たちの興味や好奇心を掻き立てるのに一役買っていた。
うわさでよく聞く人物像は、隣の王立研究所で働く高名な研究員ではないか、というのが有力な説だ。かすってもいないのが面白い。
四年もの間、苦楽を共にしてきたわたくしたち五人は、今やお互いすっかり気の置けない親友となっていた。リーダーをあえて挙げるならルーデンス殿下だけれど、今では全員そろって『ルー博士』だと思っている。
お茶を飲んで一息ついたところで、わたくしは最近で一番大きな話題の続報をプリステラ嬢に求めた。
「ところでプリステラさん、妹さんはそろそろ学園にいらっしゃるの?」
「ええ、今夜遅くになりそうですが、ようやく寮に着くそうです!」
「大雨で街道の橋が落ちたせいで、迂回してきたのでしたわね。無事に来られてよかったわ。お名前は何と言ったかしら」
「テトラです。とってもかわいいんですよ~!」
そう。なんとこの夏休み、プリステラ嬢に義妹ができたのだ。
事情は複雑なのだけれど、実際の血縁上は彼女の従妹に当たる。
その昔、現ネオン子爵のお姉様は、身分違いの恋を実らせるため駆け落ちし、平民の男性と結ばれた。
一人娘のテトラ嬢が生まれ、一家三人でつつましく暮らしていたのだけれど、突然の事故でお父様を失い、消沈した上に無理を重ねたお母様は体を壊し、治療法の無い重い病に罹ってしまった。
娘のためにネオン子爵を頼ってきた頃にはすでに末期症状で、子爵がテトラ嬢を養子として大切に受け入れる約束をすると間もなく、安心するように息を引き取ったという。
この話を聞いた時、わたくしもアローナ嬢も思わず泣いてしまった。
それが春先の出来事で、諸々の整理を済ませて住んでいた土地からネオン子爵領に移ったのが初夏のこと。この夏休みにプリステラ嬢が帰省したタイミングで、正式に家族の一員になったのだ。
ちなみに、何の因果か、彼女もまた『半年違いの妹』だったりする。
「年齢も年齢なので、そのまま五年生に編入することになります。明日にはご紹介できますので、楽しみにしていてくださいね」
「仲良くなれそうなら、ぜひ一緒に遊びたいわね」
「う~ん……まだ少し緊張しているようで、私も打ち解けられていないんです。嫌われてはいないと思うんですが、警戒されているような感じで」
「そうね、お母様のこともあるし、いきなり環境が変わって余裕もないでしょう。無理させないように、妹さんの調子に合わせて差し上げてね」
「はい。ご配慮ありがとうございます。早く仲良くなれるように、思い切り甘やかしちゃいます!」
プリステラ嬢でも警戒を解せないということは、なかなか手ごわい相手のようだ。
たった二年の間だけれど、優しいお姉様と少しでも楽しい学園生活が送れたらいいですわね。
……などと、この時は全くの他人事のように考えていたのだった。




