20 日陰王子の夢
「それでね、冬休みの間、ずっと考えていたんだけど……」
冬至祭の経緯を語り終え、ルーデンス殿下が改まった様子で何か言おうとした時だった。
軽い音を立てて、資料室のドアが急に開けられた。
コドラリス先生かと思ってみんなが振り返ると、そこに立っていたのは。
「ロージー!」
ルーデンス殿下は満面の笑顔で立ち上がり、小さなその人の名前を呼んだ。
呼ばれたロージーのほうは、なぜか困惑した表情できょろきょろとわたくしたちを見回したあと、ものすごく不機嫌そうな渋い顔を殿下に向けて言った。
「なんだよ、ハーレム野郎かよ……」
「ハ……?」
言われた殿下は一瞬ぽかんと固まって、次の瞬間には顔を真っ赤にして狼狽えながらもロージーに詰め寄った。
「ち、違う違う違う! ハーレムじゃない!」
「何が違うだよ、こんなにかわいい子ら三人も侍らせて!」
「侍らせてない! 友達!」
「モテモテ野郎はみんなそう言うんだよ! 資料室なんかで寂しく過ごしてるんだろーなーと思って来てやればコレだ。誘っといて自分は女子といちゃいちゃしやがってこの裏切り者!」
「いちゃいちゃしてない! なんだよ裏切り者って!」
突然始まった口げんかが珍しくてつい眺めてしまった。
相変わらずぎゃんぎゃんと言い合う二人をひとまず置いて、令嬢たちに紹介することにする。
「彼が、さっき話したわたくしたちの命の恩人、ロージー・カーディナル魔法伯令息ですわ」
「ずいぶん、その、お小さく見えるのですが……」
「魔力回路の実験を受けて、成長が止まってしまったそうですの」
「止まってない。まだだ。まだじわじわ成長してるからな。まだ止まってない」
けんかを中断したロージーがこちらを向いて、真顔で噛んで含めるように注釈を付けた。
そこで、ロージーの実年齢をまだ聞いていなかったことに思い至る。
「そういえばロージー様、あなた、本当はおいくつですの?」
「ああ、本当なら三年生だけど、君らと同じ一年生に編入してきてやったぜ。ちょうど入学したきり通ってなかったし。特例な」
「え、では、十四歳……ではなくて、新年になったから、十五歳ですの?」
この国は数え年制なので、みんな新年で一つ年を取る。目の前のなぜか得意げな十歳児が、わたくしのお兄様と一つ違いだとはどうしても思えなかった。他のみんなも予想以上だったのか驚いている。
「名簿は第二クラスだけど、俺も基本はこっちに通わせてもらう。面倒くさい者同士、お兄さんと仲良く勉強しようぜ、ルディくん」
そう言って、ロージーはルーデンス殿下の背中をバシンと力強く叩いた。その口ぶりで、どうやらロージーもルーデンス殿下の正体を知ったらしいことが分かった。
少々嫌味が込もった口調だったけれど、殿下は構わず嬉しそうに笑っていた。
「うん。来てくれてありがとう」
さっきまでけんかしていたのが嘘のようだ。
男の子の友情はさっぱりしていていいものですわね。
「でもハーレムじゃないからね」
「わかったわかった、茶化して悪かったよ。根に持つな……」
……けんかの決着が付いたようなので。
「それで、ルディ様、さっきは何をおっしゃろうとなさっていたのですか?」
「そうだった。ロージーも聞いてよ。僕、考えたんだ」
決意を込めるように両手を握り、ルーデンス殿下は言った。
「僕は、新しい遊びを作りたい!」
「遊びを、作る?」
ロージーもみんなも、首を傾げる。
「そう。ロージーは、気晴らしに遊べる相手も場所もなかったから、危ない賭博場に出入りしてたんでしょう? お金まで余計に払って」
「……まあ、そうだな」
「だから、一人でも誰でも安全に遊べる場所や、賭け事じゃない遊びがもっとたくさんあればいいと思うんだ。今ある花数え札や陣取り駒は、賭け事の印象が強すぎて、子供はあまりやらせてもらえないというし。見世物娯楽の剣闘試合や闘獣も、僕は血なまぐさくてあまり好きじゃないし、やっぱりみんな自然とお金を賭けてしまう」
そう。これはわたくしも肌で感じていたことだった。
この国は、近年になって情勢が安定するまで戦いの日々が続いていたため、娯楽も全般的に血の気が多い。地方では未だに犯罪者の処刑が娯楽になっているところもあるほどだ。
冬至祭も華やかに祝うようになってきたのはごく最近の話で、親世代のころは物々しい自警団の行進がメインだったという。
しかし、それはこの国に生まれていればごく当たり前のことで、わたくしが違和感を抱いたのは前世の平和な世界の記憶があったからに他ならない。
それなのに殿下は、自分で考えて、その常識を何とかしたいと言っているのだ。
「僕は、賭け事じゃない新しい遊びを考えて、誰もがみんな楽しく遊べるようにしたいんだ。……まだ、何も、考え付いてないけど……」
夢を語る熱弁から一転して、急に背を縮こませるルーデンス殿下。話しているうちに自信がなくなってきてしまったのかもしれない。
「素晴らしいお考えですわ」
最初に口を開いたのは、意外にもアローナ嬢だった。
「私には弟がおります。まだロージー様よりも小さい弟ですわ」
「おい」
「引っ込み思案で不器用な優しい子なのです。あの子を守れるように強い姉になろうと日々努力していますが、今この国、この学園は他人を蹴落とす実力がすべて。あの子が入学するまでに、遊びを通じて友達を作れるような、そんな楽しい学園にできるのなら……私は、協力を惜しみませんわ!」
やる気にみなぎるアローナ嬢の様子に、殿下の表情も明るくなる。
それを嬉しそうに見ていたプリステラ嬢が、にこやかに言いながらわたくしに水を向けてきた。
「私も協力したいです。『遊びの中ではあらゆる人が対等で平等』ですものね、カレッタ様」
「それ、どういう意味?」
初めて出会ったときにプリステラ嬢に教えたわたくしの哲学だ。
覚えていてくれたことは嬉しいけれど、改めて発表させられるのは、少し恥ずかしい。
「言葉通りですわ。『遊び』の中というのは日常から切り離された特別な空間です。現実とは違う独立した世界とルールがあります。だって王族だろうと平民だろうと、同じルールに従わなければ楽しい『遊び』は成立しませんもの」
「あらゆる人が、対等で平等……それだ、その通りだよカレッタ嬢!」
つい先日平民と楽しくゲームをしたばかりの王族である殿下は、新たな概念を言語化されて深く衝撃を受けたようだった。血走ったような真剣な目でわたくしに語り掛けてくる。
「やっぱり、君は凄い人だ。心から尊敬してる。君と一緒に居ると、今まで見えていなかったいろんなものが見えてくるよ。これからもずっと一緒に居たい」
「光栄ですわ。もちろん、わたくしもルディ様の夢を全力で応援いたします」
「ありがとう。僕、頑張るよ!」
遊びで世の中を変えようなんて、こんなに面白そうなことを考えるとは、さすがわたくしの好敵手。わたくしにできることならなんだってして差し上げよう。
視界の隅でひそひそとアローナ嬢に耳打ちするロージーと、何やら首を振って返答するアローナ嬢が見えたけれど、今は盛り上がっているところなので質問事項は後で聞こう。
「ま、なんていうか……思ってたより随分と面白そうな話になってきたな」
楽し気に腕を組んで、ロージーはにやりと笑う。
「それで、転入生のお兄さんにも一枚噛ませてくれるんだよな?」
「君も協力してくれるのかい? ロージー」
「当然ですわ。ここまで聞かれたからには、生かして帰せませんもの」
「……カレッタ嬢、君は君で、見た目に反して良い性格してるよな……」
「そこがカレッタ様の素敵なところです」
「あなたも、このお二人と付き合うなら覚悟するべきですわ」
アローナ嬢が諦めたような顔で笑いながら、それでも歓迎するようにお土産飴をひとつ摘まんでロージーに差し出した。
うまくいかないこともあるけれど、まだまだ続く学園生活。
彼らと一緒なら、きっと素敵な思い出をたくさん作れることだろう。
わたくしはいつだって全力で、楽しく毎日を過ごすのみ、ですわ。
「なんだこの飴まっず……いや、うま……?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ブクマや評価までいただき、大変励みになっております。書いてよかった!
ひとまず今回のお話で、物語の最初の転換点まで投稿できました。
ここから挿話を一話挟んで、いよいよ本筋のラブコメ展開に入っていきます。
一話ごとの文字数が多くなってくるため、次回から一日一話投稿にしようと思います。
次回はコドラリス先生目線の挿話です。
先生から見たルディはいったいどんな少年なのでしょうか……?
引き続き、この作品をお楽しみいただければ嬉しいです。




